69-ルルイエ
俺達は、離陸してから延々と空を飛び続けた。
その期間は、およそ2週間。
今ようやく高度が下がってきたところだ。
……うん、控えめに言って地獄だった。
もっとも、馬で行っていたら一ヶ月はくだらない距離だったので、ニコライに文句は言えないが……
文句を言うとしたら、シリアに対してだ。
狭い機内……自由度は高めではあったが、それでも外に出れないのはかなり厳しい。
それなのに、シリアときたらその中で騒ぎまくるのだ。
「少女、外を見給えよ!!海だ!!」だの、「少女、綺麗な野原だ!!」だの、「運の少年、確か海は甘いんだったかな?」だの、うるさいったらない。
黙って絵を描いていれば知的な雰囲気を出せるというのに……
そして、そのたびにドールが"喜びの仮面"を出すのも困りものだ。
さらに狭くなる。
まぁ、ドールが……本人ではなくても笑えるのは良いことだけどな。
その笑顔やロロで癒やされつつ、俺は着陸の準備を始める。
方法が分からないので、シリアが頼りだ。
ということで、窓際で絵を描いていた彼を、無理やり操縦席に引きずってきて座らせる。
どうしても手放さないので、キャンバスも一緒だ。
祝福の力を使うための武器だし、これは仕方ないか。
諦めつつ操縦を頼む。
「よし、着陸頼むぞ」
「え、僕が?」
「……お前以外に誰ができるんだよ」
「いや、僕もできないよ?」
「……は?」
思わず顔をまじまじと見つめるが、彼はいたって真面目にそう言っていた。
それはもう、曇りない眼で真っ直ぐにだ。
信じられない……
ここに来て、ようやく俺はこいつの認識を改めた。
リューと同じタイプだ……と。
うるさいのは芸術家だから〜とか、ドールを楽しませようと〜とか思っていたが、普通に振り回すタイプだ。
分かりやすく迷惑な振り回し方ではなかっただけ。
大人だし、ドールの保護者なら大事な場面ではちゃんとしてくれると思い込んでた。
科学も分かるだろうと期待してたのに……
でもまぁ、確かに操縦できるとは言われてない。トホホ……
「どうすんだよ、これ!!」
俺は、思わず涙声になりながら問い詰める。
この場にいるのは収納画家、感情分身少女、獣男、ちっぽけな運の俺、神獣だけだ。
ライアンが飛べてもジェット機ごとなんて無理だろうし、分身や念動力、運ももちろん対して意味がなさそうだ。
シリアなんて、何を仕舞うんだって話になる。
死ぬぞ!?
だが、シリアは落ち着いたまま席を立つ。
……立つのかよ。
「おーい、獣のせいねーん」
「何だ〜?」
「耳貸してみー」
「う〜ん?」
そう言うと彼らはヒソヒソと話し始めた。
状況が分かってるのかな……
外を見ると、もう街が見えてくるところだ。
臨海部にある街で、海中にも何か大きな建物が見える。
ガルズェンスと違って、自然な感じだ。
でも、俺達は下手したら街を踏み潰しそう……
そんな不吉なことを考えていると、2人も話し合いが終わったらしい。
ライアンが喜々として操縦席に座った。
は? まさか素人にやらせるのか……?
あの国で生きてたシリアの方が詳しいはずなんだけどな。
「正気か?」
「おうよ〜」
俺が恐る恐る問いかけると、ライアンは満面の笑みを見せる。
そしてシリアがボタンをいくつか押した後、力いっぱい操縦桿を倒した。
その進行方向は、海中にある建造物だ。
……は? いやいやいや、着陸する気ねぇの!?
「おい、バカー!!」
「あっはっは。ほら少女もしっかり掴まってなよー」
「わかりました。ハラハラ」
「ひぃ〜……クローいがいおっかない人ばっかだあ……」
ドールはシリアの言葉通りしっかりと掴まったが、ロロは機内で跳ね回っている。
俺も自分の事だけで精一杯だし……
すまん、ロロ。
多少の怪我は諦めて前を見る。
海底都市は、もう目前だ。
ほんの数秒で、ぶつか‥
「ぐわ……」
海面に激突する直前、突然スピードがガクンと落ちた。
それによって、俺達も全員フロントガラスに激突する。
生きてたけど、痛い……
そりゃあ動けなくはないけど、しばらく横になっていたい。
酔ったし……
というか、普通に倒れてていいかなぁ?
