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ひたむき  作者: ナトラ
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第三章 道 ①

 それからの二か月間は誰の目にも目まぐるしく変化した。しかしようやく落ち着いた十二月のとある日、森上社長慰労会開催のお知らせと題したはがきが香純の元へ届いた。早速、参加に丸印をつけて郵送した数日後、郷大から電話があった。互いに挨拶を交わすと余興をやろうと誘いがあった。そこでまず香純が会について詳細を尋ねると、はがきの件は本社で行う一次会後に開く二次会のことで、夏に行ったバーベキューメンバーとその他数名が集まる予定という。ただ美穂と優は年末に戻らないので不参加と知り、忙しいのだろうと思いながら何をするのかと郷大に尋ねた。


「実はオリジナルの歌を送ろうかと思いましてね、作詞は皆が思いを込めた一文をまとめてから、曲に合わせてみようと思うんです」「それは面白そうですね」「そうでしょ、じゃ部長も頼みましたよ」「よしてくださいよ、部長なんて」郷大はそうでしたと笑いながら「つい癖でね、それじゃあ出来上がったらメール頂ければ」「わかりました」「それと当日の詳しい話については、近日中にうちから改めて連絡あると思います」では失礼と言い電話を切った。


 最近のHAYASHIMATUでは、海外に続き新規加盟を希望する店が急増していた。それはある社員の提案によるもので、OKAMIやOIDEYASUの名称を自由に選べるようにしたことが功を奏していた。本社同士の合併が完了する少し前、各店舗については変更希望しないのであればそのままでも構わないとの通達を出した。その提案を最初に口にした人物とは、大勢の社員が集まる中で堂々と意見を主張したあの阪上美咲だった。


「ねえ阪上さん、今までいろんな部署を見てきたご経験から今、何か思いつくことはありますか」合併準備がほぼ整った頃、湖層は社員の意見を直接聞いてみようと阪上に声を掛けた。すると湖層から急に呼ばれた阪上は驚きながら入室したものの、その後は落ち着いてこう述べた。「異動するとまた一からになるのが今までほとんどだったんですよ、何をするにしてもそこが一番面倒でした」と述べた後も続けて「これは私の勝手な意見ですが、今回の合併も社名を再びHAYASHIMATUと一本とするには手間がかかると思います、それでしたら二つの名をそのまま残せばとても楽だと思います」湖層はその話を聞いた時、やはりこの人は相当な人だと改めて思った。「お忙しい中、貴重なご意見ありがとうございます」「いえいえ、お役に立てて光栄です」「ところで阪上さん、一つお願いがあるんですけど」湖層がそう声を掛けて話は続く。「はあ、何でしょうか」「教育係を引き受けてくれないかしら」「何ですって、私がですか」「ええ、ぴったりだと思うの、人事には私の推薦で通しますので」「え、ちょっと待ってください、ええ私が、出来るのかしら」「ぜひ考えてみてください、出来れば早めにお返事いただけると助かります」「わかりました、少しお時間を頂きたいです」


 その決定こそまさにうってつけだったと、後に誰もが知ることになる。その翌日、阪上から引き受けるとの回答があったので、早速湖層は応援に来た総重建設社員五名を任せた。その社員は皆、多少の経験がある部署をそれぞれ希望していたが、そこに阪上が介入したことにより次第に業務が流れ始めた。「何か凄いよ、仕事早いかも」「何、そっちもかい、うちもまるで前からいたかのようだよ」「もしかして阪上さんか」「ああ、大いに関係あると思うね」たまたま通りがかった給湯室の中からそうした声が漏れ聞こえてきた。それを手洗いの帰りに耳にした湖層は、阪上が持つこの職場で未だ発揮したことのない能力がまさに開花した瞬間だと確信した。それからは社員間の交流や互いの現状について語り合う機会も増え、その後も順調に進んだ。


 そして二か月が経ち、やがて期日を迎えた。「私は学校を卒業してからずっとうちの建設会社で働いてきましたので、今回とてもいい勉強になりました」「うちの職場は他と比べて雰囲気が良い方だなと思ってましたけど、こちらもとても居心地が良かった、皆さんが親切にしてくれたおかげだと思います、ありがとうございました」「いつかまたこうして一緒に働けたら、毎日楽しいだろうなと思います」「次はぜひうちにも来てほしい、皆から良くしてもらえたので、今度は逆に私がお伝えしてみたいです」「二か月があっという間でした、今回とてもいい経験となりました」総重建設社員から来た五名は新たな社員入社と入れ替わるようにして、当初の予定よりも一か月早く本日で任期満了となった。口々に感想を述べた後、盛大な拍手に包まれながら職場を後にした。


 そして彼らと入れ替わるように新たに入社した社員も阪上が担当したことで、それからも円滑そのものだった。そうした阪上の手腕に対して社員が驚きと高評価を口にし始めると、社内の雰囲気は直近までには見たことがない程良くなった。ただそれを面白くないと部長級以下の若干名から、実は縁故だろうとかきっと阪上が湖層に色目を使ったのだろうという噂話がちらほらと出始めていた。湖層はそうした話を耳にすると、すぐさま人事と連携して本人に直接その真偽を確かめていた。そしてその結果を一覧表の中へと書き込みつつ、しばらくの間はひたすら地道に進めていた。


 その後のある日「参ったよ、急に人事から呼び出しあってさ、何だと思ったら誰々にこう言いましたかって聞かれるんだもん、いやあびっくりだよ」その部長級の話が皆へ徐々に広がり始めると、それと比例するかのように阪上に対しての軽口も自然と減り始めた。このことは湖層にとってはまさに好都合だった。既に全体を把握出来る情報を集め終える目星がつき、さていよいよ総仕上げだと思っていた矢先の出来事だった。すると専務の角末も急にトーンダウンし始め、明らかにそれまでの勢いとは異なる様子の変化に、周囲も何となくそのことが関係しているのだろうと感じ始めていた。


「確かに以前はそう言いましたけど、しかし今はそれでも良いかなと思う時もありますよ」合同幹部会が行われている中、角末は撤廃案についての問いにそう述べた。以前は反対していた面子も明らかに減り、今ではほとんどが賛成に回っていた。それだけ総重建設からの応援が強力だったことが、この会議で明らかとなった。湖層はそうした大きな変化を感じつつ、また阪上との出会いにも心から感謝していた。湖層の隣にいる林松は密かに涙ぐむその姿を見て、副社長に推薦した時のことを思い出していた。これまでも大変なことが多かったが、まだまだこれからだと改めて強く決意した。

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