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化心  作者: 榛原朔
一章 支配の国
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66-孤独

俺の目の前で、決意の雷と孤独な氷が激突する。

どこまでも真っ直ぐに。己の心のままに。


"氷雪を開く至光(トール)"


"氷雪が閉じる科学(ニブルヘイム)"


それは大地が抉れて吹き飛んでいく程の威力で、2人はしばらく拮抗した後その場から離脱した。

だがニコライは雷の移動で、ヒマリは氷の足場で再び激突する。


聖人と大厄災の戦いは、まさに天災レベルのものだった。

俺に入る隙はない。

けど……どうやらニコライは劣勢だな。

ヒマリよりも吹き飛ぶ回数が多い。


ニコライだけじゃ勝てなそうだ。

ライアンも生きてるかどうかも心配なくらいだし、ローズも多分……


俺がやるしかない。

そう思い、俺は運に任せて嵐の中を突っ切る。

俺は……突っ切れる。


"行雲流水"


飛んでくる雷と氷を、流れに身を任せて進んでいく。

正直それだけでも死にそうになるが、こればっかりは見て見ぬ振りをする訳にはいかない。


ヒマリを倒すために、何度目かの刃を振るう。

雷で痺れてきたのか動きも鈍い……


「わたしはっ……!!」


"氷獄の舞-蝕"


俺が剣を向けると、ヒマリも苦しげにそれに応じた。

もう彼女も手加減はしない。

殺すつもり……かは分からないが、彼女の剣とその周りに浮かぶ氷の刃が俺の体を削り取ろうとしてくる。


「ぐっ……!!」


その動きは流動的で、防御しきれない。

接近していたので、避けることもできずに俺は体を削られた。

血はすぐ凍るけど……エグいな。


それに、ヴィニーから習った技も通用していない。

俺が自分の技を……


運はいいんだ。覚悟も……できてる。

氷を溶かす。氷を砕く。……ヒマリを倒す。

運良くでも実力でも、届けばそれでいい。


俺は、体を削られながらも右足で踏み抜く。

全身全霊を込めて、剣をヒマリの右肩へ振り下ろす。


それと同時に氷刃が勢いを増していくが、即死しなければ止まることはない。

迷いを殺し、思いを殺し、ヒマリを……


"運命の縦糸"


「あぅ……く……」


ヒマリの守りを運良く貫き、右肩から左腰まで大きく斬る。

その血はやはりすぐに凍りつくが……


"雷霆ミョルニル"


頭から血を流しながら、ニコライが雷を放つ。

それは無防備な横腹から貫通し……


「あぁぁ……!!」


派手にヒマリを吹き飛ばした。

大厄災であっても、直撃したら致命傷は避けられないだろう。


ニコライは膝をついてしまっているので、もう倒れてくれると助かるんだけどな。傷つけたくもないし……

そう思いながら倒れたのかを確認しに向かう。


氷は落ち着いているが……


慎重に近づいていくと、ヒマリは立ち上がっていた。

涙を流しながら、フラフラと。

氷は……既に涙を凍てつかせる力もないようだ。


俺もまた顔を歪めながら歩み寄る。

涙は流さず、確かな足取りでゆっくりと。

決意は……既に大図書館で決めていた。


俺は大厄災を殺す。

もし敵じゃなかったら。もし思いとどまってくれてたら。

そう思うと心が砕け散りそうになるけど、ヒマリもレイスのように苦しんでいるのなら……俺はやっぱり殺すことを選ぶ。


俺が足を止めると、ヒマリも顔を上げて俺を見る。

もう血が止まることもない。

あの消耗を見る限り、俺の攻撃でも……殺……せる。


「最後に。全力で打ち合おうよ」

「……ああ。決着の時だな」


お互いの意思を確認し合い、剣を構える。


雪が……再び降り始めていた。

この国に入ってから、毎日のように見てきた景色。

ヒマリの涙。この国を閉じるもの。


"氷獄の舞-無明三段"


"運命の横糸"


俺達は、同時に動き出し技を繰り出す。

美しい舞と、運命を辿る剣筋。

それが交錯した後……




ヒマリの攻撃は、俺の鳩尾近くを貫いた。

頭は避けて掠っただけ、喉は俺の剣が弾いて無事。

血が止まれば何とか大丈夫かな……?


