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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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71-出航

「スッゲー……!!」

「はい……スッゲー、です」


神殿を出て階段を登ると、レヴィの用意してくれた船はすぐ目の前に浮かんでいた。


固形の水で停泊しているその船は、木製だが60メートルは優に超えるかなり立派なもの。

むしろ、立派過ぎると言ってもいい。


中心には、俺の両腕では抱えられないほどの太さのマストがあるし、その前方に少し小さいのがもう4本ある。

外から見ただけでも部屋数の多さが分かるし、何故か大砲のようなものも無数にあった。


もしかしてこれ、警護とかの船なのか……?

どんな荒波だって、余裕で越えていけそうな威厳を感じる。


でも、俺達に操縦できるのかと聞かれたら無理だとしか言えない。

頼りになるのはライアンくらいだろう。

シリアは前科有り、ドールやロロは言うまでもなく俺も初めてだ。


だがそんなことを考えていると、ドールが急に船向かってに走っていく。

どうやら何かを見つけたようだ。

レヴィが何か残してくれてたらありがたいな……

そう思いながら俺も後を追う。


「紙が貼ってありますね」

「本当だ」


そこに貼ってあったのは、よく目立つ赤色の紙だった。

内容は、「ヤタでの足代わりには彼らを使うといい」というもの。


どうやらレヴィの部下か何かも貸してくれるらしい。

至れり尽くせりだな。ありがたすぎる。


ライアン達との合流も、この船で行けばいいから楽だ。

俺達は縄梯子を伝って、俺、ドールの順番で速やかに船に乗り込む。

この縄梯子もしっかりしているので登りやすい。


そして、俺が登り終えるとそこにあったのは……


「ひっろ……」


もちろん、広大な甲板だ。

幅も目算で10メートルは超えていそうだし、これ以上ない安心感を感じる。


何故かそこかしこに樽や箱が置かれているが、そんなものではこの広さを埋めることもない。

まだまだ余裕の広さで、特訓でも何でもできそうだ。

別にしないけど……


床は使い古された感があるが、しっかり俺の体重を力強く支えてくれているし、舷縁など重要そうな部分はところどころ鉄で加工されている。

多分船底も完璧だろう。


「これはすごいですね。ワクワク。

シリア様が喜びそうです」


俺の少し後に乗り込んできたドールは、興味深そうに甲板を見回すとそう言った。

いつも通り無表情だが、声色が明らかに楽しそうだ。


そしてドールの言う通り、確かにここで走り回るシリアは簡単に脳内再生できた。

想像するまでがスムーズ過ぎるし、解像度も高いし、とても嫌だ……

多少げんなりしながら返事をする。


「……そうだな」


連れてかなくても問題ないんじゃないか……?

一瞬そんな考えが頭をよぎる。


いや、駄目だ。

手に負えないやつだけど、あいつもタイミングがあれば役に立つだろうし置いてはいけない。

仲間に聖人がいるってだけでも、相手の見る目とかも変わりそうだしな。


だがその前に、レヴィが使っていいと言ってくれた彼らってのはどこにいるんだろう?

そう思って、船内を確認しようとドアに近づく。

すると……


「勝手に入らないでくれるかな?

まずは君達が乗客かどうか確認しないといけないんだから」


頭上から声がかけられた。

驚いて空を見上げると、マストの上……帆が張っているヤードにいたのは金髪の……多分男だ。なんとなく、そう思う。

だけどその髪色も相まって、やたらと輝きを感じる。

同じ金髪でも、ライアンとは段違いの美しさだ。


うん、美しさ。

女性っぽく感じる原因は……まず髪型かな?


綺麗な金髪は腰に届きそうなほど長く、後ろで一つに束ねられていた。

さらには線も細く、小顔で目鼻立ちもスッと通っている。

明らかに美人というやつだ。


といっても男だと判別……まぁギリギリ判別できる、と思えるくらいだが、やはり印象はそっちに傾く。

歩き方や服装などによっては、全然間違えると思える程だ。


もちろん声は男よりのものだが、少し高めで中性的なのでやはり男らしいというような印象は受けない。

騙そうと女性よりにされたら、俺は絶対騙される。


まぁ、あまり振り回す人じゃなさそうなのはありがたいな。

そんな意味不明な感想を懐きながら返事を返す。


「どうすればいい?」


すると彼は、10数メートル上空にあるヤードからスマートに飛び降りてくる。

恐ろしい身体能力……いや、神秘ならできなくもないか。


彼はマストの根本に降り立つと、懐から一枚の紙切れを取り出しながらつかつかと俺に歩み寄ってきた。

そしてそれをまじまじと見つめながら、俺達に向かって内容を読み上げる。


「えー、なになに……?

