57-依頼の完遂
スレイプニルは、全員の猛攻を受けてもまだ原型を留めていた。
燃えて、切り裂かれて、息絶えてもその神々しさは損なわれていない。
特殊能力はなかったけど、あの丈夫さは羨ましいな……
ライアンは人型に戻ると、そんな神馬に手をかざす。
「お〜っし回収完了〜」
どうやらスレイプニルの力も手に入れたようだ。
あの丈夫さも瞬発力も手に入れたのなら、いよいよ強くなりすぎてる気がするな。万能すぎる。
「ほんっとズルいよなー」
「オイラなんて戦えもしないしさー」
「俺も運いいだけだしな」
「そう言うなって〜。幸運も仔猫の補助能力も〜、リューの使いやすい風も俺にはねぇよ〜」
確かにほとんど近接戦闘特化ではあるけど……
一応大雑把でもニーズヘッグの炎、威力は低めだけどケット・シーの様々な神秘がある。
やっぱりズルいよな。
「それでも幅広い力がありすぎだろ」
そう言うと、ライアンはいつもより少し悲しげな表情をして言葉を続ける。
「その分役に立つからよ〜。
まぁそれはともかく、早くアトリエ行こうぜ〜」
「そうだなー」
……少し言い過ぎたかもしれない。
ライアンにもシルとの話はしたし、その場で一緒に戦ってくれると言ってくれた。
別行動していた時も今も、そのために強くなってるならさっきのは惨い。
「ライアン、悪かった。俺達も負けないように頑張るから」
「なはは、気にすんな〜。俺は昔からそうだからよ〜‥」
俺が謝ると、彼はいつも通りあかるく笑う。
この和やかさに甘えずに頑張らないと。
……それにしても桁違いなんだよな。
ニコライとだって、最初から全力なら勝ってたと思う。
仲間内でもローズくらいしか張り合えなそうだし……
そんなことを考えながら、俺達はバースのアトリエへと向かった。
~~~~~~~~~~
俺達がアトリエに着くと、ローズはまだドールをなだめていた。
ドールの顔に涙の跡は全くないが、視線に落ち着きがない。
多分涙を出して泣けないだけで、内心泣いていたりするんだろうな。
2人がついていても落ち着かないのはどうしたらいいのか……
そう頭を悩ませながら近寄ると、ローズが顔を上げて迎えてくれる。
「依頼はどう?」
「無事完遂したぜ〜」
「そっか‥じゃあ報告に行かないとだね」
ローズは少し気を張っていたようで、いつもより疲れた様子でそう言う。
神秘にとって精神的な疲れは致命的だな……
「2人は休んでていいぞ。報告もドールのことも、俺達でやるからさ。……ところでヴィニーはどこだ?」
アトリエ内に姿が見えなかったので聞いて見ると、どうやら2階のキッチンで料理をしているらしい。
時計を見てみると、既に13時を過ぎている。
遅いくらいだけど……ドールを落ち着かせるのにも丁度良いだろう。
でも、あいつにしては遅すぎるよな……まぁいいか。
「なら取り敢えず、報告は俺が報告行くから」
「1人?」
「んー‥ついてくるにしてもライアンくらいだろ?
戦闘もないし、こいつには神馬戦で頼り切りだったし、1人で十分だ」
「なんだよ〜俺も休めって〜? 水くせぇな〜。
俺の体力は無限だぜ〜?」
俺ほどじゃないにしろ、こいつも吹き飛ばされてたはずなんだけどな……
でも元気だってんなら一緒に行くか。
アトリエに全員いたってしょうがないし。
「そうだな、じゃあ一緒に行こう」
「そうこなくっちゃな〜」
俺はローズを2階に上がらせると、ドールをフーに任せて研究塔へと向かった。
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アトリエから研究塔までは、だいたい15分程で到着できた。
タクシーという物を使いはしたが、中々いい立地だなと改めて思ったくらいに近い。
馬車だとどれくらいかかるんだろう……
「楽だな〜‥」
「そうだな〜‥」
あ、これちょっとまずいかも。
明らかに2人して気が抜けている。
そう思い、頬を叩いて気合を入れ直す。
「よしっ、行くか」
「お〜し行くか〜」
俺達はいつものようにロビーを通り抜け、エレベーターに乗り込んだ。
そういえば、研究塔のどこに行けばいいかは聞いてないな……
ふとそう思ったが、エレベーターには乗ってしまったし今さら聞ける人はいない。
うーん、依頼って結局誰が出しているんだ?
