合併 ④
それから本日の特製ランチをご馳走になった後、皆は店を出ようとしていた。その帰り際にミサからお菓子を貰った真純は「今度、ぼくんちに遊び来てね」と誘った。ミサは嬉しくなり「五歳の男の子に誘われちゃった、困っちゃうな」と冗談を言いながら「じゃ、おいしいものを沢山持って、今度行くね」と伝えた。それを聞いて「やったあ」と声を上げ、真純はリンの手を掴んではしゃいだ。店の中にいる時、真純は厨房の中を覗き込んで料理をしているミサの様子や、傍にある大きな調理器具などを見て「凄いなあ」と声を漏していた。その様子を後ろで静かに見ていたトクも、ここで静かに微笑んだ。
増永への連絡を入れ忘れていたので、林松はすぐに電話した。すると増永はこれから出発すると言うので、そのまま店内で待つことにした。その一方で香純達は、駅まで歩いて帰ると伝えた。すると林松が「いいから増永に家まで送ってもらえ」と言ったが、香純は懐から乗車券を取り出して「もう既に買ってあるんですよ」と言って見せた。続けて「チャイルドシートは近日中に取りに伺うので、それまで申し訳ないのですが、雨に濡れないところへ置いといてもらえますか」と尋ねた。林松は以前より芯が太くなったと、香純を見てにやりとし、一言「わかったよ」と答えた。香純はその礼を言い、そして増永へよろしくお伝え下さいと言った後、家族皆で手を振りながらその場を離れて行った。後ろから見ていたミサが「皆、良い顔をしてるわね」と小声で呟いた。林松はそれを聞くと再びにやりとして「俺達もだろ」と尋ねると、ミサは少し微笑んで「そうね」と静かに答えた。それから大きく息を吸ったミサは「さあて、そろそろ暖簾を出そうかねえ、林さん、迎えが来るまでちょっと手伝ってよ」「仕方ねえな、どれどれ」と言い、林松が暖簾を出すと次々にお客が入店してきた。「おい、バイトはまだ来ないのか」「ちょっと遅れるって、さっき連絡あったのよ、ごめんねえ」「おいおい頼むよ、あ、はい、ご注文ですか、少々お待ちください」
そして激動の一週間が始まる。翌日の朝、林松邸に一本の電話が鳴り響いた。綾子がその電話に出て林松を呼んだ。しかし林松はトイレにいたので、折り返すから相手の連絡先を聞いてくれと綾子に頼んだ。用を済ませた後、林松が洗面台で手を洗っていると「ちょっと、大変よ」と綾子が声を上げた。林松は「で、誰からの電話だ」と尋ねた。時刻はまだ七時前、普段なら電話なんかない時間帯だった。もしあるとすれば身内くらいだ、などと思いながら尋ねると「総重建設の人、あ、またかかってきた」と言って再び電話に出た。「梅川さん、至急だって」綾子がそう言うので、林松は濡れた手を拭きながら電話を受け取った。
「ああ、俺だ、何、植永社長は無事なのか、何、緊急手術、わかった、じゃあすぐに準備してそっちに向かうわ、梅、皆への連絡は頼んだぞ」と言うとすぐにがちゃりと電話を置いた。「総重建設社長の植永さんが昨夜倒れたらしい、理由はまだはっきりわからないけど、これから緊急手術なんだってよ」そう言うと、林松はすぐにタクシーを呼ぶようにと綾子へ頼んだ。二人がそうしてばたばたと準備をしていると、二階から美穂が降りてきて「なあに、朝からばたばたして」そう言った美穂へ綾子が簡単に事情を説明している時、林松は迎えに来たタクシーに乗り込んでいた。美穂は「ねえお母さん、毎日こんな感じなの」と尋ねた。「こんなの、滅多にないよ、驚いたわあ」と言い、綾子は大きなため息をついた。
それから病院へ着いた林松は、先に来ていた梅川からこの件の詳しい話を聞いた。緊急手術ではあったが命に別はないと知って安堵した。梅川の話によると、昨夜自宅で酒を飲んでいる最中、植永がトイレに向かう途中に段差で足を踏み外し、そのまま転倒したという。その後、自力で立てなくなり救急通報し、その後入院となった。「まあ、しかしあれですね、飲み過ぎは要注意ですね」梅川はそう言って苦笑いしたが、林松も思い当たる節があるのか「お前も歳をとればな、それがよおくわかるだろう」と意味深に答えた。とにかく一息ついて安堵した林松は、今後の治療予定を家族から聞き、それからは梅川と総重建設の役員に任せ一旦、自宅へ戻った。
「さて、困ったな」縁側の座椅子に腰かけ、これからのことを目を瞑りながら考えていた。「退院まで三か月、完治は六か月の重症、さてどうしたものか」と考えていると、美穂ががちゃとドアノブを回して部屋に入ってきた。林松は休日の早朝から動いて疲れもあり、美穂へ簡単に説明した。すると「じゃあ退院するまでの間さ、お父さんが総重建設の社長を兼任すれば良いんじゃない」そう簡単に言う娘に対し、林松は一瞬むっとして口にしそうになった。しかし考えてみれば、確かにそうする他にはないのかもしれないと思えた。総重建設の副社長はもちろん今も在籍しているが、林松は彼に一任するには至らないと思っていた矢先の出来事だった。「副社長の柿崎さんには、この全てを任せるのは難しいから、俺が兼任した方が良い」と言った後に飛び起きて「うん、ということは、これも先に進む力になるわな」「え、どういうこと」「OKAMIの社長、ミサにするわ」
それは先日の森上が言ったことに対しての当てつけではなかった。「つまり俺が三社の社長になる、ミサにはしばらく俺の代わりをしてもらうんだ、今、ここを乗り超えるにはそれしかねえだろ」美穂は林松のその迫力を感じつつ「出来るの」と尋ねた。林松は「だからやるしかねえだろ、他に何か方法があるんかい」と言葉を強めて言った。美穂は少し黙った後、首を大きく左右に振った。「そうだろ、今はやるしかねえんだ、よし明日、全社に通達を出す、異論あるならいつでも面談するからと一筆添えてな」林松はそう言うとわははと笑い、部屋から出て行った。




