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化心  作者: 榛原朔
一章 支配の国
68/432

62-忘却の中起こる暴動

-ヴィンセントサイド-

研究塔が崩れ去ったその瞬間。

アトリエに残ったヴィンセントとリューもまた、その音を聞き異変に気がついた。


「何だ何だぁ!?」

「……この街で、大きい何かが崩れたような感じだね」


慌てて腰を浮かすリューとは対象的に、ヴィンセントは冷静に辺りの様子を伺っている。

至っていつも通り、確実な行動を起こすために観察を。


数秒の沈黙のあと、彼は立ち上がる。

彼らが感じ取った振動はそう遠くない地点で発生したもの。

ヴィンセントはそれを正しく読み取ったようで、速やかに次の行動に移った。


「この感じだと、研究塔かな。俺が様子見に行くから、2人はここで待っててね」

「お、おう」


ヴィンセントはそう言い残すと、速やかに研究塔の方向へと向かった。




~~~~~~~~~~




ヴィンセントは大通りに出てしばらくすると、唐突に立ち止まり、辺りを見回し物陰を伺い始める。

その理由は、建物が燃え盛っていたから。


と言っても、アトリエ周辺の木造建築は多くが無事だった。

だから塔が崩れるまで異変に気が付かなかったのだが、少し離れるだけで、その街並みは炎に包まれ始める。

そして同時に、そこかしこで暴動が勃発していたのだ。


塔の崩落だけでなく、これもまた明らかな異常事態。

彼はそれを見ると、慌てて近くの男達に駆け寄って止めに入ろうとし始めた。


「ちょっと、何してるんです!!」

「分かんねぇ……分かんねぇんだ……何も!!」


男達は、ヴィンセントの問いかけに決まってこう答えると、さらにその症状を悪化させる。

例えば近くに落ちている兇器を拾って振り回す、などだ。


もちろんヴィンセントはそれを止めようとするが……


「危ないですって」

「うるせぇ!! 俺は……俺は……こうしないといけないんだ!!」


男達が叫びながら兇器を振り回すので、彼は避けることに徹することになる。

かといって、流石に男達を攻撃するわけにはいかない。

ヴィンセントには、これを止める手段がなかった。


(これはどうすれば……)


暴動を無視する訳にもいかず、彼は思わずその場で立ち止まる。

しかも研究塔までの距離も、アトリエから近いとはいってもまだまだ先だ。

ローズ達の元へ急ぐか、暴動を止める努力をするか。

二つに一つしか選べない。


だが、彼がそんな状況に顔を歪めていると、さらに大きな騒音がその耳に入ってくる。

まるで()()()()()()()()()()()()()音だ。

しかも、その音は次第に彼のすぐ近くに。


「銃……ってまさか……!!」


彼が音がする方向を見ながら身構えていると、やがて飛び込んできたのは1人の老人。

そしてそれを追うように走ってくるマックスだった。


「マックス!?え、これどういう状況?」

「そいつを止めろヴィンセント!!暴動の元凶だ!!」

「っ!!」


遠くから叫ぶマックスの声を聞き、ヴィンセントは老人への警戒を強める。

老人は白髪に豊かな白髭、そして白い法衣のようなものを身にまとっているという、伝承に残る仙人のような見た目。

そしてさらに……


(……魔人だ)


ヴィンセントが感じ取ったのは、強大な負のオーラ。

全身白いのに、オーラは黒いというちぐはぐな光景だった。


「止まりなさい御老体」


至近距離にまで走ってきた老人に向けて、ヴィンセントはそう呼びかける。


当然彼は言葉で止まるとは思っていなかったのだが、老人は意外にも素直にそれに応じた。

走ってきたのが嘘かのように、その場にピタッと静かな静止だ。


(走っていた割には息が切れてない……)


「……なんじゃね?」


ヴィンセントが訝しげに老人を観察していると、老人は静かに笑みを浮かべそう問いかける。

追われていたはずが、至って冷静に。


だが、それは明らかに立場に合っていない。

ヴィニーはそれを無視して質問を返す。


「あなたは何者です?」

「ふむ。わしは質問をしたんじゃが?」


ヴィニーの質問に、老人はやはり冷静に答えた。

聞きようによっては……いや、追われている人間がこの状況で発する言葉ではない。

ほぼ確実に喧嘩を売っていた。


それには流石のヴィニーも苛立ちを隠せず、声を荒らげて問い詰める。


「いいから答えなさい!!」


そこに来てようやく。

老人は笑みを消し、敵意を露わにこう答えた。


「もちろん、わしは敵じゃよ。狩人に追われている通りに……な」


"流血の魔弾"


そのタイミングで彼に放たれたのは、マックスの銃弾。

神秘を纏った一撃で、年老いているなら一発で重症を負うであろう攻撃。


それは、老人の脳天を撃ち抜き……


「なっ消えた……!?」


老人は、頭蓋から血を吹き出し倒れた。

()()()()()()


「くそっ、またか」

「どういうこと?」


ヴィンセントは、直後に走ってきたマックスに思わず問いかける。

だが、まさに今振り回されていたのがマックスだ、

当然彼はその質問には答えられない。


「分からない。だが、目の前で暴動を扇動しているのは確認した。この国に入り込んできた悪意だ」

「悪意……」

「ニコライが言うには……な」

「なるほど……つまり今も同じように潜伏しているのかな?」

