78-ヤタの夜・後編
船旅の疲れからぐっすりと眠り込んでいた俺達だったが、外からの騒音のせいで目を覚ます。
まだ外は暗いのに、まるで事件でも起きたかのような騒ぎようだ。
避難誘導の声や妖怪がどうたらと叫ぶ声も聞こえる。
火事とかではなさそうだけど、何か事件でもあったのか……?
目をこすりながら起き上がると、ライアンが眠っていたはずの布団は既にもぬけの殻。
もしかしたら、獣の嗅覚か何かでいち早く何かを察知したのかもしれない。
これはもうほぼ確実に何か起きてるな……
「シリア起きてるか?」
「もちろんだとも。灯りを付けてくれないか?」
「いや、俺も探すけどあんたも探せよ」
ごねるシリアを黙らせて、どうにか灯りを見つけて付ける。
少し手間取ったが、そのおかげでむしろ気持ちが落ち着いてよかったかもしれない。
というか、灯りの入れ物も独特で探しにくいんだよな……
ガルズェンスの電気が、ボタン1つだったのもあるかもしれないけど。
次に隣の部屋にドールを呼びに行くと、彼女ももう起きていた。
彼女本体は常に落ち着いているから、これで血迷うこともないだろう。
クロノスがいないが、いても彼女は戦えないだろうから気にかかるのは安否だけだな。
けどそう死ぬたまじゃないと思うし、別に放っておいてもいい。
それよりも、これからどうするか……
「誘導無視して出歩いていいと思うか?」
「どうでしょう? 止められるとは思いますが」
「僕は集団行動なんてごめんだね」
「いや、その理由はやめろ」
行動を考える上でまず1つ、ロロはまだ寝てる。
彼は戦闘には関わらないので、これは問題ない。
宿の人に頼むか……いや、ドールの分身に頼む方がいいな。
不安か怯えか、そこら辺はいるなら出てこれるだろう。
次に避難誘導。
これは次に泊まれなくなるかもなんだよなぁ……
見つからければ問題ないが、そしたら騒動が終わるまで心配されそうだ。
最後に、まず何が起こっているのか分からない。
よく見たら遠くに火のようなものが見えるが……事件なのか?
謎だ。
「決まんねぇ……」
「でもライアンさんが既にいませんし、避難誘導は手遅れでは?」
「それならかんさ……事件解決のために動こうよ」
「観察って言いかけたか?」
「まさかまさか。もちろん、近くで観察して絵を描こうだなんて考えていないとも」
こいつ、恐ろしく不謹慎なやつだな……
俺とドールが冷ややかな目で見ていると、彼はしれっと言い訳をし始めた。
「いや、僕の祝福は絵を描かないと使えないしね?」
「はぁ……仕方ない。確かニコライが、魔獣が活発とも言っていたしそのつもりで行こう」
「よーっし」
「シリア様、楽しむのは良くないと思います」
俺達は、シリアに注意しながら外へと密かに抜け出した。
~~~~~~~~~~
宿から外へ出てみると、視界に入ってきたのはこれまた意味不明な光景だった。
まずガルズェンスのような、でかい蛇、馬といった分かりやすい生物がいない。
みんな奇っ怪な生物だ。
例えば、ライアンのような合成魔獣っぽいやつ。
猿なのか虎なのか分からないようなやつが、遠くの屋根にかじりついているように見えた。
家屋は神秘で補強されてはいるが、当選あの化け物――おそらく妖怪と呼ばれるモノの方が神秘が強いので、段々と壊されていっている。
侍が対応しているみたいだけど、手が空いたらあれも止めに行った方がいいかもな。
そして、俺達に近い場所で暴れているのが……
「カンラカンラ」
「ぐふふ」
靴に棒が刺さっているような履物を履いた、鼻の長く羽が生えた奇っ怪な空を飛ぶ男と、和服を着ている二足歩行の小柄な犬だ。
鼻の男は、右手に持っている棒にひらひらした葉っぱのようなものがついた……確かうちわと呼ばれていたものを煽って神秘を行使している。
それは火だったり風だったりと多彩だ。
といっても、家屋もまた微弱にだが神秘をまとっているので、今はまだ大惨事にはなっていない。
だが少しずつ倒壊が始まっているので、急いであいつを止めないといけないことに変わりはないな。
そして犬……これは謎だ。
パッと見笑っているだけにしか見えない。
何しに来たんだ、こいつ……?
