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ひたむき  作者: ナトラ
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道 ④

 子ども達を寝かせた後、香純は書斎で文章を練っていた。しばらくすると入浴後のトクが来て、香純が座る椅子の後ろから顔を覗かせた。「道を進み始めた頃、私はあなたが持つペンだけを見ていた、ふうん」「まだ途中だよ、ただこうして考えていると前に美穂ちゃんと優で、店のキャッチコピーを考えてた時のことを思い出すよ」「あ、それってもしかして温まる味がどうとか」「そうそう、あれは良く出来た方なんだ」「あった、見た事あるもの、さて、この文章の解説をどうぞ」「森上さんは今もそうだけど、あの会社にいた頃から既に小指を立てる癖があってさ、変わった持ち方だなと見るたび思ってた」「森上さんてグラス持つ時もそうだよね、で、この続きはどうするの」「まだ考え中、トクは何かあるかい」「そうねえ、私はあの独特な口調かな、丁寧で良いんだけどさ、でも見た目との差があるかなって」「よし、それも書こう」それから終日後「よし、これでいいだろう」「ちょっと読んでみてよ」香純は完成したその文章を読み始めた。


「新たな道を進み始めた頃、私はペンを持つと立つあなたの小指だけを見ていました、あれから時間が経ち、そのさりげないしぐさや優しく丁寧な言葉は、私をいつも支えてくれていたのだと知りました、今があるのはあなたのおかげです、おかわりっ、同じのよっと注文する声や姿を、今後もきっと忘れることはないでしょう、心から感謝しています、お疲れ様でした」


「良いんだけど、これって歌詞になるのかな」「細かい調整は郷大さんにお任せだ、セリフ付きでなかなかだろ」「私、この部分きたら笑っちゃうかも、森上さんの声ってすぐにわかるのよねえ、あ、そうだ、思い出した、確かあの時はまだ紹介してくれてなかったよね」「さあてと、少し飲み直すかな」「ちょっと聞いてますか、ねえ、何であの時紹介してくれなかったの」「ううん、なんでだっけな、はてはて全く思い出せない」「そうやってとぼけて」「きっと照れ臭かったんだよ、俺も若かったし」「三十歳後半でしたね、しかも俺もって、はいはい私も歳を取りましたよ、ふん」その翌日に郷大へメールした。すぐ返信が届いたので見て見ると、笑いマークがずらりと並び高評価のようだ。香純は「よろしくお願いします、皆と会える日を楽しみにしています」と書き添え、返信した。


 二次会出席の当日、トクと二人の子ども達も駅まで見送りに来ていた。先日会社からの電話で帰宅予定日は、林松が自宅へ来る日とちょうど重なると知った。「帰りは乗って行くようにと社長からの伝言です」それならばとすぐ林松へ連絡した結果、当日は同乗させてもらうことにした。「リンもいきたい、リンもいく」「お父ちゃん、おうちは僕が守るからね」「お母ちゃんのことも頼んだぞ、真純」「うん、任せて」「帰りの日に林松さんがうちに来るのは伝えたよね、増永さんに乗せてきてもらう予定だけど、また連絡するから」「うん、じゃあ何かおいしいもの作って待ってる、皆様へよろしくね」「じゃあ、行って来るわ」「リンもいく」「リンはお留守番だ、良い子にしてるんだぞ」やがてホームに着いた新幹線に乗り込んで席に座った後、香純は車中から三人に向かい手を振った。やがて静かに動き始めると、三人の姿はすぐ見えなくなった。「しかしリンの泣き声はよく響くなあ」耳の穴を少し指でほじりながら、早速売店で買ってきた缶ビールの蓋を開けた。「さあて久しぶりの単身出張だ、これは楽しむしかないわ」小声でそう呟くと、乾いた喉にぐいと流し込んだ。