「ありゃ? ジェット機はバラバラになるかと思ったんだけどなぁ。意外と丈夫?」
俺達がうめいていると、シリアが何事もなかったかのように立ち上がってそう言った。
バラバラ……だと? こいつ、助かる気なかったのか!?
思わず大厄災でも見るかのような視線を向けてしまう。
下手したらこういうやつの方が命に関わるかもしれない……
だが、意外なことにドールもそれに同意すると、2人でさっさと降りて行ってしまう。
本当に丈夫なのはあの2人だろ……
機械に慣れすぎだ、あいつら……
俺は、痛みはともかく酔いに慣れていないので、すぐに歩ける気がしない。
薬……乗り物酔いの薬をくれ……
「お前、後で覚えとけ……」
「神獣のいかりはこわいんだぞー‥」
降りていく背中に向かってロロと2人して恨み言を言うが、彼はどこ吹く風だ。
ちくしょう……シリアは理性的な上でぶっ飛んでやがる……気をつけよう。俺はそう心に決めて立ち上がる。
酔いは辛いけど、ニコライに薬はもらっているのでそれを飲めば全快だ。
……まぁ確かに治るけど、それはそれとしてシリア腹立つ。
といっても、あいつに何かできる気もしないし、そこまで仕返しするつもりもないけど。
ああいうマイペースなやつは、何やっても効かなそうだし労力がもったいない。
ふらふらしながらも、どうにか薬を取り出して飲む。
……よし、もう治ったな。恐ろしく便利だ。
さて、ロロは目を回してるだけかな?
でも、一応飲ませておくか……
「ほれ、飲んどけ」
「ありがとー」
「お前は大丈夫か?」
「俺も酔ったけどな〜代わりはいるからよ〜」
ライアンにも聞いてみると、彼はそう言って笑顔で立ち上がった。
すぐ治るってことかな? タフなやつだ。
全員の体調が回復したのを確認すると、俺達は揃ってジェット機から降りていく。
窓から見た感じ、海面に浮いてるような感じだったけど……
~~~~~~~~~~
外へ出てみると、そこに広がっていたのはやはり海だった。
空からの暑い日差しと、海の涼しさを感じる。
潮の香りが新鮮だ。
だが、ジェット機の周りの海は地面のようになっていて弾力を感じるし、そのせいで波の音もない。
この地域の海の特性なのか……?
いまいち理解できないが、目の前には走り回っているシリアがいるので安全ではありそうだ。
走り回っている……?
あの人、俺達の中で一番年上だよな?
楽しむ。その一点において誰よりも子供な印象なんだけど……
「おーい、あんたこれ知ってて着水させたのか?」
「いやー? 地面よりマシだし、建物も壊さないからだよ」
やっぱり理知的なんだよなぁ。
恐怖心ないのかってレベルで躊躇わずに墜落させたし。
冷静すぎるだろ。
……まぁもう終わったことか。
シリアの選択は、意外にも生き残れるということだけ覚えておこう。次酔ってなかったらどつく。
俺はそう決めて地面の観察を始める。
手で触ってみると、それはやはり海ではあるようで冷たい。
といっても、しばらくガルズェンスという雪国にいたから心地いいくらいだ。
感触はツルツルして石のよう。
だが、ベッドや服のような柔らかさもある。
押し込むと、突き破れはしないが包み込むように沈んでいくくらいだ。
随分前に薔薇の山っていうのも見たし、これも自然現象……?
「ライアン、これどう思う?」
「ん〜? 何て言った〜?」
意見を聞こうと声をかけると、ライアンは少し離れたところでロロと一緒に転げ回っていた。
怒りは霧散したようだし、仲良くて何より……
だけど、猫は水嫌いじゃねーのかよ。
確かにほとんど濡れねーけどさ。
「この地面みたいな海。自然か誰かがやったか」
「知らね〜」
「オイラもー」
シリアもライアンも、普段の呑気さが不安だ……
いざという時には頼りになるけど。
ちらりとシリアを見ると既に落ち着いており、椅子に座ってキャンバスを置いている。
どうやら、この不可思議な海をスケッチするつもりらしい。
さっきまで走り回ってたのに落差が……あいつ、情緒不安定なのか?
ロロも遊んでて、ドールも……
あれ、ドールは?
