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化心  作者: 榛原朔
一章 支配の国
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63-芸術家の本懐

-ドールサイド-

ヴィンセントがアトリエを出たその数分後。

リューと共に室内で待機していたドールは、何故か突然立ち上がった。


その表情は、先程とは打って変わって緊迫感に満ちたもの。

だがその理由は、リューにはまるで感じられなかったらしく、彼は慌てて声をかける。


「お、おいどうしたよ?」

「ドールは行かなくては……おどおど」

「ヴィニーが待てと言ってたろ? 座っててくれよ」


当然リューはそれを止めようとする。

立ち上がったドールの目の前まで歩いていき、を落ち着かせようと肩を掴む。

どうやらひとまず座らせようとしたようだ。


「ドールは……ドールは……」


だがリューの意図に反して、ドールはさらに不安定になっていく。

顔を青ざめさせ、目が泳いでいる。

そしてやがて……


「退いてください!! おずおず」


"不安の仮面(ドール)"


ドールがそう叫ぶと、リューの後ろに人影が現れる。

ドール瓜二つの、だが無表情ではない怯えた表情をした少女が……


その2人目のドールが手をかざすと、突然リューは苦しみだす。

頭を抱えてしゃがみ込み、まるで悪夢でも見ているかのように。


「う‥あ‥‥あ‥あぁぁ……!!」


彼の心は、不安に染まっていた。苦悩に染まっていた。

見るも無惨に。

ドールはそんなリューの姿を数秒見つめると、ごめんなさいと呟いてアトリエをあとにする。


残ったリューは、しばらくその場でうめき続けるしかなかった。




~~~~~~~~~~




リューを行動不能にしたドールは、そのまま研究塔の真逆に向かう。

暴動も、火事も。その全てを無視して一心不乱に。


彼女を案内しているのは、先程リューを止めたのと同じくドール瓜二つの少女。

彼女達は、迷いなくその歩みを進める。


不安の仮面(ドール)、やはりあの方が?」

「は、はい。そう……です。い、います……あの、怖い人が」

「やはりまたご主人様……シリア様と戦っているのですか?」

「は、はい。ド、ドール達が……な、何故か解放してしまった……か、から。シ、シリア様は……また」

「ドールは……」


彼女達は、1人は無表情、1人は不安の表情をしながら目的地へと向かった。




~~~~~~~~~~




しばらく走り、ドール達が辿り着いたのは少し広めに作られた広場だ。

生け垣や噴水など、芸術的に飾り付けられた美しい場所。

そして、そこにいたのは……


「シリア様!」

「少女……!! 何故ここに……!?」


憤怒の形相で立っている画家……シリアだった。

彼は一瞬驚愕していたが、すぐに表情を引き締めドールを問い詰める。


「家で大人しくしていなさいと言ったはずだよね?

何で来てしまったんだい? しかも呪いを……」

「すみません。でも、ドールがあの男を忘れて開けてしまったから。その責任は……ドールが」


そう言うと、ドールはシリアの先にいる男を見据える。

シリアと同じように、絵の具で汚れた白衣を身にまとっている髭面の男だ。

背はシリアよりも10センチ程高いが、その表情は逆で邪悪さを感じさせている。


「久々に俺の人形で絵を描けるなぁ……楽しみだぁ」


彼はそう言い顔を歪ませる。

果てしなくおぞましい笑顔……


それを見ると、シリアは苛立ったように言葉を荒らげた。


「ふざけるな!! お前を近づける訳がないだろ!!」

「おーおー……まだ俺の芸術が分かんねぇかぁ。

哀れだなぁ」


"美の探求者(ルカ)"


それを聞くと、シリアはすぐに攻撃を始めた。

小さなキャンバスに素早く絵を描き、その絵に描いたものを吸い込み始める神秘の絵を男に向ける。


"永遠を描くキャンバス"


「もう封印されんのは懲りてんだよなぁ。

時に人形ぉ……怯えてるなぁ?」


"感情芸術家(デイモス)"


だがそれを見ると、男もまた折りたたみ式のキャンバスを広げ始めた。

少し吸い込まれかけながらもドールに筆を向け、君の悪い笑顔でその様子を絵に描いていく。


"怯えの水色"


その完成形は泡。

キャンバスから溢れてくる泡は、ふわふわとドール達に向かっていく。


「ほうらぁ笑えよぉ。当たったら泣けるけどなぁ」

「絵が変わった……!!」

「俺はぁ弱点を知ってるんだぜぇ? お前が描いた絵にぃ、大きな変化が生まれるとぉ吸い込めないぃ」


シリアの声に、男が勝ち誇る。

どうやら、泡が現れたことはシリアの絵に大きな変化を与えてしまったらしい。

絵に向かって移動させられていた男の動きが止まる。


「だが絵を描き続ければ……」

「焦っているなぁ。良くないなぁ。

焦燥感はぁ己の身を滅ぼすぜぇ」


"焦りの茶色"


