55-人形と画家
俺達は30分程でパンケーキを食べ終えると、街をのんびりと散策することにした。外に出ると、雪はもう止んでいる。
ヒマリと会う日って吹雪にならねぇな。
ふとそう思い、空を見上げる。
雲はいつものような重々しさはなく、ところどころ青空が見えるほどにいい天気だ。
天気もいいし、口にはまだパンケーキの甘みが残っていて体も軽いし、いい気分だな……
「おいしかったー」
「でしょー? 科学が戻ってくるのは複雑だけど、これが食べられるのには文句なしだよ!!」
2人も前でそんな風に笑い合っている。
これでパンケーキ屋で頼んでみたことを聞いてくれたらな……
「なぁ本当に無理か?」
「無理無理。わたしあの人達と……何と言うか、仲悪いから」
「残念だ……」
俺が店で頼んだのは、神馬を探すのを手伝うこと。
ニコライ達には会わないとは言ったが、それでも科学者の手伝いになることはしたくないのだという。
ついでに再戦の助太刀なんかも頼んでみたが、場所だけ聞かれて断られた。
別にそれなら縁を切るという訳ではないが、それなら何で場所聞いたんだろうな?
正直聞く必要なくないか?
ヒマリのやることはたまによく分からない。
そんな俺に何を思ったのか、ヒマリは少し申し訳無さそうにこんな提案をしてきた。
「でもそれなら……神馬探しなら知り合い紹介しようか?」
「知り合い?」
「うん、魔人の子を……一応知ってるよ」
ありがたいけど、それは手伝うに入らないのか……?
「いいの?」
「まぁ、おねーさんだからね」
少し俺が返事に困っていると、ローズが聞き返してくれる。
姉ぶっているので、どうやら本当にいいらしい。
紹介してくれると言っているのに、失礼なのは分かってる。分かってるんだけど……何の病気?
こんなに姉ぶってくるってすごいな。
「俺らそんな変わんないように見えるけどな」
「人の厚意は受け取りなさーい」
「分かったよ」
年齢は答えたくないのか、本当に覚えてないのか、彼女は話を逸らすようにそう答えると、笑顔で進んでいった。
~~~~~~~~~~
歩くこと数十分。
俺達が案内されたのは、ところどころが絵の具でカラフルになっている、巨大な木造建築だった。
一言で言うならアトリエってやつなんだけど……絵の具付いてて腐らないのか?
そしてどういう訳か、この辺り一帯が木造になっている。
アトリエを中心に、風がよく通るように設計されているらしい。
……ああ、なるほど。寒さは緩和されているが、この風通りのよい設計が腐らせない工夫になっているようだ。
そのおかげで、俺達も通りやすいな。
「この国で魔人ってあんま見ないけど、こんな立派なとこに住んでるのか?」
俺の認識としては、聖人が国を率いているから魔人は居場所がない……とまではいかなくても、居心地が悪いのかなとかだったので意外だ。
「このアトリエの主は聖人で、彼が保護している少女が魔人だよ」
「聖人が保護……」
保護者が必要なくらい子供ってことか?
それなら危険な手伝いなんかはさせられないんだが……
「あっ大丈夫だよ。精神面だから」
「なおさら駄目じゃないか?」
あれ、でもリューなんかも精神面が良くないに入るか?
あいつと同じように考えるなら大丈夫なのかもしれない……
「取り敢えず会ってみなよ」
ヒマリはそう言うと、俺達をアトリエに引きずり込んだ。
~~~~~~~~~~
俺達がアトリエに入ると、鼻孔に木材とうっすら絵の具の匂いが広がった。
思っていたより匂いはないんだな……
木の匂いも相まって、むしろ爽やかで気分がいい。
そしてその出どころに視線を向けると、白衣を絵の具で汚した優男が絵を描いている。
体を前後に揺らし、実に楽しそうだ。
……見るからに騒がしそうな人だな。
「こんにちはー」
ヒマリが明るく挨拶をすると、彼は体を揺らしながら徐々にこちらを向く。
「おー、君は……誰だったかな?」
「ヒマリですよ」
「そうだったそうだった。こんにちはお嬢さん、あの子に用事かな?」
どうやら名前を覚えられない人のようだ。
だが察しはいいらしく、すぐに立ち上がると居住区になっているのであろう二階へと声をかける。
「おーい少女ー、誰か来たぞー。えーっとなんだったか……
そう、あれだあれー。他人ってやつだー」
うん、覚えていないことを隠す気もないらしい。
さらには、保護している子のことも覚えていないのかとか、他人じゃなくて友達……せめて知人だろとか、ツッコミどころしかねぇ。
俺があ然としていると、ローズがクスクスと笑い始める。
「すごく面白い人だね」
「そうだけどさ……こいつが保護者で大丈夫なのか?」
「楽しい人が身近にいるほうがいいからね」
生活が大変そうだというのに、2人共楽観的だ。
……まぁリューと旅しているんだし、分からなくもないけどな。
俺達がひそひそと話していると、1分ほどで呼ばれた子が降りてくる。保護者とは真逆で、無表情の少女だ。
精神面か……
俺達が固唾を呑んで見守っていると、ヒマリと少女が挨拶を交わし始めた。
「こんにちは」
「こんにちは、にこにこ」
濃い……
「ということで、この子がわたしの知り合いの魔人、ドールだよ」
「ドールです、にこにこ」
「えーっと‥」
どう接したらいいのか悩むな……
そんな風に俺とローズが固まっていると、優男が軽い調子で声をかけてくる。
「普通に接してやってねー。その子、心が擦り切れちゃって感情がないだけだから」
「それは大事なんじゃないか……?」
「おっとごめんごめん。
感情が存在しないって意味じゃないよ?
