74-属島への上陸
俺達は、船長さんの「昼過ぎに出発ですから、ちゃんと戻ってきてくださいね」という言葉を背に船を降りていく。
縄梯子は濡れているので、手足を滑らせないよう慎重に。
……けど、地面まで長すぎるな。
下は砂浜で柔かそうだし……
「ほっ」
「うわぁ」
流石に時間がかかるので途中で飛び降りてみると、砂浜の感触が気持ちよかった。
少し湿っているが、それもどこか雪のように感じて不快ではない。
「ふぅ〜!!」
ライアンも同じように、歓声をあげながら飛び降りてくるけど、シリアとドールは無理そうだな……
俺は2人を待つ間、肩からロロを降ろしくつろぐ態勢になる。
座り込むと砂で汚れるが、あのスピードだと少なくとも5分は掛かりそう。
その間ずっと立ち続けるのも億劫だ。
ズボンも湿りそうだけど、その分落とすのも簡単だろうしな。
ロロとライアンは、そんな砂浜でも気にせず走り回り始めるが、流石に俺はそんなことをするつもりもない。
あんなに転げ回ったら、座るよりもはるかに汚れて面倒くさそうだ。
大人しくイワトの町や木々、海なんかを眺めて待つ。
さざなみが心地良いし……なんだろう? ところどころ海に盛り上がっている部分がある。
もしかしたら岩でもあるのかもしれない。
だけど、よく見たらこの島を囲うようにあるな……
船はあれに当たらなかったのか?
全部は見通せないが、少し不思議な光景だ。
俺は、これも名所なのかもな……とぼんやり見続ける。
そんなことをしているうちに、2人も下船を完了した。
ドールは無表情で優雅に降り立ち、シリアは大興奮といった表情だ。
……もしかして、またか?
「砂浜だ!! 海だ!! とても美しい!!」
俺が嫌な予感を募らせていると、案の定シリアは叫びながら走り出した。
彼は懐から取り出した小さなキャンバスを片手に、砂を撒き散らしながら走り去る。
リューもその時々にしたいことしてたけど、あいつは絵を描くことだけに一直線だな……
芯が通ってて、より手に負えない。
ドールも同じことを思ったようで、無表情ながらため息をついている。
これじゃどっちが保護者か分かんねぇな……
俺は、待っていたから別行動はしにくいかなと思い、彼についていくつもりなのか聞いてみる。
「ドールはどうする? シリアを追うか?」
「いえ、どうせここは物資調達だけですから大丈夫です。
もし帰ってこなければ、ドールも残りますけど……ハラハラ」
「そうだな。せっかく見に行けるのに、あいつについていくのはもったいない」
ドールは分身を付ける気もないらしく、そのままロロ達がじゃれている方に歩いていく。
思ったよりも冷たい対応だな……
確かに、俺もそれが一番いいとは思うけど。
微妙な気分でシリアの方向を見てみると、もう随分遠くまで行っていた。
どうやら今は、さっき俺が見つけた海中の小岩達をを描いているらしい。
一番密集していそうな場所に立ち尽くしている。
ちゃんと戻ってくるかが心配だな……
ただ、そうは言っても俺も楽しみたい。
シリアに振り回されるのは御免だ。
頭から速やかに彼のことを消すと、ライアン達の元へと向かう。
乗組員達も、ワラワラと物資調達に降りてきているので早く行かないと人の波に飲み込まれそうだ。
「さっさと町に行こうぜ」
「そうだな〜」
俺が声をかけると、彼らは軽く砂を払いながら立ち上がった。……うーん、汚いな。
目も向けていないし本当に軽くなので、もしかしたらどれだけ汚れているか自覚がないのかもしれない。
ただ、明らかに汚い……近くにいたくないくらい汚れている。
払ってそれって……もうこれ以上綺麗にできないなのか?
