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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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76-ヤタの夜・前編

現在、八咫国の近海に居座っているのは巨大な嵐。

岩戸という属島を間に挟んでいるとはいえ、首都愛宕にもまたその影響が現れていた。


濃い……濃い……恐ろしく濃い霧が、寝静まった都を包み込む。

それは一寸先も見通せない程……とまではいかないが、月明かりが空一面に広がって見えるくらいには充満している。


人通りはほとんどなく、数名ほど袴姿の侍が歩くのみ。

しかしそんな彼らにしても、いるのは多くて2人組まででほとんどが1人だ。

当然人数も少なく、おそらくは両手で数えられる程度しかいないだろう。


だが、だからこそか細い足音は遠くまでよく響いていた。

それこそ、どこに何人いるのかまで分かるくらいに。


コツン……コツン……と。

カラン……カラン……と。

霧に押し付けられた響きは、低く広く流れている。

一定のリズムで、延々と……




逢魔ヶ時には、人外を拒む結界も、町人に紛れ込んでいる警備も、過剰だと思える程に厳重だ。

だからこそ、深夜。

それらは行動を開始する。


月光に隠れて早一つ。

霧に紛れて早二つ。

次々と彼らはやってくる。


20メートルを大きく超える、見の前にあってさえその存在が信じられない程の悍ましい骸骨が、のそのそと歩く。


数十センチ程の歯を持つ下駄を履いた、鼻の長く羽が生えた奇っ怪な男が空を飛ぶ。

どういう訳か、束帯を着付けている二足歩行の小柄な犬が笑っている。


頭部は真っ白い体毛、全身を金色の体毛で覆われて輝く狐が屋根から屋根へと駆けている。

狐のお面をした、紳士然とした怪人がその狐の後を追う。


他にも、額に角のある巨大な熊や蜘蛛のような手足を持ったもの、尻尾が蛇であるという妙に記憶に残る化け物、燃える車輪など様々なものがいた。


忍ぶ人目もほとんどないので、彼らの動きは緩慢だ。

だが、それももちろん確かな実力があってこそ。


カンラカンラと音を響かせる。

ヒョー、ヒョー、と宣戦布告をする。


さぁ、宴の時間だ。

血飲み肉喰らう、地獄の宴の始まりだ。




天災の国、八咫国。

今晩もここに、化け物達の百鬼夜行が始まった。




~~~~~~~~~~




化け物達の中でももっとも動きの遅いのが、未だに街外れにいる骸骨だ。

一歩一歩を噛みしめるように歩いており、なかなか都の奥に進めていない。


今はまだ道なりに歩いているが、もし気が変わって家屋の上を通り始めたら、きっとすぐに街は壊滅してしまうだろう。

今夜の化け物達の中で、一番注意しなければいけない相手だと思われた。


そして、そんな化け物の前に現れたのは小さな小さな少年だ。見た目年齢は10歳前後。

黒髪で、服装は和服ではなくパーカーに半ズボンという全体的にダボッとした普段着を着ていた。


彼は不思議な雰囲気を漂わせながら、無感情に語りかける。


「こんばんは、がしゃどくろさん。今日も、あばれるの?」


行く手を遮られたがしゃどくろは、その場でピタリと静止するが問いには答えない。

心なしか顔を下に向けたようだが、それだけ。


そもそも言葉が話せるのかすら不明な怪物は、沈黙を保ったまま拳を振り下ろす。

骨でありながら、辺り一帯を吹き飛ばす程の威力を秘めた神秘の一撃だ。


「答えてくれても、いいのに……」


少年はポツリとつぶやくと、おもむろに拳を振り上げる。

街に大きな影を落とすこの化け物は、たった一撃攻撃させるだけでも街への被害は甚大だ。

そのため、彼は防御ではなく反撃を。


"神威流-穿拳"


すると瞬きする間もなく、少年の上空……拳の軌道上の全てが消え去った。

霧も、雲も、そして上半身を失ったがしゃどくろも、次第に塵となって消えていく。

恐ろしく静かに、恐ろしく素早く、1つの脅威が消え去った。




しばらくは消えていくがしゃどくろを眺めていた少年だったが、やがて視線を横に向ける。

彼の目に映ったのは、歩み寄ってくる1頭の獣。


その生物は黄金色の体毛を夜闇に輝かせ、額には一本の角が生えている。

スラッとしているが背丈も5メートル近くあり、黒光りする蹄、炎のように揺蕩う尾など、全体的に神秘的だ。


彼は軽やかに少年の元まで駆けてくると、ゆっくりと口を開く。


「ヤツがいたならば、仕方がない。ただ、それでも……」

「うん。お姉ちゃんが、悲しむね」

「君が出る必要があったのか?」

「ぼくの、そんざいいぎだよ」

「……」

「とりあえず、のこりは侍のお姉ちゃん達にまかせようかな。ほかの子はだいじょうぶそうだし……うでが、痛いや」


獣が黙りこくっていると、少年が右腕を持ち上げて無感情につぶやく。

月明かりに照らされた彼の腕は、思わず目を背けてしまいたくなる程にボロボロだった。


皮膚はもちろん引き裂かれている。

肉も捻れていて、今にも千切れそう。

骨はおかしな方向に曲がっていて、特に指先など乱立する草花のように四方に伸びていた。


それが、たった一撃でがしゃどくろを倒した代償だった。


「そうだな……では乗り給え。見ていられない」

「なんで、みんなそう言うんだろう……?」

「君を、想っているからだよ……!!

何も言わずに、傷つき続けているからだよ……!!」


獣は絞り出すようにそう言うが、それでも少年には分からないようだ。

のんびりと背中に乗ると、静かに笑い始める。


「ふふふ。でも、ぼけは、折れないよ」

「知っているとも……だから、だよ。

だから私は、ずっとあの国にいてほしかった……」

「うん、知ってるよ。やさしいやさしい、ぼくのかみさま。

あ、あの国といえば……お兄ちゃんも、この国に来たね。

クロノスちゃんも、来た。ぼくは、それだけで、しあわせ」

「……ほんの数人でも、君に友がいることは嬉しく思う。

願わくば、いつか君に救いが訪れんことを」


彼らはその言葉を最後に、この場を後にする。

右腕が壊れているためゆっくりとだが、確かな足取りで、残りの化け物達には目もくれず。


もしかしたらそれは、見る人が見れば人々を見捨てているように見えるかもしれない。

だが、少年からしたらそれは信頼だ。

侍達や、この国にやって来た神秘達に対しての。


それでも普段ならば、全身が壊れるまで戦い続けただろう。

しかし、今回は背に乗せてくれている獣が来た。

戦おうとしても力尽くで止められるので、無駄に痛い思いはしたくなくて帰ることにしたのだ。


といっても、やはり敵を放置していくことに負い目があるらしい。

彼は、獣に揺られながら遠くの屋根にいる影を見つめる。


それは、たった今侍の一人と会敵した大妖怪だ。

戦い自体は街の壊滅につながらないと判断した敵でもある。


「生きてたんだ……」


よそ見をするなと注意を受けながら、彼は無感情にそうつぶやいた。




