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化心  作者: 榛原朔
間章
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間話-選択の行く末を憂い

クロウ達が飛び立って半日、そしてニコライ達も飛び去ってしまった頃。

崩れ落ちた研究塔の跡地にて、マキナは静かに佇んでいた。


その表情は何も感じていないかのように無表情だったが、それでもどことなく悲しげだ。

彼はらいつまでもいつまでもその場で思考を続ける。


研究塔のこと、氷を溶かそうとしたこと、出発前にニコライと運んだ氷塊のこと、逃亡した悪意のこと、それから……


「よう。久しぶり、王サマ」


いつの間にか、マキナの後ろにはローブの男が立っていた。

見た目は相変わらずボロボロで、フードを深く被っており口元で笑顔が分かるだけ。

そんな怪しさの塊のような男だ。


マキナはゆっくりと振り返ると、まるで予想通りとでも言うように落ち着いて返事を返す。


「選択は……揺るがない……」

「いやー、俺は別にどっちでもいいぜ?

俺は彼女の望みを叶え続けるだけだ」

「どうだか……。私は……基本的に……人を……信用しない……」


それを聞くと、男は腹を抱えて笑い始める。

何が面白かったのか、その発作は収まる様子を見せずに延々と。

マキナが無表情なので、一層シュールな光景になっていた。


数分も経つと、男の発作も落ち着く。

そして、いつだかのようにフードを直すと、再びマキナに向かって口を開いた。


「あのガキ共はお気に召したか?」

「君の……差し金……か……」

「そりゃあそうさ。叡智の結晶(メーティス)なら先にヤタへ向かわせる」


ローブの男がそう言い切ると、マキナはしばらく考え込む。

そして出した結論は……


「妖怪……」

「そう、妖怪。面白いよな。確かに実戦にもってこいだ。

まぁすぐに殺されそうだけど」


無表情と、口元だけ覗いている笑顔。

どちらにも警戒の色は見えないが、どちらも信用している風でもない。

そんな、どこか不思議な2人のやり取りが続いていく。


「何故……この国に……?」

「アルコーン共がいたし、科学はいい刺激になる。

入れるかってのは科学者次第だったけどな。

で、氷は溶かしちまっていいのか?」

「神殿の近くは……より凍りつく……」

「へー……」




彼らは、日が傾いていくまでその場で語らっていた。

国中の氷のこと、ヒマリの氷塊のこと、神殿のこと、大厄災のこと……


ようやく話が尽きた頃。

ローブの男が立ち上がると、マキナは最後の問を発する。


君は味方か? と。

それを聞くと、ローブの男は再び発作を起こして笑い続ける。

これだけ国の事情も話していて今更聞くのかよ、と。


いつものように数分かけて発作を抑えると、ローブの男は笑顔で返事を返す。


「知ってんだろ? 俺はどっちつかずだってよ」


だが、それを聞いてもマキナは視線をそらさない。

しばらくはそのまま沈黙が流れたが、やがてローブの男は諦めたように言葉を続ける。


「少なくとも今は、彼女の望みを叶えようと動いてるぜ」

「なら……いい……。またな……」

「おう、じゃあな」


そう言うとマキナはアトリエへと歩き出し、ローブの男は段々と体が薄れ、やがてその場から消えていった。




~~~~~~~~~~




マキナとローブの男が語り合っていた、まさにその時。

クラークのウィズダム大図書館にも、1人の人物が来訪していた。


その姿は、ゆったりとした白い外套のようなものを身に纏うという、旅人のような出で立ち。

明らかに異質な存在感を放っているが、その人物はまるで気にした様子を見せなかった。


ぼんやりと明かりに照らされている中、ただその人物の小さな足音が響いている。

コツ……コツ……、コツ……コツ……と。

誰の耳にも入らずに。


といっても、衛兵に掛け合い扉から入ってきた訳ではない。

古書の香りが充満する館内にいきなり現れたのだ。

この図書館の主にも、仕えている魔人にも気取られずに、小さな影は奥へ奥へと歩いていく……




図書館の最奥では、相変わらずシルがイスに座って本を読んでいた。

とても静かで、とても神秘的で。

誰にも汚されない聖域がそこにはあった。


「……」


空気の動く音も、誰かの足音も、一切の音が無い空間で、ペラリとページをめくる音が鳴る。

大きな帽子から垂れる、細い紐すら動かない。


「……」


紙のこすれる音も、服が動かす空気も、一切の動きが無い空間で、ただシルの静かな吐息だけが聞こえる。

その他には、何一つ気配はない。


だがそんな中、シルは背後に向かって声をかけた。


「……久しぶりじゃの」


背後の椅子に座っていたのは、まるで気配がない少女……壊れた懐中時計(クロノス)だ。

声をかけられたことに驚き、顔を丸くしている。


「ありゃバレちゃったか……うん、久しぶりね叡智の結晶(メーティス)

壊れた懐中時計(クロノス)……お主は何度目じゃ?」

「あなたじゃないんだから、覚えてる訳ないじゃない」


変わらず本を読みながら問いかけるシルに、クロノスはそう答えて笑う。

彼女の表情は、クロウ達と出会った時よりも柔らかい。


クロウ達にも親しみを持って接していたが、どうやらシルの方が縁がある者のようだった。

それに答えるシルも、薄く微笑んでいる。


「そうじゃな……して何用じゃ?」

「何用って言われてもねぇ。私は漂うだけだから。でも……」


シルの問いかけに、クロノスは少し考え込む。

そして彼女は、本を読み続けるシルを見てかすかに笑うと、口を開いた。

ガルズェンスの広場で詠っていたように、優しく。

そして高らかに。


『いつかの未来 彼の地を訪れるのは絶望の夢

永い放浪の果てに 芯を折ってしまったもの

誓いを失い 永久に揺蕩う蜃気楼


それは 直に知恵を否定する いつか世界を否定する

過去を見て 今を見て 未来を見て

この美しい世界を 素晴らしい世界を 見て


願いをここに 我の意思を継ぐがいい

救いを汝に ただ安らかにあらんことを


相反する想いは いずれ滅びの詩を詠う

誰も決して気を抜くな 警鐘はもう 鳴っている』


彼女は詠い終わると、倒れ込むように椅子に座り込み、その体を深く沈めた。

その顔には、疲れが色濃く現れている。

まるで、全身の力が抜けてしまったかのような有様だ。


「やっぱりもう時間なのね……

それでも、ここで詠うのが正しい流れだし……」


彼女がそう呟くと、段々と体が透けていく。

数日前に、クロウ達の目の前で消えていったように。


すると、ここに来てようやくシルが顔をクロノスに向けた。

何を考えているのかは分からないが、どこか悲しげに消えていく彼女を見つめている。


クロノスは、そんなシルに努めて明るく言い放った。


「これはただ、弾き出されるだけよ。心配する必要はないわ」


だがシルは、それを聞いても表情を和らげることはない。

消えていくクロノスを、いつまでも黙り込んで、ただ見つめ続けた。


次回から二章開幕です。

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