61-氷獣
氷の怪物達と戦闘を開始して数分後。
俺達は、既に彼らの特徴を理解しつつあった。
まず、こいつらを生み出したヒマリがいないと、そこまで頭を使った戦い方ができないということ。
これは、そもそも生物じゃないのだから当たり前だ。
彼らはただ単純にその体の兇器を振りかざすだけ。
厳しい相手であることに変わりはないが、討伐依頼の魔獣達よりははるかにマシだった。
そして次に、硬い……硬すぎる。
ニーズヘッグの鱗や巨人の筋肉も相当な防御力を持っていたのだが、彼らはそれでも生物だった。
それに対して、目の前の怪物は氷という無機物。
この国には鉱石として存在するものもあるようなので、魔獣よりも硬いというのもしょうがない。
一応ライアンの攻撃で、少しずつ削れてはいるんだけど……
"獣の王"
今のライアンは、獣の王でフェンリルの体にニーズヘッグの口の尻尾、そしてレグルスの光を纏うという最強の形態だ。
彼の相手は氷狼だし、同じような見た目だと不利になることはない。
ほぼ必中で繰り出される光速の牙や爪での攻撃、躱されているが炎を吹き出す蛇の尾などなど。
存分にその力を振るっていた。
それでも砕けないんだよなぁ。
俺は、氷獣達の硬さに辟易しながら剣で斬りかかる。
正直近づきたくないし弓で戦いたいんだけど、流石にライアンが手こずる相手に矢はちょっと……
通用する気がしない。
"行雲流水"
氷や瓦礫のせいで足場が悪いため、俺の力で一撃は難しい。
そのため流れるような動きで、悪路も攻撃も避けて剣を蛇の怪物にぶつけた。
斬る、と言えないのがもどかしいな……
攻撃の後、俺は当たり前のように弾かれて瓦礫に突っ込む。
……痛ぇ。
「すぐ立たないと危ねぇぞ〜」
「分かってる」
ライアンの言う通り、すぐに氷蛇は俺に向かって這ってくる。けど、避ける場所ねぇよ……
俺の周囲は氷と瓦礫に囲まれている。
流石に今からその壁に登っても間に合わないだろう。
それなら……
「しゃーねー、来い」
俺は覚悟を決めて、蛇に向き合う。
行雲流水で流されるか、水禍霧散で真っ向勝負をするか……はたまた霧雪残光で数うちゃ斬れるで行くか……迷う。
だが呑気にそんなことを考えていると、頭上から声がかけられた。
ないすだーチルー。
「いや逃げなさいよ!!」
「ハハッ助かったぜ」
空を見上げると、そこにいたのはもちろんローズ。
茨を道にしてやってきたらしく、チルと共にだいぶ上空にいる。
あれ……? 間に合うよな……?
一瞬、間に合わずに噛み砕かれる光景が頭をよぎったが、流石に杞憂だったようだ。
ローズは妖火を勢いよく下に飛ばし、氷の蛇に攻撃を仕掛ける。
"妖火-蛍火"
それを受けた蛇は、完全には溶けないまでも表面はドロドロ。その硬度をほとんど感じさせない見た目になった。
しかも、俺に向かってきていた勢いは止まるどころかよりスピードが上がっている。
これ以上のチャンスはねぇな。
"霧雪残光"
ナイフも取り出し、両手の武器を一心不乱に振りまくる。
まだ中心部分は硬いが、あとはもう勢いだ。
もうピクリとも動けないように粉々に切り刻む。
「ふぅ、助かった。ありがとな」
「はぁ……肝を冷やしたよ」
「運いいから死にはしねぇよ」
「そういう問題じゃないでしょう!?」
俺はいつものように運がいいことを主張するが、どうやらローズはそれも踏まえて怒っているらしい。
……これは後で絞られるか?
これ以上は神経を逆なでしないようにしよう。
だが今はもう一体の怪物退治だ。フーとロロも心配だけど……
見たところ彼女は1人だったが、一応見かけていないかは聞いてみるか。
「ロロ達は見かけたか?」
「あれ、運よく見つけてたりしないの?」
どうやらローズもそれを当てにしてきたらしい。
自分がチルと一緒なのに心配そうにしている。
「チルそこだろ」
「そっか……じゃあ私探そうか?」
ローズはチルに目を向けると、すぐにそう提案してきた。
うーん……
ここに氷獣は二体いるし、あと一体の巨人は流石にヒマリと一緒にいるような気がする。
暴動なんかでやられることもないだろうし、優先順位はヒマリかな。
「いや、あの2人なら大丈夫だろ」
「そう? ロロちゃん心配だけどな……」
そう結論付けて空に呼びかけると、彼女はしばらくして下に降りてくる。
どうやら相当後ろ髪を引かれる思いだったようだ。
まさか死ぬなんてことはない……よな?
