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ひたむき  作者: ナトラ
38/154

道 ②

 会議の結果、翌年の春までに建設部門導入と並びに総重建設本体縮小が可決となり、また総重建設役員会でも同様に賛成多数でそれらが正式に決まった。その後、ある総重社員から「これも時代の流れだと思うんですよね、この会社はそれなりの歴史があるのですがこれから一体化を目指すというので、今のところ賛成しています」という話や、また別の社員ら「私はつい最近まであちらは人手が足らないからと、簡単に応援を依頼する会社なんだと思ってました、しかしあちらへ行った人達が帰ってきてから変わり始めています、それまでは応援に行かされるかもしれないと皆で警戒していたんですが、今は逆に行ってみてもいいかなと思うようになりました、良い経験が出来るのなら行ってみたいですね」「今までは元グループ会社と単に見ていただけでした、しかし最近は親近感からそう思えなくなりました」という声を次々と役員が伝えていた。


 その話を聞いた植永社長と副社長の柿崎は、大きな流れが生じていると肌で感じつつ、互いに顔を見合わせてから植永がこう述べた。「我々はこれまで多くの工事を請け負ってきた、それを生きがいとして会社と共に成長をしてきたと自負している、今、我らは大きな岐路にあると思う、その一つは今までと同じ形状だ、しかしもう一方は、行き先がはっきりとは見えてはいないが、それまでとは違う方角に進む可能性を十分秘めているもので、このどちらが良いのかを決める必要があると思っている、そこで私は林松社長の案をぜひ受け入れたいと思った、これからはそれぞれが己の可能性を高めるために必要なことを取り入れ、またその機会をより増やせるようにするためだ、この他に意見ある人はいるか」しばらく静まり返った議場内は、もはや誰も反対する人は出なかった。「よし、じゃあ正式に部門参入と並びに本社機能移転についての検討を開始する、後、よろしくな」と述べて退席した。柿崎はその後すぐ、林松のところに連絡し「何事もなく今、決まりました」と伝えると、林松は植永と同様に元OIDEYASU会議場で話を始めた。


「たった今、総重建設から正式に決まったと連絡があったわ、よってこれからその調整役が必要になるんだが、誰かやってみたい人はいないか」それを聞いた梅川が「ぜひ、私にお任せください」とすぐに手を挙げた。林松と湖層が顔を見合わせて頷いた後、林松が「よし、頼むぞ」と言って任せることになった。元総重建設秘書の梅川は、その役を担える自信が既にある。そのためこれぞ絶好の機会だと思い、再び挙手した。それを見た湖層が指名したので梅川は「ただ一つだけ、お願いがあるのですが」と尋ねた。林松が「何だい」と不思議に思いながら尋ねると、梅川が「増永を助手につけていただきたいのですが」と言った。林松はしばし無言で考えた後、一存で「ああ、いいだろう」とそれを了承した。それを聞いた梅川は手に汗を握りながら、速報で伝えようと自身の携帯電話の文字を打っていた。


 その頃の元OKAMIでは、増永の周囲にいつも以上の人が集まっていた。話を知った社員から「おいやったじゃねえか、ます、大出世じゃねえかよ」と言う声に、増永は照れながら「いやいや」と答えた。この頃から皆は増永を愛称で呼び始めていた。ある程度その情報が行き渡った頃、増永は前に出て丁寧に「皆さんのおかげです、この御恩は生涯忘れません」と言い、皆へ深々と頭を下げた。それを見ていた一部の社員から「相変わらず大袈裟だな」と言う声もありながらも、その場は拍手に包まれた。すると騒ぎを聞いた郷大がいつものようにやって来た。その姿を見た皆は静々と持ち場に戻って行った後、周囲には誰もいなくなってから「増、良かったな、頑張れよ」と言った。やはり連絡を受けて知っていたのだなと思いながら、増永は深く頭を下げて礼を述べた。


 その頃、森上とミサや郷大は合同会議には出席せず、それぞれの仕事をこなしていた。二人とも不在なので郷大は自室のパソコンで会議内容を収集していた。また森上は今もミサへの引継ぎを進めている最中で、該当店舗の経緯を説明しながら各地を視察していた。そして本日、ようやく約半年がかりで引継ぎを終えた。


