75-ヤタの本島へ
最初の団子屋で言っていた通り、クロノスは昼前には戻り始めて探すことを提案していた。
時間に余裕を持って、シリアが見つからなくても俺達が遅れることのないように。
俺としても、普通はそれが一番いいと思う。
だが、探す相手というのはシリアだ。
絵のためだけに嵐の中で突っ立っていたり、保護者を名乗るくせにドールを放置し、脇目も振らず突っ走って行く男だ。
どこにいるか、見当もつかない。
それは、真面目に探すとしたら、真面目に探していられないということ。
……うん、自分で言ってて頭がおかしくなりそうだ。
つまり……町にいるかもしれないし、海にいるかもしれない。
森にいるかもしれないし、川にいるかもしれない。
浅瀬にある小岩の近くにいるかもしれないし、島の奥にある岩の近くにいるかもしれない。
彼がその時々にいるのは、彼の心の赴くままに綺麗だと感じた場所。
もし探すのなら、あいつの気持ちを考えるか、理性を捨ててあいつのような芸術的感性で探すかしかないだろう。
……無理!!
選択肢のほとんどが自然な時点で、帰りに探しながらというのはほぼほぼ不可能だ。
とはいえ、シリアの能力自体は便利なので置いて行きたくもない。
ならばどうするか……
もちろん少し遅めに帰って、少しでもシリアが戻ってくる可能性を高める、だ。
多分船長さんには文句を言われるけど、彼らのような足ではなく、仲間であるシリアは失いたくない。
……まぁ船長さん達が海以外でも協力してくれるなら、どうしてもという程ではないけどな。
そして現在。
俺達がライアン、ドールと合流し、昼を過ぎてから1時間ほど時間を潰して船に着くと……
「おいおい少年少女! 時間も守れないのかい?
まったく……やっぱり保護者がいないとだめなのかなぁ」
船縁で、おそらくイワトの町並みを描いていたであろうシリアが、実に腹立たしい表情でそう言ってきた。
さも、仕方がない子達だなぁといった風な表情だ。
確かに遅れたけど、あんたへの配慮なんだが……?
そして口ぶりから察するに、ドールだけでなく、少なくとも俺ともしかしたらロロも保護対象のように見られている。
ライアンは痩せていて大人っぽくないが少年かは微妙だし、クロノスは明らかに大人だ。
少年少女と言うのなら、俺しかいない……
「あんたが時間を聞いているかも分かんなかったんだぞこっちは!!」
「もちろん聞いていたとも。だから僕がここにいるんだろ?
そんなことはいいから、速く登って来なよ」
ムッカー!!
マイペースこの野郎!!
「まぁいてよかったじゃねぇか〜。乗ろうぜ〜」
「……え、ええ。確かに問題はない……ですね……」
俺が憤慨していると、2人は乗船しようとさっさと船に近づいていってしまった。
ライアンが怒ることってないのか……?
ドールはかなり居心地が悪そうだけど。
俺も、ライアンの呑気さや優しさに毒気を抜かれたので、今はもう何も言わずに付いて行くことにする。
でもこれ、信念に基づいた行動である分リューより手に負えない気がするな……
誘導とか絶対通用しないやつだ。
~~~~~~~~~~
俺達が船に乗ると、待っていたのは下から見た感じではいなかったはずの船長さんだ。
もっとも、角度的に少し奥にいれば見えないんだけど……
兎にも角にも、彼は金髪を輝かせながらそこにいた。
当然彼は怒っていて、いくつかある縄梯子のちょうど俺の目の前で、腕を組んで仁王立ちしている。
視線は鋭く俺を射抜き、表情はどこまでも冷ややかだ。
感情を感じさせない。
そのことが、彼の怒りを強調していて恐ろしい。
1時間弱なんだけど、そんなに怒ることなのかなーなんて……
ないよな、うん。
「何か言うことはありますかー?」
「はい、遅れて悪かったと思ってます」
「本当だよ!! 潮や風の流れってのが重要なのによ!!
