7-人助けという、善
午前中のうちに予定を立て終わり暇になった俺は、この街を観光していた。
俺達もローズも長旅の準備はなかったので、明日の朝出発することになったからだ。
だが旅支度はローズに当てがあるらしく、俺達は自由にしていいと言われた。
ライアンはすぐさま飛び出していったので、俺は1人。
感動も半減だな。
と言ってもそもそも今は復興作業が行われていて、昨日ほど観光ムードではないが。
外に出て初めて知ったのだが昨日の泥は街にまで来ていたらしい。
だが、壊れてしまった区画と無事な区画は何故かはっきり別れていたので、俺のいる場所は綺麗だ。
直ったらまた来たいな……
昨日と違い、街中の人が一体感を持って忙しなく働いている。若者も、大人も、老人も。
少し落ち着かない雰囲気。
手伝わされないように気をつけよう。
そんな事を考えていると、ふと1人の少年が目についた。
どうやら俺と同じで、街の外の人間らしい。辺りを見渡しながらこちらに歩いてくる。
神秘……なのか?
祝福も呪いも感じないが、何故か不思議な雰囲気を感じた。
彼の服装はパーカーに半ズボン、全体的にダボッとした普段着で街に溶け込んでいる。
黒髪も少ないとはいえ特別珍しいものでもない。
なのに、何故かそう感じた。
少年は俺の目の前に来ると、そのゆっくりとした歩みを止めた。
「ねぇ、お兄ちゃん。白いワンピース着たお姉ちゃん、知らない?」
やべ、こいつも俺が部外者だって気づいたのかよ。
手伝いでもしてればよかった。
子どもの扱いは苦手なので、ついさっきと真逆の思考を巡らす。しかしその心配は杞憂のようだった。
少年は、俺の思考を先読みしたように俺に話しかけてくる。
「心配しないで。ぼく、見た目よりしっかりしてるから。
ふつうにせっしてくれていいよ」
……観察眼も、口調もこの歳にしては異常だな。というかライアンより利口そうだ。
ならいいか。
「おう、そうみたいだな。で、ワンピースの子な?
見てねぇよ」
「そっか」
俺の言葉に、彼は無感情にそう答えた。
その子が保護者か。こいつ大人しそうだけど何ではぐれたんだろうな?
というか、見た目年齢だと10歳に届くかどうかってところなのに、はぐれても何も感じていないようだ。
ほんとに子どもか……?
俺はそこで会話は終わったと思ってそんなことを考えていたが、彼はなおも凝視してくる。
「ひまそうだね。さがすの、手伝ってよ」
これが普通の子どもだったら気遣いがめんどくさいところだが、この子なら大丈夫そうだな。
1人だとたしかに暇な時間でしかないので都合もいい。
不思議な雰囲気だけど、エリスのような理不尽な殺意なんてなさそうだし……
「ああ、いいぜ」
俺は、少年と一緒に街を回ることにした。
~~~~~~~~~~
それから40分程、俺達は街中を探し回った。
と言っても観光も兼ねていたのでかなり楽しいものだ。
むしろ探すのがオマケだったまである。
街はボロボロだったが多くの名所は無事だったし、食べ物系の店は俺らのような旅人や休憩したい人達に向けてそのまま営業を続けていた。
街を知り尽くしているような人ならともかく、俺達のような無知な旅人にはそれだけで十分。
街も村と違い、計算されて造られているようなので美しい。
そしてかなり古い歴史があるらしく、いろんな所に逸話があった。
神秘が蘇った時代に近い、不思議な力を感じる道具。
魔獣による被害があった時代に縁のある建物・武具。
それを乗り越えた発展の時代の記念の地。
などなどてんこ盛りだ。
だが、俺としてはそれよりも食がとても気に入った。
俺の村はただ野菜を煮たり肉を焼いたりするだけの物が多かったので、ここの物は味の想像のできないものばかり。
辺りに充満する匂いは、村にはない香ばしさ。
ただの串焼き1つとっても段違いの旨さだった。
それは無知な俺にとっては一種の冒険で、安全なのにわくわくした。
村にいたままでは得られない経験で、ほんとに旅に出て良かったと思う。
そして、今いるかふぇという場所は、建物もこだわっている上に食い物も美味かった。
このこーひーと名乗っているやつなど、味の深みが何日も煮込んだ料理のようにある。
……楽しみ過ぎか?
「全然見つからねぇな」
「そうだね」
彼の前にはしょーとけーきと名乗るもの。多分くれーぷの親戚だな。
「でもね、そろそろ、見つかる気がするんだ」
「ふーん。そりゃ良かった。ところでそれ美味い?」
「ふふ。そりゃおいしいさ。一口、いる?」
ちょっと確認してみると、彼は皿を少しこちらにずらしながらそう聞いてきた。
気にならないと言ったら嘘になる……けど……
「いや、別に貰おうと思ったわけじゃねぇよ?
