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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
89/432

73-嵐

その嵐は、俺達の想像の数倍も上をいくものだった。


空には暗雲が立ち込め、浸水して沈没しそうな程の豪雨が降り、甲板を焼き割りそうな程の豪雷が鳴っている。

マストを引き倒しそうな程の暴風が吹き、雲の中なのかと思ってしまう程の霧がかかっている。


一言で言って地獄だ。

風で吹き飛ばされない霧ってだけで理解の外側にある。

けど、何故か船内には雨も風も入ってこないし、揺れもない。何だこれ……?


でも、とりあえずはロロが出ていける環境じゃないな。

ドールもできれば中に残ってほしかったので、ロロのことは彼女に頼むことにする。


「ドール、ロロを頼めるか?」

「分かりました。では、もしまだシリア様が外にいたら‥」

「分かってる」


ドールは快諾してくれたので、俺は速やかに肩からロロを剥がすと、彼女に預けた。

そして、ライアンと顔を見合わせて甲板に一歩踏み出す。

すると……


「うぉ……!!」


その瞬間、俺達の全身を強烈な揺れが襲った。

歩けないなんて話じゃない。

立っていられないし、なんなら呼吸するのすら大変だ。


俺達はまず、どうにか船内に押し戻されることのないように体を平衡に保つ。

今はこれだけで精一杯だ。


「これ……歩……けるか……ラ……イアン?」

「きつ……いぜ……これは……」


もしかしたらライアンなら……そう思って横に声をかけるも、流石の彼でも厳しかったようだ。

俺と同じように、息も絶え絶えに声を出している。


かすかに聞こえる足音から、乗組員達は動けているみたいだけど……慣れか?

今の俺達にできる気がしない。


「フェン……リルで……凍らせ……たりは……?」

「もし……できても……船ごと……凍るぞ……」


万事休すかもそれない。

だが、若干諦めかけていると、俺達に降りかかる雨風がほんの少しだけ弱まった。

本当にかすかにだが、とりあえず息が楽にできるくらいだ。


もしかしてロロの念動力か……?

ちらりと後ろを見ると、彼はがドールの腕の中から声を上げる。


「少ししかおさえられなかった。ごめんねクロー」

「いや、おかげで進めそうだよ。ありがとう」


俺とライアンは、再び顔を見合わせるとシリアが縛られていた場所を目指して歩き始めた。




~~~~~~~~~~




雨風を少し防げたからといって、揺れまで防げる訳もない。

俺達は何度も転びながらも、どうにか歩き続けてシリアのいた場所まで向かう。


20回以上壁にぶつかったり、尻餅をついたり。

稀に頭から激突したりもしながらで、ただ歩いているだけなのに本当に辛い。


だがそんな必死な思いで辿り着くと、そこにいたのは既に解放され絵を描いているシリアの姿だった。

揺れも雨風も何のその。


どうやってるのか分からないが、全く揺るがず直立したまま一心不乱に筆を動かしている。

俺達の心配を返せ……


「おい、何やってんだよ! 嵐だぞ!? 船内戻れよ!」


少し苛立ちながら怒鳴りつける。

ちなみに怒鳴るのは、怒りからというよりも周りがうるさいからだ。


しかし、それでもシリアの耳には届かなかったようで、彼は一言も発さずにその場で絵を描き続けていた。

嵐を無視できるなら当然か。


そう思い今度は肩を掴もうと一歩踏み……


「痛って!!」


シリアに近こうとすると、俺は何かにぶつかったような感触と共に吹き飛ばされた。

あ、この勢いは……


「クロ〜ウ!!」


後ろを見ると、やはりこの軌道だと船から落ちてしまいそうだ。

この船は左右に大きく揺れているので、下に向かって転ぶのではなく、ぶつかって上に弾き飛ばされてしまえばもちろん体は大きく宙を舞う。


俺、運だけはいいはずなんだけど……!?

それなのにライアンが伸ばす蛇化した腕も、おそらくケット・シーの補助的な神秘も届かない。

運、どこー!?


俺自身の力なんて、ちっぽけな運と数種類の武器を扱える自己流の技術だけ。

当然為す術もなく海へと落ちていく。

まさか船は沈没、俺だけ運良く辿り着くなんて言わないよな……?


「g@'###!!p@Zqeid1q@\|!!」

「まずいまずい。まずいって〜!!」


俺が言葉にならない声を発し、ライアンが何もできずに慌てふためき、シリアはそれに気づかずに絵を描いている。

他に人影はなかった。

はずだったのだが……


「落ち着いてください、お馬鹿さん達?」


突然どこからか声が響いてきたと思ったら、俺に向かって光る縄が飛んできた。

そして、その縄は狙い違わず俺を巻き取ると、甲板と荒波のちょうど中間辺りでピタリと止まる。

助かった……って……


「うわぁぁ……へぶ!!」


繋ぎ止めてくれたのが、縄だってことを忘れてた……

まぁもし覚えていても防ぐ術はなかったけど……ともかく、俺は無惨にも全身を船にぶつけてしまう。

頭がクラクラする……きっつい。


流石にぐったりしていると、俺はみるみるうちに甲板まで釣り上げられる。

魚になった気分だ……


そうして甲板に戻ってくると、まず俺の視界に入ってきたのは輝く長い金髪……つまりは頼れる船長さんだ。

安心感が半端ねぇ。


だが、当然彼は怒り心頭なので、爛々と目を輝かせた恐ろしい表情で俺を口撃してきた。


「こんな嵐を見て外に出てくるなんて、頭おかしいんじゃないですかー? 脳みそ入ってますかー?」

「いや……ゼェゼェ……シリアをほっとけなくて……ゼェ……」

「これ見てまだいるとは思わないですよ? 普通。

……それにあいつは、絵から色々出せるだろうがよ」

「え?」


俺の言い訳を聞くと、船長さんは苛立たしげに吐き捨てる。

言われてみると、シリアの周りの雨も俺のように弾かれていられるようだった。

まるで透明な部屋に籠もっているかのように。

というか、よく見れば部屋だなこれ。


いや、確かに絵から色々出せるってのは知ってたけどさ……

透明で景色を遮らず、雨風雷や俺の大声まで完全に防ぎ、地面に張り付いたように微動だにしない部屋を出せるとは思わねぇよ……


ドールすら心配そうにしてて、俺が分かる訳がない。

ライアンも今気がついたららしく、あ然と大口を開けている。


「それにー、私が嵐の中でまで縛ったままの訳ないじゃないですかー? 海も私もなめ過ぎですよー?」

「わ、悪い……」

「まぁとりあえず、あなた達もあいつの箱に入るといいんじゃないかな? どうやら船内と同じような機能があるみたいだしね」


は? さっき弾き飛ばされたんだけど?

また死にかけてはたまらないので、思わず食い気味に聞く。

すると彼は、呆れ顔で「壁にぶつかれば当然そうなるでしょう?」と答えた。


うん、そりゃ道理だな。

入り口なんて見えないけど、だからこそ安全なのだろう。


ということで、俺達は船長の助言に従ってまず箱の入り口を探し始めた。

嵐に飛ばされる度に船長に引き揚げられ、しばらく飛ばされない時は船長の話を聞きながら。


正直手伝ってほしいけど……

そんな彼が言うには、船内もあの箱の中も、揺れや雨風を感じさせないような神秘的な作りらしい。

今更ながら、船内で全く嵐に気が付かなかったことを思い出す。


音はともかく、揺れまで感じさせないのかよ……

俺はいい船だなーとの実感と同時に、まさか箱が同じような代物とはと驚愕する。


箱に関しては、何にも邪魔されずに絵を描き続けられる場所って……シリアの理想の世界なんじゃないか?

だがそのせいで、勝手な侵入は大変だ。

入り口は、前後左右どこにも見えない。


開けろ!!と怒鳴ってやりたいくらいだ。

というか何度も怒鳴ってる。


ようやくそれが見つかったのは、探し始めて数十分も経った頃だった。




