それから ⑥
「ところで今日の予定だが」林松がそう言って煙草の灰を捨てた後、続けて「まずその前に増永から聞いたが、何、お前がここまで運転してきたんだってな」と詰め寄ってきた。そのため香純はここで一通り説明すると、急に林松はきょとんとして「そんなの別に気にしなくて良いのによ」と言って煙草を一口吸い、煙をゆっくり吐いた。その反応を見て香純は静かに嬉しく思っていると、林松は続けて「まあでもお前がそう決めた事なら、別に構いやしねえけどな」と言ってから続けて「そんで今日はな、実はこれから主な幹部がうちに集合することになってんだ」と、それは既にミサから聞いていたので香純は大して驚かなかったが、聞けばOKAMI社長の森上やOIDEYASU副社長の湖層、それからOKAMI専務の郷大と噂のOKAMI常務の梅川が来ると言う。香純はそれに「へえ」と答えてから、何かを思い出したように「それで美穂ちゃんは」と尋ねた。すると林松は「もう来てるわ、何だか予定が早まったとか言ってな、昨日のうちに帰ってきたんだ」と答えた。その後の話によれば、美穂は現在OIDEYASUにいてそこに優も同席しているという。「やっぱり優も帰ってきたんですね」林松は何度か頷いて膝を打ち「そうそう、それなんで早速、森上に軽く小突かれたみたいだわ」と言って笑い、香純も一瞬だけにやりとした。
「もうそろそろこっちに着く頃だろ」林松はそう言うと腕時計をちらりと見て、その後も二人の会話は続く。「いわゆる幹部会みたいなもんですね」「まあな、でも良い機会だよ、普段は皆で集まることもなかったからなあ」「それであの本題に入るのですね」「そうだ」「きっと上手くいきますよ、考えがありますので」と言い立ち上がった香純は「じゃあ一旦風呂入ってくるので、さっきの車を貸してください」と頼んだ。すると林松は「それは構わんが、お前たちが嫌じゃなけりゃうちの風呂に入ったら良いのによ」と言い、その返事を嬉しく思いながら香純は「いやいやさすが悪いので、じゃあちょいとお借りして行ってきますわ」と言って立ち上がり、煙草を灰皿に捨てると母屋に向かって歩き出した。「考えがあるか、まあ任せてみるか」林松はそこに座ったまま両手を上に挙げ、それから両足も伸ばしながらふわわと声に出して大きく背伸びをしていた。「これでようやく今後が決まるな」と、そうして意気込んでいると胸元にある携帯電話が鳴り出したので、それを片手でさっと取り出した後に耳元へ当てた。「もしもし、どうしたんだい姉ちゃん、うん、なんじゃそりゃ、俺は全く聞いてないぞ、それで何だって、ふうん、で、明日は大丈夫なんだろうな、わかったじゃあ予定通り、はいはい、それじゃ」「姉ちゃんの家に寄るなんて一言も言ってなかったな、別に親族だから構わんが、しかし美穂は俺と似たところがあったんだな、はっはっは」
それから香純達は林松から借りた車で再びホテルに戻ると、髪のカットを終えたトクが待つロビーへそれぞれ入って行った。そして真純がすぐに「あ、おかあちゃんだ」と言って早々にその姿を見つけて駆け出したが、香純とリンはゆっくりとその後を追った。トクの姿はこうして遠目で見ても明らかに違いがわかる。着ている服はさっき見た時と同じジーンズ姿だが、その髪はとても短くて耳元がはっきりと見えていた。やがてその場に近づくにつれ、全体的に細かく見えてきた。後頭部付近はふんわりとしていて正面から見れば髪を二つに分かれ、さらに前髪は額にかかる程の長さになっていた。それを見て「これまた随分と短く切ったんだな」と香純が思わず声を漏らすと、それに対してトクが「どうかな」と尋ねる様子が胸をくすぐった。「良いよ、とても良く似合ってる」香純はそう一言だけ、その眼を見つめながら伝えた。
香純と出会ってからこの間、これ程まで髪を短くしたのは今回が初めての事だった。香純がセミロングかポニーテールが好きだと知っていたのでこれまでずっとそうしてきたが、しかし今回こうして髪を短くして香純に見せるまでは少しの不安はあったが、それでもこうした感想を聞けた今は次第に嬉しさが込み上げてきた。香純は「ありがとな、当時つまらない事を言ったから、それで今までずっと・・・」と言ったが、トクは「違うよ、私がそうしたかっただけ」と言って引かなかった。「似合ってる」久々に香純から聞いたその言葉が今も繰り返し胸に響いてくる。その後トイレに行って鏡で改めて自分の髪を見て、トクはしばらくぶりに微笑んだ。