「おい!! やめろお前ら!!」
俺がシリア、ドールと共に止めに入ると、彼らは腰を抜かしてしまいそうな程素早くこちらを振り向いた。
え、怖……
2人共目がギラついているし、敵意を隠そうともしていない。
すぐにでも襲いかかってきそうだ、という印象を受ける。
だが実際はそんなことはなく、不気味な笑みを浮かべて話し始めた。
「カンラカンラ。魔人……か。珍しい人間が来たものだな」
「ぐふふ。久々に見たな……数年前の元貴族以来だ」
「カンラカンラ。見るだけならあの狂気的な少年をいつも見ているだろうに。寝ぼけておるのか? 犬神」
「ぐふふ。それもそうだ。
儂はどうやら寝ていたらしいな、大天狗」
「寝ていて話せる訳があるか、犬神よ」
「おお、ならば儂は起きていたのか」
確かにそこまで強くないかもしれないが、それでも俺達は魔人だぞ?
それなのに随分と余裕がある……というか、何だこの気の抜けるやり取りは……
おまけにシリアは、俺とドールの少し後ろでキャンバスを広げて絵を描いている。
しかも、表情は今までにないほど輝いていた。
明らかに楽しんでやがる。
まったく。どいつもこいつも緊張感のねぇやつらだ……
俺はドールと顔を見合わせると、戸惑いながらも重ねて声をかける。
動きは止まっても、敵意は欠片も消えていない。
おそらく魔獣だと予想ををつけて、慎重に。
「お前ら何者だ?」
「うむ? 我らを知らぬと?」
「名前は今の会話で分かりましたが、私達は昨日この国に来たので初耳です」
「ふむ……巷では八妖の刻と呼ばれておる……なっ!!」
鼻の男――大天狗は、自分達の異名を言うと同時に右手のうちわを大きく煽る。
途端に巻き起こったのは、ヴァンの暴風と遜色ないくらいの風だ。明らかにリューよりも強力な。
俺達は意表を突かれ、思わずその場で固まってしまう。
今度は全力なのか、家も大きく崩しており俺達でも無事では済まないだろう。
「くそっ」
「私が……」
「いやいや、こんな時は僕に任せなさいよ」
俺が無理矢理斬ろうと長剣を取り出し、ドールが何かしらの感情から分身を作り出そうとしたその瞬間。
後ろから、特に焦るでもなく絵を描くシリアの声がかかった。
信頼してなかった訳ではないが、俺は構えを解かずにちらりと後ろを覗いて見る。
すると、彼は案の定ただ絵を描いているだけだ。
……収納ってどのタイミングでできるんだ!?
ドールも分身を1人出しているようだし、俺も斬る準備はしておこう。
ギリギリまで風を引き寄せて、ぶつかる瞬間に思いっきり……
"永遠を描くキャンバス"
"霧雪残光"
「いっ!?」
俺が霧のように細かな斬撃で迎え撃つと、同時にシリアの祝福が発動した。
風は俺の目の前でぐわんと大きく曲がり、シリアの手元へと吸い込まれていく。
見たのは初めてだから、かなりビビったぜ……
無傷で済んだのはよかったけど、俺が無駄に疲れたのはちょっと嫌だな。
どうせ前線は俺なのに……
「タイミングがむずすぎるだろ!!」
「綺麗な絵だなぁ……」
「自画自賛か!? 後で見せてくれ」
「あの、2人共。敵はまだいますよ?」
おっと、危ない危ない。
危うくシリアやライアンと同類になるところだった。
……あれ?
もしかして、深夜だからかテンションがおかしいか?
少し反省しつつ、頭を切り替えるために頭を振る。
視線はもちろん、大天狗と犬神から外さない。
だがやつらも、シリアの技に驚いているようだ。
変な顔をして固まっている。
チャンスだな……
俺は軽く息を吸い込むと、思いっきり駆け出す。
まずは風が恐ろしい大天狗だ。
「む、我か」
大天狗は少し遅れて反応を示す。
完全な奇襲は流石に無理だったが、それでも態勢を整えられる前に一撃くらいは入れたいな……
"行雲流水"
もしまた風を出してきても受け流せるように、今回はこの技だ。
大天狗の少し前方から、軌道を悟らせないように軽く回転して斬りつける。
「カンラカンラ。甘いわ!!」
彼は高らかに笑うと、その手のうちわで俺の剣を受け止めた。見た目と違って、全然柔らかくない。
それどころか、ぶつかりあった音はガチンだ。
普通に硬ぇ……
さらに彼は、そのままうちわを振るう。
すると今度出てきたのは十数個の炎の玉。
ローズの送り火とは比べ物にならないが、蛍火くらいの火力はあってかなり熱い。
「そっちこそ。俺もこれくらい斬れる」
"霧雪残光"
さっきは空振った細かな斬撃で全ての炎を斬り落とす。
これでほぼ無傷……少し熱を感じたくらいだが、大天狗はまた距離を取ってしまっていた。
うーん、中距離戦闘をしてくる相手は難しいな……
俺の戦い方は長剣とナイフ、リューから借りた大剣でので近距離、災いを穿つ茨弓での遠距離の二択だ。
あんなに自在に攻撃を飛ばされたら堪まったもんじゃない。
またフーの時のように身を切るしかないか……?
