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化心  作者: 榛原朔
一章 支配の国
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59-氷蝕の権化、望郷の狂人

彼女の中にあるのは、消えることのない孤独感。

彼女が望み続けるのは、得ることのできない平穏。


既に滅び去った世界で、既に全てが変わった世界で。

彼女はただただ過去にすがる。


家族を求め、友を求め。

涙を凍らせ、心を凍らせ。


叫び続けた彼女は大厄災。


帰ることのできない故郷を望み。

元凶となった科学を憎み。


閉ざされた世界にて、永遠の氷蝕を彼の国へ。

選択の時は、今……




~~~~~~~~~~




俺が仮想空間から出ると、変わらずそこには密閉空間があった。

右手にあるのは災いを穿つ茨弓(ボルソルン)

消えないのは嬉しいが、どういう理屈で残ってるんだ?


そんなことを考えながら、1番上にあるボタンを押して外に出る。

どれくらい時間が経ったのかは分からないが、体を伸ばすのはとても気持ちがいいな……


「ヘックシ!! ……何だ? 入る前は暖かかったはずなのに」


体を伸ばした瞬間に感じたのは、凍りついてしまいそうなほどの冷気。

そして……


「吹雪……」


天文台の外は、ただ白かった。

朝は見えていた街どころか、空も見えない。

これは吹雪というより猛吹雪だな……


この場所は機械のおかげでパラついている程度だが、何故それだけで済んでいるのか不思議なレベル。

外に立ったらそれだけで吹き飛ばされてしまいそうだ。


「山の天候は変わりやすいってことか……?」


あまりの荒れ具合に思わず呟く。

この目で見ても信じられないな……

そんなことを思っていると、後ろから声がかけられた。


「確かに山の天候は変わりやすい。

でもね……これは私の攻撃だよ、クロウ」


振り返って見ると、そこにいたのは淡い髪をなびかせた制服姿の少女。


騎士服でも白衣でもないし、他に同じような制服の人も見たことがない。

それでも何故か制服だと思える……そんな不思議な統一感を感じる服装の少女だ。


「……ヒマリ」


周囲を見てみると、そこにあるのは氷漬けになったポッド。

そしてその中心に立つヒマリは、今までにないオーラと殺意を放っていた。


圧倒的な……今まで出会った大厄災達と同レベルの力だ。

彼女も……俺が殺すと決めていた存在なのか……?

誰よりも俺と通じ合える彼女が?


「運がいいね……次はクロウのポッドだったんだけど」

「俺も……殺すつもりだったのか……?」


俺は、仲良くしていたつもりなのに何で……とかなりショックを受けながら質問する。

それに答えるヒマリは、いつもと違い氷のような無表情だ。

初対面で少しだけ感じた暗さでもあるが……


「神秘は氷漬けにしただけじゃ死なないよ。

いつかの未来へ、穏やかに旅立つだけ」

「死んでないなら……割れば起きるのか?」

「そうだね。別に今さら割っても、私の目的はほぼ達成してるし好きにすれば?」


よかった死なない……それに、割ってもいいってことは敵じゃない……のか?

ならニコライはともかく、俺はヒマリと戦わなくて済む。

また、お前と話せる……


俺はホッと息を吐きながら腰から剣を抜き、まずはニコライの入っているポッドに……


「っ!!」

「邪魔しないとは言ってないけどね」


"氷剣グラム"


だが俺が足を踏み出した瞬間、ヒマリもまた俺に向かってきていた。

氷のように透き通った剣を片手に。

殺すことも厭わないと言わんばかりの目で。


シンパシーを感じたんじゃ……友達じゃなかったのかよ!!

俺は、心の叫びを彼女にぶつける。


「何で!!」

「この国が氷漬けであり続けるために」


俺は全く知らなかったのだが、どうやらヒマリは剣術ができたらしい。

受け止めた後も、そこで止まらず上下に揺さぶりをかけてくる。心にも響く攻撃だ。


そして俺の振るう剣も、氷が足を滑らせてしまうように逸らされてしまい、捉えどころがなかった。

隙がなさすぎるし……どうやら構えも動きも型がありそうだ。


「それは……氷を溶かす機械が完成したからか?」

「そう。私はあれを壊しにきたんだ。

だけど、丁度ニコライが無防備だったからついでに殺しておこうかと思ってね」


ヒマリはついで、と言いながら冷え切った目を向けてくる。

心が……痛い……

密かに精神的ダメージを受けながら、俺はどうにか剣を捌く。


死にそうだし助けはこないし……

けど目的をほぼ達成してるってことは、マキナが説明してくれてた機械は壊れたってことか?


今俺がするべきこと……

少し考えて結論付ける。


ヒマリが何故この国を凍らせたままにしておきたいかは分からない。

けどニコライを狙うってことは、殺されたら二度と溶けることはないのだろう。


なら殺らせる訳にはいかない……!!

友達でも……殺す覚悟で戦う。さっきのは……甘えだった。


「俺はこの国を深くは知らない。

けど、どちらの選択肢も取れるようにニコライは生かす。

お前を……殺してでも!!」

「なら、孤独に死んで……」


そう言うと、ヒマリの剣閃が激しさを増す。

上下左右から、俺の喉元に吸い込まれてくるような連続突き……


"薄氷の舞-無明"


