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1話 †黒歴史~或いは己の恥~†

 人よりも無駄な背伸びをした経験はあるだろうか。


 例えば、自分は周りとは違うと思い込んでみたり、同年代の友人よりも少しだけ大人ぶってみたり、意味もよく理解せずにやたら難しい言葉を使ってみたり、悪ぶって未成年なのにお酒やタバコに手を出してみたり、あるいは闇の結社と戦ったり、身体の一部に古の力が封印されていたり等々。

 同じ年齢であるのに、妙に大人ぶった態度をとり、大した知力の差があるわけでもないのに「俺はこいつたちとは違う」と根拠もなく本気で信じてしまう。

 果てには、こういうことを言い出すのだ「世の中がつまらない」と。

 これらの言動は、思春期を目前にした多感な時期に大多数の人間に訪れるであろう、いわゆる中二病というやつだ。

 端から見れば痛々しい醜態を晒しているようにも見えるだろうが、当時の当人たちは本気でそう思っているし、人生の中で今が一番つまらない瞬間だと思い込む人間もいる。

 なんなら、自分が世界の中心で自分を中心に世界が回っているなどと、妄言を抜かすものまでいる始末だ。

 親や、教師に対して反抗的な態度をとってしまうのは、こういうことである。

 「俺は一人前なのだから、余計な干渉はしてくれるな」といった具合だ。

 誰しも一度は「大人は俺たちを理解してくれない」と言った感じの歌詞やドラマや漫画のセリフに深く共感したことだろう。

 

 しかし悲しかな、成長するにつれて、理解をしてしまう。

 自分のやってきたことといものがいかに愚かで、馬鹿馬鹿し行いであったのかを。

 大人たちの言っていたことが、必ずしも正しいわけではないであろうが、少なくとも大人たちの言っていた言葉の意味は理解するのだ。

 こうして、人は成長し、少しずつ大人になっていく。

 そしていずれは、過去の自分の言動や行動が、病と呼ぶには軽いものであろうと、取り返しのつかない重度のものであろうと、そこに差異はなく成長すれば皆恥ずかしかった思い出として、記憶の彼方にほり捨ててしまうものだ。


 この彼方に捨てた記憶というものが、俗に言う黒歴史である。



☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ 



 くたびれた様子で喫煙室に入る。

 某企業にサラリーマンとして勤めている荒木は、明らかに疲れきた表情をしている。

 日々の捌ききれない業務の数々、上司からの無意味な叱責、当然のように終電まで残業させられる勤務形態、家には寝るためだけに帰っているようなもので、まともな食事すら食べていない、何から何まで狂っている。

