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ひたむき  作者: ナトラ
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独立 ⑥

 それから三か月後、HAYASHIMATUは森上が指定した期日が目前に迫る中、海外赴任へは香純が予想した通り十名が希望し、また退職予定者は五名となった。残り数日の今日、角末はそれぞれに空いたポジションをどうするのかと連日のように会議を行っていた。「ですから、私は早くから言ってたんですよ、これからどうするんですか、もう時間はありませんよ」角末は今日も急かすように訴えていた。湖層はその話を聞きながら静かにペンを走らせていた。すると角末は「副社長、先程人事より当面の業務への支障は軽微だろうと回答がありました、しかしそれは対応出来たところのみの話で、今も人手が足りない部署については未定のままです、どうなさるのですか」声を強めて再度そう尋ねてきた。何かを書き終えた湖層は、それを脇に置いて静かに口を開いた。「何とかしてやるしかないでしょう、それとも期日に間に合わないと、今ここで森上社長に報告しますか、そんなのはごめんです」そうはっきり答えた後も続けて「元OKAMIの人事と協議している話は、その後どうなりましたか」「あちらから異動する人は数名程なので、とても穴埋めとはなりませんよ」「そうですか」湖層は椅子に座ってそう呟くと、背伸びをしながら上を見上げた。そして「ある程度の引継ぎが完了しているなら、しばらく我慢してもらうしかなさそうね、引き続き募集をかけながら」「その他に何か良い方法はありませんか」「残念ながら今のところ、自力では厳しいですね、自力では」意味深にそう言うと、先程書いた文字を角末に見せた。「総重建設、ですか」それを見た角末は続けて「もしかして応援を依頼するとか」「その通りです、期間限定で手伝っていただく、もはやこれしかないでしょう、ただその前に林松社長にご相談しなければならないので、私、これからちょっとあちらへ行って直接、話をしてきます」湖層はそう言った後、林松に連絡を入れてから車を呼んで総重建設に向かった。


 やがて会社が入るビルに到着したので、車から降りてロビーに向かって歩いていると「湖層さん」と呼ぶ男性の声が背後から聞こえてきた。すぐに振り返り相手を見たものの、全く面識がないので「はい、何でしょう」と一言だけ返事した。するとその男性は「申し訳ありません、突然お声がけしてしまって、私、総重建設で人事を担当しております、海末うみすえと申します」と言って名刺を差し出しながら頭を下げた。湖層もそれを受け取って同様に挨拶すると、海末が「先程、林松社長から伺いまして、こちらへどうぞ」と言った。湖層は礼を述べ、その案内で社長室に入った。「里香ちゃん、待ってたよ」林松に会った後、ソファーの傍に立って周囲の様子を眺めた。そこは元OIDEYASU社長室の半分程度の広さで、窓がある反対側の壁にはガラス製のショーケースがいくつも並んでいる。その中にはウイスキーなどのボトルが何本も飾ってあった。その後すぐ、海末は部屋を出て行った。その後、席に着いた湖層がまずこう言った。「私、初めてこちらに来ましたが、やはり相当にお好きなようですね、植永社長も」それに林松は「そうだな、これを見れば誰でもそう思うな、ところで、も、って何だい、あ、俺もってことか」と言い、しばらく一人で笑っていた。


 林松が落ち着いた頃、湖層が話を始めた。先程の角末と交わした内容を林松にも伝えたところ、それなら海末に聞いてみればいいだろうということになり、早速、林松が連絡を入れたその数分後に再び海末がやってきた。そして林松の指示で湖層の横に腰かけた。再び湖層が端的に説明すると、その話を聞いた海末が「そうですか、これはとても私一人では勝手に決められませんので、ちょっといいですか」と言い、携帯電話を耳にしたまま席を外した。林松は「俺はピンチヒッターだから、あんまり詳しくねえんだよ、きっと上司に連絡して確認しているんだろう、ところで植永さんは今週、退院するようだ、さっき連絡あったんだよ、リハビリがきつくて大変だったみたいだが、何とか無事、歩行できるようになったと嬉しそうに言ってたよ」「良かったです、それでは早速乾杯と言いたいところですが、お酒は止めといた方がいいですね、奥様が怒っちゃいますから」「そうだな、それなら香純の食材を扱うことになった店に招待しよう、酒は抜きでな」「それは良いですね、手配しておきます」「ところで、香純の野菜をどのくらいの店で扱うと決めたんだ」「元OKAMIでは一号店と六号店です、和香さんがぜひにと」「なるほどな、それでこっちはどうなんだ」「同じように二店舗から始めます」「すると合計四店舗か」「はい」「金銭面はどうなってる」「現在仮契約を済ませ、これから一時金を支払うとのことです、以後は年間契約ということで、現在協議を進めている最中です」そこで海末が再び戻ってきて「お待たせして申し訳ありません、たった今、専務が外出先から戻られたので、間もなくこちらにお見えになるようです、もう少々、お待ちいただけますか」湖層は問題ないと伝えて海末に礼を述べた。


