81-問注所長官
俺達はシオン達のあまりの常識外れっぷりに、彼らが出ていってからもしばらく呆然としていた。
ライアンは変わらず寝ていたが、ロロもドールも少し挙動不審になってしまっているくらいだ。
正直、あれをどう処理していいのかまるで分からない……
だが、白い少年が近寄ってきたことでようやく気を取り直す。
「さいなんだったね……で合ってる?」
「えっと……」
「そうね。その子からしたら、災難だったんじゃないかな」
「ふんふん……じゃあ、彼に代わってごめんね?」
「あ、ああ。別に夕食抜けば問題ない」
少年が疑問符を付けているのは気になったが、どうにかそれだけ返事を返す。
店に入った時点で食欲はなかったが、それでも倒れなかったのだからきっと大丈夫だろう。
……けど、さっきの人間が分からないっていうのは、本当にそういう意味なのか?
首都にいるのに、まるで山奥にでも住んでいるかのような物言いだ。
「じゃあポクももう行くねー。ポクも幕府とはあまりかかわらない方がいいからさ」
「ふーん……問注所の侍ってのも幕府なのか?」
「そうだよ。八咫幕府の3つの柱は、政所、侍所、そして問注所さ。四天王でいちばんまじめな子がトップだから、話すのめんどうくさいんだよね〜」
「四天王?」
「執権と3つの柱のトップだよ」
「ふーん……」
役職とは別……称号か?
ともかく、かなりのお偉いさんがくるようだな。
白い少年は、俺達に幕府のことを教えながらも、速やかに店を出る準備を始める。
具体的には、残っている団子をどこからか取り出した袋に詰める作業。
団子は、山とまではいかないまでも、まだまだテーブルいっぱいにある。どれだけ団子が好きなんだ……
一つ残らずしまう様子に思わず苦笑してしまうが、それと同じくらい幕府関係者にも会いたくないらしい。
みるみるうちに団子を詰めてしまうと、速やかに店の外へと向かっていく。
あ、名前聞いてねぇ……
「ちょっと待ってくれ、名前は?」
「そうだなぁ……因幡ってよんでくれるとうれしー」
「分かった。またな」
「うん、じゃねー」
最後に輝かしい笑顔を店内に振りまくと、少年はさっさと逃げていく。
団子の入った袋はかなりの大きさだったが、やはり布切れのように軽そうに見えた。
ここで出会った人……なんでこんな常識外れなやつらばかりなんだ……?
ありえない程の大食いだったり、浮世離れしてたり。
とりあえず、あいつらのせいでしばらく動けねー……
「執行官って俺達もまずいかな?」
「どうでしょう? 私達は何もしてないですが……」
俺とドールは揃ってクロノスに視線を向けるが、彼女は呑気に団子を食べている。
食欲ないんじゃなかったか……? と思って時計を見てみると、もう17時過ぎだ。うーん、1時間。バカか?
いや、シオンは許したんだ。関係ない。
ともかく、流石にこれだけ時間が経てば腹も空くというものだ。クロノスは幸せそうに団子を食べている。
どうやら因幡との話も聞いていなかったようで、彼女は視線を落とし団子を見たままだ。
ちなみにまだライアンは寝ている。
「おーいクロノス」
「むぐ……なぁに?」
「執行官って会って大丈夫か?」
「さぁ? 私はシルと違って、全部覚えてる訳じゃないし」
クロノスは何度か呼びかけた後ようやく顔を向けると、どうでもよさそうにそう言った。
執行官と聞いても、変わらず満面の笑みだ。
うーん……表情的には安心できるが、内容的にはグレーだな。
覚えてないからといって、重要じゃないとも言えない。
てか、全部覚えてる訳がないってのは……まぁ当たり前なんだけど、執行官って大事な記憶じゃないのか?
ヤタに滞在したことがあるなら、忘れちゃダメなやつだと思うんだけど……
船長さんのことは覚えていたっぽいけど、こっちは覚えてないとかどういう基準だよ?
我関せずなクロノスの態度には参ってしまう。
仕方がないので、俺とドールは2人だけで話し合いを再開する。
「だってよ」
「困りました……オロオロ」
「そうだなぁ……」
クロノスは食事中、ライアンは睡眠中、ロロは……ロロも寝てるな。
ライアンの影で見えにくいが、黒い毛玉が丸まっている。
俺も腹が苦しくて動きたくないし……
「まぁガルズェンスと違って、密入国したわけでもないしな。もし聖人が来ても大人しくしてれば大丈夫だろ」
「そうですね」
むしろ、慌てて逃げる方が怪しいというものだ。
シオンやイナバは素早く動けたが、ほぼ全員動けない俺達からしたらそれは不可能。
できることと言えば、せめて怪しい素振りを見せないことがくらいだろう。
そう2人で決めて、俺達はのんびりとくつろぐことにした。
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十数分後後、外が少し騒がしくなってきたな……と思っていると、店内に入ってきたのは1人の女性だった。
俺よりも幾分背が高く、水中をイメージしたような泡や波の模様の淡い着物をまとっている。
スラッとしていて、ヒマリの第一印象と同じく凛々しい印象を受ける侍だ。オーラは白い。
見た目が凛々しいというと……もしかして、彼女も意外と元気な人だったりするかな?