「さて、風呂に行くか」「私は帰ってきてから入るわ」「そっか、じゃあ子ども達と入ってくるわ」「冷えないかしら」「大丈夫だろ、風呂出てから温かくしてれば」「じゃあ私は部屋にいるから」「わかった、よし大きな風呂に行くぞ」「わあい」真純が喜んで声を上げ、一人で先に大浴場を探すと言いながら館内図があるところを探しに行った。リンが香純に「あれ持ってく」と言うので、トクは林松からもらったおもちゃをバッグから探し出してその手に預けた。「リン、落としちゃうからお父ちゃんに渡しとくね」と言って猫を渡すと嫌だと言って騒ぐ。ならば今度は犬の方を手渡すがそれでも止まない。「だから両方持つと落としちゃうよ」トクがそう言ってもリンは構わずに声を上げて騒いでいる。「一体、誰に似たんでしょうね」トクはそう言って香純の方をちらりと見たが、香純はそれに「ねえ」と一言だけ答えた後、トクからそれらを受け取り真純の後を追った。それから小一時間後に部屋に戻った。それから身支度を整え、再び車に乗り込んで林松邸に向かった。
「お風呂大っきいし、とっても広かったよお」真純は興奮して伝え、それをトクは嬉しそうに「良かったわね」と答えた。リンは再び眠くなったようでシートに座ったまま、うつらうつらとしていた。それから十五分程車を走らせて林松邸へ到着した。時間は十八時を少し過ぎた頃、上空はまだ明るいものの西から夕日が次第に差し込み始めていた。駐車場には見慣れない高級車が増えていたので、誰かが既に来ているのはわかった。もしかしたら皆が到着しているかもしれないと思いながらも屋根付きポートは三台駐車できる内、その全てが既に満車だったので「さて、どこに置いたら良いかな」と車内で一人呟いていると、外からかすかに「そこで良いよ」と声が聞こえた。そのため香純はすぐに窓を開け、しばらく耳を澄ましていると「香純、そこで良いよ」と再びはっきりと庭先の方から聞こえてきたので声がした辺りに目をやると、煙に包まれているので全く見えなかった。しかしその声は明らかに林松であるとわかった香純はそこでエンジンを止め、皆を降ろしてその庭先へと向かった。そこに近づくとやはり林松がいて、その後ろからは懐かしい人達の姿が見えた。
「久しぶりね」森上と湖層、それから「元気だったかい」と郷大に「おかえりなさい」と梅川がそれぞれ笑顔で迎えた。すると森上が「車、ごめんなさいね、空いてたから停めちゃった」と言って少し顔を赤く染めていたので、香純はそれに「全然構いませんよ」と答えてから「皆さん、ご無沙汰してます」と言って皆へ一礼した。トクや子ども達も隣で同じように挨拶していると、その隣で赤の半袖シャツに頭は手ぬぐいを巻き、一見して露店の主人のような恰好の林松が「へい、いらっしゃい」と迎え、今ようやく炭火を起こしたところなんだと香純達に笑いながらそう言った。香純はそれに「本格的ですね」と答えたものの、まさかバーベキューとは思っていなかったので、トクに「子ども達と中に入って」と耳打ちした。その様子を見ていた林松は「確かにそうだな、風呂入ってきんだからなあ」と言い、その場から「おおい」と呼ぶとすぐに綾子が玄関から出てきて、トクとしばらくぶりの再会を互いに喜び合った。「髪、切ったんだね」「ええ、さっき切ってもらったんです」「あらそう、良く似合ってるわ」綾子はそう言いながら、トクの背中を軽く押さえて中に入るようにと促した。玄関に入ると綺麗な靴が何足か並んでいて、自身のはピンク色のスニーカーなので傍に置けばとても目立ったが、しかしトクは普段と幾分も変わらずに靴を脱いで揃えた後、それからリンの黄色い小さな靴を黙って脱がせた。そしてさらに青色のスニーカーを自分で脱いだ真純にも、自分で揃えるようにと小声で言った。真純は言われた通りにしていると「あらあら、別にいいのよ」綾子はそう言って、真純の頭をそっと優しく撫でた。