覚えておこうと思ってな」
「そっか。わすれずに、食べてね」
流石に子どもからもらうのはない。
きっぱり断ると、最後の一口を一気に頬張り、彼は笑う。
年不相応に大人びていた少年だったが、こういう時はちゃんと子供だった。
「あ……どうやら、おむかえが来たみたい」
「ん。じゃあ、引き渡しだな」
この建物に入ってよかった。外は大通りがよく見えるので、休憩と捜索を同時にできてお得。
俺達は揃って席を立つ。待ちに待った瞬間だと思うのだが、やはり彼は冷静だ。
子どもが苦手な俺だが、少し悲しくなりながら外に出る。
その少し先に、少年の探し人はいた。
……白い、オーラ。
「お姉ちゃん」
「あっ!! やっと見つけた。どこ行ってたの?
心配したじゃない」
「ごめんね。そこのお兄ちゃんとまちを回ってたんだ」
「そうなんだ。楽しかった……?」
「うん。たのしかったよ」
「……よかったね」
どうやらとても慈愛深い人らしい。
あの子の性格による所もあるのだろうが、ただ楽しかったと、そう聞いただけで涙ぐんで少年を抱きしめた。
多分あの子は友達が少ないとか、色々あるんだろうな。
大変だ。
「どうもありがとう。あなたのおかげで、この子はとてもいい時間を過ごせたみたい」
と彼女が俺に頭を下げる。
「いや、俺も楽しかったから」
「……でもあなたは……ううん」
彼女は一瞬思案顔になったが、それはすぐに消え少年と同じように凝視してくる。
「そっか。あなたは優しい人なんだね。
貴方に神のご加護があらん事を……」
彼女は神官か何かのように祈った。
もしかしたらほんとにそうなのかもな。
多分聖人みたいだし。
「それでは、また。ご縁があればまたこの子と遊んでやってくださいね」
「バイバイ、お兄ちゃん。まちの食べ物にも、なれなよ?」
「ああ、努力するよ。またな」
これも運が良かった……のか?
確定ではないが聖人に会えるとはな。
俺は去っていく彼らを姿が見えなくなるまで見送った。
「おーい、クロウ〜」
時刻は午後2時。さて、どうやって時間を潰そう。
そう思っていると旅の準備を請け負ってくれたはずのローズがやってきた。
「ん? おう……準備終わったのか?」
「んーん。終わってはないよ。実は私、一応元貴族だからさ。
今でも1人だけ従者をやってくれてる子がいるんだよね。
だからその子に細部は任せてきた。
時間空いたから少し案内してあげるよ」
「任せきり……俺らだって別に手伝っても良かったんだが……」
「まぁまぁ。彼に任せておけば間違いはないよ」
「今更だからいいけどよ……そいつも付いて来る感じか?お礼言わねぇと」
「うん。連れてくつもり……ていうか来るなって言っても来るよ」
やっぱり貴族だったか。そんな雰囲気あるもんな。
髪は手入れされてそうな輝く銀髪だし、身なりもいいし。
……止めても来るのか。すごい慕われ具合だな。
「ところでキミ、花に興味ないでしょう?」
「そうだな。建物ばっかり見てる」
「ふっふっふっ。そんなあなたにおすすめするのは……」
20分後、俺達は城壁を出た先にある巨大なバラの前に来ていた。
いや、誤解のないように訂正しておこう。
別に1つの巨大なバラを見ているというわけじゃない。
見ているのは山だ。
標高300メートルほどで、ローダンテという名前の、小山。
少なくとも、そう言われた。
「もはや引くわ……」
「え、なんで!? 綺麗じゃん」
彼女は、表情どころか体全体を使って心底信じられないという感情を表しながら、そう言った。
「それは分かる。けどこれはちょっと……やりすぎだろ」
その山は、近くから見てもバラだった。
本来は木々で覆われているはずの部分が全てバラで覆われていたのだ。
それも、ありとあらゆる色のバラが咲き誇り、虹色のような様相だ。
それだけ聞くと、虹色の山だと思うだろう。
だが甘い。
この山は崖が、谷が、花弁のように見える位置にあったのだ。
だからこそ、巨大なバラ。
「やりすぎって、これ人工物じゃないよ?」
「は?」
「自然物」
俺は2秒ほどローズを、そしてその後たっぷり10秒はバラを見つめた。
ははは、自然ってこんなにすごいっけ?
「なんでこうなるんだよ……」
「あれ、気づかない? ここ神秘濃いでしょ?」
小首をかしげながらそう言われた。
……既視感あるなぁ
「ライアンとも似たようなやり取りしたぞ、俺」
「あはは、いいじゃん面白くて」
これは直さないといけないやつだな、うん。
「神秘ってこんなに地形も変えるんだな」
「まー人知を超えたものだからねー。むしろ呪いとかより自然なことなんじゃない?」
「それもそうか。……これ、登れるのか?」
「怪我するけどね」
「残念だ。でもまあ、来てよかったよ」
ついそう言うと、彼女はかなり嬉しそうに笑った。
「当然でしょー、この街の代名詞だよ?
