独立 ⑧
一方、湖層は次の移動先に向かっていた。林松から連絡があり、副社長の柿崎と専務の窓辺が支援を前向きに検討し始めたという。湖層は安堵のため息をつき、車窓に流れる景色を眺めていた。これで何とか急場を凌げそうだ。そう思いながらまず角末に連絡し、それから森上にも伝えるため電話を手にしていた。
「森上社長お疲れ様です、お時間よろしいですか」了承があり、湖層はすぐに話を進めた。「期限が残り数日となりご連絡しました、総重建設の方々のご支援が確定となれば、このままの体制を維持出来そうです」と伝えた。続けて「しかしまだ協議中とのことです、間に合うと良いのですが、あちらから連絡があり次第すぐにご報告します、もう少々お待ちいただければと思うのですが」湖層は終始控えめにそう伝えた。すると森上は「そうですか、わかりました」とあっさり了承したので電話を終えた。「これでやっと前に進めるわ」一人そう呟き手帳に何かを記した後、香純のノートを広げて再度念入りに見直し始めた。撤廃に反対する社員を数名挙げ、所属部署名も含めて羅列した表をまとめていた。その用紙を指差して「ここと、ここ、それからここ、あとここもね」と口にしながら、次なる対策も同時に練っていた。
「今回、退職を希望した人達のほとんどがこの中心にいたわけか、ということは今後さらにやりやすくなるわ」応援への期待を寄せながらそう呟いた。きっと彼らが新しい風を運んでくれる。その一方で今も反対している人達も、なるべく柔軟に受け入れられると良いなと考えていた。「異動はないと書面にしてくれ」かつて社員からの要望も過去にはあった。しかし湖層にとってはそれを提示するのはいとも簡単だったので、即日中に手配した経緯がある。ただそれを受け取った社員というのは、言ってみれば自ら変化を取り入れないということを示したとも言える。そのためもし彼らが逆の立場になった場合、今後どのように対応するのだろうかとも書き込んだ。「さあて、これからどうなるでしょう、さらなる変化を遂げるわよ」と誰に言うでもなく呟いた。その頃、ちょうど目的地に到着したので「ここでいいわ、ありがとう」と運転手に礼を言ってさっと車を降りると、颯爽とビルの中へと入って行った。
その数日後、総重建設における協議の結果、HAYASHIMATUへの応援を決めたという連絡が湖層の元にも入ってきた。これにより体制維持可能となるため、以前から提示していた森上の案は一旦停止となる。そのことが本日行われた緊急会議の中で正式に決まった。それから湖層により今後三か月の予定を発表しようと、現在話を進めていたところだった。
「では次に今後の予定です、これから本格的な合併を進める上で、まだ二社内には同じ役職が存在しています、例えば社長と副社長、また専務や常務、それからこれは元OIDEYASUのみとなりますが、部長職以下の役職です、これから早期に臨時取締役会を開催して合併案を取りまとめ、早期に一本化を進める予定です、その前に林松社長、一言お願いします」林松は咳払いを一つして「まあね、実際に開催してみないと今は何とも言えないんだけど、でもとりあえず今の状況を軽くまとめておこう、まず元OKAMI森上社長が今年中の退職、また専務の郷大も来春までに役職を辞退することが決まった、また元OIDEYASUの方はまだ特に決めていない、しかし副社長が言ったように今後は部長職以下の管理職も対象になる、何か意見があれば早急に伝えてもらいたい、それから総重建設については植永社長が退院となったので、再びお任せすることになった、でも一応ね」「一応とは何ですか」すぐに角末がそう質問した。林松は続けて「先日、植永社長とじっくり話をして、HAYASHIMATUの中に建設部門の立ち上げを検討したんだ、今やほとんどが外注扱いだ、もしそうなれば自社内で出来ることが増えるし、また社員間の交流機会もきっと増えてくるだろうと見込んでいる、そして今回五名の社員が応援に来てくれることになったわけだが、あちらとしてはそのような考えもあるということを知っておいてもらいたい」
そこで角末がこう尋ねて話は続く。「そうしますと、総重建設の植永社長は今後再びグループとして、一本化することに同意されてたということですね」「うん、それは前に言った通り既にご理解下さっている、また海外部門も同様に竹清を中心に協議しているとも聞いている、今のところは以上だな」林松がそう話を終えると、梅川はすぐに最新ニュースと題して増永にメールした。以前、香純と林松の会話の内容を増永から報告を受けて以来、二人の関係は急速に発展していた。また当然、梅川も郷大に報告するので、増永の存在は今や二人にとって大きくなり始めていた。そのことは林松も良い傾向だと捉えつつ、そうして他者へ配慮をしながら伝える能力について、ある一定の評価をしていた。
梅川から連絡を受けた増永は皆にそう伝えると、元OKAMIの社内がわっと沸き立った。「何だか凄いね、確実に進んでる、これまでの会議とは違うよ」「まさにリアルタイムだね」「そうそう」などと次々に声が上がってくる。増永は既に情報伝達係となっていた。「これからどうなるのかな、総重建設の一部が加わるかもしれないって」「建設部門か、凄いな」「もしそうならOIDEYASUと本格的な合併も期待できそうだな」「で、最後は皆で一緒に仕事してたりして」「それはどうかな、すぐには出来ないでしょ」「わかんないよ、何といっても湖層さんがいらっしゃるし」
「はいはい、おしゃべりはそこまで」その声にくるりと振り返ると、郷大が両手を腰に当てながら皆にそう呼びかけていた。するとすかさず増永はその傍へ行き、その情報を郷大にも伝えた。すると「しかし増はいつも早いなあ、俺もさっき知ったばかりだよ」と言い、郷大は苦笑いを浮かべた。
こうして何とか現状のまま進めそうにはなってきたが、役員削減には一部からの反発が見込まれるのは今も変わりなかった。しかしその風向きをがらりと変えたのは総重建設社長の植永で、そのことが殊の外に大きかった。その話は瞬く間に広がりやがて誰もが知ることになると、社員の間でも少しずつ変化が出始めた。今に満足しているだけでは前に進まないという湖層からのメッセージが、それぞれの胸に届きつつある。協力できることは何でもしていきたい。そうした流れが数年の時を経て、再び生じ始めてきた。
次回より第三章へ