 数分後、ドアの向こうから「失礼します」と声が聞こえてきた。林松が返事をして姿を現したのは、がっちりした背がとても高い男性だった。湖層も立ち上がって顔を見上げた。「お待たせして申し訳ありません、総重建設の専務をしております窓辺勇三まどべゆうぞうと申します、よろしくお願いします」互いに挨拶しながら名刺交換を済ませた後、湖層が思わず「大きいですね」と口にした。「ええ、二メートル近くありますので」窓辺はそう答えて微笑んだ。香純も背が高いが、さらに十センチも大きい窓辺を見て、湖層が再び「へえ」と声を漏らしていると、林松が「俺も最初見た時、こりゃでかいなと思ったよ」と言って笑った。それから三人は席に着き、話を始めた。海末はお茶を運んで各座席にそれらを置いた後、窓辺の指示でその隣の席に座った。


 湖層から事情を聞いた窓辺がこう尋ねた。「はっきり申し上げまして、今の状況ではかなり難しいとしか言いようがありません、期間限定と伺いましたが、どの程度でしょうか」まず即答で可能だとは露程も思ってなかったとはいえ、湖層はその表情を見るとよりその困難さが伝わってきていた。その上で「半年以内と言いたいところですが、三か月あれば何とかなります」と答えた。窓辺は「そうですか」と俯き、隣にいる海末の方をちらりと見て「どうだい、五名ほど手伝いに行けるかい」と尋ねた。海末は渋い顔をしながら「難しいですね」と答えた。するとそれなら仕方ないと思った林松が「わかった、じゃあ植永社長に相談してみるわ」と二人に伝えると「お力になれず申し訳ありません」と言い席を立ち、二人は頭を深々と下げた後、部屋から出て行った。「さて、どうすっかな」林松は電話を片手にボタンを押した。「林松です、今ちょっとよろしいですか、実は困ったことに今、人が足りなくてですね」と話を始めた。湖層は手帳を開いて何かを書き込んだ。自力で何とかしたかった。しかしこればかりは何ともならない。ましてや人事に文句を言ったところでどうにもならない、今は自分でやれることは何でもやらないと。改めてそう思いながら、次の予定を確認していた。そしてその連絡のために一旦、場を離れた。


 十分程して再び部屋へ戻ると、林松が「何とかなりそうだわ」と湖層に声を掛けた。その話しを聞いてみると、総重建設も確かに人手は少ない状況が続いているらしいが、全くいないわけではないという。もしかすると手伝いに行きたくないという社員達の要望を先に聞いた窓辺が、今回やむなくそう答えたのかもしれないとのことだった。「じゃ、もしかしたらの可能性はまだありますね」「ああ、話の感触だとな、早速、副社長の柿崎と話をしてくれることになった」「柿崎さんはどちらへ」「今、外出してるんだとよ、俺はこの会社のことは全然詳しくねえんだ」林松はなぜ先に柿崎へ連絡しなかったのだろうか、湖層はその話を聞くと理解した。林松は植永とこれからも仕事がしたい、だから自らをピンチヒッターだと例えた。そしてこの会社の中では、自らがあまり前に出ないようにしたのだろう。湖層はきっとそうだろうと思いながら、再び手帳を開いた。


 すると林松が「今やパソコンじゃねえのか、里香ちゃん」その様子を見て言うので「ええ、でも私はこの手書きの方が性に合ってるんです、もちろんパソコンは常に持ち歩いてますけどね」脇にある黒いバッグを指差した。「時代の流れってもんは、歳をとる程年々速く感じるなあ、何でもインターネットの時代だもんな、ひと昔前じゃ考えられんよ」「そうですね、私も若くないので何となくわかります」「おいおい、里香ちゃんが若くないって言うんなら、俺なんかもうおじいちゃんみたいじゃないか」湖層はそれにくすりと笑った。「ところで梅川とは、最近どうなんだい」「特に変わらず、ですね、今はそれどころじゃないので」「まあでもよ、自分の幸せも大事にしないとな」「ええ、わかってますよ」確かにそうだなと思いながら林松と別れた湖層は次の予定先へ向かうため、再び車へ乗り込んで総重建設を後にした。

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