間話-少女の解凍
今から数百年前。
氷に閉じられた神殿の地下で、とある機械が発見された。
かつての科学文明の遺産の1つであると思われた、巨大な機械だ。
それは数千年に渡って稼働し続けていたようで、科学者達が見つけた時にもその音がかすかに鳴っていた。
高さおよそ10メートル、横幅およそ5メートル。
そして、彼らが作り出した仮想空間に入るためのポットのように入り口のようなものがあった。
だが、中は凍りついているようで霜に覆われて見えない。
手元には数え切れない程のボタンがあるが、適当に押したら壊れてしまうだろう。
科学者達……ニコライとアレクの顔には、発見の喜びと手を出せないもどかしさが同居していた。
「どうします? いじったら壊しそうっすけど」
「そうだね……やはりマキナ様に聞くのが安全だろうが……」
「あの方がわざわざ来る気になるっすかねぇ」
「ふむ……」
測った訳ではないが、この場所はウプサラ神殿を1キロは下に降りたところにあるのではないかと思われた。
曲がりくねっていたので、実際にはもっと深いかもしれない。
そんな場所に、あの引きこもりの王が来るか? という話である。
2人の予想はもちろん来ない、だ。
装置の近くで計測等をしている部下達も、きっと口を揃えて言うだろう。
あの方が来るはずがない、と。
「アトラ、その機械の動かし方は分かりそうかい?」
しばらく考えた後、ニコライは一番手近で観察している少女に問いかける。
どこか諦めたような声音と表情なので、期待はしていないのだろう。
そしてやはり、少女も無念そうに答える。
「無理ですー。師匠には観察のこと、ひたすら叩き込まれたんですけど……あの人、機械は興味ないですからねー」
「セドリックは?」
「無理だな。俺はそこまで頭良くもねーしよ」
ニコライは、一応その後も全員に問いかけて回る。
ニックは? ジョンは? ハーパーは? ダニエルは? といった風に。
しかし、当然誰しもが無理だと答える。
(はてさてどうするか……)
全員に聞き終わると、ニコライはその場で立ち尽くし考え込んでしまう。
部下達も観察をやめてしまったので、その場に満ちたのは沈黙だ。
「ここも見えてるんすかねぇ……」
数分も経つと、その沈黙に困ったようにアレクが問いかける。
試しに言ってみた、といった雰囲気だったが、ニコライはそれを聞くと顔を上げた。
「そうだね。取り敢えず聞いて見るか」
彼はそうつぶやくと、再び顔を下に向けて首筋に手を当てる。
そして何かのボタンを押すと、誰もいない虚空を見つめながら黙りこくってしまった。
誰もその行動を気にしていない様子で、どうやら誰もがその行動の意味を知っているようだった。
彼らは黙ってニコライの会話を見守る。
その結果は……
「見えるようだな」
「よかったですー。なら使い方も教えてもらえましたー?」
「うむ。今から指示しよう。
まずは……その一番端の……下に……そうそれ」
ニコライの指示する通りにアトラが機械を操作する。
1つの動作ごとに、機械は大きな音を発しておりどこか不気味だ。
十分ほどで全工程を終えると、その機械は冷気を吐き出しながら口を開いた。
地面を這うように、白い煙が濃密に。
やがてそれが出尽くした頃、中から出てきたのは……
「ここ……どこ?」
1人の少女だった。
どこかの高校の制服姿で、その髪は黒い。
背も比較的高く、170センチ近くあり凛とした雰囲気だ。
といっても、その口調は幼さを感じさせたが。
ニコライは、彼女を見ると沈痛な面持ちでアトラの前に歩み出る。そして、しばらく少女を見つめると重い口を開いた。
「こんにちは。ここは、科学の国ガルズェンスだ。そして私はニコライ・ジェーニオ。君の名を聞いてもいいかな?」
その言葉を聞くと、少女は警戒するような視線を彼に向ける。
周りにいるのも、白衣の男女ばかりで制服姿の彼女は異質。
怯えない方がおかしかった。