俺は、無理そうだと思いながらも一応注意してみる。
「まずそれどうにかしろよ」
「ん〜?」
するとライアンは、たった今気が付いたといった雰囲気で体を見回す。
といっても、やはりそこまで気にしてはいなさそうだ。
彼は、追加で少し払っただけでとどめた。
絶対に迷惑になるのに、その図太さが恐ろしい……
そしてロロは、気にする意味すら分かっていなさそうないい表情で町に向かって歩き出している。
神獣だし、仕方ない部分もあるのか?
黒猫というよりは、もう茶色猫なんだけど……
まぁロロは小さいし、町の人に注意されなきゃ別にいいか。
ライアンも怒られるのはあいつだ。
俺には綺麗にする力もないので諦める。
仕方ない、仕方ない。
だが、どうやらドールは気に障ったらしい。
駆け足でロロのところまで走っていくと、汚れも気にせず彼を掴む。
「ロロさん、ストップです。プンプン
その汚れを気にしないのが悲しいです。シクシク」
"怒りの仮面"
"悲しみの仮面"
そして、彼らの目の前には2人目、3人目のドールが現れた。
怒った表情のドールと、泣いているドールだ。
わざわざ呪いで……?
俺が驚いていると、その間に怒った表情のドールが隣まで走ってきて、ライアンを確保している。
あまりの気迫に、ライアンも引き気味だ。
「ほら、こっちこい!!」
「え? あ、ああ分かったって〜。引っ張んなよ〜」
「汚すぎて……悲しいです。洗いますね……?」
「えー!? 土ついてるだけじゃん!?」
ライアンがドールのところまで連れてこられている間に、ロロの洗浄が始まった。
どうやら手から水を出し、土が全て流れるまでこすり続けるつもりらしい。
彼女が出しているのは、一瞬ごとにバケツ1杯分くらいの結構な水量なのでロロには辛そうだ。
当然ロロはドールの腕の中でもがいているが、悲しみの仮面は容赦なく洗っている。
俺にはできなかったけど、ドールにはできるのか……
試しに俺も指先に水を出してみるが、コップ一杯分くらい貯まるのに1分はかかりそうだ。
やっぱり俺の出せる水量じゃ無理だな。
分身ごとにそれぞれの感情が必要だといっても、あのレベルが複数人出せるのはすごい。
不便そうではあるけど。
「もーいいよね!?」
「うん、綺麗……」
「はい、次はライアンさんです」
「いや、びしょ濡れは嫌なんだけどよ〜‥」
「問題ねぇ。オレが乾かすからよ!!」
ドールが怒りの仮面にロロを手渡すと、彼女は少し歩いていった後、赤く発光し始めた。
ちゃんと熱量は抑えているようで、熱くないどころか心地良いくらいだ。
ロロも、気持ちよさそうに表情を緩めている。
「あーったかーいー」
「ははは、そうだろうそうだろう。
というか、そう言わねぇとぶちのめす!!」
「え、えー……?」
怒りの仮面でも笑うことがあるんだな、と思ったらやっぱり怒った……
そして彼女らから少し離れたところでは、ライアンが悲しみの仮面に頭から大量の水をかけられている。
池とか川とかで水浴びしているかのような水量だけど、あれもちゃんと乾くのか……?
少し不安だ。
「次は乾燥ね……?」
「ほいほーい。早くやってくれ〜」
「ん。……デカいな」
やがて洗い終わると、彼は怒りの仮面の元へと連れて行かれる。
そして……
「ギャー!!」
「あっははは、時間がかかるのは腹立たしいからなぁ!!
これくらいが丁度いい!!」
だが俺がそのまま見守っていると、洗われたライアンを待っていたのは火炙りの刑……
ロロの時のような熱量では、すぐに乾かないと判断されたようで燃やされている。
こっわ……
「ちょっと、やりすぎですよ!!」
「大丈夫だ、こいつは魔人だからな!!」
「ギャー……うん、まぁな」
ドールが慌てた様子で止めにかかると、当事者である2人はけろっとしてそう言った。
……なんだろう?