もし深夜に着いて宿なくても文句言うなよテメー!!」
「オイラも……?」
「シリア以外全員だ!! そこの女は……ん? クロノスか?」
急にトーンダウンした船長さんの視線を追うと、その先にいたのは優雅に登りきったクロノスだ。
どうやったのか、息どころか汗の一滴も掻いていないし、服だって1ミリも乱れていない。
よじ登るのって大変なんだけどな……
まぁそれはいいとして、どうやら2人は知り合いらしい。
多分親密な仲ではないと思うが、クロノスも気軽に声をかける。
「ええ、クロノスです。
たしか大昔に、外国でお会いしたことがありましたっけ……
だけど今は飛ばされたくないから、余計なことは言わないでくださいね?」
「ん。余計なことってのがどういう意味か分かんねーけど、海でこいつらの足になる以上のことはしねぇよ」
「よろしくね」
どうやら、2人の間でのルールか何かが決まったようだ。
お互いに柔らかな笑顔を向けている。
怒りも逸れたかな……?
そんな淡い期待を持っていたが、やはり船長さんは甘くなかった。
登り終わったライアン、ドールを見ると、すぐに真面目な表情に戻ってしまう。
そして俺達を座らせると、延々と説教をするのだった。
~~~~~~~~~~
出航の合図、操船の指示出しなどの合間に説教をされること半日。
日が完全に沈みきった頃、俺達は波風に逆らいながらヤタの本島へと上陸を果たした。
深夜とまではいかないが、夕食時は少し過ぎている時間帯で、船長さんの言葉の通り宿はもう埋まっているかもしれない。
そんな時間に到着したからか、俺達を追い立てる彼の言葉には棘があった。
「はーい、本島到着。首都愛宕。せいぜい頑張って宿探しやがれバカ共が」
「分かってる……悪かったよ……」
「え、私も?」
「俺らじゃなくて、あいつらに付いてきたんだろ?」
「まぁね」
クロノスが軽く文句を言うが、特に異論がある訳ではなかったらしく、あっさりと下船し始める。
ということは、宿も同じところなのか?
得体のしれないやつだけど、普通に泊まれるんだな……
そのやり取りを見ていると、船長さんに追い立てられたので俺達もすぐ後に続く。
下はルルイエやイワトの時とは違って、ちゃんとした港だ。
他で見たような石造りではないが、立派な木製の桟橋は確かな安定感を感じる。
むしろその分巨大に作られているし、街並みともマッチしているし、これ以外ありえないくらいにピッタリだ。
すると当然、シリアは騒ぎ出す。
夜だぞ……? 勘弁してくれ……
「うっはー!! これが雅というやつか!! いや、風流?」
「どちらでもいいのではないですか?」
「そうだねぇ……どちらにせよ素晴らしい!!」
「時間考えろよ」
「でもそれくらいきれいだよ、クロー」
「うん、まぁ……」
肩にいるロロに同意しながら、シリアの方をちらりと見る。
彼は隣に立つドールに、随分と熱く語っているようだ。
俺は聞き流すけど……
「聞いた話では、滅びの美学……。木という、石よりもはるかに脆い素材だからこそ……。この靭やかさ、温かみ……」
「なるほど。シリア様が普段から描いている自然が、人と寄り添っている文化なのですね」
「そうなんだよ!! 今まで僕が描けたのは過酷な自然だけなんだけど……」
大部分は聞き流したが、まぁ彼の意見には同意できる。
暖かいし、柔らかいし、自然と戦っているガルズェンスと違って、仲良く共存している感じだ。
フローラも豊かな国ではあったけど、それは飾りつけるものという雰囲気で、この国ほど寄り添っているとは言えないだろうしな。
家も石や煉瓦で、ここよりは人工色が強かったし。
正直、家の材質だけでここまで変わるのかと思ってしまう。
暗いから余計にそう感じるのかもしれないけど。
