吸血鬼の技と力
どこぞの1号2号みたいな標題になってしまったが、仮面の人の話ではない。はてなブログへの移植を考えて、Wikisource を読み返そうとしたら、原典 The New Monthly Magazine の電子化が進行中であり、『吸血鬼』収録部分は複写画像に加え、既に文字起こしの検証まで済んでいる。何とも有り難い限りで、これを機に読み直してみると、単行本との違いのほか、読み損ねも見つかった。特に吸血鬼が現れ、正体不明のままオーブリー青年と揉み合う場面では、やけに戦い慣れているというか、思った以上にプロレスしている。訳しながら、未だ存在しなかったプロレスしている訳ないだろうと、少し控え気味にしたものだが、むしろ試合経過と見た方が解り易い。
and he felt himself grappled by one whose strength seemed superhuman(人外の力を持つ者と組み合い): determined to sell his life as dearly as he could, he struggled(此処を先途と、死に物狂いに抗ったが); but it was in vain: he was lifted from his feet(あえなく足浮き持ち上げられ) and hurled with enormous force(物凄いパワーで) against the ground(バック・ドロップ!):—his enemy threw himself upon him(フライング・ボディプレス!), and kneeling upon his breast(続いて、ニー・ドロップ!), had placed his hands upon his throat(チョーク、チョーク!),
とすれば、吸血鬼の動きが目に見えるようではないか。鉄人ルー・テーズ並みの腕力もさることながら、流れるように必殺技を繋げて殺しにかかる鮮やかな手並みは、経験を積んだ証であろう。問題はこの当時、プロレスなんぞ影も形もない時代で、作者ポリドリ博士は何処で何を見たものやら不思議でならない。片足を引き摺ったバイロン卿が、かくも鋭利な動きを見せたものだろうか?意外に喧嘩っ早いポリドリ博士自身の経験だろうか?
何より、翻訳はどう書くべきか?『吸血鬼』の本を作って文学フリマに出そうかなどと考えていたけれど、翻訳自体から見直す必要があるか悩ましい。
吸血鬼の持つ力は、ラッスェン卿より此のかた、作品ごとにパワーアップしているかに見えるが、その体術はそれ以上かもしれない。200年前に、今日のレスラーにも引けを取らない技を持つのなら、そのまま歳を重ねた今では、アジアンマスターも軽く張り倒すワールドマスターになっていてもおかしくない。つくづく近づきたくない存在であり、しかしあまりに弱点のない敵というのも、作品の素材としてはどうかと思わないでもない。




