5-幸運が呼び込んだモノ
マッドフラッドはエリスが使っていた泥を、最大開放したもの。つまり、飲み込んだ全ては腐敗し消える。あとに残るのは彼ただ一人。
それが普段の光景だった。
だが今回、彼の目の前に広がる光景は……
少し離れた先に立っているのはボロボロのローブを着た男。その後ろには殺したつもりだった3人。
大地も半分ほどが生きており、木や草がまばらに存在する。
街も城壁は多くが崩れているが、その穴から見える建物はかなりの数が無事のようだった。
それは一般にはたしかに惨劇と呼ぶべきものだったが、彼の予定では更地。
明らかにイレギュラーな出来事だった。
そして、おそらくそんなイレギュラーを起こしたであろう男は、呑気にフードを直している。正常な人間では有り得ないような行動。
「こんにちは」
だが、彼もまた呑気だった。
先程までの殺し合いが嘘かのように、今度もまた挨拶をする。
その雰囲気も表情も柔らかかったが、目は鋭く、彼を観察している。
「よお、久しぶり」
男は気負うことなく、やはり軽く挨拶を返す。
数秒の沈黙。
もし3人が起きていたなら過呼吸になっていたかもしれない程の、圧。
「これは、ルール違反なんじゃないかな?」
エリスが口火を切った。穏やかに、だが鋭い問いかけ。
「俺は攻撃を少しいなしただけ。戦うつもりはないから、問題はないな」
「……それ以上のことをしたよね、君」
彼は目を細め確信を持っているように問うたが男は肩をすくめ、やはり気楽に答える。
「さぁな。俺は知らん」
「ふん、白々しい」
「ははっ。それも含めて問題はない、そう思うが?」
「それを決めるのは僕らじゃない……けど」
「ああ、ここにヤツは来なかった。様子を見に来たやつはいるみたいだが……それが答えだ」
一瞬、この場に殺気が溢れる。が、それはすぐに霧散した。
エリスは、肩の力を抜くと諦めたように呟く。
「ふぅ……しょうがない。元々そこまで強く僕らを縛れる力じゃないしね」
「ああ、簡単に抑え込めるなら、俺達は大厄災なんて呼ばれない」
エリスの背後から、再び泥が湧き上がり彼を覆い隠す。
だがそれはすぐさま乾燥し、土の壁になったかと思えば乾いたそばから崩れていった。
姿を現したそれが身に纏っていたのは、シンプルだが威厳のある、さっきとは違って清潔な衣。
留め具やボタン、縁取りなどはあるが刺繍のような装飾はほんどない、青を基調としたゆったりとしたコートのようなものだ。
それはまるで王のような覇気を放ちながら告げる。
「じゃあね、また会おう。次はこちら側で、さ」
そして男の返事も待たず背中から白い翼を生やし、瞬く間に大空へと飛び立っていった。
男は、特に何をするでもなくただそれが見えなくなるまで佇んでいた。
それが見えなくなる頃、ようやく背を向けクロウ達を一瞥すると……
「そうならないためにこうして動いてるの、知ってるだろうに。嫌味なやつだ」
感情の読み取れない声音で、そう呟いた。
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