「これから何かわからないことがありましたら、いつでもご連絡ください」清々しい表情で森上がそう言ったのに対し、ミサは「ありがとうございました、でも本当に大変だったのですね、これほどまでとは思いませんでしたわ」と改めて礼と感想を述べた。その後、二人の話は続き「私ね、そもそも会社でじっとしているのが好きじゃないので、暇さえあれば知り合いを手当たり次第探したりして、どこか一軒でも見つかれば良いなって、でもそれも今日でおしまいです、でも悔いはありません、それどころか逆にほっとしましたわ」「お疲れ様でした、ではこれから一号店で一杯、どうですか」ミサがそう誘うので、森上は少し考えてから「そうね」と頷くと二人は再び歩き出し、一号店で互いに酒を酌み交わし始めた。


 和香の姿が見えないので店員へ尋ねると、どうやら六号店の対応に向かった直後だと知った。二人は味を一品ごとに確かめていると森上がこう言った。「愛兼さん私ね、あの時は自分が社長だなんてまるで夢みたいとしか思えないかったの」それを聞いてあの時のことかとすぐに思い出したミサは「それって、随分前ですよね」「ええ、こちらを購入するちょっと前ね、あ、この話をしても大丈夫かしら」「大丈夫ですわ、それで」「林松さんからその一言がなければ、今、私は角末さんたちと一緒にいたかもしれません」「私は当時、厨房にいたので詳しく知りませんけど、はやしさんはその時に何と言ったんですか」「私を信じてると言ったんですよ、しかも真顔でね」


 二人は顔を見合わせて笑い合った。そして森上が「全く、最初は何の冗談かと思いましたよ、でもそれからの話をよく聞いてみれば、ああ、この人はとても真剣なんだなと感じたわけです、それが今になってみると大きかったなと思うんですよ」そう言った後、店員に「同じものを下さいますか」と丁寧に注文した。注文したワインが届くと一口飲み、グラスから口を離してからこう続けた。



「これから二手に分かれることもあるかもしれないけど、その時こそ力を貸してほしい、とね」ミサはそこまで先を見ていたのかと思いながら話を聞いていた。すると森上は笑いながら「一体、何の話なのかと思いましたよ、でも今はこうして振り返ると、面白いくらいにそれがピタリとくるから笑っちゃう、何て言ったらいいのかな、そうそう、例えばパズルのピースを適当に探したものが当てはまるような感覚に近いわね、とにかく自然な流れってあるんだなと、その時に思ったんですよ」ミサはその話を聞いてなるほど、林松は既に現在の状況を見越していたのだろうと思った。そしてその森上への一言がなければ、今頃はどうなっていたのだろうかと思いつつ、ジョッキを口にしてからは天井に視線を送りそのことを考えていた。


 それから間もなくして、森上が迎えを呼び帰宅するというのでミサは店前まで見送った。秋の夕暮れは心地良い。しかし時々さっと駆け抜ける風は随分冷えてきたと思いながら、ミサは厨房で忙しくしている社員に近寄りその肩へ優しく触れた。そして「いいわ、後は私がやるから」と言いながら上着を脱ぎ、頭には三角巾を締め始めた。するとその姿を見ていたお客が、口々に「あれ、おかみさんだよね」と言い寄り始めた。それまでは似ているけど違う人かもしれないと思っていたが、その姿を見て確信したようだ。身支度が整った後、ミサは大きな声で「はい、いらっしゃいませえ、今日もたくさん食べてってねえ」と言い放った。すると店前でたまたま声を聞いた人が、次々と店内に押し寄せ始めた。「その声を久々に聞いたよ、おかみさんて副社長だったんですね、なんで今まで言わなかったんですか」とか「久しぶりに合えて良かったあ」と言う声の中、久々厨房に立ってからオーダーにさっと目を通し、たちどころにその全てを数分で用意した。それを傍らで見ていたアルバイトの厨房担当は目が点となりながらも、これぞおかみの真の姿かと思う他になかった。しばらくして和香から連絡があった。しかしミサは何も心配ないからと伝え、そのまま厨房で働いた。


 やがて全ての客が帰った九時頃、再び和香からの連絡があった。「副社長すみません、今日は本当に助かりました」その声を聞いたミサは、今も和香に相当な負担を強いていると感じた。そこで「別に大丈夫よ、私ね、やっぱり現場にいたいわ」とミサが思わず本音を口にすると、和香は再び礼を述べた後に「でも副社長ですから、これからも応援してます」と言った。しかしミサは役職の立場にいるより、常に現場にいたいという想いが強くなってきていると既に感じていた。

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