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化心  作者: 榛原朔
二章 天災の国
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70-海底神殿

階段を降りていった先にある神殿は、海上で見たのと変わらず青白く発光していた。

どうやら神秘を纏ったレンガか何かで作られているらしい。

目の前にある柱も、神殿の奥に続く階段も、台座も、綺麗な紋様に沿って輝いている。


これこそシリアが喜びそうなやつだよな……

俺は、あいつがこの場にいないことにそっと胸をなでおろした。


といっても、すごいのはもちろん芸術面だけじゃない。

巨大な屋根を支えている柱もその分太く、長さは何十メートルもある。

単純な物質的に見ても秘められた神秘的に見ても、とんでもない代物だ。


建物っぽい山とかではなさそうなので、人工物……

ただ、壁は少なめで柱の方が多いように見えるので、水中にあったとは思えないのが気にかかる。

海で地面を作ってたように、壁も海を固めていたのか……?


お陰で見通しはいいはずだけど、奥に行くに連れて何故か黒く塗りつぶされたような感じになっていてよく見えない。


「ドールって探知はできないよな?」

「はい。私は感情によって力を発揮するので、そんな器用なことはできないです」


念の為聞いてみると、彼女は予想通りそう答える。

仕方ないな……チルを先行させるか。

もし迷路だったりしても困るし。


"幸せの青い鳥"