ライアンがタフなのは知ってるけど、何で怒りの仮面と分かりあった感じなんだ?
彼らはもう、体をはたいて消火しようとしているところだ。
これはライアンがすごいのか……?
2人が綺麗になると、少し不思議に思いながらもようやく俺達は町へと向かった。
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砂浜のそばの階段を登ると、そこはもう踏み均された道になっていた。
ガルズェンスで見たようなアスファルトというやつではなさそうだったが、だいぶ綺麗に固められているようだ。
軽く観察した感じ、多分土や砂利……のように思う。
けど、やたらとまとめられているのは神秘の賜物か。
全く不快に感じない。
そしてその先に広がるのは……
「うぉ〜綺麗だ〜」
「しぜんなかんじだぁ」
「ガルズェンスで言うと、メトロ辺りでしょうか……
とても温かみのある家屋です」
俺には馴染み深い、木造の家々だった。
ただ、この町は俺の村と違って、貧乏だからという感じではない。文化として木造が選ばれているようだ。
どれも俺の村の家より立派で、屋根には妙な形状の板のようなものが使われている。
しかし屋根に関しては、ガルズェンスの黒光りする謎素材に近いかもしれない。
科学ではないにしても、今まで見た中で一番美しく細かい造形をしていた。
少し脆そうなのも含めての美しさだ。
町の外には木々や川などもありそうだったが、ひとまず俺達は町へと入っていく。
物資調達は船長さん達がやってくれるらしいので、俺達はただの観光だ。
「いいにおいするねぇ」
「ああ、甘い匂いとかな」
「いやいや、肉の匂いもするぜ〜」
「お魚の匂いもします」
俺達が辺りを見回しながら歩いていると、四方八方からの何とも言えない香りが鼻をくすぐり、食欲を刺激される。
ロロは全てに興味津々で俺は今まで回った経験から甘いもの、ライアンは痩せてるくせに肉でドールは凍りついてて捕れなかったのか魚だ。
見事にバラバラだが、全員口の中は期待に高まっているだろう。別行動が丸いかな?
ロロは無理として、他の2人にはそう提案してみる。
「2人は別行動するか?」
「ん〜‥どっちでもいいけど〜。……まぁ昼には出るらしいしそうするか〜」
「そうですね。お肉の匂いは、他のものを食べてしまうかもしれませんし」
「オイラは?」
「俺とこいよ」
「おっけー!!」
隣を歩いていたロロを肩に乗せると、俺は2人と別れてお菓子の店へと向かった。
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2人と別れた俺達がやってきたのは、白兎亭という店。
何でも、団子というお菓子が有名なところらしい。
そのお菓子は初めて見るけど、バリエーション豊かで美味しそうだ。
店内には多くの座席があり、外にも数脚の長椅子が置かれている。
外で風を感じながら食べるもよし、中でみんな一緒に和気あいあいと食べるのもよしといった店だった。
本当なら外と中、どちらで食べるかをロロと相談するところだけど……
「すみませーん。おかわりくださーい」
「はいよー」
今回は何故か、外にクロノスがいた。
彼女は外の長椅子に座り、団子の皿を隣に置いてくつろいでいる。
少しゴツゴツしたコップのような物を片手にほっこり顔だ。
驚いてしばらく眺めていると、ようやく彼女は俺達に気付いて声をかけてくる。
心なしか表情を引き締めたようだ。
「あら? ようやく来たのねクロウくん。
それとキ……いえ、確かロロちゃんだったかな?」
「そうだよ、このまえ詠ってたおねぇさん」
ロロはもう驚きから回復していたらしく、元気に返事を返している。
特に疑問には思っていない様子だ。
けど俺は無理だったので、数秒沈黙した後にようやく声を絞り出す。
「……知っててここにいたのか?」
「いいえ、知ってたから来たのではないわ。
知ってる場所に来たのよ」
「うーん……? それって何か違うのか?」
「まぁいいじゃないの。座りなさいな」
彼女ははぐらかすようにそう言うと、隣をポンポンと叩いて座ることを勧め始めた。
まぁ俺達の目的も団子だけどさ……
話は座ってからでもできるので、大人しく席に座る。
すると、丁度その瞬間クロノスのおかわりがやってきた。
テカテカした茶色いタレのものと、つぶつぶの黒いタレのもので、濃厚な香りだ。
彼女は無邪気に喜び、それを受け取っている。
ついでに俺達の分の団子注文をしてから質問開始だ。
「で、さっきのはどういう意味だ?」
「ロロちゃん、待ち切れないなら私の先に食べる?」
「たべるー」
クロノスは、さっきと同じように俺の質問を華麗に無視すると、そわそわとしていたロロに団子を差し出す。
餌付け……?