対して俺の攻撃は、ヒマリの鎖骨の上辺りを斬っている。

喉を狙っていた剣閃を弾いたからか、喉からはズレたがそれでも頸動脈に当たっただろう。

肉が大きく覗いており、十分すぎるほど致命傷だ。


「っ……!!」


この場の冷気は大分抑えめになっている。

そのせいでヒマリの首からは、目を逸らしたくなる量の血が凍らずに流れ出ていった。

追い詰めたのはニコライかもしれないが、止めは……


「大‥丈夫……わた‥しは……あ‥なたの……枷……には……ならな‥い……」


そんな言葉が聞こえてきて、俺はヒマリの目を見つめる。

光を失いかけている、弱々しい目。


「わ‥たしは……自‥分で……」


俺が何も言えずに見守っていると、ヒマリの足元からは氷が生えてくる。

それは少しずつ彼女の体を覆っていき、やがて足から頭までその全てを包み込んだ。

自分で……凍死ってことか……


俺の目の前にあるのは、目をつむり青白い表情で固まるヒマリの姿。

もう息をしない、俺の理解者。


「俺は……」


お前は俺が余計なものを背負わないようにしてくたみたいだけど、やっぱりそんなのは無理だ。

一番最初の大厄災が、こんな……


「クロウくん。決着がついたのかい?」


俺は声をかけられてようやく顔を上げる。

ニコライは腕を庇っているが、命に別条はなさそうだ。


「ああ、ヒマリは凍りついたよ」

「そうか……すまない。結局最後を君に……」

「これは、俺が決めたことだ。それより……」


嵐が消えたことではっきり分かることがある。

それは、俺達が嵐に入る前と比べると明らかに辺りが騒がしいこと。

暴動は収まっていないようだ。


いや、それどころか悪化している。

この場所からでも街中が燃えているのが分かる程だ。

止めないと……


「ああ。だがその前に……」


そう言うとニコライは、腕を俺の腹に伸ばしてくる。

その先は電気で熱されている……ってことは。


「ギャァァ……!!」




ニコライに止血をしてもらうと、今度こそ暴動の話だ。

俺がそれを促すと、彼はどうして分かったのか場所の特定まで口にする。


「さて、特に騒がしいのは……ふむ、3か所らしいな。

2人も起こして分担しよう」


少し不思議に思ったがニコライの提案に乗り、俺はライアン、ニコライはローズを起こしに行く。


それが終わると、肝心の分担をどうするかだ。

俺は頭が回らないのでみんなに任せていると、ニコライが一番遠い広場、ローズがより火事が酷い大通り、俺とライアンが霧が立ち込めている大通りということになった。

ライアンが一緒なのはありがたい……




~~~~~~~~~~




ニコライが広場に着くと、そこに広がっていたのはあまりに異質な光景。

ある部分は燃え、ある部分は凍りつき、ある部分は水没している。


しかも建物もおかしい。

広場であるはずなのに壁が横断していたり、地面に塔が突き刺さっていたり、城のようになっている部分もある。

どこまでもちぐはぐな、パッチワークのような場所だ。


「これは……」


それを見ると、ニコライは何かを察したようにつぶやく。

煙のせいで見通せてはいないが、元凶には心当たりがあるらしい。


そして、かすかに声のする方へ近づくと……


「やはり君か、エドヴァルド・サンティマン」

「あぁ……? おぉ、天才様じゃねぇかぁ」


目の前にいたのは、恍惚とした表情を浮かべる狂気の画家と墜落したヘリ。

そして、そのそばで倒れている少女と画家だった。


「貴様は、またその子を傷つけているのか」

「はぁ? 芸術って言えよぉ」


ニコライが表情を険しく問いかけると、画家は不服そうに文句を言う。

この惨状を起こしたとは、思えないような態度だ。


「異常者め」


"伝導"


ニコライはそうつぶやくと、雷を纏う。

激闘のあとなのでその威力は低いが、それでもたった1人の画家を倒すくらいはわけない。


迷いなく、男に向かって走り出す。

そして一瞬で男の目の前に現れると、その拳を腹に叩きつけた。


「てめぇ無感情かよぉ」


だがそんなニコライを見ても、男は淡々とつぶやくだけ。

全く抵抗をしなかった男は、それを受けて壁まで吹き飛ばされた。

それを見ると、流石にニコライも戸惑いを見せる。


「何だ……?」


男は派手に壁に激突して、土埃を立てている。

ニコライの攻撃に加えて壁への激突。

無事で済むとは思えなかったが、視界がはっきりしてくると……


「異常なのは俺じゃねぇよぉ。芸術はぁ縛られねぇ。

多くに理解されねぇからこその芸術だぁ」


彼は無傷でその場に立っていた。

しかも、そんな持論を語り始めている。

どこまでもマイペースに、どこまでも不気味に。


「貴様にそんな力はないはず……」

「ええ、私の力です」

「っ!!」


至近距離からの声を聞き、ニコライが慌てて振り返ると、そこにいたのは胡散臭い神父だ。

彼は貼り付けたような笑みを浮かべていて、画家よりも遥かに気味が悪い。


「……何者です?」

「いや何。彼を回収に来ただけの神父ですよ」

「敵ならば……」


"ヤールングレイプル"


神父の言葉を聞くと、ニコライは彼に向けて拳を振るう。

見るからに敵なので迷いはない。

だが……


『嘘です嘘です嘘です嘘です……そこに私はいませんよ』


それを受けたはずの神父は、煙に巻くようにふわりと消えていく。

どうやら避けられてしまったようだ。


ニコライはしばらく警戒をしていたが、いくら待っても神父は出てこない。

そしてニコライが前を向くと、画家も既に影も形もなかった。