俺は久しぶりに、神殿と同じように青白く発光しているチルを飛ばす。

できれば暗闇を照らすくらいには役に立つといいんだけど……


そう思っていると、チルの通った後には光の道筋のようなものができた。

少し曲がりくねっているので、どうやら正しい道というのはあったらしい。奥には運良く辿り着けそうだ。


「よし、辿るか」

「そうですね。ワクワク、です」


俺は、相変わらず無表情でそう言うドールと一緒に、神殿の奥へと歩き出した。




~~~~~~~~~~




チルの光以外に明かりがない中、俺達は奥へと進む。

もし道筋が分からなければ、一歩進むごとに柱に頭をぶつけてしまいそうな暗闇だ。空気も冷たい。


それでも、小さな明かりを頼りに歩き続ける。

次第に目の前は明るくなっていき、やがて広々とした空間に……




俺達が辿り着いたのは、やはり青白く神秘的に輝く空間だ。

形は縦横10メートル程の正方形で、四方の壁には紋様以外に装飾がない。

唯一物があるのは中央……そこには、玉座のような立派な椅子が設置されていた。


そして、その座に座るのは……


「海底神殿クリティアスへようこそ、旅人よ」


杖を片手に微笑む、神殿と同じく青い女性。

ヒマリのような、ただ淡い青の髪色という訳ではなく、肌も髪も全てが青い。

どう見ても普通の人ではないようだった。何者……?


「あんたは?」


俺は、ほんの少しだけ警戒しながら問いかける。

多分着水を手伝ってくれた人なんだけど、それでもこんなところにいるのに警戒しない訳にはいかない。

……失礼かもしれないが。


だがそんな俺に対しても、彼女は表情を変えずに答えてくれた。


「わたくしはレヴィ。

王……ではないのだけれど、ルルイエの主をやっているわ」


ニコライに聞いた話だと、ルルイエも国だったはずだけど……

王のいない国ってことか?

どちらにせよ指導者なら危険はなさそうだ。


「主ね……」

「そう、主。水辺には水辺の脅威があるのよ」


水辺で脅威ってのは想像しにくいな……

俺がそう思っていると、ドールは少し興奮したような口調で口を開いた。

無表情なのに、謎の熱意を感じて不思議だ。


「たしか海の力は強いとシリア様に聞いたことがあります。波しぶきは綺麗だけど、油断してると一瞬で命を引きずり込むらしいよー、とのことです!!」

「ええ。吹雪はないけど、沖からの強風や高波なんかがね」


それを聞くと、レヴィもコロコロと笑い出した。

主とは言っても、マキナとは違って案外優しい性格のようだ。断然親しみやすい。

まぁ見た目は人間離れしてるんだけど……


どうしよう?

気になるけど、あんた人間か? だなんて聞きにくいな。

人の形はしてるし、こんなところにいるのもなんか事情があるかも……


というか、吹雪って……俺達が今までいた場所のことを知ってるのか?

気にすることでもないけど、シルの時に聞き損ねたのもあるしせっかくなので聞いてみる。


「俺達のこと、知ってるのか?」

「えっと……そうね」


すると彼女は何故か口ごもり、後ろを気にするような素振りを見せ始めた。

まさか警戒を緩めるのは早かったか……?


この質問でこの様子……俺達のことは誰かに聞いて知ってたようだ。


そしてその誰かは、あの騒動の場にいた可能性が高い。

もしそうなら、リューの手足を吹き飛ばしたという赤い男か、ドール達を弄んだ画家。

……あと1人って誰だっけ?


うまく思い出せないが、ともかく誰かしらが彼女の後ろにいるのだろう。

隣を見ると、ドールも少し視線が鋭くなっている。

結論は同じか……


俺達はレヴィから数歩離れ、玉座の後ろの暗闇を警戒する。

そこにあるのは、後ろと同じく柱ばかりなのに暗闇が広がる空間だ。

もしかしたらその誰かがやっている、なんてこともあるかもしれない……


だがそんな予想とは裏腹に、暗闇からは明るい声が響いてきた。

聞き取れはしなかったが、どこかで聞いたことがあるような気がするな……?

ふと頭の片隅でそう思ったが、それでも念の為油断せずに誰何する。すると……


「俺だぁ俺。お前らが呼んでるところのレイスだよ」


暗闇から姿を現したのは、明るい声に似合わずボロボロのローブを纏った男……レイスだった。

前回は苛ついた風だったのに、今回は嫌に陽気だ。


というか、ガルズェンスでは突然大厄災と戦ったから身構えちまってるのかな?

少し気を抜こう……

俺は、つい拍子抜けしながら話しかける。


「何だあんたかよ。ヒヤッとしたぜ……」

「ハハッ相変わらず抜けてんな。

まぁ、確かにここは神秘が濃いけどよ」

「は?」


レイスは、急に現れたくせに何故か偉そうにそんなことを言い始めた。

