83-コンロンへ・前編
翌朝。俺は朝日と共に目を覚ました。
心地いい気温で、食堂から朝食の香りが漂ってくる。
腹減ったな……
そんなことを考えながら体を起こすと、目の前に置かれていたのは1枚の絵画だ。
どこかの森を描いたらしいもので、一見ただの絵なのに神秘的な雰囲気を感じる。
ただの絵だよな……?
能力で閉じ込めたとしたら森が消えているのだろうし、いくらシリアでも流石にそこまでしていないと信じたい。
……まぁそれは置いておくとして、シリアはどこだ?
素早く着替えを済ませて、シリアを探しに部屋の外へ出る。
部屋の外はまだ薄暗い廊下で、もちろん人の気配はない。
隣の部屋をノックしてみるが、ドール達ももういないようだ。
なら、今更だけどライアン達を起こして食堂いくか……
俺はそう決めて部屋へと戻った。
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ライアンとロロを起こして食堂に向かうと、そこにいたのはやはりドールとクロノスだけだった。
彼女達は昨日とは違って普段の服を着ていて、それぞれの朝食を口に運んでいる。
ドールが焼き鯖定食で、クロノスは朝っぱらから天ぷら定食に唐揚げなどを頼んでいる。
量もさることながら、揚げ物……?
そもそもヤタ以外ではあまり見ないものなのに、よくもまぁ起きがけに食べられるもんだ。
白兎亭で紫苑達を見たのと同じように、今度も食欲が下がっていくのを感じる。
夕食を抜いてるから、もちろん食べはするけど……
「おはよう。クロノス朝からよく食べるな」
「むぐ……おはよ。まぁね、食べたいと思った時に食べないと、後で後悔するから」
「ふーん……時間を旅してるってやつ?」
「そうよ。私の旅は、結構ランダムなの」
ランダムな時間の旅……
あの時は混乱してて考えられなかったけど、ガルズェンスの時点でもう会ってたとか言ってたよな……
なら、時間も場所も選べずに放浪してるのかねぇ?
詳しいことはよくわからないが大変だ。
俺なら絶対にしたくない。
まぁそんなことは置いておいて……
「2人は何食べる?」
「俺も唐揚げにしようかな〜」
「オイラは朧マグロ!!」
「どんだけ気に入ってんだよ……」
唐揚げは気分じゃない、マグロは前食べた。
なら……ふむふむ。味噌煮定食、というやつにしよう。
白兎亭の時よりは食欲消えてないし、多分いけるだろ。
待つこと数分。
思いの外速く朝食が運ばれてきた。
船上で食べた刺し身と同じように、脂がよく乗っていて美味しそうだ。
「いただきます」
箸で皮を割ると、ふんわりとした身が顔をのぞかせる。
焼きすぎて固くもなっていないし、もちろん生焼けでもない。見るからに焼き加減が抜群だ。
さらに、一口サイズに切ってタレに付けると、ふわふわの身にはよく絡んで一気に食欲をそそられる。
口に入れたら、もう至高の一言だ。
じゅわっと旨味が広がり、味噌の香りが鼻に突き抜ける。
ただの宿の食堂だというのに、豪華なレストランにでもいるみたいな気分になる。……ヤタでは料亭か。
まぁそれはいいや。
とにかく、これは確かにクロノスの言うことにも同感だ。
ここの料理をすべて食べたくなってしまう。
動けなくなるからしないけど……
俺はどうにか自分を律しつつ食事を続ける。
昨日の夕食と違って、ゆっくりと料理を堪能できる時間だった。
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朝食を食べ終わると、次はコンロン山に出発だ。
方角は北。宿をチェックアウトして外に出る。
俺は詳しい場所を知らないけど……
「クロノスは知ってるのか?」
「そうね……北かな?」
「知らねぇのかよ」
クロノスは、俺の質問にキリッとした表情で答える。
が、答えは結局知らないというものだ。
キリッじゃねぇよ……まったく。
はぁ……それなら誰かに聞かないとだ。
俺達だけだと、どの山かがまったくわからない。
御所で海音に聞くのが確実か……?
有名なところなら適当な店員にでも聞けばよさそうだけど……
俺達は有名かどうかも知らないからなぁ。
どうにも決めかねていると、ちょうど近くにあった白兎亭が目に入った。
有名店なら、もし有名じゃない場所だったとしても知ってるかもしれない。
てか、昨日は通ってない道で気づかなかったけど、狂気的な数があるな……
オタギだけでも少なくとも2店舗……
俺が呆れていると、どうやらドールも白兎亭が目に入ったらしく無表情に提案してくる。
「……また白兎亭がありますね。もしかしたらコンロンにも支店があるかもですし、聞いてみますか」
「そうだな……支店、ありそうだよな……」
「おおー、またお団子たべれるー?」
「えーと、テイクアウトできるならな?」
どうやらまだロロは団子が食べたいらしい。
それなら聞き込みもできて一石二鳥だ。
俺達はコンロンの場所、団子のテイクアウトのために再び白兎亭へと入っていった。
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やっぱり白兎亭は呪われているらしい。
俺達が店内に入ると、賑わう店内にいたのは1人の少年だった。
見た目年齢は10歳前後で黒髪、服装は和服ではなくパーカーに半ズボンという全体的にダボッとした普段着を着ている。
そう、ディーテで出会ったあの少年だ。
彼は……いや、彼も山のような団子を前にしている。
紫苑やイナバ程ではないが、それでも数十皿はあるだろう。
彼らと比べれば山とは言えないが、それはあの2人がおかしいだけで、普通なら数十皿でもとんでもない量だ。
しかも、今は朝。
一体何を考えているんだ……?
