これから ①
綾子に和室へ案内してもらい荷物を置いた後、トク達は皆がいるリビングに向かった。そのドアの前に着くと既に声が聞こえてくる。「やだあ、社長って案外そういうの好きなんですね」「ああ、なかなか良いだろう」「なんか似合っているかも」一体何の話をしているんだろうと思いながら、綾子がドアを開けた後に続いて中に入ると、湖層がすぐに「トクちゃん」と声を上げた。それから傍に来て、子ども達に笑顔で「きゃあ、かわいいわあ、あれいくつだっけ、ええとお名前は」と話しかけていた。真純は照れながらも自身の名を言って片手を広げた。それを見て湖層が「五歳ね」と尋ねると、真純はそれに「うん」と頷いた。リンはトクの両足の後ろにいて、その隙間からじっとこちらを見ていた。それなのでトクが「リンは二つだよねえ」と言いながら自身の股下を覗き込むと、一回だけこくりと頷いた。「初めましてになるのね、結婚式の時はまだ生まれてなかったよね」「ええ、真純はまだお腹の中でしたので」トクがそう答えた後、改めて湖層の全身を眺めてみた。当時と変わらずスタイル抜群で、黒のパンツスーツがやはり良く似合っている。少しも変っていない姿に驚きながらも「お久しぶりです」と改めて挨拶した。すると湖層は「トクちゃん、かなり印象が変わったわよね、でも相変わらず可愛いし綺麗だわ」と褒めた。トクも先ほど思った事を素直に伝えると「まあ、歳とっちゃったけどね」と言った後、にこりと微笑んだ。そして隣からは「トクさん、俺の事覚えてる」と聞こえたので、振り返ってみた後「もちろんです、郷大さん」と答えたが、その白シャツ姿は以前よりも一回り大きいように見えた。その腹部辺りをトクがちらりと見ていると、それに気づいた郷大は「そうなのよ、また太っちゃってね」と言って右手を後頭部に当てて笑った。「和香さん、お元気ですか」「うん、おかげさんでね、今日は仕事休めないから来れないけど、よろしく言ってたよ」それを聞いて自身も会いたかったと伝えた。郷大と和香は約三年前、香純が研修を終えた頃に一度だけ訪ねてきた事があったが、こうして会うのはそれ以来となる。
次に、その後ろから「では、私の事はどうでしょうか」と声が聴こえたので、トクはさっと振り向いて相手の顔をじっと見た後に小声で「梅川さん、ですか」とあまり自信なくそう尋ねると、その本人は「ああ、良かった」と答え、そして改めて「常務の梅川です」と自己紹介したので周囲の笑いを誘った。その梅川は「昨年伺ってあまり話をしていないけど、でも覚えていてくれて良かったあ」と言って胸を撫で下ろしたが、トクはそれを聞いて「そうだった、確かにいらしてた」とここで思い出し、全く忘れていたので一言「すみません」と謝罪した。すると湖層が笑いながら傍に来て、梅川の背中をぽんぽんと軽く何度か叩き「まあまあ」と声を掛けた。梅川は何度かそれに頷いた後、トク達に何を飲むかと尋ねた。「私はビールが良いです、子ども達はジュースを頂ければ」トクがそうはっきり答えると「わかりました」と言い、梅川は席を立った。それからトクは和室へ戻り、持ってきたピンクのエプロンに袖を通しながらお土産を片腕に引っ提げ、その後台所へと向かった。その途中に郷大のとなりで一緒に遊んでいる真純に「リンのことお願いね」と頼むと、郷大が「大丈夫だよ、一緒に見てるから」と言って自身の腹部をぽんと叩いた。すると真純も隣から手を伸ばし、その腹部を円を描くように触っているのを見て、トクは思わず笑って「すみません」と依頼した。
台所は既に綾子が慌ただしく準備をしている最中だった。そこへトクが「私もお手伝いします」と言って中に入ると「悪いわねえ」と答えつつ、先程注文した飲み物を用意しているところだった。トクはいつもの事で比較的慣れているが、大勢の客が久しぶりな綾子は結構戸惑っていた。しかしトクの申し出からほっとして「今日、このまま誰も手伝ってくれなかったらどうしようと思ってたのよ」と自身の胸の内を明かし、続けて「うちの美穂ったらまだ帰ってこないのよ、出かける時には夕方には帰るなんて言ってたのに、今頃どこをほっつき歩いているのかしら、トクちゃん悪いんだけど美穂が帰ってくるまで付き合ってくれる」トクはその依頼を快く引き受けた。そして「忘れちゃうから」と言ってミサから預かったビニール袋の中から、新聞紙に包んだパックを二つ取り出してそれを並べながらこう言った。「ここへ来る前に一号店に寄ってきたんです、それでこれはミサさんからのお土産です」と言って開けると、中には小エビや貝柱などが入ったかき揚げで、それが二十枚ほど入っていた。それを見た綾子は「そうだったんだ、これはおいしそうね」と言い、続けて「これは鉄板で温めてから食べたの方が良いわよね、だからトクちゃん悪いけど、外のテーブルに置いといてくれる」と頼んだ。トクは返事をしてパックを二つ重ねて持ち、それから台所を離れた。「ミサの所に行ってきたんだ」綾子は冷蔵庫を開けて中を覗き込みながら、一人ぼそっと小声でそう呟いた。しかしすぐに「でも良かったわ、トクちゃんが手伝ってくれるならもう大丈夫ね」と言い、中から缶ビールを取り出すと、その蓋を開けてグラスに注いだ。
それから林松と庭から戻った香純も皆と互いに挨拶をし、再会を喜びながら皆で乾杯をした。「実は既に少し飲んじゃっているけどね」森上が香純にそう言った時、ここで林松が「そうだった、綾子」と急に声を上げた。何だろうと思いながら、一口飲んだ直後に顔を覗かせた綾子に「美穂な、姉ちゃんの所に寄ったらしいわ」と伝えた。すると綾子は「ええ、それなら連絡くらいすれば良いのに、わかったわ」と言うと、自身の両頬をぷくりと膨らませた。そしてすぐ隣にいるトクに「うちの社長ったら、まずそれを先に言ってくれないと、ねえ」と、その顔を覗き込むようにして言ったので、トクはその真剣な表情を見て「ふふふ」と思わず声を漏らした。するとその真顔のまま、さらに綾子が「あら、何か面白い事言ったかしら」と再び尋ねたので、ここでトクはもう笑いが止まらなくなり、ついに「あはは」と天井を見上げて大声で笑った。居間にいる皆にもその笑い声が聞こえて、ここで梅川が「トクさん、綾子さんと仲良いみたいですねえ」とビールを注ぎながら香純に言った。何故笑っているのかわからないものの、香純はこうしてトクが笑っている時というのは大抵物事が進む事を知っていた。香純は梅川に「ええ、みたいですね」と答えながらそう思うと、ここで一息にビールをぐいっと喉の奥へと流し込んだ。




