79-捜索開始
翌日の早朝。俺達は、昨日の疲れをかなり残したまま布団から起き上がる。
回復しなかった理由は、もちろんシリアの絵をしばらく見せられたからだ。
あの時間で精密な絵画を描いた技術だけは本当に尊敬できるけど、無理矢理見せるのはやめてほしい……
すごく眠い。
はぁ……それでも朝だ。
薄い……和紙? というものからできているの障子からは、朝日の光が丁度いい塩梅で差し込んでいる。
眠気が飛ぶ程ではないけど、十分安眠の妨げになりそう。
これもすごい技術だ。
勢いよく破ったら気持ちよさそうだな……
「ぐぇ」
ぼんやりとそんなことを考えていると、突然首根っこを掴まれて小さく悲鳴が漏れる。
喉を閉められてしまったので、息も移動もできない。
だ、誰だ……!?
ゆっくりとその手をほどいて振り返ると、手の主はドールだ。本体か……?
「ドール……? どうした……?」
「足元を見てください」
彼女に無表情のままそう言われ、ちらりと見るとさっきいた場所より障子よりになっている。
俺は後ろに引かれたんだけどな……
状況が理解できずに黙っていると、しびれを切らしたのか、ドールは再び口を開いた。
ただし無表情。
「まだ寝ぼけていますか?
障子に向かって行ってましたよ」
破ることを想像していたからかな……
なるほど、つまりチャンスを逃したと。
「器物破損はだめですから、チャンスじゃないです」
「あ、うん」
どうやら顔に出ていたらしい。
ドールは俺の思考をそのまんまトレースしてくる。
……ふぁ。
「シリア様は気づいたらもういませんでした。
仕方がないので、5人でローズさん達を探しましょう?」
「んー……クロノスはいるってことか?」
「いるわよー。私はぐっすり眠れたから、目も冴えてるの。
昨晩は災難だったみたいだけれど、早く起きなさいな」
何だ、シリア以外はみんなここにいるのか……というか、そんな中で寝ぼけていたのか!!
ドールの後ろから声が聞こえたので、恥ずかしさから思わず素早く覗き込む。
するとそこにいたのは、目が冴えているどころか着物で着飾ってお出かけ中、といった感じのクロノス。
どこで手に入れてきたのか、呪いをモチーフにしたと思われる時計っぽい柄のものだ。……少しへんてこ?
あとよく見たらドールも着物だな。
ただ、彼女は街でも見かけたような花柄だ。
普通にかわいいと思う。
というか、シリアが見ていかないはずもないんだけどな……
そう思って聞いてみると、やっぱり見ていた……どころか持ってきたのがシリアだと言う。
クロノスは、それを見て着たくなったから自分のものを着ただけなんだと。
……じゃあ何であいついねーんだ!!
娘同然の子に着飾らせて放置って!!
いや、まさかあれか……?
「あいつもしかして‥」
「はい。創作意欲が湧いてきたぞぉぉ!! とのことです」
「それは保護者としてどうなんだよあいつ!!」
案の定、あいつはドール達にインスピレーションをもらって暴走したらしい。
俺はあまりのことに、思わず叫びながら布団を力いっぱい叩いてしまう。マジで信じられない……
すると、その音で目を覚ましたらしくライアンも寝ぼけ眼で起き上がってきた。
あんまり寝坊するイメージないし、昨晩俺達より早く戻ってたから、俺より寝られてるはずなんだけどな……
「ふぁ〜……もう朝か〜?」
「おう。朝だ」
「ん、何でみんないるんだよ〜」
「人探しするんでしょ? あなたも早く起きなさいな」
「りょ〜か〜い」
俺とライアンは、準備万端の3人に急かされながら、出かける準備を整え始めた。
~~~~~~~~~~
俺達は、宿の食堂で軽く朝食を食べてから街に繰り出す。
目的はローズとヴィニーを探すことだが、食べ歩きもしたいので朝食はおむすびというものが一つだけだ。
女性陣とロロはもう食べていたらしいので、俺とライアンだけ手に持って外に出る。
テイクアウトもさせてくれるとか、女将さんいい人だな……昨日は心配させてしまっただろうに。
俺は少し申し訳なく思いながらも、彼女の心尽くしに深く感謝し歩いていく。
街は、今日も今日とて凄まじい活気……というか、むしろ襲撃があった昨日よりも賑やかだ。
数ヶ月前のディーテでもすぐさま復興作業が行われていたように、ヤタの人々も作業を始めている。
だが、その騒ぎ方が尋常じゃない。
常日頃から妖怪達の襲撃があるのか、まるでその時の不安や恐怖を吹き飛ばすように明るく作業している。
それはまるで見世物のようで、家々を飛び回る大工もその下にいる観客までもが笑顔だ。
スピードも異常だし、数時間もあれば直るんじゃないか……?
