80-白兎亭
……白兎亭っていうのは呪われているのだろうか?
白兎亭オタギ支店へとやってきた俺の、第一印象がそれだ。
理由は言うまでもない。
イワトではクロノスに出会って、ここでは頭のおかしいやつに出会うという、出会いの聖地のようになっているからだ。
「ほわぁ……」
「胃袋どうなってるんだ……?」
「これはこれは……壮観ねぇ……」
俺達は思わず声を上げるが、それも仕方がないと思う。
何故なら、ゴツすぎず細すぎずない立派な体付きの男が巨大なテーブルの前に座り、これまた巨大な団子の山を作っているから。多分、団子の山は3メートル強はある。
さらには男の格好も奇っ怪だ。
食事中だというのに、顔を隠すように笠を被っている。
それなのに、上半身にはほとんど服を着ていない。
上を着て笠を外せ。
胃袋もおかしければ服装もおかしいし、さらにはそれで出歩く神経もおかしい。
クロノスと違って初対面だが、神秘のようなものも感じるし、十分に衝撃的な出会いと言えるだろう。
そして、山のような団子を食べているのは1人ではない。
もう1人、男の奥にいる小さな少年も3メートル強の団子の山作っていた。
……あの男ならまだ分かる。きっと大食らいなのだろう。
それでも限度はあると思うが……うん、そういうものだと思えばいい。
だが少年の方は、いったいどうやって胃袋に詰め込んでいるんだ?
こんなのもう、人知を超えてる。
ただまぁ……男と違って明らかに神秘を感じるから、そのせいなのかもしれない。
2人共魔人でも聖人でもない雰囲気だけど……
そしてやはり彼の格好も少し変だ。
半裸ではないし笠も被っていない……が、白い。
髪も服も、肌も靴も、さらには目の色さえも真っ白だ。
いや、厳密に言えば目は少ーしだけ色があるように見える。
ただまぁ……ここまできたらむしろ全部白であってくれ。
彼は真っ白だ。
彼らは、まるで競い合うかのように団子の山を消していく。
大食い大会でもしてんのか?
軽く引きながら席につく。周りの人も気にしていないし、正直気にしたら負けな気がする……
注文は……
「みんな食欲あるか? 俺は失せたんだけど」
「私達もお茶だけでいいかな」
「オイラは少したべるー」
「俺も〜」
あれを見てまだ食欲あるのすげぇ……
俺は2人に尊敬の目を向けて、お茶を5つとみたらし団子を2皿、きな粉団子と草団子も2皿注文する。
あとはのんびり待つだけ……
暇なので隣を見てみると、男と少年もおかわりをしていた。
まだ数十皿残っているのに、だ。
頭おかしい……っていうかよく考えたら、この店の在庫もおかしくないか?
男と少年、それぞれ1人分だけでも何百人前かある気がする。
いや、何百……?
まぁとりあえず、ここの人間はみんなどうかしてるぞ……
「ん、なんだなんだ? 待ちきれねーならやろうか?」
俺がじっと見つめていると、男が口元に笑顔を浮かべながら声をかけてくる。
おかわりを頼んだからか、見るからに団子大好きなのに随分と気前がいい。
2人しか食べないからいらないけど……
「いや、別にいいよ。5人いるけど、食べるのは2人だから」
「いやいやいやいや!! もったいねーって!!
これ食えばみんな笑顔になれるんだぜ!?
そうすれば、誰も他人に害意は持たねーしよ!!」
と言われてもな……
その量を平らげるあんたら見てたら、食欲なんて失せるぞ。
「食欲が‥」
「じゃあもらうねー」
そう断ろうとすると、ロロが男のテーブルに飛び込んでいってしまう。
食欲が失せなかったどころか、多少刺激されたかのような食いつきっぷりだ。
遠慮を知らねぇやつだな、まったく……
男は豪快な性格のようだから、問題はないだろうけどよ。
「おう、ちび猫。食え食え!!」
「オイラ神獣だぞ!! むぐ……」
「はっはー!! 随分とかわいい獣神様だ」
神獣ってそんな言い方もするのか……? 初めて聞いた。
ちょうど博識そうなクロノスがいるので、ヤタ独特な言い方なのか、一般的なのか聞いてみるか。
そう思って視線を戻しかけると、その直前、高く大きい声が店中に響き渡った。
「ちょっと、紫苑くん!! ズルい!!」
また男の方に視線を戻すと、椅子から飛び降りて駆け寄る白い少年の姿が目に入ってくる。
どうやら、白い少年とシオンと呼ばれた男は知り合いらしい。
ただ単に、お互いにでたらめな量を食べるから別々だったようだ。
同じ羽の鳥は一緒に群れるってやつか?
