65-ガルズェンスの選択
クロウ視点に戻ってます。
スレイプニルになったライアンの背に乗って数分後。
俺達は、氷と雷が渦巻く嵐のようなものを見つけた。
それは街を破壊しながらうごめいていて、明らかに神秘が生み出した代物だ。
入れる気がしないな……
そう思って2人に意見を聞く。
「これ突っ込まないと入れない……よな?
無事じゃ済まなそうだけど」
「そうだね……入るだけで満身創痍になりそう」
「そうだな〜‥少し考えさせてくれ〜」
やはり2人も同意見……というか、ライアンまでそう言うなら本当に不可能な気がしてきた。
そんなふうに軽く絶望を感じていると、しばらく考え込んでいたライアンが口を開く。
「う〜ん、取り敢えず人型に戻るぜ〜」
それを聞き、俺達はライアンの背から滑り落ちる。
とてもツヤツヤとした毛ざわりで気持ちよかったので、正直名残惜しい。
まぁ人間状態のライアンに乗っかる訳にもいかないけど……
ライアンは、俺達が降りるとすぐに人に戻る。
その表情は珍しく……いや、たまに見せるような考え込む表情だ。
「何かいい案あるか?」
「ん〜‥俺だけなら問題無いんだけどな〜。でも今回は俺より2人が入るべきだし〜」
「そうだね……ヒマリちゃんとは、ちゃんと話さないといけない」
そう言うとローズは、決意に満ちた表情を見せる。
ヒマリにだって、こんなにいい友達がいるのに……もう倒す以外には選択肢がないのが苦しい。
少し気持ちを落ち着かせないと……
俺は深呼吸をしてライアンに疑問をぶつける。
「1人だと行けるのは何でだ?」
「切り裂かれながらでも、無理矢理行くからだな〜」
思った以上に力技だった……
「ん? なら俺達が獣化したライアンの口に入るってのは?」
「え、やだ……」
つい思ったまま口にすると、ローズは心底嫌だという顔になる。
……まぁどう考えても女の子にはきつい方法だな。
「ん〜。じゃあ俺スレイプニルで突っ込むから、茨で自分の身を守ってくれよ」
「それならいいよ」
この案にはローズが同意を示したので、ライアンは再びスレイプニルに変身する。
神々しい白銀の馬に……
"獣化-スレイプニル"
"無辜の鳥籠"
俺とローズが乗ると、その周囲を茨が囲む。
これで嵐を無傷で突破できるとは思えないけど……
「行くぜ〜」
他に方法はない。
俺達は、その恐ろしい神秘の渦に突っ込んで行った。
~~~~~~~~~~
俺達がその嵐をどうにかくぐり抜けると、そこに広がっていたのは本当の地獄。
中にあった建物は、全て粉々になって地面をサラサラと舞っている。
さらには雷がそこかしこで弾け、氷がそこかしこを舞って凍てつかせている死の空間だ。
そんな中、ニコライとヒマリは戦っていた。
全身を雷で覆った、まるで雷神のようなニコライと最後に見た時と同じく、氷のドレスを身に纏った美しくも恐ろしいヒマリ。
お互いの全てを賭けたような殺し合いであった。
多分……邪魔をしてはいけない。
けど……邪魔をしない訳にもいかない。
そんな葛藤を胸に、俺は2人に話しかける。
「ヒマリ!!ニコライ!!」
「ヒマリちゃん!!」
それに合わせるようにローズも悲痛な叫びを上げるが、2人がその殺意を収めることはない。
お互いに氷と雷をぶつけ合い、一旦離脱するだけだ。
そして、ヒマリが俺達に話しかけてくる。
「クロウにローズちゃん……それからライアンくんかな?」
俺は、ローズにライアンの話を少しだけしていた。
その断片的な情報だけで判断したので、少し迷いながらライアンの名前も呼ぶ。
俺の話を真剣に聞いてくれた証拠だ……
「そうだ。大厄災と……ヒマリと戦いに‥きた」
どうにか声を絞り出す。
俺は、今でも2人が和解できないかと思ってしまうが、無理なのも分かってる。
それなら……俺は彼女を……
「あなたにわたしが殺せるのかな?」
「殺せる……さ」
"氷獄の舞-無明"
"霧雪残光"
ヒマリの何筋もの剣閃を、俺は横向きに細かな剣技で防ぐ。
塔で戦った時よりも鋭く、俺の頬を斬り裂いていくが……
「っ……!!」
「俺は大厄災を殺さないといけない‥これが俺の覚悟だ!!」
その部分の防御を捨てて、ヒマリの肩を斬る。
一瞬しか攻撃に転じられなかったので浅いが、それでも俺の覚悟は伝わったはず。
するとヒマリは、薄く笑って俺から距離を取る。
「わたしのこの世界での名前は、グレース・フレムニル。
四対一でも、わたしは負けない」
その言葉と共に、ヒマリはニコライから流れてきた雷を氷の盾で受け止める。
"ビルスキルニル"
"スヴェルの氷盾"
どういう訳か、今まで使ってた電磁場より強い雷だ。
少し離れたローズ達も痺れてしまっている程の出力……身を削ってる訳じゃないよな?