だが彼女は深呼吸をすると、不思議と落ち着いたようにニコライに答える。
「私は白雪陽葵です。ガルズェンスなんて名前、初めて聞くんですけど……ドラマの撮影か何かしてます?」
「ドラマではないよ。ここが君の時代から何千年後かは知らないが、君は未来にいる。
コールドスリープ……というやつかな」
それを聞くと、少女は背後を振り返る。
その視界に入るのは、もちろんニコライ達が発見した機械だ。彼女を、未来に届けた機械。
それを確認すると、彼女はポツリと呟く。
「お父……さん……? 私で……実験したの……?」
しばらく呆然としていた少女だったが、気持ちを切り替えるように頬を叩くと、ニコライに向き直る。
まだ弱々しい表情だが、それでも現状を知らないといけないから頑張る、といった様子だ。
「数千年後……ですか?」
「そうだ。……同じ科学者として、君に酷な生き方をさせてしまうことを謝罪しよう。申し訳ない」
「日本は……どうなりましたか?」
「私はその国を知らない。少なくとも2000年前以上前に滅んでいるだろう」
質問を重ねるごとに、少女の表情は暗く沈んでいく。
科学文明が滅んだ。
父親はおそらく、少女だけでも救おうとした。
未来に生きる同郷の者は……誰一人として存在しない。
それらの現実が、彼女の目の前に分厚く立ち塞がった。
孤独だ。
孤独だ。
孤独だ。
「何で……私だけ……」
(生かされて……未来に……)
その時、彼女の存在に変化が生まれた。
髪は淡く青色に、全身に強すぎる神秘を纏う。
彼女が包まれ続けた、氷の神秘。
ニコライは、その事実に顔を歪める。
魔人が生まれた。
それだけの苦痛を、少女が受けた。
彼は、己の無力さを嘆いた。
しばらく沈黙が続いたが、やがて彼はそれでもできることはまだあるはずだ、と少女に語りかける。
「……同郷の者はいないが、同じ時代に生きていたと思われる方々は数名いる。うち一人はこの国の王だ。
……案内しようか?」
それを聞くと、少女は涙を凍らせニコライを見る。
晴れ晴れとまではいかないが、かすかな期待を込めて。
(帰りたい……寂しい……)
「はい……会ってみます」
(科学の国……タイムマシンとか……作れないのかな……)
(帰りたい……)
「それから……」
心ここにあらずといった様子で歩く少女に、ニコライが控えめに話しかける。
部下達の方向に手招きをすると、やってきたのは白衣を羽織った少女だった。
この国では珍しく小柄で、マスコットのような印象だ。
しかも星のように輝く金髪で、見る人が見れば人形のようだと言うだろう。
そんな……親しみやすい少女。
「アトラ・アステールですー。仲良くしましょうねー」
「こんなことで悲しみが癒えるとは思わないが、そばにこの子を付ける。気のいい子だよ。
私達にも、いつでも頼って来てくれていい」
「ありがとうございます……嬉しいです……」
少女はそう言ったが、表情はむしろ暗くなる。
目は潤み、表情は歪んで体が震え……
「え……」
「無理にそんなことを言わなくても大丈夫だよー。
抱え込んでても、辛いだけだからねー……。
私達が温めるから、ゆっくり前を向こうねー……」
すると突然、アトラがその小さな体で陽葵を包み込んだ。
優しく……優しく……
彼女を安心させるように。
そして、陽葵の目からは次々と涙が溢れ出る。
「うん……」
「ありがとうなんて、嬉しいなんて、今言える言葉じゃないよねー……。受け止めるから、悲しみぶつけてねー……」
「うん……」
孤独は埋まらないかもそれない。
悲しみは癒えないかもしれない。
それでも少女は、できれば明るく生きていきたいと思った。
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※50話のライアンの角を、メガロケロスなのが呪名に引っ張られてカルノノスにしていたので訂正しました。
更新後時間が経っているので、一応次の更新でも記載するつもりです。