合併 ③
「で、森上さんの後はどうすんの」けいこがそう尋ね、話は続く。「まだ俺も詳しい話をしてねえけど、本人の意思は固そうだな、ただ今すぐじゃないから、まあ一年くらいあれば何とかなるだろう、な、香純」林松はそう言って香純に話を振った。「さあ、どうでしょうね」と真顔で答え「昨日は本当に驚きました、それで森上さんはこれから双方を分けるつもりだと仰ってましたが」と言うと、林松はすぐに「それはさっさと名称変更して各部署の整理する、そこから先に進めるということだろうよ、そこでお前が持ってきたあれが役立つわけだ、昨日はああだこうだ言っていた里香ちゃんも、内心はきっとそう思っていることだろうよ」と言って笑った。
そう言って腕時計をちらりと見た林松は、時刻は既に九時を回っていたので「そろそろ時間だな、姉ちゃん、また来るわ」と言うとすぐに立ちあがった。するとちょうどインターホンが鳴り、けいこが答えた後に増永が迎えが来たことを知った。その後、駐車場に向かう途中、整備が行き届いた畑を見ながら香純は一言「綺麗ですね」と伝えると、けいこは「趣味でやっているんだけど、これがなかなか大変でね」と言い微笑んでいた。香純は頷き「近いうちに野菜をお送りしますので、ぜひ試食してみてください」と言うとけいこは楽しみにしていると喜んだ。そして「今は大変だろうけど、辛抱ね」と言い、その背中に優しく触れた。
駐車場には、既に増永が車を停めて外で待っていた。「ちょうど良かったよ」林松がそう言って声を掛け、けいこに「これからちょいちょい来るだろうから、よろしくな」と紹介した。増永は挨拶して深々とお辞儀をしていた。けいこはその傍に近寄り「よろしくね」と笑顔で答え、それから全員が車に乗り込み、林松はけいこに向かって無言で左手を振り挙げた。けいこもそれを見て自身の右手を挙げた。車はそれからゆっくりと動き出し、自動で開いた門を抜けて通りに出た。すると増永が「すみませんがお聞きしたいことがあります」と前置きしてから「森上さん、お辞めになるのですか」と尋ねてきた。林松は一瞬、目があった後に香純が「このまま何も変わらないなら、あと一年以内に引退するつもりらしいよ」と伝えた。それを聞き、梅永はただ驚いていた。少しの沈黙の後「でもそれって、もし変わったら引退しないってことですよね」と言うので、香純は再び林松を一瞬だけ見てから「それは森上さんに直接、聞いてみたら良いんじゃない」とだけ答えた。自分はとうの昔に管理職ではない。もはやこれ以上は突っ込む必要はないと思った。すると林松は普段と全く変わらない様子で「ところで何を食べてきたんだ」と尋ね、その後も会話は続く。「ラーメンです」「しかし朝っぱらから大したもんだ、俺も昔は良く食べたけど、香純はどうだい」「今は基本的に飯ですね」「俺もだな、で、旨かったかい」「そりゃあもう、満足です」
そうして再びホテルに戻って全ての用事を済ませた後、香純は家族を連れて再び車へ乗り込んだ。子ども達は二人に「おはよう」と挨拶し、トクはチャイルドシートの礼を改めて増永に伝えた。ちょっと照れくさかった増永は「全然、大丈夫ですよ」と笑って見せた。その後の車内は子どもがはしゃぐ声に包まれ急に賑やかとなり、やがてホテルの敷地を抜けた。そして駅前の通りを走り出した頃、林松が「トクちゃん、今日は済まなかったな、朝早くに」と言った。トクはそれに「全然、ゆっくり出来ましたので」全く問題なかったと伝えた。それから五分程走り、例の場所付近に到着した。そこまでの道筋から、何となく感づいた香純は「一号店ですか」と林松に尋ねた。すると林松は「そうだ、昨日あれから電話したんだ」と答え、車を店の前に着けるようにと増永に指示した。到着後、香純は先に降りて荷物を外へ出していると「別に積んでおいても構わんぞ」と林松は言った。しかし香純は「いや、貴重品がありますし」と言いながら、大きなバッグとビジネスバッグをそれぞれ取り出した。それからトクと子ども達が降りた後、林松は「終わったら連絡するからまた来てくれ」と増永へ依頼した。すると増永は「一旦、事務所に戻ります」そう言った後ろからは、香純達が皆で手を振っていた。増永もそれに右手を振り答え、その後はすぐに車を走らせた。