どうやらロロは、もうクロノスの話はどうでもよくなってしまったようだ。
俺は諦めないぞ……
「答えてくれよ」
「むぐむぐ……クロウくんも食べる?」
「待てば来るだろ」
「ふーん」
どうやら本気で答えるつもりはないらしい。
さっき諦めないと言ったばかりだが、これは無理そうだな。
どうせ敵じゃないし、諦めよう。
少しすると俺達の団子が来たので、俺ももう彼女を気にせずに食べ始める。
粘度のあるタレが、丸くもちもちの生地にしっかり絡んでいて美味しい。
焼きが強すぎる気もするが、それもこの団子のあじなのだろう。みたらしタレも濃いので丁度いいかもしれない。
ていうか、このもちもち……すごいな。
色々なお菓子を食べてきたけど、クレープもケーキ類もふんわりだった。
もちろんサンドイッチなんかも。
よく分からないけど、小麦じゃねぇのかな……
『嵐の前兆を伝えるのは いつ如何なる時でも多くの詩
時に風が 時に海が 時に熱が奏でる流れ
彼らは多くを語らない 彼らは一所に留まれない
流れに流れ 永久に世界を見続ける
音を聞け それは世界の叫び
詩を聞け それは未来の叫び
さすればきっと あなたの願いは叶うだろう』
せっかく俺が団子に没頭していたのに、クロノスは突然この前のように詠い出す。
質問には答えてくれないのに、詩だけは詠うのかよ……
今回は何故か消えないし、よく分からない人だ。
たまらず顔をしかめていると、彼女はまたちぐはぐな質問をし始めた。
「ところで、あなた達に会ったのは何百……いえ、何十……何年ぶりかしら?」
「はぁ? まだ一週間と少ししか経ってねぇよ」
「一週間?」
「そうだ」
何が気にかかるのか、彼女はしばらく思案顔で団子を食べ続ける。
心ここにあらずといった感じで、串がどこにあるのかも見えていなそうだ。
……考え事してるなら、団子置けよ。
それで何か問題があるとは言わないが、下手したら喉に刺さるぞ。
俺がヒヤヒヤしながら見守っていると、今度も突然こちらを見て口を開く。
「あと、しばらく一緒に旅するつもりだからよろしくね」
「は?」
「時間は大丈夫?」
思わず顔を見返すが、彼女はマイペースに話を進めていく。
俺達と感覚が違うのか……?
「……ああ、昼までだからな。
というか、仲間の1人に時間守れるか心配なやつがいるから、少し遅めでもいいかもしれない。
……あいつが乗り遅れないように」
「ああ、シリアくんね。
じゃあ昼前になったら、探しながら船に戻りましょうか」
「そうだな」
彼女については分からないことばかりだ。
だがひとまず今は、一緒に食を楽しむでもいいだろう。
俺達は団子を食べ終わると、3人連れ立って次の店へと向かった。