 それから一時間程で最寄り駅へ到着した。まだ二次会開始までには十分時間があるから、どこかで軽く一杯やろうと思いながら歩いていた。ホームを出ると「香純くん」と女性が呼ぶ声がしたので後ろを振り返ったが、それらしき人は誰もいなかった。人が絶えずしきりに行き交うこの場で、はて空耳だろうかと思ってしばらく足を止めた。すると改札から出てきた一人の女性の手がぱっと挙がり、その姿を見てそれが誰かすぐにわかった。「湖層さん」よくこの距離でわかったなと感心しながら手を挙げた。傍に来た湖層が「私、今日は電車だったのよ、ドライバーさんも一次会で飲むっていうからさ、ある意味凄いよね」そう言い笑っていた。これから一次会に出席するとのことで「じゃあ二次会でね、楽しみにしてるわ」と言い、湖層は階段の方へと歩いて行った。「しかしこの距離で良くわかったものだな、やはり視力が相当良いんだな」そう呟いた時、ふとあることを思い出した。それはまだトクと付き合い始めて間もない頃、森上から聞いた話っだった。あの時、今日のようにきっと俺達の姿がはっきりと見ていたんだろうな。香純はそう思いながら店を探すため、再び歩き出した。


 最初は一号店に行こうかと一瞬思ったが、まだランチタイムが終わったばかりで忙しいだろうと思い、香純は以前増永から聞いた新規加入店が入るビルへと向かうことにした。到着して中に入りフロア図を見てみると、そこはいわゆる飲食業が並ぶ一等地と言っても過言ではない。しかもこの時間帯であっても多くのお客が常に行き来している。よくぞ決めたもんだと思いながらエスカレーターに乗り、やがて目的の店前に着いた。


「酒と共に生きる」何かのパロディーと思うような興味深い看板を見上げた。その脇にOIDEYASUと書いてあるのを見て、ここに違いないと中に入った。フロアは思ったより広くはないものの、カウンターとテーブル席が十台、それから奥には個室が五部屋あった。店に入るとすぐに「いらっしゃいませ」と掛け声があり、一人と伝えた後は出迎えた店員の案内でカウンター席へ着いた。まずメニューを広げてみると、期間限定産地直送新鮮野菜入荷という文字が真っ先に目に入った。ビールを注文して店員に産地名を尋ねてみると、香純が住む地区だった。まさかと思いながら野菜の盛り合わせを試しに注文してみた。目の前には焼き台があり、一人でも焼き物を楽しめる。野菜の味を知りたいので肉は注文しなかった。


 その後すぐに届いた冷えたビールで喉を潤し、お通しのイカとホタテの貝柱をごま油で合えたもの口にした。少しだけ酢が効いておいしい。数分後に例の品が到着し、それを一目見てすぐ自分の畑で採れたものだとわかった。しかしこれは一体、どういうことなのだろうか。焼き網の上にかぼちゃと玉ねぎなどを並べ、ひょっとして評判で拡大しているのかもと都合よく思いながら味を確かめた。旨いと思うと同時に嬉しさが込み上げてきて、思わず静かに涙した。それからも一口ずつ味を噛み締め、全て食べ終えて店を出た。他にもまだまだ食べたいものは他にもあったが、今夜はまだこれからのためここでは自重した。通りに出て、携帯を取り出した香純は林松に連絡した。


「よお、着いたか」「早めに着いたので一件寄ったところです、そちらはどうですか」「さっき始まったばかりだよ、お前どうする、一旦俺んち来るか」「いや大丈夫ですよ、久々なのであと一軒行ってみようかと」「それならあそこ行ってみろよ」「ちょっと、あそこってどこですか」「あそこっていやあ、あそこだよ、わからんのか」「ええ、わかりませんよ」「一号店だよ」「せっかくですが、まだ忙しいでしょうから遠慮しときますよ」「いやな、さっき和香ちゃんから連絡あって、お前に会いたいと言ってたらしいぞ、ほんじゃそういう訳だ、すぐ電話入れとくからよ」


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