皆で店に入ると、既にミサは忙しそうに厨房内を歩き回っていた。「良かったわ、また来てくれて」そう言って席を案内した。「大体、決まったよ」林松は席に着くなりミサへそう言った後、ついでにビールも頼んだ。その表情を見て「はいよ」と答えたミサは、レジの隣にあるケースからそれを取り出していた。その時「私もお手伝いします」と言ってトクが急に席を立ったので。ミサは喜んで「ええ、本当」と言いながら軽くその手を握りしめた。トクも嬉しそうに握り返すと、ミサは礼を言った後にその手を放してからそっと軽く体を抱きしめた。トクも同じようにしていると、厨房からじゅうじゅうと音が漏れ聞こえてきた。ミサは慌てて「いけね、火をかけたままだったわ」と言うと再び厨房の中へと入っていった。久しぶりの一号店は当時の様子と今もほぼ変わらず、それをトクは懐かしく思いながらエプロンをかけていた。そして香純と出会った日のことも密かに思い出していた。
鍋の火を止めた後、再びミサが林松のところに来て「で、何が決まったの」と尋ねた。林松は瓶ビールの栓を抜き、ミサが持ってきた二つのコップの内、その一つを香純の方へ片手で押した。すると香純は「いやせっかくなんですけど、帰ったら動かなきゃならないんで」そうやんわりと断ったが、林松は「一杯くらい良いだろ」と勧めてきた。しかし香純はそのコップを林松の方へと戻した後、直接その瓶を手に持って「いや、本当に今飲んじゃったら大変なんで」と言って、そこへゆっくりと注いだ。林松はちらりとその表情を見て、なるほどこれは真剣な目つきだとわかるとそれ以上のことは言わなかった。「まあいいや、おう、あんがとさん」と言うと、それを一息に飲み干した。
トクは子ども達の飲み物を用意していたが、その様子を見ていたので香純の分も急遽追加した。林松はその後「今後の方針だよ」とミサへ伝えた。そして先程けいこに伝えたことを、ミサに伝え始めた。その間、香純達はそれぞれジュースで乾杯し、その後は二人の話を静かに聞いていた。昨日はその話の全て聞いていたわけではなかったトクも、子ども達の面倒を見ながらそれをじっと聞いていた。
真剣な表情でその一つ一つを聞き終えると、ミサは納得した表情を浮かべた。林松が「それでこれからちと忙しくなりそうなんだ、だからここのランチタイムは誰かにやってもらうように手配するから、しばらくの間は事務所に出てきてもらいたいんだ、森上社長には俺から言っとくから」と伝えるとミサは数秒だけ考えた。その後すぐに「わかったわ」と返事をした。長年の付き合いから林松がそこまで言う意味を、この時ミサは瞬時に理解していた。そして一言「これから荒れるわね」と言うと、林松は「ああ、多分そうなるだろうな、でもこれも先に進み続けるためだ」と答えた。
それからは美穂の話題となり、林松は香純から杯を受け取りながら「美穂な、あいつはかなり影響を受けてたんだろうな」と言った。「香純、お前も昨日思っただろ、誰かさんにそっくりだって」それを聞いた香純は思わず笑い出し「それってもしかして、湖層さんですか」と尋ねた。すると林松は頬を緩めて「そうそう」と言うと、それからしばらく二人で笑い合った。そうしているところ、厨房から調理が一段落したミサが戻ってきて「ところでさ、綾ちゃんはそれ知ってるの」と林松に尋ねた。「いや、今さっき姉ちゃんのところへ行ってきたばかりだから、まだ何も言ってねえよ」二人の話は続く。「これから顔を合わせること多くなりそうだから、その前に一度会っておいた方が良いよね」「別に大丈夫だろ」「いや、その方が良いよ」
ここで香純は五年前、自身の結婚式で見ていた光景を思い出していた。それまで二人の関係について詳しくなかった香純だが、そうして仲良く話をする様はまるで姉妹のようだと思い、当時そのことを林松に尋ねてみた。「違う違う、幼馴染ってやつだ」「俺な、若い頃は意外とモテたんだ、それで綾子とミサの三人でいろんなところに遊びに行ったりしてたんだ、ただそれから皆で歳を重ねるといつしか結婚を考えるだろう、それからはいろいろあったけど悩み抜いた末、綾子と結婚したんだ、たがその時はなあ、ほぼ毎日のようにそればっかり考えてたよ、今は何とかなりそうだし、きっとこれで良かったんだろう、そう思っているけどな」「綾子を選んだ理由はある、それは美穂を見ればすぐにわかることだ」「じゃあ逆に聞くけどよ、お前は何でトクちゃんを選んだんだ」その問いを聞いた瞬間、香純はそれかと腑に落ちて心が震えたことを今もよく覚えている。二人とも好きだ。でもこれからを考えた時、どちらと生涯共に過ごしたいか。「なんだか似てるなってさ、俺はお前たちを見ながらそう思ってたよ、香純、結婚おめでとう」




