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化心  作者: 榛原朔
一章 支配の国
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60-科学の体現者

全てが凍てつく氷獄の中、この国の指導者はその目に、体に、神秘の光を宿した。

吹雪にもまるで動じないその立ち姿は、まさしく王者。

流石、科学者をまとめているだけあるな……


「クロウくん……すまない」

「俺は……あいつを殺せねぇよ、ニコライ」


ニコライのつらそうな顔に、俺はそう返した。


実力ももちろん負けているが、何よりも俺の感情がその邪魔をする。

ヒマリとの関わりは短い時間だったけど、きっと誰よりも心にしっかり入り込んできてた。そんな、大切な人。


だけど、それは俺だけじゃない。

多分ヒマリは、本気を出していなかった。

その殺意に、行動が伴っていなかった。

……最初からお互いに決着をつけられない相手だったんだ。


「私がけじめをつけるよ」


そう言うと、彼はヒマリに向かって歩み寄っていく。

こんな地獄の中でも、確かな足取りで。

やがてその足を止めると、ニコライは虚ろなヒマリの目の前に無言で佇んだ。


少しのためらいと、大きな覚悟を感じる。

俺はこれでいいのか……?


「……」

「何、邪魔するの?」

「何のだい?」

「何のだろうね……」

「……グレース・フレムニル。氷の女王。科学文明の子。

……許せ」


"伝導"


グレース……フレムニル……?

俺が聞き覚えのない名前に戸惑っていると、その間にニコライの体を電気が覆う。

氷雪を吹き飛ばすように、迷いを振りほどくように。

今までにないくらい眩しく、恐ろしいオーラだ。


それに応じるヒマリも、制服のスカートをなびかせ氷を纏う。さらに強く。さらに華麗に。

彼女は、瞬く間にその身を氷のドレスで包んでいた。


"氷の女王(ヴィルジナル)"


さらに、その周りには数十の氷の剣が舞っている。

氷雪が閉じる科学(ニヴルヘイム)も相まって、この場は彼女の支配下にあるかのようだった。

だが……


"電磁場"


その氷獄の中。

ニコライの立つほんの僅かな空間が、かすかな光を放つ。

それは、彼の生き様を象徴するかのよう。

弱々しくちっぽけで、だがそれでも抗わんとする強い意志の光。


「私は……この国を開く。氷を溶かす。

君に理解しろとは……言わないよ」

「私はこの国を閉じる。氷を不変のものにする。

あなたもこの意味は分かるよね」


お互いに主張をぶつける。お互いに神秘をぶつける。

俺の目の前には、氷雷の世界が広がっていた。





戦いが始まるとすぐに、ニコライは迷いを消した。

歪めていた顔を無表情にし、視線だけで殺す気かというほどの圧を放つ。

そして、その両腕には……


"ヤールングレイプル"


光速の拳。輝かしい神秘。

美しく、そして恐ろしい雷を宿していた。


そうして彼は、一体誰が受けられるんだ……? と引いてしまうほどの猛攻を繰り出す。

俺なら見えもせずに死ぬし、ライアンでも死にものぐるいでやっと防げるような攻撃……


だが、ヒマリはそれをいともたやすく防いでいく。

ほぼ同時に遅い来る拳を、同じくほぼ同時に繰り出す剣で。


"薄氷の舞-無明"


2人共人外すぎるだろ……


「機械はもう壊れてる。手遅れだよ」

「問題ない。アレクがいれば、すぐにでもまた出来上がる」

「意外と冷静じゃないね」

「何……?」


ヒマリは、俺にやったように言葉で揺さぶりをかけると、氷の分身を盾にその場を離れる。

見た目そっくりだ……すごいな。


「この塔で、あなたが長い年月をかけて完成させた装置。

それを、あなたの信奉者が黙って壊させてくれると思う?」


ニコライは、その言葉を聞くと再び表情を強張らせる。

信奉者って……アレク?


「彼に……手を出したのか……?」

「あの人が死ねば、神秘での製造はできないでしょ?」

「ああ……正しい。君はことごとく正しいよ……」


アレクが死んだ……

そんなふうに俺が呆然としている間に、ニコライはさらなる攻撃の準備を整える。

この場で一番つらいだろうに、それでも彼は信念のままに。


「充電……完了。交流を開始する……!!」


"雷轟万華"


ウォーゲームで俺達を蹴散らした万の雷。

それは辺りの吹雪を引き裂き、ヒマリに押し寄せる。

だが……


「……効くわけないじゃん」


ヒマリは一言そう呟くと、氷でできた怪物をその場に生み出した。

全身を白く輝かせ、冷気を辺りに放出している巨大な狼……

明らかに質が違う。


"氷獄狼ヴァナルガンド"