~~~~~~~~~~




俺はスレイプニルになったライアンの背に乗って、霧がかかる大通りに向かう。

もしかしたら……いや、普通に俺は必要ない気がするな。

そんなことを考えながら揺られていると、ライアンが心配そうに声をかけてくる。


「大丈夫か〜?」

「ああ、止血はしたからな」

「心が、だ」


……俺の目的は、大厄災を殺すこと。

別にそれ以外の解決方法があるならそっちを選ぶけど、アレクを殺してこの国の最重要マシンも壊した。

そんなヒマリは……


「仕方ないさ。大切な人は、まだ……いるから。

止めないと、他の誰かが死んでたかもしれないんだから」

「……俺は死なねぇからな〜」

「ああ、お前もローズも、ロロもヴィニーも、リューもフーも。誰も……」


苦しくても、今の俺にはちゃんと大切なものがある。

立ち止まるつもりはない。


そんな会話をしているうちに、霧がかかった道に着く。

……あれ、何しに来たんだっけ?


「なぁライアン……」

「静かに〜」


俺が目的をど忘れしてライアンに問いかけると、彼は何故かそう言って俺を背から下ろす。

彼も何か迷うような表情をしているが、俺よりはしっかりと覚えているのかもしれない。


「俺達は〜……確か暴動を止めに来たはずだな〜」

「暴動……」


そうだ。俺達が担当になったのはこの霧がかった大通り。

つまりこれは攻撃か?

記憶……記憶……ヴィニーとそんな話をしたような……?


少し思い出してきた。


「この霧が元凶か?」

「フーかリューがいればな〜」


確かにあの2人なら風で吹き飛ばせる。

けどそう都合よくいないよな……


そう思っていると、少し離れたところからそよ風が吹いてくるのを感じた。

こんな遠くまで届くそよ風とか……

流石にフーがいるな、と確信してライアンに教える。


「ライアン。フーがあそこにいるぞ」

「おっさっすが〜」


ライアンはそう言うと、そちらを向いて大声でフーの名前を呼ぶ。

フヴェル湖でも気づいたし、多分すぐに来るだろう。


そう思っていると、やはりフーは数十秒後にはそよ風に乗って飛んできた。

よく見ると、隣にはロロもいるな。

無事で良かった。


「クロー、ぶじでよかったー!!」

「ぐっ……おう、お前もな」


彼らは目の前に来たかと思うと、ロロが俺に向かって飛び込んでくる。

腹に響くな……


だが、フーは戦闘中ではないためとてもそっけない。

怪我も気にせず、何か用かと聞いてくる。


「風でこの霧払ってほしくてよ〜」

「…………分かった」


フーはライアンの頼みにそう答えると、右手を空へと向ける。

何してるんだ? と俺も見上げると、遥か上空に変な空気の動きがあった。

……まさか貯めてた?


"サージブリーズ"


やはり貯めていたらしく、フーはすぐに循環させた風を開放する。

すると、記憶をなくす霧はみるみる晴れていき……


「なっ!?」

「あ〜!?」


視界に映ったのは、血まみれで倒れるヴィニーとマックス。

それから全身真っ白の老人だった。

暴動じゃなくて、戦闘……?


そう驚愕していると、老人は俺達を見上げて独り言を言い始める。


「おや、時間切れか。少し遊び過ぎたみたいじゃの」


俺達を見ているのに、どこか遠くを見ているような雰囲気だ。

ていうか遊びだと……?


「あんた、誰だよ」

「悪いの、もうわしの役目は終わっとる」


"失念の霧"


老人は、そう言うとどこからか霧を発生させた。

さっきの記憶を消す攻撃だな……


それを見ると、俺達はすぐにその場を飛び退る。

近くに敵がいることを忘れるなんて恐ろしいことはできない。


「フー、もう一回飛ばせるか?」


逃したくもないので聞いてみると、フーは厳しい表情で黙り込んだままだ。

まだ戦闘中の扱いにはなってないのか?


「フー?」

「ああ、悪いねぇ……」


もう一度声をかけると、彼女は凶暴な表情を老人のいた方向に向け始めた。

そして、再び右手を空に掲げると……


"シールパラム・シュタッヘム"


風の棘を霧に放った。

今回は霧払いというよりは、殺意が込められた攻撃だ。

確かに敵だけど、見えてもいない相手だぞ……!?


「いきなりどうした!?」

「敵だろ? あのジジィはよぉ!!」


そんな言葉と共に、フーは一気に霧を吹き飛ばす。

下手したらヴィニー達まで巻き込まれそうな攻撃だけど……


霧が晴れると、ヴィニーとマックスは変わらずその場に倒れている。

2人に当たってなくて良かった……

でもあの老人はどこにもいない。マズいな……


そんなふうに俺達が辺りを警戒していると、どこからか声が響いてくる。


「危ないのぉ。あんなに面倒を見てやったというのに、飼い犬に手を噛まれるとはこのことか。悲しいのぉ」

「てめぇはどうせ覚えてねぇんだろう!!」


フーはその声に噛みつくが、もう老人は出てこない。

そして、それを最後に声も気配も消えていく。


もう戦う意志はなかったのか……

それでも万が一ということもある。

俺達は、完全に霧が消えるのを待ってから2人の介抱を始めることにした。



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