顔はフードで見えないが、多分ニヤついてる。

ちょっと腹立つな。


けど、もう警戒する必要はないので、目を閉じて少し考えてみる。抜けてる……神秘が濃い……

うん、分からん。


「どういう意味だ?」


するとレイスは、レヴィに向かって顎をしゃくってみせる。


うん……?

ルルイエの主がどうかしたか……?

俺がなおも頭にはてなマークを浮かべていると、レイスはさらに面白そうに口を開く。


「聖人だよ聖人。国の主が魔人なはずねぇだろ?」

「ああ、確かに」

「ハッ……ドールもそれは盲点でした。

確かにマキナ様もアークレイ様も聖人です。しょぼん」


考えてみればそうだよな……

いくら害がなくても、聖導協会が魔人の統治者を許すとは思えない。


そう思い意識を集中させると、神殿の神秘で見えにくかったが、確かにレヴィのオーラは白かった。

レイスも協力者だし、この場所は安全だ。

多分ルルイエでは特に何も起こらないだろう。


この見た目ってもしかして、祝福の影響だったり……?

脳内にそんな考えが浮かんできたが、俺が口を開く前にレイスが小馬鹿にしたように笑い出す。


「愉快なやつだぜ」


俺が愉快ってなんだよ……リューやライアンを見てから言ってほしいもんだ。

はぁ……今はレイスが邪魔だし、また今度聞こう……


「うるせぇよ。で、何でここに?」

「んー‥様子見?」


笑うレイスを切り捨てて聞くと、彼は小首をかしげながらそう答えた。

……特に用事はないということか。

なにはともあれ、今日は機嫌がいいようだな。


「ライアン達も呼ぶか?」

「いーや、もう見たよ。それに、あいつは……」

「何だ?」

「あー……強くならない理由がねぇ」


それは激しく同意だ。

食べるというデメリットを克服した今、あいつの強さには際限がない。


レヴィもレイスに聞いていたのか、少し引きつったような笑顔で笑っている。まぁ魔人だしな……

レイスといる時点で問題にはならなそうだけど。

というか、よく考えたら何で一緒にいるんだよ……!?


普通に聖人の協力者いるんなら、聖人に近づけないとか嘘じゃねぇか……!!

俺達もニコライには試されただけだったし。


もしかして、俺達に危機感持たせたかったのかな……?

……わからないけど、まぁ別にいいか。害はない。


「じゃあ何でここに招いたんだ?」

「空から降ってきたのはお前らだろうが」

「……悪い」

「いえいえ、わたくしにとってはあまり負担になることでもないですから」


俺が思わず謝ると、かなり大きな力だったはずだが、レヴィはコロコロ笑いながらそう言ってくれる。

目の前に魔人が3人もいるというのに、随分とリラックスした雰囲気だ。


……というか、我ながら何でレイスに謝ったんだ?

騙された気分になり、レイスを軽く睨む。

すると彼は、いつものように腹を抱えて大笑いを始めた。

こいつ……


「アッハハハ……馬鹿みてぇっ!! ヒィー……ヒィー……!!」


息も絶え絶えに……というか、そこまで面白くもないだろ。

こっちの勘違いだったとしても、流石に鬱陶しい。

俺は、軽くはたいてやろうと彼に近寄る。


フード+笑い。

いくら大厄災でも、殺意がなければ一発くらい……

そう思ったのだが、何故か数歩進んだところで水が壁のように間に立ち塞がった。


試しに触ってみると、やはり着水した場所のように固くなっている。

どうやらレヴィの祝福のようだ。

ここに水なんかあったか……?


少し不思議に思いながら玉座を見上げると、彼女は楽しそうに笑っていた。


「まぁまぁ。彼も少しからかっただけですから」

「そりゃ分かってるけど……その水でこいつ隔離できないか?

笑われ続けるのも嫌だし」

「それもそうですね」


"神海の抱擁"


彼女が右手で杖を掲げると、やはりどこからか水が現れてレイスを囲っていく。

キラキラと煌めいていて、とても綺麗だ。

ボロボロのローブ男にはもったいない。


彼は抵抗しなかったので、瞬く間に全身が水に包まれて笑い声が聞こえなくなった。


「すごいな。水を操る力がここまで便利とは思わなかった」

「ええ。場所は選ぶけれど、水辺の守護者(テテュス)は便利な力よ」


固くもできる、流動体……

攻撃にも防御にも、なんだってできそうだな。

……もしローズ達もここに来たのなら、ジェット機を預けてたりするか?

来てたなら、今どれくらい離れているかも分かりそうだ。


「ここに魔人と人間が来てたりするか?」

「ええ、大きな乗り物を預かっているわよ」

「何日前だ?」

「そうね……4〜5日前くらいかしら」


思ったよりジェット機の性能差があったか……