~~~~~~~~~~




化け物達の中でもっとも素早く、もっとも危険なのが、街の中央……愛宕御所に迫る狐だ。

屋根の上を飛び越えているので、一歩一歩が大きくあっという間に国の中枢へと向かってしまう。


今はまだ破壊活動はしていないが、暴れ始めたらがしゃどくろよりも的確に被害を出すだろう。

その場にいるだけでも災害を引き起こしてしまう骸骨よりはマシかもしれないが、手強さではやつを上回る相手だった。


そして、さらに厄介なのは単独ではないこと。

狐のお面をした怪人が、そのスピードにまったく遅れることなく続いている。

お面以外は普通の人間のように見えるが、明らかに人間離れした身のこなしで、その実力の高さが窺えた。


そして、そんな化け物の前に立ちふさがったのは一人の凛々しい女性の侍だ。

比較的背が高く、水中をイメージしたと思われる、泡や波のような柄の淡い着物をまとっている。


彼女は凛とした声で、静かに語りかける。


「こんばんは、伝承の御方。

……ですが、貴方様はお亡くなりになったはずでは?」


両者の間に、気持ちの悪くなるような温い風が吹く。

それは緩やかに霧を払い、お互いの顔をよく見せる。


だが白面金毛の狐も、もちろんその後ろに控えるお面の男も、感情がうまく読み取れない。

しばらくは沈黙が続いたが、やがて仮面の奥から返事が返ってくる。


『天災の地に芽吹くのは 死をも乗り越えた御伽の花

花は彼らの怒りを一身に受け 彼らの憎しみを体現し

かつての神を呼び覚ますのだ』

「……神秘は不滅ですから」

「そうですか。ともあれ、敵対するというのなら……」 


瞬間、侍と怪人の剣が交錯した。

侍が狐に向けた居合斬りを、怪人が受け止めた形だ。


どちらも180センチ近くの身長がある上に、神秘をまとっているのでその衝撃は凄まじい。

足元の屋根瓦の多くが吹き飛んでしまっている。


だが、一番驚くべきは侍の怪力だろう。

両手で長剣を握る怪人に対して、彼女は右手だけで刀を握っている。


それでここまでの鍔迫り合いを見せているのだから、怪人というのがどっちのことなのか分からなくなってしまう。

しかも、鍔迫り合いの勝者は侍だ。


数秒はその場で耐えていた怪人だが、すぐに後ろに吹き飛ばされていった。

仮面で表情は見えないが、流石に少し狼狽しているようだ。


「はぁ……あなた何なんです? いくら聖人だといっても、見た目に筋力がまったく見合ってないんですが……」

「私は天坂海音。何と聞かれても困りますが……雷閃四天王と呼ばれてはいますね」

「ああ、彼の言っていた要注意人物の1人ですか。

まさかここまでとは思いませんでしたが、納得ですよっ!!」


"隠形鬼の舞-神眼"