今は休んでいるんだ。ただ、奥に仕舞ってあるだけでね。
ちゃんと心や感情はあるよ、その子にも」
その言葉は、表情は、まるで自分自身に言い聞かせるようで……
「そうだな。俺だって休みたくなる時はある」
同意しない訳にはいかないよな。
あれ、自分で言っといてなんだろう……
俺が休みたくなる時……? なんかもやもやするな。
「どうしたの? クロウ」
「え……? あっ何でもない」
俺は、ヒマリが顔を覗き込んできたのを見て我に返った。
そして前を見ると、ドールも俺を見ていたので慌てて自己紹介をする。
「今呼ばれた通り、俺はクロウ」
「私はローズ、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします。にこにこ
新しい友達……ワクワク」
それに応じるドールは、変わらず無表情。
だが、ワクワクと言っているということは喜んでいる……と思う。
それなのに、いきなり危険な頼みを切り出していいものか……
そう考え込んでいると、またしてもヒマリが話を振ってくる。しかも、俺の肩を叩きながらだ。
「ほら、頼みがあるんでしょ」
「痛っ‥配慮がいるかなとか思ってただけだよ」
まったく……なんでこんな姉ぶるんだよ……
「頼みですか……? ドキドキ」
「ああ。俺達は明日、神馬っていう魔獣を討伐しにいくんだけど見つけるのが難しい相手なんだ。
捜索だけでいいんだけど、手伝いを頼めないか?」
「えーっと……そわそわ……」
するとドールは、優男の方を窺い始める。
あの人の許可が必要な感じか……?
そう思い俺も視線を向けるが、彼は俺達を気にせず絵を書いている。
恐ろしくマイペースなやつだな……
そんなことを考えていると、今度もまたヒマリが間に入ってくる。
「画家さーん」
「うん? なんだい?」
「この子に手伝ってもらってもいいかなー?」
「僕に言われてもねぇ。僕は少女の自主性を重んじる。
行けとも行くなとも言わないよ?」
「だってさ」
なんかだんだん情けなくなってきたな……
俺、別に人と話すの苦手じゃないのに……
「ドールは……役に立てますか?」
「ああ」
どうやら来てくれそうだ。
そう安心していると、突然画家が声を上げる。
「ちょっと待った。その決め方は良くないな。
非っっ常に良くない」
「でもあんたさっき‥」
「僕が言ったのは、僕は決めないってことだよ。
今止めたのは、決め方に問題があったから。分かるね?」
「はい……ドールは恩義に……」
「やめてくれ。僕はそんな言葉を聞くために助けた訳じゃない」
なんだ……? 急に雲行きが怪しくなってきたぞ……
俺達が何もできずにいると、画家は目をつぶり考え込む素振りを見せる。
2人の関係を荒らすつもりはなかったんだけどな……
だが彼はすぐに目を開け、最初のように笑顔を見せる。
とても慈しみに満ちた、笑顔……
「いいかい? これは命令じゃあなく助言だよ」
「はい、ドキドキ」
「君は、もっと美しいものを見てみるといい」
「美しいもの、ですか……?」
ドールがそう聞くと、画家は両手を使った演説を始める。
唐突ー‥
「そう、美しいものだ。例えば友情。例えば大自然。
そういう美しいものは、意図せず心を揺り動かすものさ。
そろそろ一歩、踏み出してみるのもいいだろう?」
「そう……ですね。とてもワクワク、です」
「あははっ、そういう時は思いっきり口角を上げるものだよ。こうやってね」
無表情にワクワクと言うドールを見ると、彼は両手で口を限界まで上に上げて見せる。
それを真似するドールはとても純粋で、それこそ美しいもの、だろう。
どうあっても感情は取り戻してほしいな……
「じゃあ明日は少女を頼むね。少年少女」
「せめてドールのことは呼んでやれよ」
「少女は少女さ」
そう言うと彼は、再び絵に向かい始めた。
マイペースだけど、いい人だな……人格者ってやつだ。
それから俺達は、明日の予定を話し合うことにした。
まずはどこで待ちあわせるか、ということ。
これは俺達がこのアトリエに来ることになった。
時間はもちろん朝だが、ドールは普段から早起きらしいので問題ないだろう。
それからドールに頼む内容だ。
俺達としては、いくら魔人だとしても無関係の人を危険な目に合わせる訳にはいかない。
神馬の強さ自体はどれほどか分からないが、魔獣だからな。
油断したら死ぬ。
だが、ドールはやけに役に立つことにこだわりがあるようだった。
画家の言葉もあって引き下がってくれたが、目を光らせる必要がありそうだな。
最後にドールの呪いの話なのだが……
「分からない?」
「はい、ドールは何も覚えていません」
能力を忘れたってことか……?