俺達は少し迷ったが、最初のようにマキナの部屋に行くことにする。
もしかしたらニコライの方がいいのかもしれないが……
というか政務はニコライだったか?
でもマキナは、あれでも一応王だと言うし……
面倒くさい国だな。
そんなことを考えながらも、既に目の前には赤い重厚な扉が。何気に1番来るのが簡単な部屋だ。
「ここで良かったのか〜?」
「まぁ……王なら間違いないだろ」
そうだな〜、という返事を聞きながら俺は扉をくぐった。
その部屋は、前回来た時よりもごちゃごちゃしていた。
煌めく鉱石や光を放つ鉄板、大小のコードなどが散乱していて、足元に気をつけなければ歩けない程だ。
上を向いていたら絶対こける。
鉱石や鉄板の光のおかげで明るさは増しているが、その数倍は汚くなるのはいかがなものか……
でも暗いよりはいいのかな?
俺はそんなことを考えながら、苦労してマキナの元へと向かう。
彼は相変わらず机にかじりついているようだ。
よく飽きねぇな……
「マキナさん? 依頼が終わったから報告に来たんだけど」
「氷煌結晶……観測十分……加工工程……」
彼は何やらブツブツ言っていたが、声をかけてしばらく待つと俺達の方を向く。
一応聞こえてはいたようだ。
「……依頼達成……了解した……明日……この塔内での……再戦を手配しよう……では……また……」
彼はそう言うと再び机に向かい始める。
だが、俺達にとっても何日もかけてこなした依頼だ。
何してるかくらいは聞きたいな……
そう思ったので聞いて見る。
「ちなみに、依頼にはどんな意味があったんだ?
例えば鉱石とか」
「氷煌結晶は……核だ……。
この国を覆う……氷の影響で……生まれている……鉱石……。
氷の神秘を使う……仲を取り持つ……かもしれない……。
巨人は……その鉱石を採るのに邪魔……。
蛇は害獣……馬は……厄介な幻想……」
……意外にもブツブツと説明はしてくれた。
だけど、お世辞にも分かりやすいとは言えないな。
相殺……炎の聖人がいないからか?
「それから……魔人の神秘を……参考に……マイナスのエネルギーを……親和させ……広める……。
ニコライの……電気も……熱や……波を……広げる……」
「わ、分かったよ。もういいよ」
「マイナスって何だ〜?」
「おいバカ!!」
俺は、呑気にそんなことを聞き始めるライアンを慌てて小突く。
正直、全く理解できないのに聞く意味など感じないのだ。
余計な雑念にも……なるかもしれない。
だがライアンはワクワクが止まらない、といった表情を見せているし、マキナも満更でもなさそうだ。
相変わらず生気はないが、目が生きている気がする。
うん……手遅れだった。
彼はそのまま、珍しく椅子から立ち上がってこちらに近づいてくる。フラフラとした足取りで、少し怖い……
「同じ神秘でも……聖人と……魔人では……まるで違う……」
そしてそのまま、彼はこの国での研究の話をしてくるのだった……
ほとんど理解できなかったが、内容としてはこうだ。
電子や原子には正と負があり、それは神秘にも通じるところがある。聖人は正の力で、魔人は負の力。
それらは電子などのように、完全に反発するとまではいかない。
だが呪いと祝福としてではなく神秘の正負や粒として見ると、やはり違いはあるのだという。
分かりやすい例で言うと、力の強さ。
どちらも結局は神秘であり便利なものだが、大抵魔人の方がその力は強まる。
そして方向性の違いからくる、性格的な反発。
同じようで微妙に違う……ということで、正負の神秘で見る科学では上手く2つは馴染まなかった。
しかもこの国の氷や冷気も、自然にあるものとはいえ決して正の力ではなく、強さ的には負の力と言えるらしい。
ただ祝福で砕くだけでは全て溶かせないし、国も荒れる。
それに今ある電気などの熱は、ニコライやマキナといった聖人が生んだものだ。
普通の科学も神秘には届かないので、どうにもうまく溶かせない。
そこで、密入国した実験体の出番だ……っておい。
「依頼は受けたがモルモットにはなってねぇぞ!!」
「……魔人の神秘を観測し……細胞を採取し……」
思わず抗議するが、マキナは俺が存在しないかのように話を続ける。何だこいつ……
ともかく、研究に負の神秘を取り入れたんだと。
馴染まない2つを観察し、似たような部分を見つける。
そして、負寄りではあるがあくまでも自然の神秘、氷煌結晶を中心に据えてどうにか2つを繋ぎ止める。
負の側面も持ったことで氷の芯にまで熱が届くのでは……?