ヤタまでの距離があとどれくらいかは分からないが、もしかしたら彼らは到着しているかもしれない。

レイスも用がないなら、さっさと進もう。


「ありがとう。

他に話がなければ出発しようと思うんどけど……」

「もう? でも今は……」

「何かあるのか?」


俺が出発と言うと、レヴィはすぐに表情を曇らせた。

そのことに少し不安を覚えて問いかけるが、どうやら小さな問題でもないらしい。

すぐには答えてくれず、迷うような素振りを見せる。


さらに不安が募っていく。

だがそれを押し殺して待っていると……


「ヤタだろ? あの国はよく嵐が起こるんだよ。

だから今も、ルルイエとヤタは分断されてるぜ。

丁度ローズ達が入国した頃だ……珍しく運が悪いなぁ」


いつの間にか俺の隣に立っていたレイスがそう言った。


「っ!! いつの間に出てんだよ」

「はわ……ドキドキ」


俺達は、驚いてついその場から飛び退る。

心臓が喉から飛び出るかと思ったぜ……

まぁドールは相変わらず無表情だけど。

彼女は器用すぎるな。どうやって無表情保ってるんだ?


そしてレイスは、そんな俺達を見てまたツボりそうになっていた。

こいつ……


「ブフッ‥‥」

「おい!!」

「分かってるって」


俺が睨むと、今度は流石に笑いを引っ込めた。

やればできるじゃねぇか。最初からやれ、最初から。


「ふぅ……で、嵐?」

「そっ嵐。あいつら、茨使ってものすごいスピード出してたからなぁ。それでどうにか間に合ったんだよ」

「マジか……」


4〜5日前に出発してどうにか間に合ったって……

とっくに手遅れじゃねぇか。

本当に通れないくらいの嵐なら、俺達は何もできない。

無理しても通れないなら……


「絶対通れないのか?」

「え、無理矢理通ろうとか思ってる?

レヴィちゃん言ってやんなよ」

「え、わたくし……? じゃあ……」


急に話を振られ、戸惑った様子のレヴィだったが、すぐに落ち着きを取り戻すと話し出す。

現在ヤタを覆っている嵐のことを……


彼女が言うには、それはゾッとするほどの神秘の嵐であるらしい。

海を焦がすほどの雷、大地を抉るほどの強風、島を沈めんばかりの豪雨、一寸先も見通せないほどの霧。

それらが常に降り注ぐ上に、稀に火の雨や酸の雨が降ることもあるそうだ。

軽く10回は死ねる。


しかも、ヤタは島国なので船旅だ。

ニコライに金属の船でも作ってもらえてたら行けたかもしれないが……ルルイエにあるのは、木製の漁船ばかりだという。

そりゃあ科学使わなきゃそうなる。


けど、ローズ達は海でどうやって茨使ったんだ……?

まぁ、どちらにしても行けそうにないな。


「それじゃ嵐はどれくらいで止む?」

「さぁ? 神秘だから予想なんてできねぇよ」

「待つしかできないのですか?」

「そーだなぁ……」


ドールがそう聞くと、レイスは何やら考え込み始めた。

彼はしばらく体を左右に揺らしていたが、やがて止まるとローブに片手を突っ込む。

取り出したのは、四角い箱のようなものだ。

何だこれ……?


「これやるよ」

「何に使うんだ?」

「確かこれは……そう、行灯っつう明かりだよ。

船の先頭に付けとけ。

全部は無理だが、それなりに嵐を受け流せるだろうぜ」


俺はそれを、お礼を言って受け取る。

実際に触ってみると、箱はやけに目の細かい紙でできているようだった。

すべすべで肌触りがいい。


けど、嵐の中これを使うのか……?

思わずそう聞くと、「神秘には神秘だろ?」と言われた。

どうやら水かなにかを弾くようにしてくれたらしい。

意外と器用なやつだな……


俺が少しだけ感心していると、ドールが次の問題を提示してくる。


「クロウさん、船はどうしますか?」

「ルルイエで見つけるしかねぇよな……」


たかが入国に、何でいつも苦労してるんだろう……

もちろん船は持ってないので借りないといけない。


ただ上から見たところ、ルルイエは漁業をしている街のようなので、それなりに船はあるはずだ。

すぐにとはいかないかもしれないが、一日もあれば……


そんなことを考えていると、ありがたいことにレヴィが貸してくれると言ってくれた。

国の主なら、さぞ丈夫な船を借りられるだろう。


「マジか、ありがとう。どこに置いてあるんだ?」

「今から神殿の外に運んでおきますよ」


水で運ぶってことか?

壁にぶつけることもないだろうし、人手もいらない。

本当に便利だ。


俺達は、「じゃあ、せいぜい頑張れ」というレイスの言葉を背に聞きながら、神殿の最深部を後にした。


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