会話が終わると同時に、怪人は神秘の技を放つ。

霧や雪かの如く細かい剣閃を、一息のうちに侍の全身へと。


"不知火流-漁火"


だが天坂は、それらに落ち着いて対処する。

手足、首、肩、胴、顔、とありとあらゆる部位に迫る攻撃を、紙一重でそらしながら軌道を一点に集めていく。

集束点は、彼女の右側だ。


「いやほんと、無茶苦茶すぎませんかね……」

「おさらば怪人殿」


"天羽々斬"


彼女はそう言うと、空いた胴体に向かって刀を振り抜いた。

刀には鋭い水がまとわりついており、怪人を綺麗に真っ二つにしてしまう。

怪人は力なく屋根からも落ちていくので、勝負ありだ。


だが、技はそれだけでは終わらない。

彼女の放った水の刃は、怪人を斬り裂いた後も空に向かって登り続けていた。

天を斬り裂いたかのようなその光景は、ピンと伸びをした蛇のようだ。


その名残が消えるのを見届けると、彼女はほっと息を吐く。


「ふぅ……次は貴方様ですね」

「いえいえ、そううまくはいきませんよ」

「っ!!」


改めて狐に向き直った彼女の耳に聞こえてきたのは、真っ二つに斬り捨てたはずの怪人の声だった。

慌てて下を見下ろすと、そこには泣き別れになった状態のまま倒れている怪人の姿。


やはり決着はついていたが、まだ息だけはあったようだ。

その割には元気な声ではあったが……


「苦しまないよう、介錯しましょうか?」

「大丈夫ですよ。今の私は死ねないので」

「どういう……」

「あと、体をよく見てください」


彼女は不思議そうに体を見るが、特に異常は感じなかったようだ。

首を傾げながら問いかける。


「特に何もないですよ?」

「あはは、なら忠告です。……動くな」

「これから玉藻前様を止めなければいけませんから、その忠告は聞けませんね」

「ふーむ……その方が傍観しているうちに、大人しく引いた方がいいと思いますけどね」

「敗者のくせに、少し生意気ですよ」


もう彼女は、怪人を見向きもせずに玉藻前に向き直る。

これだけ隙を見せていても、狐は一切動かなかった。

そのことに違和感を覚えながらも、彼女は先程のように距離を詰め、渾身の一太刀を……


「くふっ‥!!」


玉藻前との間合いを半分ほど詰めた時、突然彼女は膝をつく。美しい着物を鮮血で染め、息も絶え絶えだ。

口からも血が出ているので、傷は内蔵まで到達しているのかもしれない。


「ハァッ……ハァッ……なに、が……!?」

「だから動くなと言ったじゃないですか」


座り込む彼女に、怪人が歩み寄りながらそう告げた。

腹部は深紅に染まっているが、どうやら無理矢理くっつけてきたらしい。


ゆっくりとなら歩ける程度には回復してしまっているようだ。

彼は手で軽く傷を押さえながら、一歩一歩近づいてくる。


「実は私が負けるのは見えていましたので、予め紙一重で避けたと思わせるように、本命の攻撃はさらに細かくしていたんですよ」

「随分と……器用、なのですね……!!」

「ふふ……さて。玉藻殿、話せますか?」


怪人は、必死で言葉を絞り出す侍の横を通り過ぎて行くと、玉藻前に問いかける。

すると、今まで身じろぎをしなかった彼女は、尻尾ゆらゆらと揺らしながら口を開いた。


『うむ、なんとか可能じゃ。

といっても、ほんの数分くらいだがな』

「よかったです。

私はもう剣を振れないので、止めお願いしますね」

『何? わらわにそのような雑務をさせる気か?』

「……」


彼らはしばらくにらみ合っていたが、やがて玉藻前が折れたらしくうなだれる。

輝く尻尾も垂れていたが、すぐに顔と一緒に上げると侍に向かって一歩踏み出した。


すると当然、天坂の顔には焦りが生まれる。

それでも彼女は、波のような紋様の刀を支えに、どうにか立ち上がっていく。


『苦しまぬように……というのは無理じゃが、せめて抵抗してくれるなよ。人間』


玉藻前は天坂の目の前まで来ると、そう告げる。

そしてそのまま、抵抗のない彼女に向かって尻尾を横薙ぎに叩きつけた。


といっても、ただの攻撃ではない。

抜け目なく神秘を纏い、尻尾は炎に包まれている。


「うぐっ……!!」


天坂は刀を尻尾との間に挟むが、足に力が入っていないので軽々と吹き飛ばされる。

数十軒もの家屋を貫通しているので、既にボロボロの彼女ではひとたまりもないだろう。


玉藻前達は、土煙が収まるのを見届けてから御所に視線を向けた。本来の彼らの目的は、人間達の中枢組織だ。


今ので少し騒がしくなってきたが、一般市民など気にかける価値もない。

下っ端侍も下っ端妖怪に任せると、彼らは速やかに御所に向かって屋根の上を走り始めた。


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