ローズがそんな表情をしていると、こっちまで不安になってくる。
けど……
「どうしたの?」
ローズは俺の顔を見ると、さらに心配そうな表情で聞いてきた。
ライアンと違って、彼女はヒマリに会ったことがあるんだよな……少し話しにくい。
話さない訳にはいかないけど。
「……あの氷獣さ。ヒマリが作ったんだよ」
「ヒマリちゃんが?」
「ああ。だから、ロロ達には悪いけどこっちを優先したい」
「それってさ……大厄災ってこと?」
「そうだ」
ここまで話すと、流石にローズも迷いを消す。
消えた妖火を、再び周囲に生み出した。
「ライアン、妖火が行くから気をつけてね」
「オッケー」
"茨海"
"妖火-蛍火"
ローズは氷蛇にやったように、妖火を氷狼に向かって飛ばす。
その動きは大したスピードではないが、茨が周囲を囲むので回避はそうそうされないだろう。
だが決め手にはならないので、すぐに止めを刺せるように俺も急いで接近する。
茨が動きやすい足場になってくれているので、瓦礫も氷も気にならない。
「ライアンは後ろを頼む」
「任せな〜」
俺達は、連携を取りながら氷狼を包囲する。
茨は既にやつを覆っているので、あとは妖火が当たるだけ……
ガシャン!!
だが、氷狼は唐突に空高く飛び跳ねて回避行動を取った。
さっきまではライアンとじゃれ合っていたのに、妖火は危険だと判断するくらいはできたのか?
氷蛇が溶けているから、無理もないかもしれないが……
それは、空に漂っていた茨を足場にさらに妖火からの逃走を始める。
これを自由に走らせる訳にはいかねぇぞ……!!
「茨って空でも包囲できるか?」
「た、多分……」
かなり不安になる答えだが、今は信じるしかない。
俺は、氷狼が走っていく方向を見上げて後を追う。
囲ってくれないと、サイズ的に追いつける気がしないな……
しかもあれは、茨という小さな足場でも軽やかな動きを見せている。
捉えようとする茨まで使った大脱走で、あそこから下に向かえば今にも視界から消えてしまうだろう。
端的に言って逃げられそう。
逃げられそうなのに……何故かライアンが動かない。
しかも人型になってるし……なんで?
「ライアンどうかしたか!?」
「ん〜‥」
俺は焦って声をかけるが、彼はそれでもその場に立ち続けている。何なんだ?
だがなんにせよ構っていられない。
もう見失いかけているが、そのまま氷狼を追って運がよければ……
"獣化-スレイプニル"
「は?」
俺が今まさに見失うというところで、ライアンは急に能力を使った。
彼が今回使ったのは、能力としては初めてのスレイプニル。
当たり前だけど、俺達が討伐したやつと全く同じ姿だ。
そして、彼は気がつくと氷狼を追って遥か上空にいる。
いつだかのケット・シーの能力だと思うけど……
スレイプニルの瞬発力も相まって、ただ跳ねていただけの力なのに恐ろしい効果だ。
もう見えねぇ……
それを見ると、俺とローズも茨に運ばれて空を移動する。
正直走っていくのとそう変わらないが、上から探さないと場所も分からないからな……
「私達、蛇倒したけどさ……」
「うん?」
「ライアンだけで良かった気もするね」
その視線を追うと、丁度ライアンが氷狼を殴り飛ばしているところだった。
……確かに。
よく見るまでもなく、彼は全身が炎に包まれている。
その範囲は広くはないが、時間をかければ1人で倒せそうだ。
……時間をかければ。
「あの規模の炎じゃ2体は無理だろ」
「そうなんだけど〜……何か無力感がありすぎてさ〜」
気持ちはよーく分かる。
俺は、呪い的にほぼ全員に対して思っているし。
「けど、ローズはあいつ以上の火力を出せるだろ。
今回はライアンが消火できそうだし」
「そうだね。範囲は絞るけど……」
そう言うと、ローズは下に向かって妖火を放つ。
"妖火-送り火"
今回は、言葉通りちゃんと範囲を調整してくれたらしい。
そもそも気づかれないように茨が囲っているのもあるが、ヘルの時のような全てを燃やすほどの範囲ではない。
それでも中にいたら普通に死ねそう……
ライアンは自分で燃えてたし問題はない……か?
「ライアン大丈夫かー?」
「問題ねぇよ〜」
今更だが念の為聞いてみると、彼は煙すら意に介さずそう答える。
よく見えないが、どうやらまだ殴り続けているようだ。
丈夫すぎる……
数分後。
氷狼を倒しきったライアンが、炎のサークルから外に出てきた。
服も体もまるで燃えた跡がない。
まぁ纏っているものに燃やされる訳もないか。
「思ったより時間かかったな」
「そうなんだよな〜。光り方も蛇より強かったし」
理由は分からないが……倒せたならいいか。
どうせ大した事でもないし、それよりは次だ。
「俺はヒマリのところに行くけど2人はどうする?」
「もちろん行くぜ〜。心配だしな〜」
「私の炎は必須でしょ?」
一応確認してみると、2人共俺の目をまっすぐ見てそう言う。
ローズからは、私だってヒマリを放っておけないという意識も感じる。
頼もしいな。
「なら急ごう」
「お〜う……あっそうだ、俺に乗れよ〜」
急に何を言い出すんだ? とライアンを見つめていると、彼はさっきのようにスレイプニルに変身始める。
確かに2人でも3人でも乗れそうなほどに大きい……
それに馬は乗るものか。
"獣化-スレイプニル"
「でも場所が分かんねぇぞ」
「少しの間なら、空を走れるからよ〜」
本当に便利……というかずるい。
俺達は、ライアンに乗ってヒマリとニコライを探し始めた。
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