ということらしい。
そもそも電子とかも分からねぇけど、そんなに助けになったのなら無条件で開放してほしいもんだ。
「なはは〜わっかんね〜」
「アレクの学びと創造のおかげで……時間は短縮できる……
王種討伐のおかげで……氷煌結晶が採取しやすくなる……」
ライアンは音を上げたが、それでも話を聞いてもらえたことが嬉しいらしく、マキナの表情が生きている。
実は話すの好きか?
でも正直これ以上は頭が壊れる。
「なるほど、よーく分かった。じゃあまた明日くるから」
「……実に……楽しかった……」
どう見ても楽しいテンションじゃねぇけどな……
再び机へと戻っていくマキナを尻目に、俺達は部屋をあとにした。
~~~~~~~~~~
俺達がアトリエに戻ると、1階には誰もいなかった。
2階から音が聞こえてくるので、どうやら上でくつろいでいるようだ。
居住区に上がっても良かったんだな……
そんなことを考えながら、1階のドアを閉めて2階に上がる。
どうやら階段の明かりは切れているようで、最初に見たように暗い中を登っていく。
数秒で部屋に上がると、そこには昼食を食べ終わってくつろぐ仲間の姿。
というか、ローズやドールなどは寝てしまっている。
まぁ休めて何よりだ。
「おかえり。遅かったね」
ヴィニーは俺達を見ると、開口一番にそう言う。
どうやら心配をかけてしまったようだ。
「ただいま。そうか……?」
そうでもないだろ……と思ったので時計を確認してみると、とっくに昼を過ぎている。夕方と言ってもいいくらいだ。
どうやら研究塔にいたのは、3時間ほど……
うん、あいつの話が長すぎたな。
「ね?」
「本当だな」
そう言うと、ヴィニーは俺達に笑いかけて昼食を勧めてくる。
出る時に作っていたのはオムライスだったようだ。
だが、初めて見る箱から取り出されるそれは温かい湯気を立てている。
3時間経ったんじゃなかったか……?
「何だ〜この箱〜?」
「電子レンジだって。食べ物を温める機械。
あと、みんな寝てるから静かにね」
「科学って本当便利だな」
他の国でも使えればいいのにな……っていうか、みんな?
フーなんかは座っているけど……
そう思い見回すと、気が付いていなかっただけで彼女も目は瞑っている。座りながら寝ていたようだ。
家の中なんだから横になればいいのに……
リューも座っているように見えて静かに寝息を立てているし、ロロはローズの上で安らかな寝顔を見せている。
平穏だな……
「それより、再戦はどうなった?」
「おう、明日再戦できるぜ〜。研究塔に来いってよ〜」
「そっか。じゃあ食べたら2人も寝なよ」
「ヴィニーは?」
「油断はよくないからね……」
つまり見張り的なことをするってことか。
考えすぎのような気もするが、ドールのこともある。
「そういえば話は聞けたのか?」
「一応ね。だけどよく分からないっていうか……
よく覚えてないらしいよ」
「そっか」
この家にも混乱の影響が出ている……のか?
確かに油断できないな。
俺とライアンは、昼食を食べ終わると横になることにした。
目を閉じる前に見たヴィニーの顔は、どこか遠くを見ているような……
色々とゴチャゴチャ書きましたが、まぁ祝福よりも呪いの方が強い場合がほとんどだから、呪い側の神秘を使って簡単に氷を溶かそーってことです。
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