そんな事あるんだな。
そんな風に俺とローズが曖昧に考えていると、ヒマリが詳しく教えてくれる。
「ああ、それはね。魔人は力を得た理由を忘れるからだよ」
「理由?」
「2人も知ってるでしょ? 神秘に成るための条件」
「……知らねぇけど」
「あれ?」
聖人と魔人の違いとか心の強さだとか、たまにそれっぽいことは聞いたことがあるが、はっきり理由を聞いたことはなかったきがする。
シルっていう、何でも知ってる人に会ったはずなんだけどな。力の強くなる話以外してないの惜しすぎる……
「じゃあ軽く説明するね」
彼女の話はこんな感じだ。
まず真っ先に神秘に成ったのは、人間以外の獣達。
彼女の知る限りではあるが、何故か人間から神秘は生まれなかったという。
神秘自体が不可思議なもので断言はできないらしいが、その理由として考えられているのは2つ。
まず、他の獣が自然に生きていたものであること。
神秘が自然に宿るものなら、それにより近い生き方をしていた獣達は宿しやすい、ということだ。
それから2つ目は、かつての人類よりも死に近い生き方をしていたということ。
どうやら科学というのは、思っていたよりも絶大な力を誇っていたらしい。
他の動物達ではまるで話しにならないレベルでの生活をしていたため、死というものが身近ではなかったようだ。
その影響で、何が何でも生きるという強い意識が他の動物よりも劣っていた。
それが人類が出遅れた原因なんだと。
俺も最初は半信半疑だったのだが、王種も黒蛇も、そして今の人間の大厄災達も数千年レベルで生きていると聞けば納得するしかない。
長く生きればそれだけ神秘を受け続けるし、それほどの時間を生き続けるにも覚悟がいるだろう。
寿命がなくても殺されれば死ぬらしいしな。
神秘にも生存競争があるってことだ。
……そういえば俺達も殺されかけたし。
ということで人が神秘に成る条件は、今のように神秘の中で生きること、強い心や感情。
そして何故魔人が力を得た理由を忘れるのかと言うと……
「ショックなんだよ」
「ショック?」
ヒマリはアトリエにあった椅子に腰掛け、どことなく悲しげに呟く。
「そう。人は一度生死を分けるような生き方を覚えた。
だけど、科学が神秘に勝てなくても人は人。
集団を作り、武器に神秘を纏わせ、一丸となって戦った。
そのまとまりは心に安心感を与え、覚悟を鈍らせる。
または怯えて隠れてってのもあるね。
まぁ総じて野生の力がない」
「野生の力……」
「弱い人間は、嫌なことは忘れちゃう。
聖人なら、多くは守るっていう覚悟が強い感情だけど、魔人は大抵恨みとか苦しみだからね。
そんなつらいことは覚えていたくない。
すると、心が化けた力は本来の力を発揮できない」
彼女は最後に、両手を組んでそう締めくくった。
魔人は強い感情が欠けている……
だからドールは力が使えない……
「もちろん、魔人全員がそういう訳じゃないよ。
例えば叡智の結晶は元々絶対記憶能力者。
忘れられない苦しみから成った彼女は、そもそも忘れられないし恨みでもない。
だけど全く力が使えないなんて人は、ドールが初めてじゃないかな」
「そっか……」
ドールは実質ただの人間なのか……
神秘を扱うのは普通より上手だろうけど、それだけではやっぱり戦わせられないな。
……あれ? ヴィニーってもう半分神秘なんじゃね?
そんなことを考えていると、ヒマリが俺を注視してくる。
初めて会った時の話ように、真剣な表情だ。
「どうした?」
「何でもないよっ。君は君のままいるのが一番っ」
「痛っ」
何なんだ……急に暗くなったから心配したってのに。
まぁ取り敢えずは明日どうするかだな。
「じゃあドール。また明日な」
「はい。ドキドキ、です」
奥側にいるドールに挨拶をして、入り口に振り返……
「何だあれ?」
入り口に向かおうとした俺の目に入ってきたのは、一見他と変わらない壁。
だが、よく見るとドアになっているようだ。
偽装……それからただの木でもないかもしれない。
そんなことを考えながらドアに近づく。
変な雰囲気を感じ……
「止まれ」
視野が狭まったりはしていなかったはずなのに、いつの間にか画家が目の前に来ていた。
「そこに立ち入ることは、誰であろうと許さない」
彼の鋭く光る目が俺を射貫く。
俺はついまたドアに目がいきそうになったが、無理矢理引き戻しどうにか答える。
「入る気はない。悪かった」
「少女の……ドールのいい友達になってくれよ、少年」
聖人で、だけど魔人のように暗さを感じる目。
マックスとは別種の覚悟。
アトリエを出る俺の脳裏には、その笑顔がいつまでも焼き付いていた。
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