あの時の少女はいないが、こんな偏食をするなら目を離しちゃだめだろ……
俺は、ディーテで一緒にケーキを食べたことを棚に上げて、つい保護者の少女を非難する。
コンロンの話など後回しにして、今すぐにでも少女を探しに行きたいくらいだ。
だが、他の4人は彼との面識がない。
特になんとも思わずに、店員にコンロンの話を聞きに行ってしまった。
……友達だし、無視はよくない。
する理由もないけど……
「えーっと……久しぶり?」
「むぐ……むぐぐ……むぐ」
俺は少し口ごもりながらも声をかけるが、少年は団子が口に詰まっていて返事ができていない。
膨らんだ頬がリスみたいでかわいいな……
少し和みながら、彼が口の中を空にするまで少し待つ。
「むぐ……うん、久しぶり。お兄ちゃん」
「おう。朝からいいのか?」
「よく見て。草餅。やさいだよ」
「ははっそうだな。健康的なお菓子だ」
俺が同意を示すと、彼はうっすらと笑顔を見せる。
ドールのような無表情よりは断然マシだけど、それでもやっぱり少し悲しくなるな……
いつか満面の笑顔を見たい。
っと、それよりも……
「ところで、何でこんなところにいるんだ?」
「……? なんで……ぼくの、こきょうだから?」
「え、よくディーテまで来れてたな!?」
「そうかな……?
あ、もしかして、あのあらしのこと、言ってる?」
「ん……それもあるし、単純に船が必要だし」
「船は、どこにでもあるよ。
それに、あのあらしね、2〜3ヶ月に1回とかだから。
アヴァロンの扉やガルズェンスのかんし、クターやタイレンのようないのちの危機も、ふだんはないよ。
オールグリーン、船のしんろは安全さ」
「そっか」
質問に答えてくれる少年は、驚くほど饒舌だった。
この前のイメージよりもよく喋る……いい傾向だな。
胸がほんのり温かくなるのを感じる。
……まぁそれはいいとして。
2〜3ヶ月に一回って、俺達めちゃくちゃ運悪いな。
俺の呪いが幸運であることが嘘のような不運だ。
2人を探すのに影響がなければいいけど……
いや、むしろそれでも辿り着けたことを幸運と言うべきなのか……?
それか、2人を見つけるためにはいつも以上に運が必要で、そのせいで今は発動してなかったり……?
……まぁ幸運の呪いをあんまり制御できてる自覚もないし、とりあえずレイスと会えたことに感謝すればいいか。
「じゃあ、よっぽど俺達のタイミングが悪かったのか」
「そうだね。よく生きてたなぁ、と思うよ」
そう言うと少年は再び団子に手を付け始める。
俺がいるからか、今回は頬を膨らませる程は食べていない。
次に口が空いたらコンロンの話でも聞いてみるか……
一応確認してみると、ドールとクロノスはまだ話を聞いているし、ライアンとロロは団子を頼んでいるところだ。
十分時間はありそうなので、俺はのんびりと少年を待つ。
だが、俺が少年をぼんやり見ていると、彼はすぐさま団子を飲み込んで口を開く。
「お仲間さんは、いいの?
いっしょに、じょうほう収集、しなくて」
どうやら、ドール達がコンロンの話を聞いているのを視界に入れたらしい。
確かに一緒にいたけど、普通知り合いでもないやつを気にするか?
人見知りで気になるってタイプでもなさそうなのに……
相変わらず敏い子だな。
「3人もいらねぇだろ。それに少年、君からだって聞ける」
「しょうねん……名前、律。非時律」
「あー聞くのも名乗るのも忘れてたな……俺はクロウだ」
「うん。改めて、よろしく。クロウお兄ちゃん」
こそばゆい……
「おう、よろしく」
「うん……それで、ぼくに答えられること、ある?」
「どうだろ? 俺達コンロン山ってとこに行きたいんだけど、知ってるか?」
「……こんろん山。おたぎの北にある、大きな山。知ってるよ。晴雲っておんみょうじが、お屋しきをかまえてる」
陰陽師……初めて聞くけど、これは海音の言ってた相談役って意味かな……?
どちらも役職みたいな言い方だし……
……まぁいいか。
とりあえず、律はコンロンを知っている。
迷いなく答えたし、これは道もわかるか?
「道とかも?」
「うん。あんない、しようか?」
「頼む!!」
思わず勢いよく頼むと、彼は薄く笑って了承してくれる。
歩きじゃ疲れるから、と移動手段まで貸してくれるつもりらしい。
持つべきは友……って、これは保護者の少女に怒られるかな?
一応利用してるつもりはないんだけど……
俺は少し不安になりながら、仲間達が戻って来るのを待った。