よく考えたら、ジェット機から降りた時も見えたのはシリアだけだ。
俺は、少し心配になってシリアに呼びかけてみる。
「シリア。ドールは?」
「空から見えた神殿を見に行くってさー」
「あんた保護者だろ……」
「たとえ保護者だとしても、行動を縛っちゃあいけない。
人は自由だ。だからこそ芸術家が存在するのさ」
……それはそうだ。
でも、こんな未知の場所で単独行動させるのってどうなんだ?
仕方がないので、俺もドールを追って神殿ってやつを見に行くことにする。名所なら絶対綺麗だし。
方向は……
「神殿ってどっちだ?」
「向こうだねぇ」
そう言って指さしたのは、陸地とは真逆の方向だ。
俺だったらなおさら1人で行かせたくないと思うんだけど……
自由ねぇ。
少し呆れながら沖に向かって歩き出す。
~~~~~~~~~~
しばらく歩いた先の下にあったのは、海底で青白く光る神殿のような建造物だ。
そして、その真上辺りにドールがしゃがみ込んでいた。
どうやら楽しんでいるようで、3人いる。
……なんだか愉快な力だな。
「何かわかったか?」
3人のうちの1人がこちらを向いたので、そう問いかける。
すると、残り2人もこっちを見てきたのでより一層不思議な光景だ。
「神秘の気配がするよー」
「神秘……」
分身の方のドールにそう言われたので、少し意識してみると確かにここら辺から神秘を感じる。
といっても、いつものようにただ気づかなかったのではなく、俺が今あの神殿の近くに来たからだとは思うけど。
……うん、きっと。
「本当だ。これは自然じゃなさそうだな」
「はい、誰かの仕業……とってもワクワク、です」
「うん。だけど海が固まってるから入れそうにない」
ドールの言う通り、確かに神秘を感じる。
神殿に近づいてからだし、多分あの場所から。
急に海が固まるはずもないから、誰かが神殿に突っ込ませないようにしたということだろう。
それはお互いにとって最善ではあるけど……そのせいで会えないのはちょっと困る。
まぁ相手からすると、魔人と聖人の同居する集団なんかとは会いたくないかもしれないけどな。
運で超えられる気もしないし……どうしよう?
「ドールの呪いでこの地面どうにかできたりは……?」
「無理だよー」
「怒りの面ならできるかもしれないです。けど、今は怒ってないので無理ですね。しょぼん」
何か頭がおかしくなりそうだ……
ドールはドールで、楽しみの仮面や喜びの仮面もドール。
明るい分身が出てるってことは、ドール本人も楽しんでるってことだけど……
そんなことを考えていると、本体のドールが無表情に俺の顔を覗き込んでくる。
「どうかしましたか? そわそわ」
「あー‥何人もいると、ちょっと戸惑うというか……な」
「あはは、それ分かるー。けど、嬉しいよね」
「それはそうだ」
俺の言葉に反応したのは、喜び一色のドールだ。
楽しみの仮面と同じように満面の笑みで、同意を示してくる。忙しい。
「まぁ入るのは無理そうってことで戻るか」
「そうですね」
そう2人で確認しあっていると、2人の仮面達が騒ぎ出す。
彼女達の話す内容は、シリアなら工具で穴を開けられるかもだの、今から自分達がドールを怒らせてみようだのと、意外にも建設的な意見だ。
感情の特徴通り、とてもうるさいが……
「お2人は一旦帰ってください」
「えー!?」
ドールにそう言われてしまい、その場で消滅した。
ちなみに、意見は最後まで聞ききってから。
意識も別物なら、三人分の知恵だろうし便利だなぁ……
そう思っていると、ドールが俺に向き直って声をかけてくる。
「という感じの意見が出ました」
「そうだな……」
俺達はそれから少しだけ話し合う。
戻らずにもう少し試してみるか、ジェット機に戻って行けるか聞くか……
結論は、ここが目的地でもないし戻って誰かに案がなければ先に進もうというもの。
入れないならヤタに行くことが優先だ。
そうして俺達は、ジェット機の方向を向かって歩き出す……
だが、丁度その瞬間地面に異変が起こった。
固まった海がぷるぷると震えだし、徐々に神殿の上部が沈んでいく。
中心は神殿の目の前まで沈んでおり、外周部は階段になるように段々と高くなる感じだ。
「これは呼ばれてるのか……?」
「ですね」
着水を助けてくれたということは、敵意はないだろう。
俺達2人は、そのまま神殿前の階段を降りていった。
二章開幕。
多分一番長い章です。