特に観察の結果という訳でもないが、ふと頭にのぼったことを考えながら彼女を見つめる。
すると……
「ふむ、魔人ですね……逮捕します」
「はぁ!?」
彼女は店内を見回し俺達を見つけると、いきなりそんなことを言い始めた。
敵意はまったく感じないのに、行動は敵対者のそれだ。
「ちょっと待ってくれ。俺達は茶屋にいるだけだぞ!!」
「そうです。魔人ではありますが、ただの観光客ですよ。
あわあわ……」
もちろん俺とドールは、慌てて立ち上がり弁解を始める。
何もしてないのに聖人と揉めるなんてゴメンだ。
だが、その女性は聞く耳を持たない。
自分が来たからなのか、店の外にいるであろう部下達に呼びかけ始める。
「みなさん、速やかに拘束お願いします」
「は、はい」
入ってきたのは10人前後の侍達。
しかもみんな刀を差していて、クロノスが言うところの仙人というやつだ。
もし抵抗するなら、この女性以外もそれなりに手強いぞ……
店も、もしかしたら街も荒れそうだ。
そしてそれが罪状になってしまう。
「は? 団子を食べるのが罪かよ!?」
「いえ、みなさん団子はお好きですね。
ただ、魔人の方はとりあえず捕まえておこうかと」
「差別だ!! 話くらい聞け!!」
「……しかし、疑わしきは罰するのが確実です。
ただでさえ仕事は影綱さんや私ばかりがしていますし……めんどうです」
「サボるなぁ!! ちゃんと仕事しろ!!」
はっ!? 俺は何で聖人に説教してんだ?
意味が分からない。
叫んだ後に我に返るが、同時に淡い期待も生まれる。
なんとなくとか惰性で捕まえようとしてるなら、もしかして丸め込めるのでは……?
俺はそう思い、改めて静かになった女性に向き直る。
彼女は顎に手を添えて、なにやら考え込んでいるようだ。
もしかして、サボるなと言ったのが意外と効いたのか……?
それなら丸め込む必要もないかも、とさらに期待を膨らませて話しかける。
「話を聞いてくれる気になったか?」
「……仕方ないです。差別と言われるのも嫌ですし……」
そう言うと彼女は、懐から一枚の札を取り出した。
着物と同じように青く、強い神秘を感じる札だ。
この女性よりは弱い神秘だけど、それでももし武器かなにかなら脅威だな……
一応警戒して見ていると、彼女は顔の前に構えた後、淡く光るそれを地面に叩きつける。
"天后招来"
すると突然、彼女の足元にどこからか水が集まり始めた。
普通の水より輝いており、放射状に広がっていくこともない不思議な水。
それはみるみるうちに柱のように伸び上がると、手足、頭部などが形作られていく。
しかも、そのまま水の人形という訳ではなく、普通に人間のような肌、服、髪に変わっていくのだ。
一瞬で女性が現れる様は、明らかに人知を超えた現象だった。
俺とドールがぽかんとしていると、彼女達は席に付き、不思議そうに俺達を見上げてくる。
小首をかしげ、どこかあどけない表情だ。
……似合わない。
「……? 話すのではないのですか?」
「あ、ああ」
急に聞き分けが良くて違和感があるな……
少し拍子抜けしながら席につく。
「では、お話をしましょう。
あなた方は魔人……しかし、国に害意はないと?」
「そう!! まったくない!!」
「私達はただ、仲間を探しに来たのです」
「仲間……」
「ローズっていう女の子だ。知ってるか?」
「いえ」
彼女は言葉少なく、俺の質問を否定する。
あんなにたくさんの侍を従えている役人が、迷うことなく断言した……?
もしかしてローズ達って、思ってたより面倒なことになってる……?
俺が密かに不安を募らせていると、彼女は顔をしかめてさっきよりも深刻そうに考え込み始めた。
彼女からしたらただの人探しなんだけど、なんでここまで思い悩んでるんだろう?
真面目すぎる人……堅物ってことなのか?
そんなふうに印象を更新していると、水から現れた女性が口を挟んできた。
「少ーしいいかしらぁ?」
「……どうぞ?」
俺が先を促すと、女性はにっこり笑って続ける。
「えっと、まずこの子……海音はねぇ。八咫国幹部陣の1人なのよ。将軍、執政、連署、政所の長官、侍所の所長。
で、この子が問注所の長官。
他にも人はいるけど、とりあえずここらへんが幹部ねぇ。
でも、そのうちの将軍、政所長官、侍所所長が遊び歩いてるのよ。連署は執政の補佐で、2人で回しているし……」
そこまで言うと、彼女は俺達に、分かる? といったふうに視線を送ってくる。
えー……国のトップの将軍、各部署のトップが彼女以外不在。
執政と連署ってのはよく分からないけど……
2人で回しているということは、将軍も含めたその3人が国全体の管理やらいろんな許可やらしてるってことだよな?
ひとまず実務をメインでやる人じゃなさそうだ。
はは……つまり今執行官を率いてる彼女は、1人で実務やってんじゃねーか。
他部署のトップが不在なら、そこも彼女の仕事かも……
明らかに過労だ。
俺は思わず顔を引きつらせながら、女性にうなずきかける。
「理解ありがとうねぇ。
うん。まぁということで、考えている暇なかったのよぉ。
今も問注所ではいろいろな訴えが溜まっているし……
もちろん部下が片付けられるところはやってるわよ?
ただ、妖怪関係は目を通さない訳にはいかないし、場合によってはこの子が必須なのよねぇ」
「分かってるよ」
昨日の化け物――妖怪関係で、どんな訴えがくるのかは分からない。
けど、この堅物は絶対にそれを見逃さないだろう。
なんかあいつら毎晩のように来るらしいし。
……うん、大変だ。
同僚に恵まれなかったんだな……とさっきまでとは違って、少し同情してカノンのことを見てしまう。
だが彼女はどこ吹く風で、薄く微笑みながら俺を見返す。
「彼らも、見回りは一日ずつやってくれますよ」
「こんな子だから許してあげてねぇ」
……うん、本当に同情する。