行灯を受け取って、ローブの大厄災の名を聞け。

彼らが名付けた名なので、それを知る者が乗客だ……と」


乗客証明のことなんて何も聞かされていないと思ったけど、まさかそんな便利な合言葉があったとは……

俺は行灯を渡すと、あの場ですぐに思いついたレヴィ達に感心しつつレイスと答える。


すると彼は、真っ白い歯を輝かせて笑顔を見せた。

日差しを反射しているのでとても眩しく、美しい。


「おーし、確認完了。てめぇら出てこーい」


そして彼が号令をかけ、船中に声が響き渡ると、部屋、マスト、船首の辺りの物陰、階段の上などいたる所からわらわらと男達が現れた。

気配などまるで感じなかったのに、ゾッとするほどの人数だ……


「どうやって隠れていたのですか? ドキドキ」

「そりゃあおめー‥根性だろ」

「そんな馬鹿な……」

「おっと……まぁ何でもいいさ。ともかく総勢173名、しばらくあんたらの足になるぜ。よろしくな」


彼は快活に笑うと、右手を差し出して歯を輝かせる。

ふむ、好青年……

俺もそれに応じて右手を差し出す。

そのきめ細やかな手が俺の手を包み……


「イテテテッ……!!」

「クロウさんっ!?」

「脆いねぇ」


こいつ‥はっ……俺の‥右手をっ……握り‥潰すつもり‥なのかっ……と思える‥ほどのっ……力を込めて‥いたっ……

死ぬっ……


10秒ほど悶えていると、ようやく彼はその手を離す。

俺の手はもう真っ赤。

まるで血を被ったかのような有様だった。


それを見て俺は、つい声を荒げて男に詰め寄る。


「何してくれてんだっ!!」

「うん? ……ごめんなさいね♡」


すると彼は、舌を軽く出して見惚れるような笑みを浮かべると、くるくると回りながら後ろに下がっていった。

既に何事もなかったかのように、周りに指示を出して始めている。


これは自分でもわかってやってるやつだな……

俺は涙目になりながら、そんな男をにらみ続けた。




~~~~~~~~~~




手の痛みが収まるのを待つことなく、巨大帆船は動き出した。

港のように固められた海から出航し、ライアン達のいる海の地面に向けて緩やかに。

といっても、歩きの数倍は速いけど……その分揺れるな。


俺はその揺れで悪化する痛みに震えながら、乗組員にもらった氷で手を冷やす。

彼らが神殿から氷を持ってきてたのは助かったが、やっぱりそんなことで治らない。


早くみんなと合流して、ロロに治してもらいたいな……

そんなことを考えながら、ぼんやりと進路を眺める。

俺達は歩いて神殿まできたので、ジェット機はもうすぐ目の前だ。

下から、シリアの興奮する声が聞こえてくる。


「おほー!! 何てすごい!! 素晴らしい!! 美しい!!」

「ほんとだ!! かっこいい!!」

「お前ら落ち着けよ〜」


これ、あいつを乗せて大丈夫なのか……?

俺はそんな不安を抱かずにはいられなかった。




~~~~~~~~~~




俺の予想通り、シリアは乗船後すぐに大はしゃぎを始めた。

具体的にはマストによじ登る、船内に押し入って荷物などを引っ掻き回す、大砲を撃って見る、錨を投げ入れてみるなど。

それも、乗組員が止めるのを全て無視してだ。


特に船長は、最初「よろしくおねがいしますね」などと何故か柔らかな対応をしていたのに、今となっては「てめぇ止まりやがれ!!」になっている。

美人が凄むと怖いことこの上ない。


俺はロロに速やかに手を治してもらうと、傍観を決め込む。

悪意はないのだろうが、さっき握り潰されたばかりだしシリアは止められないので仕方ない。

これはまだしばらく待つことになりそうだな……




結局シリアが止まったのは、数十分後のことだった。

といっても、落ち着いたということではない。

彼は船長達に数名がかりで捕らえられて、縄で縛られてしまっているのだ。


それでもまだキョロキョロと見回しているのだが……まぁ自業自得だな。

しばらくは頭を冷やしてもらおう。

命には関わらないし、速く出発したいし。


「まったく……とんでもないやつだぜ……」

「船長さん。そろそろ出発できますか?」

「ん、そうだな」


座り込んでシリアを睨んでいる船長に、ドールがそう確認すると、彼は不機嫌そうながらも腰を上げる。

乗組員も疲れている様子だったが、それを見ると彼らも雄叫びを上げだす。

思わず引いてしまう程の勢いだ。


「錨を上げろ! 帆を張れ! 出航だー!」

「しゅっこうだー」

「出航だ〜」


こうして俺達は、ようやくルルイエを出てヤタへと向かうこととなった。


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