団子だけをあれだけ食べるやつってのも珍しいだろうし、さぞ気が合うんだろうな。
俺達が黙ってみていると、少年はロロにいくらかの団子を差し出す始めた。……餌付け?
ちょっとよく分からないが、ズルいというのはどうやらロロとじゃれ合っていたことらしい。
彼は純粋な目でロロを見つめ、弾んだ声で話しかける。
「猫さん、ポクの団子も食べて?」
「いいの!? ありがとー」
そしてロロも嬉しそうだ。
あの子とロロは、いい友達になれるかもしれない。
だがシオンと少年は、予想と反して何やら議論を始める。
あれは餌付けではなかったのか……
「おいおい、俺ぁ別にズルしてねーだろ?」
「大食いしょーぶなのに、ズルじゃないわけないじゃんか」
「けど、食いたいやつには食わせるのが平等じゃねーか」
「いつまでたってもじつげんできないくせに、
なに言ってるのさ」
「うぐぐ……」
「はい、ポクの勝ち!!」
勝者、白い少年。
本当に大食い大会だったらしいけど、結局議論で少年に負けちまうのかよ、あの大男……
こんなの、思わず笑っちまう。
するとその視線に気づいたのか、シオンは唐突に俺の方を睥睨する。いや、多分睨んではないけど眼力がな……?
「こうなったらもうヤケクソだ!!
ここにいる全員で騒ごうぜ!!」
「おいおいにいちゃん。ここは茶屋だぜ?」
「はっは仕方ねぇな、にいちゃん」
シオンは、はた迷惑にも茶屋という憩いの場で騒ぎ出すが、他の客は文句を言いながらも楽しそうだ。
こいつはいつもこうなのか……?
店側も慣れているのか何も言ってこない。
というか……俺を見てたけど、まさか俺は関係ないよな?
そう思って視線を逸らしていると、どうやら嫌な予感は当たるものらしい。
男はツカツカと歩み寄ってくると、俺をがっしり掴んで団子を勧めてきた。
あの食べっぷりを見せておいて、俺にも食べろだと……?
なんて傍若無人なやつなんだ……
「いやさっきいらねぇって言ったよな!?」
「遠慮すんなって。人間は食事が大好きだろう?」
「お前も人間なら、食欲ってのを理解しろ!! むがっ……」
俺は全力で抗議したが、無理矢理口に団子を突っ込まれる。
謎にタレがつかないように、という部分には配慮しているらしく、生地に何かの草を練り込んだだけの草団子だ。
昨日はみたらし団子だったので、まだ食べやすい。
だからといって食欲はないんだけど……
「むぐ……よし、もういいよな? ってまぐ……」
「あっはっはー!! いーい食いっぷりだ!!
俺もかなり食ったし、周りも食えなきゃ平等じゃない!!」
どうにか一本食べ終わると、シオンは大笑いしながらさらにもう一本突っ込んでくる。
食えなきゃ、だと……?
無理矢理でも食べれているってことになるのか……?
こいつの常識は人間の範疇を超えてやがるっ……!!
けど力が強すぎて逃れられない。
くそ、この暴君……覚えてろ……
女性陣やロロには無理矢理食べさせないのでありがたいが、無理矢理するならライアンにしろよ!!
体格は確かに変わらないかもしれないけど、背はあいつの方が高いし、筋肉も凝縮されてて明らかに俺より食べる見た目してるだろ!!
ちらりとライアンの方を見ると、彼はなんと団子を片手に寝ていた。
思っていたより昨日の疲れが抜けていなかったのか、テーブルに突っ伏して熟睡だ。嘘だろ……?
彼の隣を見てみると、一応ドールは起きていた。
しかし、流石にシオンのような大男が相手では、止めに入るのは危ない。むしろ止めに入るなと注意したいくらいだ。
助けは期待してはいけないだろう。
そしてクロノスは……なんか気にしてなさそうだった。
だけど、そもそも普通の神秘でもないから仕方ないかもしれない。泣きたくなってきたけど、諦めよう。
ついでに白い少年はロロとじゃれているし……っていうか彼も気にしてなさそうだ。
ロロは気にしているが、ドール同様危険。
……俺、生きて帰れる?
軽く命の危機を感じながら、俺はシオンと一緒にひたすら団子を口に突っ込み続けた。
それからいったい、どれほどの時間が経っただろう?
