道 ③
本格的な冬が到来し、香純の畑もちらほらと雪が舞い降りて寒さが次第に増してきた。来年の準備に取り掛かろうと、自家播種したものを乾燥してから貯蔵したり、またイモ類などを丁寧に保管したりしていた。ビニールハウスはないので、日中のほとんどを冬支度の時間に当てた。
「来年はビニールハウスを建てられるかもしれないな」撒き割りをしながら香純がトクにそう言った。トクは「そうね、でも来年はさ」と口にしたが、ふと真純の進学のことが脳裏にちらついた。この頃は既に、ある程度の金銭面は解決し、多少のゆとりはあるにはあった。「まずは良かったわ、冬の間の出荷は品種がないけど、それでも良いって言ってくれたんだもの」「そうだな、でも来年はハウスを建てれば増やせるだろう」「そうね、でも真純のことなんだけど、これからどうするつもりなの」
その問いにそろそろはっきりと答えを出す時期だろうと、香純は既に腹を決めていた。そして「俺は真純に任せるよ」と伝えたところ、トクはやっぱりという表情を浮かべて「じゃあ、ほとんど決まりね」と言った。それから二人の話は続く。「何が決まりなんだい」「だって真純は行かないって言うんだもの、だからよ」「なら、それで決まりだな」「でも、本当にこれでいいのかな」「心配かい」「うん」「じゃあ聞くけど、トクは真純にどうなってもらいたいんだい」「そうね、幸せになってもらいたいわ」「そうだな、俺もそう思っている、だから真純が皆と違う生き方を選んだからには、俺達が事前に予想出来ることを何度も伝えなきゃいけないと思うんだ、もう一度だけ聞いてみてこれで最後にしよう」「うん、じゃあ今晩ね」
その晩、香純は子ども達といつものように風呂に入った後、居間で晩酌を始めた。トクは料理をしている最中で、その前に少しだけ話をしておこうと少し離れたところでリンと遊ぶ真純を呼んだ。「はあい」その声にリンの手を引きながらやってきた真純は、二人して香純を挟むように座った。左に座ったリンはテーブルを見て「食べる」と言い、その上にある魚を掴み取ろうとしていた。香純はそれを見て咄嗟に皿を奥の方に押し避けた後、箸で小皿に少しだけ取ってからリンの口に入れた。それを「おいちい」と言って飲み込むとすぐにもう一口とせがんだが、香純は「おしまい」と言って取り合わなかった。するとリンは「いやだ、もういっかい」と言って騒ぐので、香純は仕方なくもう一口分だけ取って口に入れてやった。すると再び「おいちい」と言いながらそれを食べた後は急に立ち上がり、トクの元へと走って行った。香純はそれを見てやれやれと思いながら、右に座っている真純の顔をじっと覗き込んだ。それに真純は「なあに、何か用」と勘付いている様子で、香純は本題に入る前にまず「学校のことなんだけどさ」と切り出した。
「今も行きたくないのか」「うん、行きたくない」「じゃあ将来、どうやってお金を稼ぐんだい」「僕ねえ、お父ちゃんみたいに畑とかやるんだ」「そんなに簡単じゃないぞ」「うん、でもやってみたいんだ」「他にやってみたいことはあるかい、例えばこの間乗った新幹線の運転手とか、乗り物好きだろ」「好きだけどさあ、でも僕はもう決めてるんだ」
そこまで話をして、香純はこの時大半の匙を投げていた。全く揺るがない息子を見て、これはもはや将来進む道を自分で既に決めたとしか思えなかった。真純は何も心配がないので、それからは自然と自分が楽しみにしている話題となった。「ねえお父ちゃん、来年はビニールハウス買うの」「ううん、まだわからなあ、でも良く知ってるな」「うん、おじいの家にあった本で教えてもらったんだ」「どんな本だったの」「何かね、いろんな建物がたくさんあった、漢字は読めないけど」「ふうん、そうだ、お前漢字はどうすんだ、学校に行けば先生が教えてくれるぞ」「うん、だから勉強する、お父ちゃんも教えてね、あ、そうだ、ちょっと待ってて」と言い、真純は寝室に何かを取りに行った。帰ってきて「ほら、これ」と言いながら見せたのは、厚さ二センチほどのポケット辞書だった。「どうしたんだい、それ」「おじいがね、僕が漢字読めないって言ったらくれたんだ」「へえ、知らなかった、いいかい真純、これから誰かに貰ったりしたらすぐ言うんだぞ」「うん、わかったよ」
ちょうど台所から料理を持ってきたトクにもそのことを話した。「え、全然知らないよ、いつの間に貰って来たの、ばあちゃんも言ってなかったし」「だっておじいの部屋にいた時だから、知らないよ」料理をテーブルに置いたトクはすぐに実家へ連絡した。「お母さん、お父さんいる」少しの間の後「あ、お父さん、この間はごめんなさい、もう落ち着いたから大丈夫よ、それでさ、真純に辞書あげたの、そうだったの、今知ったの、ありがとう、あ、ちょっと待ってて」と言って真純を呼んだ。トクから受話器を受け取った後に真純が「じいちゃん、僕が言うの遅かったみたい、別に隠してたわけじゃないんだけど、少し読めるようになってから言おうと思って、少しずつ読んでたの、うん元気だよ、おじいも元気でね、うん、また遊びに行くね、ばいばい」トクは真純からそれを受け取り、次は足元にいたリンの耳に当てた。「じいちゃん、ばいばい」そう言うとすぐにその場を離れた。電話口から微かに善市の声が聞こえている。その後トクは善市にフクと代わるよう伝え、それから少しだけ話をして電話を終えた。
「もう決まりだな、自分で必要だと思えば真純は何だって出来るさ」香純がそう言った。「でも、準備だけはしなくちゃね、ランドセルも用意したり」「そうだな、俺達が学校へ行かせないようにしているわけじゃないもんな」「それもあるけど、いつでも行きたくなったら行けるようにしておきたいの、考えが変わるかもしれないし、私、年明けたらちょっと相談してくるね」「わかった」
こうして一応の結論に至り、それから皆で夕飯を食べた。自分が進みたい道は自分で決めるもの。今はまだ小さい息子が持つその強さに、親としてもこれほどかと逆に感心していた。トクもそのことがよくわかったようで、その後は無理に押し付けようには言わなかった。すると真純にも変化があり、以前であればちょっとしたことで不満を漏らすことが多かったが、最近は母親が本当に受け入れてくれることがわかったのか、それまでよりも二人の関係がより深まったようだと香純には見え始めていた。それと同時に、息子から大切なことを思い出させてもらったような感覚に包まれた。何かを必要だと思う時、人はまず自分でどうにかしようとする。それはとても大事なことだなと、三人の姿を見ながらふと思った。




