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ひたむき  作者: ナトラ
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あれから ②

 五年前、OIDEYASU海外支店で研修を終えた美穂と優。美穂はデザインの勉強を続けながら企画運営や店舗内外装の全てを担当するようになり、また優も語学と営業力を生かして新店舗拡大に努めてきた。二人の活躍が耳に入ってくると林松はいつも嬉しそうだった。香純は海外の店舗の詳細は知らないものの、そうした話を聞く度に当時を懐かしく思いながら耳を傾けていた。


「ということは、今日は金曜日ですから来週末に帰国ですね」トクが持ってきた徳利を片手で受け取ると、香純はすぐさまそれを林松の杯の中へ注ぎ込みながらそう尋ねた。林松は一言だけ「ああ」と返事した後、続けて「ところで来週よ、俺の家に来ないか」と誘った。料理などを取りに再び台所に戻ろうとしていたトクは、その話を耳にして立ち止まった直後に両腕で丸を示した。その嬉しそうな表情を見て香純は少し考えた後「それは良いですね、ただ・・・」と少し口ごもった。もちろんすぐ同意するだろうと思っていたので、林松はそれを見て次第に眉間へしわを寄せた。そして最終的に「なんじゃい」と、いつものようにぶっきらぼうに詰め寄った。香純はひとまず落ち着こうとそれまで肩にぶら下げていたタオルを左手で取り、額に流れている汗を拭った。また「うちにはこのようなちびっこ達がいますので」と言った。その直後に二人が座敷の奥から姿を見せた。その眼を擦りながら静かにこちらの方へと歩いてきた。


 最初は遠目で見ていた林松は、二人を見るなりすぐさま「大きくなったなあ真純ますみ、リンちゃん」と呼び掛けた。香純も二人へ傍に来るようにと手招くと、二人は互いの手を取り合いそのまま林松の隣まで歩いてきてこう言った。「おいちゃん、いらっしゃい」まず兄の真純がそう挨拶した後、その隣で欠伸している妹のリンも「いらっちゃい」と小声で言った。その間、林松はただ目を細めて「悪かったなあ、起こしちゃったかい」と言って優しく微笑んできた。しかし兄の真純は首を二度左右に振り、香純の後ろにある茶色の戸棚の中へその手を伸ばした。そして中から白い箱を取り出して蓋を開け、小さな青い野球グローブを取り出した。「おいちゃん、こないだ送ってくれてどうもありがとう」と、しっかり礼を伝えた。林松は再び大したものだと思いながら「良いだろ、それ」と尋ねると、真純は照れながら何度か頷いた。リンも後ろからひょっこり顔を覗かせて、兄と同じように「ありがとう」と言っていた。そして「おかあちゃん」と呼ぶと、すぐにトクがいる台所へと足早に向かって行った。


「送ったあれは喜んだかい」その小さな背中を見ながら林松が香純に尋ねた。「ええ、おかげ様で毎日湯船に入ると大はしゃぎで。本当にぐずらなくなりましたよ」そう答えると林松はさらに喜んで「そりゃ良かったなあ。実は美穂もな、風呂前にはいつもぐずってそりゃあ困ったもんだったわ。先月ここに来た時、それを話を思い出してすぐに買いに行ったんだわ」犬と猫の形をした水に浮かぶおもちゃについて、香純は改めて礼を伝えた。すると林松は「ま、それは良いとしてどうなんだ、来週は」と再度尋ねてきたた。この時には既に決めていたので、香純は「お邪魔でなければお伺いしたいのですが」と答えた。すると林松は「何も心配なんかいらねえよ、綾子も会いたがってるし。ただ美穂には何も言ってないけど、ま、このまま言わんでもいいだろう」香純は届いたきゅうりの酢の物を口にし、その話にこくりと一度だけ頷いた。


「よし、じゃあ決まりだな。あとは迎えだが、時間は昼過ぎで良いか」林松が口早にそう言うので、香純はそれなので電車で行くから迎えは遠慮したいとすぐに申し出た。しかしその時、林松は既に電話を耳元に当て「中に来てくれ」と、電話口に向かってそう伝えている最中だった。それからすぐに玄関の方から男性の声がしたので、香純はその場から「どうぞ」と声を張った。すると土間を抜けて姿を見せたのは、先程いたとても感じ良く挨拶してきた一人の若い社員だった。それから林松がまずは一言労いの言葉をかけた後、来週昼過ぎにここまで迎えにくるようにと依頼した。するとその若い社員は、ただ嬉しそうに「はい」と返事をして外へ戻ろうとした時、香純がその後ろ姿に「よろしく頼みます」と一言声を掛けると、その若い社員が再び振り向いて笑顔で「はい」と答えて座敷を後にした。終始そのしぐさなどを感心して見ていた香純は、ここで「何だか申し訳ないですね」と小声で呟いた。それから続けて「しかし本当、感じが良い方ですね」と自身の素直な感想を口にした。すると林松は「実はな、お前のファンなんだ」と言った。それを聞いた香純は意味がよく理解できなかったので、眼を大きく見開きながら「え、俺のファンなんですか」と、林松の前でついうっかり「俺」と言い口を滑らせながら質問したのだが、林松はそれには全く構わずにその続きを話始めた。


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