「あの、まだ宿は探さないのかな?」
「そうだな……さっさと連行していくか」
「じゃあ俺右側抑えるから〜、クロウ左な〜」
「了解」
ライアンと話を合わせ、シリアを左右から挟み込む。
下手したら本当に野宿だから、手段は選ばない。
「お、景色だけに集中できてありがたいなぁ」
……どうやら逆効果というか、利敵行為だったようだ。
~~~~~~~~~~
俺達はシリアを拘束しながら、宿を探して街を進む。
余計な荷物があるが、この状態でも十分わかる程に街並みは素晴らしく美しかった。
ところどころは暗くてよく見えないが、街の大部分は奇妙な灯りに照らされていて思っていたよりもよく見える。
その街並みは、イワトの町の豪華版といったところだ。
まずなんといっても、一つ一つの家が大きい。
イワトは嵐の先にあったからか、一階建てばかりで簡易的な家もいくらかあった。
だが、ここはその心配もなさそうで大抵が二階建てだ。
特に大きな屋敷には白塗りに塗られているも多く、その白に灯りが反射していてより神秘的に感じる。
しかも灯りは、各家の玄関先や道に沿ってかなりの数が置いてあった。
夜闇に朧に輝く灯りは、この国独特のゆらぎがあってどこか不安を感じる。
こういうのがシリアの言っていた、雅とか風流とかいうやつなのかもしれない。
それから……
「なぁクロノス」
「なぁに?」
「あの妙にゆったりした服は何だ?」
「和服のことかしら? 小紋、振袖、浴衣に袴。
この国独自の文化ね。綺麗でしょう?」
「そうだな。シリアが喜ぶだけのことはある」
現在シリアは、彼らの服装に興奮していた。
もちろん見慣れた洋服を着ている人も多いが、半分くらいはその和服というやつだ。
鳥や花、同じ図形の繰り返しなど細々とした模様が美しい。
この国はかなり暖かいし、ガルズェンスとは真逆だな。
パッと見厚着に見える人もいるが、家の造りや水辺なこともあって、誰もが涼しそうにしている。
「あれは何だ〜? 曲がり方も微妙で、ほっそい剣」
「あれは刀で、人は侍ね。衛兵みたいなものよ」
ライアンの視線を追うと、そこにはお茶を飲んでくつろぐ男がいた。
腰にはクロノスの言う通り、刀というものを差している。
曲がった形の剣というと、シャムシールというものが思い浮かぶがあれより緩やかな曲線だ。
どう見てもこっちの方が綺麗だな。
そして侍と呼ばれた男……くつろいではいるが、視線はちゃんと辺りを見回している。
もし誰かが攻撃を仕掛けたとしても、すぐに迎撃態勢を整えてしまいそうだ。
あれがこの国の衛兵か……
「……巨人じゃなけりゃあ何でもいいや〜」
「確かにな」
ガルズェンスは門番も含め、国民の多くは2メートルは余裕で超える身長だった。
もしどの国に行ってもあんなのと出会うなら、旅がトラウマになってしまう。
自分が魔人だと、やっぱり少し身構えちまうし……
俺達は、ヤタの国民が標準的な身長であることに、ほっと胸をなでおろしながら街の中を進んでいった。
暖かく美しい街を堪能しながら宿を探していると、最終的に見つけたのはやはり立派な宿だ。
本館は三階建てで、門を入るとすぐに広々とした庭が広がっている。
そこには何故か橋のかかった池もあるし、本館までの道には当たり前のように灯りが付いていて神秘的だ。
もちろん本館のベランダ……クロノスが言う縁側にも。
さらには、庭に生えている木々はおそらく形を整えられていて、余計な部分が一切ない。
完璧を絵に描いたような場所だった。
もう何軒も部屋が埋まっていたので、まともな宿どころか、豪華な宿が残っていたことに感激してしまう。
街の北東の端っこまで探すことになったけど、これだけ立派なら文句はない。
ありがたく泊まらせていただこう。
俺達は、期待に胸を膨らませながら門をくぐった。