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ひたむき  作者: ナトラ
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これから ⑤

 その後、再び重い口を開いた優の話によると、野菜を現地調達しなければ収益の採算が合わないことはもちろんの事、付き合いのある現地農家との関係にも多大な影響を与え、それにより出荷が急停止する可能性もあると説明した。その話を聞いて湖層は「なるほどね、これも簡単にはいかない話だよね」と言い、自身の頭を掻いた。それから森上が「私は海外の事は良く知らないんですけど、新しい事を始める時というのはね、それまでお付き合いがあった方とお別れする可能性もあるのよね」と言うと、先程に関連した話かと思いながら皆は耳を澄ませた。それから続けて「ですから優、あなたがまずどうしたいのかという事、それをはっきりしてから上司に相談したら良いんじゃねえの」と口にした。そこで林松が「そうだなあ、まずはそれからだな」と言うと続けて「優、その覚悟があるかどうかを今じっくり考えて、それから話をした方が良いぞ」そう言って酒のおかわりをくれと台所に向かって投げ掛けた。香純はその間、皆の話を黙って聞いていた。そしてなるほど優も海外で相当鍛えられたなと思いつつ、酒を取りに行こうかと席を立ち上がると、そこで優が見上げて「香純さんはどう思いますか」と尋ねてきた。そこで一瞬、立ち止まった香純は「少し待ってくれ」と伝えた後、トクの所へ行って酒を受け取り、それから再び席に着いて尋ねた。「これは優が来る前に話をした事だけど、俺はもう部長じゃないから正直言って役に立つかどうかわからないよ、それでも良いかい」その問いに優は「はい、ぜひ聞いてみたいです、お願いします」と頼んだ。そのため香純は手酌で御猪口に酒を注ぎ入れ、それを一口飲んでから「よし、じゃ」と言って話を始めた。


「俺もお二方の意見に賛成だよ、今はこうして農業をしているからそれがとても良くわかるし、実感もしている、そこで俺が一つ言えるのは自分で農業をやりたいと決めて、その覚悟があったからこそ今こうして何とか続ける事が出来ているわけだ」そこまで話をすると林松が「まあグループ解散がなあ、お前の所に出資する金を減額しなけりゃならなかったのは、全くの予定外だったな」と言うので、香純はそれに頷いた後「まあでも、何とかなりそうですので」と言いつつ苦笑いした。その間、優はじっとこちらを見て続きを待っていた。香純はその視線を感じつつ、再び続けた。「それでね、農業の中にも色々な方法があるのは知っていると思うんだけど、まずそれについて簡単に言えば、収穫量を増やすためには何かと必要になるという事が実際にあるんだ、例えば雨が続いて害虫が大量に発生した場合なんかは、そのまま何もしなければ予定していた数量にならないし、それどころか準備してきた事が一晩で台無しということもあるんだよ、その後に何とか収穫出来るようにと頑張るんだけど、でもそれってお金のためだけという訳でないんだ」「これは綺麗事じゃなくて言うんだけど、そうして毎日精一杯やったとしても被害が残った時、最初はどうしても受け入れる事が難しくて、他に防ぐ方法が実はまだあったんじゃないのか、ああすれば良かったなこうすれば良かったとか考えてね、でもそうした経験というのは翌年に繋がっていくもので、その事がようやく最近になってわかるようになってきんだ」ここまで話をすると皆、香純達のその五年間をそれぞれ想像していた。「以上が今言える事だな、これが参考になるかわからないけど」香純はそう言って酒を一口飲んだ。


 優の表情はそれまでと比べ、香純には何となく腑に落ちたように見えた。そして「そうですか、とても勉強になります」と優が香純に礼を伝えた後、森上が香純へ「あなたって随分変わったのね」と言い、そして湖層も「良いなあ、私もやってみたい、今度教えてよ」と続き、さらには郷大も「なるほど、俺もなあ」と口にしたものの、その先は何かを一人呟いていた。また林松は「ま、大体は良いんじゃねえの」と言った後、続けて「おい香純、なら来週からこっちに戻ってきたらどうだい」と声を掛けた。しかし香純はそれには何も言わず、ただ微笑んでいた。それを見て林松は「まあ、冗談だけどな」と言って席を立つと再び鉢巻をして「ちょっと一服がてら、代わってくるか」と言い、網戸を開けて外にいる梅松に「よおし、俺が代わるぞ」と呼びかけた。その後ろには香純も続いた。


 鉄板の上には肉や魚、それに貝やエビなども焼き上がってきた。それから野菜もずらりと並んでいる姿を見て、香純は「ここに運んだけど台所に持って行けば良かったな」と呟いた。会議中、トクは台所から何度か往復して野菜を取りに来て、洗って切ったりと準備を済ませていた。「後で謝るか」香純はそう思いながら煙草に火を着けた。梅川と入れ替わって鉄板に近づいた林松は「ちょっと弱いな」と言って焼き台の下を覗き込んだ後、すぐさま炭をいくつか投入した。「意外ですね」手際の良い手つきを見て香純がそう言うと、林松は「俺がうんと小さい頃なんか、こういうのは当たり前だったからな」と言うと静かに空を見上げた。そして林松が「一服したら代わってくれ、俺も煙草吸うわ」と言うので、香純は慌てて「お先にすみません」と詫び、すぐに煙草を灰皿へ投げ込んだ。それを見て林松が笑いながら「良いよ良いよ、お前はもう社員じゃねえんだから」と言い、香純も「いやはや参りました」と言って二人して笑った。しかし林松は急に表情を引き締めて「いいか、これからが正念場だ、焦がすなよ」香純の目をじっと見てそう言いながらトングを手渡してきた。香純はそれが鉄板の上に並ぶ食材についての話なのか、それとも先程の話かと思ったものの「はい」とすぐ返事をし、それをしっかり受け取った。林松はそれから後ろの椅子に腰かけて煙草に火を着けると、一服しながらしばらく香純を見ていた。「全く大した奴だよ、お前は」一言そう呟いて夜空の星を再び見上げ、自身の幼い頃をじっと思い出していた。

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