まったく、バラの街なのに花に興味ないなんていっちゃいけないよ。名を冠するってことはその街の全てを形作ってるってことなんだから」
「そうだな、心に留めておく」
中々衝撃的なものだった……
次の大きな街でもそういうとこは回ろうかな。
「まだまだ見てなかったであろう場所はあるよ!!」
「え、俺もう結構疲れたぞ」
「イタッ」
まだ案内するつもりのようで、街に向かって歩きだしていた彼女だったが、急に左腕を抑えて立ち止まった。
「呪痕ってやつか? 急だな」
「そうだね……あれ? 痣がない」
まくられた袖には、たしかに痕はなかった。それどころか痕があった形跡も全く残っていない。
さっきまでは前腕の半分ほどがが黒くなっていたたはずなのに。
「ホントだな。流石に悪化した結果とかじゃあないだろうけど……どうする?あいつに相談しとくか?」
「そうだね。戻ろっか」
「おう、じゃあ急ごう」
彼女は不服そうだったが俺としては満足していたので丁度良かった。
このバラの衝撃だけで満腹だ。
宿へと急ぐ俺達の上を、バラの花びらが舞う。
全てのバラを内包する山、ローダンテは去り際までその圧倒的存在感を放っていた。
~~~~~~~~~~
「は? 知らねぇよ」
行きと同じく約20分。宿屋に戻り、開口一番に消えた痣のことを聞くと、男は心底どうでも良さげにそう答えた。
彼は最初の只者じゃない雰囲気から一変、ベッドに寝そべって読書というだらけぶりを見せている。
こいつ、さっきの話ほんとに真面目だったのか?
実は冗談と言われても納得するぞ。
「え、あなたしか相談できる人いないのに」
「神秘が濃いとこ行ったんだろ?中和されたとかじゃねぇの?」
「なんか問題が起こったりは‥」
「ないだろ」
「それならいいけど……」
「それより、準備終わったらしいぜ」
「は? もう?」
1人ってなんだ?
長旅用の支度をこの時間って、どんだけ優秀なんだよ……
恐ろしいな。
そんな事を考えているうちにドアが開いた。
入ってきたのは執事服姿の青年。黒髪で、優しい印象を受ける顔立ちだ。
「お嬢様。旅の支度が整いました」
俺は思わずローズを見る。
なんか彼女の性格だと息が詰まってそうだよな。
「あ、ありがとう。じゃあライアンっていうのを探してきてほしいんだけど」
「すでに宿の前にお待ちいただいております」
「やるじゃん」
彼女は、自分の身に起きた不思議な出来事をすっかり忘れてしまったかのようで、ニコニコ笑っている。
仲はいいんだな。もっと気軽な仲になりたいとは思ってそうだけど。
「じゃークロウ、行こっか」
「そうだな」
消えた呪痕は気になるが、こいつが分からないならお手上げだ。俺達は従者の彼に付いて宿の外に出た。
「随分派手にになったな」
「これでも最初は自然に溶け込めるようなのにしようと思ったんだぜ〜? でもやっぱ性に合わなかったわ〜」
どうやらライアンは1人でブラブラと服を見に行っていたらしい。
さっきまで茶色一色のボロボロだったのが、随分カラフルな服に変わっていた。
「似合ってるじゃん。でもあなた神獣探しでしょ?
大丈夫?」
「へーきへーき。そんなコソコソ行ったってつまんね〜し」
「ははっ、お前らしいな」
「そうだね」
と軽く談笑ムードになっていると、従者の彼が声をかけてきた。
「皆様、お早めに出発されたほうが良いのではないでしょうか。日が暮れると危険ですので」
「そうだね。じゃあ、出発しますか。そうだ、彼を紹介しないとね。従者のヴィンセントだよ」
彼はかしずいて応じた。
「ご紹介に与りました、ヴィンセントと申します。以後お見知りおきを」
「正直、もう貴族じゃないのにこれじゃあ接しづらいんだよね。だから2人にこの堅苦しさを取ってもらいたいよ」
「ん? お前貴族だったのか〜?」
「もう貴族じゃなかったのか……」
「そうだよ、元貴族。そういえばフルネーム名乗ってなかったね。マリーローズ・リー・フォードです。よろしく」
まさかもう貴族じゃないのにあんな接し方とは。
病的というかなんというか……やっぱり慕われてるんだな。
「お〜よろしく〜。てか元貴族の割には偉そうじゃないのな〜」
「向いてないんだよ。だからヴィニーのことほんとによろしくね?」
「俺は別行動だからな〜」
「おい、そろそろ行くんだろ?」
あの2人はまたのんびりし始めていたが、途中から俺とヴィンセントは出発準備を始めていた。
俺は宿にあったものを入れただけだが、ヴィンセントなんてそれに加えて馬の世話までしてるくせにもう御者台だ。
プロってすげぇな。めっちゃテキパキしてる。
声をかけると2人もいそいそと馬車に乗る。
俺とローズ、ヴィンセントが大きい方の馬車、ライアンが小さい方の馬車だ。
「じゃ、またな。上手くやれよ」
「お〜う。次会うときはもっと強くなってるぜ〜」
「楽しみ。絶対また会おうね」
俺達は北へ。
ライアンは西へ。
あの男の依頼をやるかはともかく、強くならないとそこら辺の魔人にも殺されちまう。
村を出たときとは少し違った思いを持ち、俺はまた旅に出た。
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