それは大きく口を開くと、押し寄せる全ての雷を飲み込む。

まるでその口に引き寄せられているかのように、綺麗にその全てがだ。


「本気の君は、これほどの力を持っていたか……」

「それは大厄災を舐めすぎだよ。

だから溶かすなんて言えるんだろうけど」


やがて雷が全て狼の口に消えると、ヒマリはさらに2体の怪物を生み出す。


"氷獄蛇ミッドガルド"


氷鱗が光を反射させている、靭やかな巨大蛇……


"氷獄姫ニフルヘル"


ヒマリと同じく、氷のドレスを身に纏った美しい造形をした巨人……


俺達が今まで討伐してきたような獣達。

それと似たオーラの神秘だ。


そして……


「っ……!! まさか塔を……」

「崩すよ。狭いからね」


凍って脆くなった純白の塔が、本来の強度を失い崩れていく。

しかもそれだけでなく、追い打ちをかけるように蛇が締め付け、狼が噛み砕き、巨人が叩き割る。


どこまでの冷気が出せるんだ……既に俺の体も凍ってしまって動けないし……


「はぁ……はぁ……ヒマリ……」


俺は、かろうじて絞り出した声でヒマリに呼びかける。

ちゃんと届く気はしないけど、それでも……それでも問いかけずにはいられない。

お前は、自分もろとも鏖殺しようとでもいうのか……? と。


「誰よりもお前が……命を……」


俺と同じように、自分ただ一人の生き残りであるのなら。

苦しくても。死にたくても。

命を粗末にするのだけはあってはいけないはずだ……!!


誰よりも死に苦しめられている俺達は……

誰よりも死を否定しなければいけないはずだ……!!


「……大丈夫。私は、科学者しか狙わない」


そんな言葉とは裏腹に、塔は崩れた。

俺もニコライも。ポッドで眠る仲間達も、塔の中の科学者達も。


その全てを巻き込んだ大崩落は、科学の象徴である研究塔を地に落とした。




~~~~~~~~~~




ガシャン!!


「ぐ……生きて……る?」


俺達がいたのは、塔のもっとも高い位置にあった天文台。

そんなところから放り出されたら、絶対に助からないと思っていたが……


どうやらまた凍りついていたおかげで助かったようだ。

少し意識が途切れているが、落下の衝撃が全部氷にいったのうなので確かだろう。


あいつはやっぱ優しいな……って、ならみんなも……!!


俺よりも分厚い氷に包まれていたのだから、きっと助かっているはず。

俺はそう思い辺りを見回す。

するとすぐ近くに……


「うぐ……さ、寒〜……」


ポッドの残骸の前に、体を縮こませたライアンが座っていた。無事だったか……


「ライアン!!」

「おうクロウ〜何でこんな寒いんだ〜?」

「氷の魔人と戦ってたんだ」

「ん〜‥」


俺がそう言うと、彼は目の前の残骸を見る。

ていうか、なんか氷の怪物もいるんだけど……


丁度目の前を這っていたのは、氷でできている蛇。

確か……ミッドガルドだったか。


「何だよこいつ〜‥」

「この前言った友達が……作り出した氷の怪物だよ」


どこかニーズヘッグを彷彿とさせる巨大な蛇は、俺達に気づくと甲高い音を鳴らしながら近づいてくる。

怖気立つくらいに視線を感じるし、ヒマリの言葉とは違って敵意もあるぞ……


「敵になっちまったのか〜?」

「……そうだ」

「……いつか分かり合える日もくるさ。気をしっかり持てよ」

「普通に話せるんだな」


珍しく優しげな声だったので思わずそう問いかけると、ライアンはなっはっはと豪快に笑う。

どこまでも明るく、どこまでも優しいやつだな……

兄貴みたいだ。


……そうだな。落ち込んでいても仕方がない。


「でもま〜それより現状打破だよな〜」

「ああ。ここ以外も騒がしいし、後ろからも接近してくるやつがいるしな」


俺達が今いるのは、研究塔跡地。

研究塔倒壊という大事件が起きた現場だが、何故かその他の場所……街中からも叫び声が聞こえてきていた。

もしかしたら、ヒマリが他にも何かしたのかもしれない……


だが、それ以上に今の俺達は危険な状態だ。

前方からは這ってくる蛇。

そして後方からは、瓦礫を踏み潰しながら駆けてくる狼だ。


それは俺達の十数メートル先で立ち止まると、無言でこちらを睨んでくる。

恐ろしい……


「二対二はきついな〜」

「できればローズも見つけて戦いたいな」

「運頼むぜ〜」


"幸せの青い鳥"


こういう時は、道標だよな。

俺は、素直に出てきたチルを上空に向かって羽ばたかせる。

そこまで時間はかからないと信じたいところだけど……


「ひとまず凌ぐぞ」

「おうよ〜」


俺達はローズ達を探しながら、氷獣達との戦闘を開始した。

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