「いやいや。今も目の前におるじゃろう?」


彼らがそんな会話をしていると、辺りに老人の声が響き渡った。

この空間の、その全ての場所から聞こえてくるかのような響きで、反響のせいで居場所が分からない。


「目の前……」

「おっとすまんな。もう後ろじゃ」


その声と共に、ヴィンセントの真後ろからナイフが突き出される。

彼らの意識の外側から。小さく、だが確かな害意を持って。


「くっ‥」


直前で気づいたヴィンセントだったが、数メートル飛び退くことでどうにか掠るだけにとどめた。

腕を見てみると、服は大きく避けているが体には数センチ赤い線が入っているだけ。

戦闘に問題はなさそうだ。


それだけ確認すると、彼はすぐに老人に目を向ける。

すると老人は、楽しげ笑いながらヴィンセントに声をかけた。


「ホッホッホ。まさかあんなぎりぎりでも避けるとはの」

「あなたは……何なんです?」

「わしはただの眷属じゃよ」

「眷属?」

「そう、偉大なる母に生み出された神秘の子。

その1人がわし……レーテーじゃ」


"失念の霧"


老人……レーテーは、それだけ言うと辺りに霧を発生させる。

その霧は、数メートル先で既に何も見えないほどに濃い。

さらに……


「あれ……ここは?」

「俺は狩りをしてたはずじゃ……?」


レーテーの能力は、忘れること。

その霧を受けた2人は、レーテーの存在どころか自分自身すらも見失ってしまう。


その影響は凄まじく、当然お互いのことも忘れている。

戦闘中だということも忘れているので、レーテーを前にして穏やかに会話を始めてしまう程だ。


「あれ? あなたどこかで会いました?」

「……俺もそんな気はするな」

「わしもそんな気がするのぉ」


レーテーは、そんな2人を見て楽しそうに笑う。

攻撃の最中だというのに、まるで仲間かのように。


だが、目ざとい2人はそのわずかな違和感に反応した。

元々会ったことがある、というくらいの記憶はあったのだ。

見知らぬ老人がいて疑問に思わない訳がない。


すぐにレーテーから離れて警戒を強める。


「あなたが誰かは分かりませんが、知人ですよね?

共闘しましょう」

「もちろんだ。嫌な気配を……ってヴィンセント?」

「え? ……マックス何故ここに?」


気がつくと彼らは、レーテーから離れる内に霧から出ていた。

同時にほとんどの記憶も戻り、それが逆に大きな隙に……


「うぐっ‥」

「マックス!?」

「忘れられるのは悲しいのぉ」


放心してしまっていた2人に近づく影が1つ。

それは当然レーテーで、今度はマックスに対してナイフを突き立てる。


「お前は……!?」

「ホッホッホ。レーテーと名乗ったじゃろうて」

「そうだ……確か、暴動を扇動して‥」


"失念の霧"


マックスがそこまで言いかけると、再び霧がその場に充満する。

それを受けた2人は、再び記憶が消えていく。


「ここは……?」

「ぼんやりせんでくれ。わしとお話しとったじゃろう?」

「そう……だったか?」

「いえ、そんなこと‥」


今度のヴィンセントは、違和感を持ちはしたが敵だとの認識はしなかった。

そのせいで、レーテーが突き出すナイフを腹に深く受けてしまう。


「ぐっ‥」


ヴィンセントが呻きながら後退すると、何故かレーテーは霧を消した。


そして邪悪な笑みを浮かべながら、楽しそうに語りかけ始める。

見た目とは真逆の悪質さだ。


「良くないのぉ良くないのぉ。忘却の泉(アルコーン)を前にして、いつまでもそんな調子では死ぬぞい?」

「あなた……は……そうか、記憶ということはリュー達の親代わり……」

「わしはあの子らの記憶を消しただけじゃよ。

人聞きの悪いことを言わんでくれ」


"流血の魔弾"


2人のやり取りを聞き、敵と認識するや否や、マックスはレーテーに向かって銃撃を行う。

狩人らしい素早い判断だが……


「なっ消えた!?」


最初に脳天を撃ち抜かれた時のように、レーテーはその場で掻き消える。

霧とは違った、空気に溶けていくかのような不思議な避け方だ。


それを見ると2人は背中合わせに警戒を始めるが、どこを見てもレーテーは見つけられない。


ニコライとまではいかないが、どちらも相当な実力者。

そんな2人が、全力で探してなお見つけられないのだ。

思わずマックスの口から、苛立ちの言葉が漏れる。


「何なんだ、あいつは!!」

「分からない。分からなすぎる。記憶を消されるせいで観察もできない」

「わしの居場所を忘れたかの?」

「ぐぅぅ‥」


再び彼らはレーテーの居場所を思い出す。

今度は真横。ヴィンセントの脇腹をナイフが貫く。


彼はふらつきながらも、それ以上刺さらないように距離を取り……


"霧雪残光"


今回のヴィンセントは、レーテーの存在は覚えていたので反撃を試みる。

2箇所の負傷があるので、精度に頼らない連続技。

しかし、それでもレーテーは消えていく。


「ホッホッホ。戦いはわしに色々なことを思い出させる。

科学者に奪われたものを……」


ヴィンセント達の周りには、再び濃い霧が。

今度は壁のように動きを阻む。


「くそっ……恐ろしい相手だな」

「覚えていられないとはね……」


霧と共に消える記憶。

彼らは、攻略法の見えない戦いに身を投じることになった。

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