技術的にも精神的にも、もちろん騒げる体力的にもたくましい国だな。
しばらく立ち止まって見ていると、近くの大工たちが仕上げにかかり始めた。
彼らは梯子から腕の力だけで飛び上がると、ぐるぐる回転しながらそれに合わせて板を打つ。
昨日の大天狗のように、羽でも生えているのかと疑いたくなる程の軽い身のこなしだ。
一回目の人達が一瞬で板を固定してしまうと、次の人達が同じ軌道を回転していき札のようなものを貼り付ける。
するとどうやら、その接合部分が完全に密着したらしい。
板は、貼り付けた跡もほとんど分からない程に同化してしまった。どんな仕組みなんだ……?
そして作業が終わると、彼らはやはり回転しながら次々に着地した。大道芸人と言われた方が納得できるぞ……
ライアンとロロも大興奮だ。
「うおー!!」
「すげぇな〜」
「……神秘ではなさそうだけど、どうやってんだろうな?」
「あの子達は侍よ。半分聖人……半聖というのも語呂が悪いし、仙人とでも言ったらいいかな。
ただの人間では、もちろんあんな真似はできないわ」
仙人ね……フェニキアの半魔も凶暴だったけど、聖人の側ならこれはこれで面倒くさそうだ。
けど神秘じゃないやつには、魔人かどうかの判別ができるやつは少ないんだったか……
近くにいても敵対はされないなら、もう少し見ていたいな。
まず、俺達にもできるのかが気になる。
……やるつもりはないけど。
「まぁ侍所の子達はいつでもいるし、妖怪もほぼ毎晩やってくる。芸は傷ごとに違うかもしれないけれど、珍しいものでもないわよ?」
「そうなのですね……なら他を探しましょう」
「え、あと一軒くらいいいんじゃないか?」
「多分違う傷の場所に行けば、他の芸が見られるわよ」
「じゃあ次だ〜」
「おー!!」
2人もその気になったのなら仕方ない。次だな。
確かに他の場所からも賑やかな声が聞こえてくるし……
俺達は大工……の手伝いをしていた侍達から視線を外し、どこを見に行くか話し合いながら観光に戻った。
~~~~~~~~~~
その後俺達が回ったのは、いくつかの出店、オタギ御所、神社や妖怪用の物見櫓などだ。
出店では串に刺さった魚の塩焼きやソースカツ、焼き鳥というものなんかを食べ歩き、神社では守護神だという狼や兎なんかの木像を拝み、物見櫓では登って景色を眺めたりした。
オタギ御所だけは入れなかったが、役人や侍が多く出入りしていて重要そうだったので当然だろう。
入国翌日に研究塔へ入れたガルズェンスがおかしいだけだ。
……そういえば、役人は見なかったけど、あの国ってどうやって回してるんだろうな?
ニコライが実務とは聞いたけど、依頼ばっかりで部下の科学者も見ていない。
もしかして、そこの警戒はされてた……?
まぁ別にいいか。
とりあえず、もし御所に入れたとしても幕府の首脳陣はもれなく聖人らしいので会いたくない。
ただでさえずっと観光してて疲れたし、さらに気疲れまでするのはゴメンだ。
それに、入れたとしてもまず休憩したいな。
日はまだ落ちていないが、時計は16時頃を示している。
朝早くからだったし、一日中観光していたといってもいいだろう。
ロロも自分で歩くのをやめて俺の肩にいるし、ドールも歩くのがゆっくりだ。
ライアンでさえ、眠そうによたよたと歩いている。
流石にもう観光は無理かな……
そう思って後ろを振り返ると、ガイドで疲れた様子のクロノスに質問する。
「クロノス。休める場所ないか?」
「ん、よいやく休憩……そうだね、やっぱり白兎亭かな」
「イワトでもいったところだねー」
「和菓子……特に団子が人気の茶屋だからね。大人気よ」
「また団子……」
「団子は将軍様や神様の大好物らしいわよ?」
将軍……この国のトップだよな?
イワトにもあった店だし、思っていたよりも大人気店のようだ。
それから……神? なんだそれは。絶対迷信だろ。
けど、団子屋じゃなくて茶屋だったんならいいか。
休むための店らしいし、前回は見逃した団子以外のものもあるだろう。
「神って部分は胡散臭いけど、とりあえず行くか」
「おー」
急に元気になったロロを肩から下ろし、俺達は白兎亭へと向かった。