~~~~~~~~~~




船長さんの「嵐突っ切るまでは出ないでくださいねー」という声を背に、俺とライアンは箱の中に入っていく。

すると、一歩入った瞬間に嵐の音が消えた。

もちろん揺れもない。

恐ろしい効果だ……


そしてシリアは、部屋の中央に立って外の嵐を描いている。

中に入ってきたことで、ようやく俺達の存在に気がついたようだが、視線はキャンバスに向けたままだ。


「やぁ少年達。わざわざこんなところに入ってくるとは思わなかったよ」

「縛られてたからだろ」

「ははは、実はあの後すぐに開放されたよ?

船長さんは、かなり前から嵐に気付いていたからねぇ」


すぐってことは、俺達が船長室にいた頃か食堂で小腹を満たしていた頃か?

それなら楽しんでてよかったな。

探すことしかしてなかったらめちゃくちゃ損してた。


そんなことを考えながら外を見ていると、マストからマストへと飛び回る乗組員や船長さんが見える。

下は霧で見えにくいが、彼らは甲板の上でもずっと走り回っているようだ。


「プロだな〜」

「その通り!! この大自然も、彼らのようなプロフェッショナルも、とても絵になるんだよ!!」


同じように外を見ていたライアンがつぶやくと、シリアが興奮したように大声を上げた。

俺は、あまりのうるささに思わず視線を向ける。


彼の横に置かれていたのは、先程よりも数枚増えた絵画たちだ。描くの速すぎ……

しかも、この一瞬にもう一枚描き終わってるし。

すごすぎて逆に引くわ……


しばらくそれらを交互に見ていると、やがて船内からも多くの乗組員が出てきた。

ここにいたら感覚がないけど、嵐は強まっているのかもしれない。


俺達はその後も、大人しくその嵐との激戦を眺めていた。




~~~~~~~~~~




永遠かと思える程に長い戦いが終わると、俺達の目の前に広がったのは1つの島と、その背後から昇る朝日だ。

島にも雨が降っていたのか、視界に入る全てが露に濡れて輝いている。


近くに見えるマストも、甲板も、船長達も。

遠くに見える山も、海も、川も、家も。


俺達が船長に促されて外に出ると、彼は恭しくお辞儀をして到着を告げる。


「おまたせ致しました、お客様。

島国ヤタ。その属島の1つにある都市。

嵐を超えた先の夜明け、岩戸にございます」



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