どっちも心配してしまうのはよくないけど……
「その出力は大丈夫なのか?」
「ゼェ‥ゼェ‥ショートしそうだよ」
「無理はすんなよ〜」
"獣の王"
ライアンは、身をかがめると半獣化する。
人型のままフェンリルの四肢を持ち、レグルスの光、ニーズヘッグの尻尾、メガロケロスの角に辺りに浮く氷。
こいつはどこまでも強くなるな……
「お相手願おうか〜」
「あなたには特に用ないんだけど……」
"氷剣グラム"
ヒマリは、光速で突き出された災いを呼ぶ茨槍を、一瞬で生み出した剣で受け止める。
レグルスの凄さが形無しだ。
しかも一回だけではなく、何度も何度もライアンの突きを防ぎ続ける。
俺のは受けたはずなのに……
「掩護を……」
"赤茨鎖錠"
「充電完了……私の全身全霊……!!」
"雷霆ミョルニル"
俺が近づけない間にローズが放つ茨の突き、ニコライが放つ雷の鎚がヒマリに向かっていく。
茨はともかく、ミョルニルは必殺……
"氷獄蛇ミッドガルド"
だが、やはり塔の時と同じように防がれる。
今回は粉々に粉砕したが、それでもやっぱりヒマリ本体には届かない。
そして茨は、届く以前に凍りついて使い物になってない。
ただ、その道筋は他の道より安全に通れる……
"行雲流水"
俺は、茨に沿って氷嵐を切り開く。
ヴィニーがやったように、体から力を抜いて流れのままに……
ヒマリの……首筋に。
"氷獄の舞-氷雨"
あと少しのところまで迫ったが、その軌道は縦向きの連撃で防がれ、同時に俺の体を斬り裂く。
「ぐっうぅ……!!」
「おねーさんを斬ろうなんて、千年は早いね」
「長過ぎる……っての!!」
"水禍霧散"
軽くてだめなら、重い一撃を……
そう思って剣を振るうが、それもあえなく防がれる。
運以上の実力差だ。
さらに……
"エーリヴァーガル"
「あなたはできれば傷つけたくない。ごめんね」
「だから!!そんなことを言うなら……!!」
ヒマリが足を踏み抜くと、そこから氷の柱のようなものが生えて俺を吹き飛ばす。
その下から迫るのはライアンだ。
俺は一瞬で吹き飛ばされたのに、あいつはずっと接近できててすげぇ。
「クロウが傷つかねぇのは安心だけどよ〜」
「あなた達が生き残ったら、あの子をよろしく」
「あんた、マジで姉っぽいな〜」
「似ているから……ねっ!!」
"氷獄の舞-無明"
だが、ヒマリがさらにスピードを上げるとライアンは呆気なく攻撃を食らっていく。
「ぐっ……!!」
「あの子は……わたしの生き写しみたいな子だよ。おんなじ苦しみを持つ子だよ。あの子は……こうはなっちゃいけない」
ヒマリはそんなことを言いながらライアンの全身を貫いた。
首、胸、腹、足、とその全身を無駄なく。
光なのに……スピードで負けた……?
「ライアン!!」
「がふっ……生きてるぜ〜‥寒くて傷も凍るからよ〜‥」
どうやら寒さで光速は出ていなかったようだ。
しかし傷も凍るとは……
あれ、俺は?
「おい、まさか手加減‥」
「凍ってたい?」
まさか手加減をしているのか? とヒマリに問い詰めると、彼女は眠くなる冷気を放出してくる。
魔人なら割れば復活できるってか……?
"フィンブルの冬"
でも……俺は……
吹き飛ばされながらも腹を突き刺し、眠気を払う。
けど、さらに遠くに追いやられたな……
"妖火-送り火"
そんなことを考えていると、今度はローズとヒマリの激突だ。
王種ヘルの時と同じ、炎の海がヒマリに迫る。
溜めに溜めたからか、凍りつくことなく向かうが……
"氷獄姫ニフルヘル"
氷の巨人がそれを阻む。
どこまでも美しく、どこまでも残酷に。
全力の妖火を吹き飛ばす。
「ローズちゃんも同じ……」
「私はヒマリちゃんを‥」
「寝てて」
"フィンブルの冬"
ローズは茨で壁を作るが、あの技は冷気自体がそういう性質だ。
氷嵐に吹き飛ばされながら、目を閉じてしまっている。
着地地点は……氷獄狼が受け止めようと構えてるな。
ローズも保護対象かよ……
それを確認すると、俺はまたヒマリに接近する。
今彼女の目の前にいるのはニコライ。
ライアンが復活できるかは分からないし、できれば彼がいるうちに俺も攻めたい。
そんなことを考えながら走っていると、2人の押し問答が聞こえてくる。
「私は本当に……君に罪悪感を感じている……」
「うん、いつも暴れた時に受け止めてくれてありがとう。
でも、もう疲れた。あの子達を見て、さらに疲れたよ……
だから、これだけ聞く。あなたにタイムマシンが作れる?」
「……」
「なら……もうどうでもいいの」
「すまない……!!」
"氷獄の舞-無明"
"雷鎚-ミョルニル"
ヒマリの優雅で寂しげな舞を、ニコライの重々しい鎚が受け止めている。
正直、何で振り遅れないのは謎だ……
「わたしはただ……帰りたい。それが叶わないなら……この国の未来なんて閉じてもいい!! みんな、凍えていろ!!」
「それでも、私は……!!」
雷……氷……
過酷な自然そのものである彼ら。
そんな彼らは己の過去に思いを馳せ、それを原動力に目の前の相手にぶつかっていく。
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