俺がついに思考を停止して、お茶を片手に機械的に団子を処理していると、店の入口から大声が聞こえてきた。
何かに怒っているようで、頭が働かなくて理解はできないがとてもよく聞こえる。知らない女性の声だ。
知り合いじゃないなら、多分助けてはくれないだろうな……
けど、もしかしたら団子の在庫が無くなったのかもしれない。
正常な心を持つのは危険だが、つい淡い期待が俺の中に生まれてしまう。確認は怖いのでしないけど。
そう思って、結局気にせず作業を続けていると突然テーブルが揺れる。
驚いたことに、テーブルの団子の多くを吹き飛ばすくらいに力強い。な、何だ……?
俺が反射的に顔をあげると、そこには顔を……そして体全体を隠すような服を着た人がいた。
というかマントか……?
よく分からないが、とにかくこの人も普通じゃない。
背中に何か背負っているのか、後ろが少し盛り上がっている、俺くらいの背丈の怪しげな人物だ。
辺りを見回すと、視線からどうやら怒っていたのはこの人らしいことが分かる。
……ん? え、俺に怒ってるのか……?
理不尽にも程があるんだが……?
俺が言葉を発することもできずに視線を受け止めていると、しばらくして彼女はポツリとつぶやく。
聞き間違いじゃなければ、「何だ、案外平気そうじゃないか」と。
そして、シオンの元へツカツカと歩み寄ると、さっきよりも大声で彼を怒鳴りつけ始めた。
はは……俺じゃなくてよかった……
「あんた、いったい何してんだい!!」
「俺ぇ? 平等に団子を分けて食ってただけだぜ?
みんなで食事できたら幸せだろう?」
「無理矢理食べさせられて、嬉しい訳があるかっ!!」
「えー‥けどよぉ、人間ってのは食事を楽しむもんだろ?」
「バカタレッ!! 限度ってもんがあるだろう!!」
「ふわぁっ!! す、すまん」
「あたしじゃなくて、この子に謝んな!!」
「おう、兄ちゃん。悪かったな」
謝る相手がその女性じゃないからか、シオンが途端に明るく言い放つ。
コイツ……絶対に誤ってる理由を理解していないだろ。
けど、ひとまず助かった……
ようやく正常な感情が戻ってきて、俺は安堵の息をつく。
もう団子は見たくねぇ。
シオンも少しトラウマだ。
ん? ていうか俺、行く先々でトラウマ作ってる……?
そんなふうにぼんやりしていると、女はシオンの頭を思いっきり叩き始めた。
やはり彼女からしても、さっきの誤り方は納得できなかったようだ。
シオンが悲鳴を上げるほどの怒り具合を見せている。
「そんな誤り方があるかいっ!! あんたは平等の前に、人間を理解するところから始めなっ!!」
「ひ、ひぃ……だってよぉ……」
「だってもへったくれもあるかっ!!」
なんか、可哀想に思えてくるな……
けど、あいつはこれが終わったらまたやりそうだ。
明らかに理解してねぇし。
俺はそう思い、一瞬止めることが頭をよぎるもやはり傍観を決め込んだ。できれば彼の記憶に残ってくれると嬉しい。
それからもちろん、ドール達も止めなかったのだが、1人だけ騒ぎを止めに入る者がいた。
同じくシオンを止めなかった白い少年だ。
彼はロロを手放すと、軽やかに近づきながら話しかける。
「まぁまぁつっちー。
ポクも止めなかったんだから、そこらへんしてあげてよ」
「けど、白ちゃんが止められるはずないじゃない」
「えー? ポクだって、ふつうに人間のことが分からなかっただけだよ? それに、なにかよーじがあったんだよね?」
「あ」
女は、少年の言葉で何かを思い出したようだ。
こっそりと団子のところに戻っていたシオンに視線を向けると、再びシオンを捕まえてしまう。
シオンからしたら散々だろうが、俺からすればもうずっと見張っててほしい。
いや、別にあいつが嫌いな訳じゃねぇよ?
ある程度監視があれば……
「な、何だよ!?」
「問注所の侍共が来てんだよ!! 下手したら天坂海音も!!」
「何ぃ!? つまり、昨日と違って対等な対戦相手……」
「バカ言ってんじゃないよ!! 逃げるに決まってんだろ!?」
「えー……団子には満足したし、今日こそ遊びたかったなぁ」
「あんたらがやり合うと街が崩壊しちまうよ!! ほら来な」
ごねるシオンを叱り飛ばすと、彼女はそのまま彼を引きずって店から出ていってしまう。
シオンは筋肉質で重そうなのに、まるで布切れのように軽々と、だ。どんな怪力してんだあの人……
正直、2人共俺の常識を超えた人物だったが、ともかく店には再び平穏が戻ってきた。