「ぐぅ‥」

「シリア様!?」


男が絵を描くと、シリアは右手を抑えて苦しみだす。

左手の隙間から覗く肌は、少し茶色がかって異臭を放っているようだ。


「焦るなぁ、焦るなぁ。腐っちまうだろぉ」

「っ、ドールが‥」

「人形にはぁ怯えだぁ」


シリアの様子を見て前に出たドールだが、その瞬間泡が彼女に降りかかる。

すると彼女の体は震え出し、立っていることすら覚束ない。


「うっ‥うっ」

「あぁ恐怖してるなぁ。それにシリアは怒っているぅ。

痛いのを我慢してぇ怒っているぅ」


"恐怖の緑"


"怒りの赤"


"痛みの赫"


男が絵を描くと、キャンバスから炎が吹き出す、シリア達に向かって赤い刃物が押し寄せていく、緑色の奇妙な風が吹く。

どれも、明らかに受けてはいけないものだ。


「痛みもぉ怒りもぉ恐怖もぉ、どんどん伝染していくよなぁ。美しい感情だよなぁ」

「少女……」


"情動を生むキャンバス"


それを見ると、シリアはドールを押しのけ前に出る。

そして白衣の下から小さな絵画を取り出すと、それを苦しげに前に突き出した。


絵画から出てきたのは、美しいレンガ造りの壁だ。

まるで男からシリア達を庇うように、その間に立ち尽くす。


揺るがない丈夫さで、刃物も炎も風もその全ては壁を乗り越えられない。


「あぁあぁ、冷静だなぁ」

「お前はいつから……」

「俺はぁ元々のんびりしてただろぉ? ただの延長線上だぁ。……ていうかぁ、何百年も生きてんだぁ。

多少はおかしくても大目に見ろよぉ」


"冷静の青"


男はそう言うとさらに絵を描く。

今回出てきたのは、塔を乗り越えていく氷だ。

後から後から押し寄せるので、徐々にシリア達に迫っていく。


「見えてる範囲なら……」


"永遠を描くキャンバス"


シリアは素早くその風景を描き、それを吸い込み始める。

だが、男も描き続けているのでその量が減ることはない。


「拮抗するか……」


不安の表情をしたドールは、その苦悶の表情を見るとおずおずと声をかけ始める。

そして、それに誘発されたように無表情のドールも……


「シ、シリア様。ド、ドールが……」

「ドールがあの男を倒します」


だが、それはシリアが容認できるものではなかった。

すぐに彼女達に顔を向け、反対の言葉を口に出す。


「駄目だ。僕には君を守る義務がある。危険に晒す訳には……」

「もう、手遅れです……イライラ」


"怒りの仮面(ドール)"


ドールがそう言うと、彼女の前にはさらにもう一人のドールが現れた。

表情を怒りで染め、燃えるような視線を壁の向こう側に。


「任せろッ!! 怒りの仮面(ドール)があの異常者を叩きのめしてやるぜ!!」

「任せました」


3人目のドールは、そう言うと壁を乗り越えていく。

男と戦うつもりのようだ。

それを見ると、シリアは苦しげな表情でドールに問いかける。


「記憶は戻ったのかい?」

「はい、多分戻りました。ドールの呪名は感情の仮面(ロキ)。ドールの心の代弁者」


ドールがそう言うと、さらに2人の分身が現れた。

1人はさっきのドールと似ているが、より黒い感情……憎悪に燃えた表情をしている。

まるで肉食獣のような殺意を秘めて……


"憎しみの仮面(ドール)"


「あの男が!! 憎い!! 殺して!! いい?」

「ええ。ですが憎しみの色には気をつけてください」

「分かってる。憎悪は暴走……ちゃんと制御するとも!!」


そう言うと再び壁の向こう側へと向かっていく。


そしてもう1人は、両目から涙を流しているドール。

体を震わせ顔を歪ませ、どこまでも悲しげにしている分身だ。


"悲しみの仮面(ドール)"


「またあんな人に会うなんて……悲しい……」

「そうですね。しかし、泣いてばかりもいられません」

悲しみの仮面(ドール)はあなたの悲しみ……

戦いに向いている感情じゃ……ないよ……?」

「大丈夫です。あなたも外に向かう負の感情だから」

「うん……もうあなたが泣くことのないように……殺すね……」


そう言うと、5人目のドールも壁を乗り越えていく。

泣いているからか、足取りはフラフラとしていて不安を覚えてしまう。

だが、それでも彼女は超えていった。


それを見届けると、ドールは最初に出てきた不安の仮面(ドール)に向き直った。


悲しみにはああ言えたが、不安というのは閉じこもっているような弱々しい感情。

少し迷いながら言葉をかける。


「あなたは……戦えますか?」

「ド、ドールは……と、遠くか、から……こ、心を壊すよ……」

「分かりました。よろしくおねがいします」


シリアは、それを聞くと懐からもう1つ絵画を取り出す。

小さいが力強く空を飛ぶ機械……ヘリコプターの絵だ。


"情動を生むキャンバス"


彼がそれを前に突き出すと、壁と同じように絵画からヘリコプターが現れる。

高さ3メートル程の、緩やかな曲線を描く乗り物。


「乗りたまえ。空からなら安全だろう」

「ありがとうございます」


彼らは速やかにそれに乗り込み、空からの攻撃を開始した。


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