けど、さっきから何故か体が重いんだよな……
息も少ししづらい気がする。
すると、どうやらそれが顔に出ていたらしく、ドールが声をかけてきた。
「クロウさん大丈夫ですか?」
「ああ、攻撃はくらってないはずだ」
「ですが、少し顔色が悪いです。
彼らの相手には、分身を向かわせることもできますよ?」
「そうだな。1人はきついかも」
「分かりました。恐怖の仮面、頼みます」
ドールが横にいる分身にそう頼むと、彼女は体を震わせながら俺の横まで歩いてきた。
普通に大丈夫なのか? この子……
「えと、戦えるのか?」
「いやぁ、もちろん怖いっすよ? うちは恐怖の具現ですし。ただ、この震え……痺れは強力でして」
恐怖の仮面はそう言うと、大天狗に向かって走り出す。
その身に宿っていたのは雷で、スピードも輝きも、ニコライ程ではないが中々のものだ。
少なくとも俺の剣技よりは強力だろう。
彼女はまたたく間に大天狗の足元まで行くと、そのまま大きく腕を振り上げて殴りかかる。
今回は大天狗も反応できていないので、かなりのダメージになるだろう。
いや、なるはずだった……
「あう……」
恐怖の仮面は、大天狗に触れる直前になって何故か倒れ込んでしまった。
暗くてはっきりとは分からないが、体の色も変色しているように見える。あいつは何もしていないはずなのに……
「カンラカンラ。犬かなにかに取り憑かれでもしたかね?
少女の影武者よ」
大天狗が見下すように笑いかけると、彼女はさらに体を縮こませて苦しみ悶える。
状況がまったく分からないけど……体の重さは消えた。
分身だとしても、これ以上手は出させない。
「何しやがったてめぇ!!」
「お主には何故効きが悪かったのか……」
俺は再び駆け出すが、何を思ったか大天狗は空に飛び立つ。
分身とはいえ、1人瀕死にしておいて逃げるのか……!?
驚いてい思わず怒鳴りつけるも、大天狗が羽を休めることはなかった。
恐怖の仮面と同じくらいのスピードで、さっさと夜闇に紛れていってしまう。
どこかからか響いてくる声が不安を煽るな……
「カンラカンラ。
気にはなるが、がしゃはやられ玉藻も互角。影綱が出てくる前に退散せねばならぬのだ。だがまたいつか会おうぞ」
影綱……
めちゃくちゃ警戒されているやつがいるってことは分かったけど、あんな奴らの敵なら聖人だろうな。
ニコライみたいに話を聞いてくれる奴ならいいけど……
気づいたら犬神というやつもいないし、完全に逃げられてしまったようだ。
化け物共もほとんどが消えている。
だが、それでも一応安全確認をして倒れ込む恐怖の仮面に声をかける。
彼女の顔色はすっかり元に戻っているし、恐怖も消えたのか震えもほとんどなかった。
「無事か?」
「そうっすね。案外無事でした。あと、恐怖はそろそろ消えるんで、ドールをよろしく」
思いの外元気な返事が帰ってきたので、俺も気を抜いて頼みを引き受ける。
……ていうか、シリアがいてドールがどうにかなるわけない。
俺も仲間は何があろうと守るしな……今度こそは。
そんな自信たっぷりの言葉を聞くと、彼女は静かに消えていった。
消えたら休めるのかな……休めるといいけど。
「じゃあ僕らも宿に戻ろうか。天狗の絵を見せてあげよう」
「そうだな……って、今戦ったばかりなのに?」
「いつ見ても心動かされてこその芸術さ」
宿に帰ったらさっさと寝てぇんだけど……
俺とドールは、意気揚々と歩いていくシリアを見て、肩を落としながら宿までの道のりを戻っていった。