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ひたむき  作者: ナトラ
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これから ⑧

 トクと綾子が二人でそのノートについて話をしているところへ、ちょうど顔を覗かせた美穂。その時にそれを知ってさすがに驚いた。その直後から自分でも不思議に思う程、双方の考えが次々と浮かんできた。そこで皆へ説明したわけだが、まるで急に何かのスイッチが入ったかのようでもあった。今こうしてそのことを思い返してみると、それはきっと我が子の主張を全面的に支持していたトクの姿を実際に間の当たりにしたからだろうと、林松の話を聞きながら静かに振り返っていた。


 そう感じながら「だから」と声を上げ、続けて「だから合併するにしてもさ、グループ再建のためだけじゃなく、自分達のためにもなるかってことだよね、これからどこを目指していくのよ、グループ再建なの、それとも」と言い、後は黙った。それから一息ついて「でもさ、これって何ていうのかな、合併してがむしゃらに行くんじゃなくて、ううん、何ていえば良いのかな、私のイメージとしてはね、好きな事をただ黙々と積み重ねていくような感じなんだけど」そう口にすると、すかさず湖層が「それってさ、ひたむきにってことじゃない」と言った。それを聞いて美穂は嬉しくて「そう、そう、それよ、それ、ひたむき」と言った直後「です」と付け足し、けたけたと笑っていた。他の皆はそれを黙って見ていた。それには一切構わずに、美穂はさらに続けて「それですよ、まさにそれ、ひたむきに、これからはそう、ただひたむきに走って行くだけ、これって今の私達にぴったりだと思うんですよね」香純もそれに大きく頷き答えた。美穂はその姿を見てさらに喜び、少しだけ背筋を伸ばしてから胸を張って「これからはそういう時代なのよ、お父さん」そう言って林松の右肩をポンと軽く叩いた。それにきょとんとしていた林松は、自身の頭を右手人差し指でぽりぽりと掻きながら「まあな、でも確かにがむしゃらに行く歳じゃないからな、俺は」と言って笑い、皆に対して今後はその方向で進めていく予定だと改めて説明した。


 皆は「まあ、名前だけなら可能なのかな」とか「OIDEYASUの他の幹部たちはどうなのかな」という話題も出ていた。そこで森上が「私はあちらのことは対して詳しくないので」と前置きしつつ「それは林松さんにお願いして見たら」と、そのことについて尋ねてきた梅川にそう言って促した。その会話を聞いていた林松が「それはあんまり心配いらないぜ、な、里香ちゃん」と言って振り向いて話を振った。すると湖層は「ええ、今日は顔を出せませんでしたが専務と常務、それから他の管理職については、私が就任する以前から既に納得の上で今の体制になっていますので」さらりとそう答えた後、続けて「それを前提として皆さん引き受けてくれましたので、特に心配いりませんよ」きっぱりとそう答えた。すると梅川が「じゃあ後は、いよいよ一般職の皆さんと対峙するということですね」と言った。それに湖層が「確かにそうなんだけどさ、でもこれがなかなか簡単にはいかないのよ」と答えた後も二人の話は続く。「そのノートがあれば話が早そうですね」「確かに、でもこれを公表するかはまだ決めてないから、まずはこの中身をよく見てからじゃないとね」


 郷大もその話を一応、聞いているようだった。しかしその様子を脇から見ていた美穂が「郷大さん、合併について他に何か良い考えありますか」ふいにそう尋ねてみた。以前であればこうしたことは直球で尋ねたが、今ではそのような質問も出来るようになっていた。ちょっとした様子を察知しつつ、相手を鋭く見ていようとその動向に注目していた。すると郷大は「少し眠くなってきちゃった」と言いつつ、ここでようやく口を開いた。そして「これはさっき言おうかと思ったんだけどさ」と言い、続けて「最初に言っておくけどさ、俺は別に今の仕事への不満はないんだ」と語り始めた。美穂以外の人たちは急にどうしたのかと思いつつ、その後に注目した。


「もし現在、仮に自分がしている仕事を誰かやってみたいという人がいるんなら、俺は今すぐにでも喜んでその人に教えたいね」それを聞いた梅川は真っ先に「え、あのう郷大さん、急にどうしたんですか」と驚きながら尋ねた。郷大はそうは言っても特に変わらない様子で「実は会社立ち上げの時さ、そもそも管理職を一回蹴ってるんだよね、俺」と呟いた。すると梅川はさらに驚いて「え、誰を蹴ったんですか」と言って詰め寄った。すると郷大は笑い出して「あはははは、違うよ梅、俺はそんな事なんかしねえって、蹴ったってのは断ったってこと、お前酔っぱらってんのか」と言いつつ、隣にいる森上の表情をさっと覗いた。森上は表情を全く変えず、今もグラスに入ったワインを一人静かに眺めていた。その一方で梅川は、確かに郷大が言うように多少酔ってはいたものの「あはは、なるほどそっちですか」と笑って答え、それと同時に額からわっと噴き出した大粒の汗をひたすらハンカチで拭っていた。その様子を向かいの席から眺めていた林松が「そういやそうだった、そんな事もあったな」と言ってちらりと見たので、郷大はそれに軽く頷きつつ「ま、随分と前の話ですけどね」と答え、再び話を続けた。


「五年前、いや正確には四年半前か、俺が役職を受けた時、もちろんそれは林松さんの依頼があったからだけど、でもこの仕事っていうのは、当時、俺にしかできないと思ったから引き受けたわけ」そう言って胸を張った。でも実際のところ、香純が辞めた事で急遽そうなったというのが事実だった。しかし郷大はそれを口にしようとはせず、敢えて明言しなかった。その後も続けて「でね、俺ってさ、やっぱり現場仕事の方が向いているんだわ、自分でもそう感じる時がこの頃やたら多くてさ、それでほら、こんなになっちゃって」と言って、自身の腹を右手でぽんぽんと打ち鳴らした。その時に林松は何かを言いかけたが、すぐ視線を落とした後にまた黙った。郷大はさらに「だからやっぱり配送だなって思ったんだ、休みの日に金を払ってジムに行くのなんか、俺にとっては何だか性に合わないんだよなあ、それなら体を動かしながら金を稼いで鍛えた方が良い、今回つくづくそう思ったんだ、だから後一年かな、それくらいで実現出来ると良いなって思ったんだよな」そうしみじみと語った。


 その話を聞いた林松は「郷ちゃんも本当に良くやってくれてるよ、皆をまとめる役なんて、誰にでもそう簡単に出来る事じゃない、ただこれからの流れ次第ではさらに負担になるかもしれない、けど、でもこれからも協力してもらいたいな」これまでの功績を評価しながらそう依頼した。すると郷大は、その意味を瞬時に理解した上で「それはもちろんですよ、そもそも自分で引き受けたことなので、このまま最後までやっていくつもりですけどね、但し一年以内であればですかね、一応その目安として、ここで正式に決めておきたいですね」と、正直に自分の意思を明確に伝えた。

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