 本日も多忙を極めており、午前中の仕事により、溜まりに溜まったストレスを煙とともに吐き出すために、荒木は煙草を咥えて火をつける。

 胸いっぱいになるまで煙を吸い、ゆっくりと吐き出す、日々のストレス一つ一つに怨念をぶつけるかの如く、ゆっくりと。

 幼いころは煙草が嫌いで嫌いで仕方なかったはずであるが、気が付けば立派なヘビースモーカーとなっていたというのはよくある話である。

 きっかけというものとても重要ではあるが、荒木にとってはどうでもよいことだった。

 ただ、逃げる場所が欲しかっただけなのだ。

「よう、お前もか」

 そう言って、喫煙室に入ってきたのは同僚の坂本だ。

 同じ時期に入社した同期であり、共にこの腐ったブラック企業と戦う仲間であった。

 ちなみに煙草を吸い始めたきっかけの人物である。

「あぁ、もう駄目だよ、全員死ねばいいんだ」

 憎々しく吐き捨てる荒木に、坂本は苦笑する。

「まぁ、繁忙期だしな、毎年のことさ」

「毎年こんなことしてたら、いい加減死ぬぞ。

 もう3週間カップ麺とエナジーゼリーしか食べてない」

「よく生きてるなお前」

 二人はそんななんでもないやり取りをする。

 こういう何の身にもならない時間が一番心が落ち着く。

 荒木は紫煙を燻らせながら、柄にもなく物思いに耽っていた。

「そういえば、最近息抜きに見てるもんがあるんだよ」

 唐突に坂本がそういうと自分のスマートフォンを取り出し何かを検索している。

「なんだよ」

「なんていうかな、古いブログでもう何年も前に更新は止まってんだけどな。

 馬鹿だなーって感じで、見てて笑えてくるんだよな」

 随分と抽象的な感想だが、ブラック企業に追い詰められた仲間が、いったい何を見て心の癒しにしているのかが、気になった。

「おっ、あったこれこれ」

 そう言って坂本は荒木にスマートフォンを差し出す。

 そこに表示されていたのは、黒い背景にやたら赤や紫といった色をちりばめられた目が痛くなるようなブログだった。

 荒木は、ブログのタイトルを見てみる。


『†深淵を覗きし使者の記録~或いは深淵を司る者の戯言~†』


「ゴホッゴホッ、ウェッ」

「おいおい、大丈夫かよ」

「ゴホッ…大丈夫、少し咽た」


 心配する坂本を他所に荒木は、落ち着いて息を整える。

 ゆっくりと深呼吸をし、呼吸を整え、先ほどの咽た原因となったブログをもう一度見る。


『†深淵を覗きし使者の記録~或いは深淵を司る者の戯言~†』


「うわぁ!!」

「おい、なんだよついにブラック企業のせいでおかしくなったのか」

 坂本の微妙に失礼な心配に突っ込みを入れたくなったが、今はそれどころではなかった。

 何を隠そう、このブログは、かつて荒木が中学校のころ、とある漫画のキャラクターに影響を受けてしまい、例のごとく世界が小さくみえてしまった結果に生み出された、とんでもないものなのだ。

 もちろん、タイトルに意味なんかはなく「なんかよくわからんけどかっけぇ!」と当時本気で思たその感性故に、こんな感じのブログタイトルとなった。

 例のごとく、黒歴史として随分前から忘却していたものだったので、突然見せつけられ驚愕してしまったのだ。

 ちなみに、当時の一番のこだわりポイントは†である。

「な、なんなんだこれは…」

 荒木は声を震わせながらも、何食わぬ顔で坂本に問い詰める。

「昔漫画でさ、こんな感じで日記をかっこよく書いてるキャラクターいただろ?

 それのパクリなのか影響を受けたのかはわかんないんだけどさ、記事の内容がまた懐かし痛みを感じ積んだよ」

 坂本は荒木に手渡したスマートフォンを取り、操作する。

「多分、学生が書いたんだろうな。

 これなんか結構面白いぜ」

 そして再度坂本は表示された画面を見せてくる。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


†5月6日某日『予定調和』


 今日も【箱庭】に行く、あそこは人間を観察するには素晴らし場所だ。

 他者を観察するのはいい、他者がいかに愚かで矮小な存在であるかがよくわかる。

 私は、そんな無為に生きる者たちを見ながら、今日も考える


 人とはなぜ他者に関心を抱くのだろう、と


 私が考える命題の一つだ。

 いまだに答えは出ないものの、日々他者を観察してわかったことがある。

 それは、私自身も、他者を観察することで他者に関心を抱いているということだ。

 意外であった、私は周りの【箱庭】にいる人間たちのことを愚かであると思っていたはずなのに、いつしか只の観察対象ではなく、関心の対象となっていた。

 

 ──私は、愚かだと思う他者に関心を抱いている。


 ふっ、我ながらお笑い種だな。

 そんな私の感情すらも、深淵の王は『オミトオシ』というわけか…

 まさに予定調和ということだ。

 さて、私は明日も【箱庭】いかねばならない。

 

 †明日は、今日よりも豊かな一日でありますように†


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


 ご丁寧に記事一つを丸々音読してくれた坂本は大変ご満悦そうでな様子であったが、対して荒木はその場にしゃがみ込み、頭を抱えて小さくうずくまっていた。

 当たり前のように文章の意味が分からなかったし、【箱庭】というのは学校で、観察している対象というのはおそらくクラスメイトだ。

 当時の状況を荒木は振り返るが、普通に友達はいたし、人間観察なんてしたことなんてない。

 当然、よくわからない哲学のような何かを考えたことなど一切ない。

 つまり、オリジナルのキャラクターを作って、そのキャラクターが書いている日記という体なのだ。

 これ見よがしに†を使っているのがとても恥ずかしいし、5月6日なのに某日と書いているし、「オミトオシ」が何故カタカナなのかがわからないし、何よりあのダサい締めの言葉はおそらく毎回アレなのだろう。

 そして、やたらと他者を使っている。

「こういうの、今見たら痛いなーってなるけどさ、やってる本人は多分めちゃくちゃノリノリだったろうなって思うわ」

 いかにもその通りである。

 荒木は心中で深く同意した。

「なんか、大人になったらこういう馬鹿みたいなことも出来なくなったけどさ、こういうのたまに見たらさ、懐かし気分になれるんだよな」

 坂本は紫煙を吐きながらそう呟く。

 確かに、ブラック企業のブラック労働で心身が疲弊し、癒しを求めるのはわかるが、もう少し癒されるものを考えてほしい。

「じゃあ、先行くわ、まだまだ仕事残ってるし」

 そう言って坂本は、煙草の火を消し、喫煙室から出て行った。

 ただ一人、残された荒木はすでに煙草を1本吸い終わっていたが、静かにもう1本取り出し、火をつける。

「…」

 一人になった、荒木は自分のスマートフォンを取り出し、過去の遺産である自分のブログを検索する。


「…やっぱ今見ても我ながらイかしてんな」


 そして荒木は煙草を吸いながら、静かに過去へと遡っていくのだった。



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