「うぉらっ!!」


"霧雪残光"


神秘によってほぼ同時に襲いかかってきた四閃だが、霧のように細かな剣技でどうにか防ぐ。

それでも少し掠ってしまったのは、ヒマリの実力が圧倒的だからか……


「……ごめんね」

「謝るなら……やめてくれよ!!」


"フィンブルの冬"


「ぐっ‥」


行動と矛盾した言葉。

それと同時に放たれたのは、塔の外を吹き荒れる猛吹雪だ。


一瞬で凍りついてしまいそうなほどに冷たく、そして何故か眠くなる……これのせいで誰も起きてこないのか?

つまり……寝たら死ぬ。


「寝るか……よ!!」


どうせすぐに凍るなら、自分で腹を刺しても問題はねぇ。

無理やり意識を覚醒させ、その場から飛び退る。


床も凍りついていて滑るが、むしろ離脱は簡単だ。

少し回転しながら手近なポッドによっていく。

動きは止まったけど……これ以上の移動はきついか?


"氷弓ミスティルテイン"


そんなことを考えてる場合じゃなかったな。

冷静にならないと……

彼女は氷の剣を消し去ると、今度はその手に氷の弓を生み出した。


どうやら凍った床では彼女も動きづらいようだ。

手慣れた動作で、俺に照準を合わせてくる。

……まぁ当たり前か。


「弓矢勝負なら……負けない」

「どうかな」


俺も素早く剣を仕舞うと、災いを穿つ茨弓(ボルソルン)を構えて狙いを定める。

どんな嵐の中でだって、俺の弓矢は必中だ。

吹雪で揺れる弓を押さえつけ、渾身の一矢を。


"必中の矢(ゴヴニュ)"


"薄氷の舞-浮鳥"


俺の放った一本の矢に対して、ヒマリの放った矢は花開くような数多の矢。

それは剣の時と同じように、俺をめがけて収束し……


「くそっ」


矢は狙い違わず、俺がさっきまでいたところを次々と撃ち抜いていく。

信じられないことに、俺の運以上に精度がいい。


だが、当然それだけではない。

その威力も恐ろしく、突き刺さるやいなや、氷が花開いてその辺りを引き裂くというゾッとするもの。

金属でできているはずのポッドは、見るも無惨な姿になってしまっている。


俺にあれを食らわせるつもりだったのかよ……泣きたくなる。

そして、俺の必中はというと……


"氷盾スヴェル"


完璧にその軌道を塞がれ、凍りついている。

硬い盾が広範囲を守っているので、運が絡まなかったようだ。当たらなかったのは、よか……悔しいな。


それを防いだヒマリの左手には、これまた氷でできた美しい盾が装備されていた。

そして、右手には氷剣グラム……

あっやべ。


「ちょまっ」


ヒマリは俺に向けて氷の足場を伸ばし、その上を軽やかに飛んでくる。

重力をまるで感じさせない……羽があるのかと勘違いしてしまいそうなほどだ。


移動手段あったのかよ……!!

彼女は一息で俺の目の前に降り立つと、その剣を振り下ろしてきた。

今回は縦に連撃……


"薄氷の舞-氷雨"


"行雲流水"


無明はいきなりで掠ってしまったが、待ち構えてならどうにか受けられる。

けど、ここまで細かいものを逸らすのは背筋が寒くなるな……


「いい感じだけどまだ足りない。もっと殺すつもりで……ね」

「何で……そんなふうに言えるんだ!!」


もしかして俺に揺さぶりをかけているのか?

それなら大成功だよ、ちくしょう!!


俺は一回一回のやり取りで、自分でも分かるほどに動揺している。

今も、続くヒマリの攻撃が上手く防げなかったくらいだ。

それでも運良く致命傷にはならないが……


「気持ち的にも、能力的にも……殺しにくいね、クロウは」

「だからっ……!!」


やめてくれ……

何で……気持ち的にって……


「この世界で初めて会った、私の理解者」

「やめろ……」

「この世界で初めて感じた、親愛」

「やめてくれ……」


お互いの剣がぶつかり合う中、ヒマリはなおも俺の心に攻撃を仕掛けてくる。

少しずつ、自分も苦しそうな表情をしながら……


次第に連撃の精度が落ちる。

次第に剣を振るうスピードが落ちる。


だが……決して止まりはしない。

延々と、その剣戟は輝き続ける。


「……つらい」

「俺だって……」

「……悲しい」


止まらない……止まらない……止められない……

彼女は涙すらも凍りつき、それでも溢れるものを押し留め。

心が……叫んでいた。


「寂しい……会いたい……」

「思い出したい……」

「見たい……聞きたい……」

「話したい……」

「帰りたい……」

「……何で、私だけ」「……何で、俺だけ」


生き残ってたんだ……


「あぁぁ‥‥」


"氷雪が閉じる科学(ニヴルヘイム)"


俺達が最後に切り結んだ、その瞬間。

眠りの冬を超えた、滅びの世界がやってきた。


天文台の、その全てが凍りつく。

ポッドや床だけに留まらず、巨大な筒、小さな歯車付きの筒、白塗りの立派な建物、壁、天井。

俺自身も、その氷獄に吹き飛ばされ……


「やっぱ運がいいな……俺だけは」


その先にあったのは、ニコライが凍りついているポッドだ。

こんな状態で起きるかは分からないけど、多分起きるんだろうな……


"霧雪残光"


雪を……氷を……砕け。

かすかな残光よ……至光に戻り、光り輝け。


俺が砕いた氷は、案の定その中心から太陽と見まごうばかりの輝きを放った。

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