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化心  作者: 榛原朔
一章 支配の国
58/432

52-霜の国の強奪王

-ヴィンセントサイド-


クロウ達と別れ、ヴィンセント達がやってきたのはウプサラという神殿近くの山。

雪が多いこの国の中でも、特に多く、長く雪が降る地域だった。


しかも今日は特に雪が強く、普段よりも気をつけていないとすぐに滑り落ちてしまいそうだ。


そんな中彼らは、少しの後悔を感じながら馬を駆る。

もちろん視界も普段より悪く、雪も深いので馬も進むのに苦労している様子だ。


ある程度の寒さを防ぐ機械を取り付けてあるので、凍死をする心配はない。

しかし、それも進めなければ意味がなかった。


彼らは雪に埋もれた場所まで来ると、どうにかできるか観察を始める。だが、しばらく目の前の景色を眺めていたライアンは、振り返るとうんざりしたように告げた。


「ヴィニ〜こっちはもう進めそうにないぜ〜」

「そっか……吹き飛ばせたりしない?」

「火で溶かすのは山火事になるかもだし〜力でどうにかなるもんでもないし〜……無理だな〜」


ヴィンセントがあまり期待していない風に聞くと、彼はできることをいくつかあげた上で、やはり無理だと判断する。


雪は自然現象なので、やはり無理やりどうにかしようとすると、大きな影響が出てしまうようだ。

最悪、雪を無視して踏み固めながら進めば、少しずつ前進はできるだろう。


しかし、山は下手したら崖から落ちるだろうし、雪の下に隠れた道もゴツゴツしていて油断ならない。

すべてが雪に隠されているのだから、無理はできなかった。


彼らはこの道を進むのを諦めると、さっさともと来た道を戻り始める。


「じゃあ仕方ない、少し戻って進めそうな道を探そう」

「もう結構探したけどな〜……」


行き止まりにぶつかってはもと来た道を戻り、最初の大きな道から次の道を探す。

もう何度も繰り返したことだ。


そのためライアンも珍しく弱々しい表情を見せる。

今回の探索では巨人を1人も見つけていないため、それも仕方がないだろう。


「……何かの気配は感じるんだけどね」

「お、ようやくお前も気づいたのか〜」


しばらくして、彼らがようやく大きな道まで戻ってくると、白い息を吐き出しながらヴィンセントが呟いた。


すると、彼の後に続くライアンも、特に驚いた様子はなくそれに同意する。

どうやら、ヴィンセントよりも早くその気配というやつに気がついていたようだ。


それを聞いたヴィンセントは、瞬きをしながら雪を払うと、疲れたように笑って軽い抗議を始めた。


「……えーと、気づいてたなら教えてくれない?」

「なはは〜悪ぃ悪ぃ。すぐ来ないなら別にいいかと思ってよ〜。正確な位置はわかんなかったしな〜」


こんな過酷な場所なのに、彼は相変わらずだ。

すっかり弱々しさも消え去り、晴れやかな表情でそんなことを言う。


ヴィンセントも諦めたようで、すぐに切り替えてその気配に意識を向けた。


「はぁ……しょうがないな。取り敢えず、俺でも分かるほどに近づいてきてるってことだよね」

「そうだな〜……もう来るぜ」


ライアンがつぶやくと同時に、辺りには地響きが聞こえてくる。木々からは重い音をたてながら雪が落ち、道を塞ぐように固まった雪も崩れていく。


そんな重々しい雰囲気と共に姿を見せたのは、今までの下位巨人とは比べ物にならないほどに大きな巨人。


氷のような透明感のある鎧を身にまとい、頭にはやはり氷のような王冠を被っている。

ひげもつららのように白く、青い眼はどこまでも冷ややかだ。


それはどこか見下したような、興味を持っていないような目だったが、敵意だけは十分すぎるほどにあった。


ヴィンセント達を見つけた巨人は、その歩みを止めると、腹に響くような声で問いただす。


「汝らは巨人を滅ぼすのか?」

「……いいえ。討伐依頼は基本的に、あなた方王種3人だけです」

「……王の手足は健在か。ならばこれ以上の被害を出さぬためにも、このスリュムが汝らに応じよう」


巨人――スリュムはそう言うと腰を落とし、雪を吹き飛ばしながら一気に距離を詰めてくる。


手には巨大な戦鎚が握られていて、ヴィンセントでは到底受けられないだろう。


しかも背が20メートル近くあるので、まともな人間では戦いになるのかすら怪しい。

ヴィンセントは、ライアンに任せるしかなかった。


「取り敢えず俺が抑えるぜ〜」

「ごめん、任せた。俺は隙を窺うね」


"獣化-ヴォーロス"


馬から降りたライアンは、そう言うと身を屈めて獣化を始める。彼がスリュムに対抗する神獣として選んだのは、完全な二足歩行ができる魔熊、ヴォーロスだ。


スリュムと比べると小さいが、その身に秘める力はきっと負けていない。

前回は5メートルほどだった背丈は、少し成長でもしたのか8メートルほど。


それでも下からだったが、ライアンはその手の"災いを呼ぶ茨槍(ボルソルン)"でスリュムの戦鎚を受け止める。


彼らの背丈は2倍以上の差があるように見えたが、それでも互いにパワータイプの獣。

特に危なげなく、ピタリとその場に静止させた。


(一応動きは止まっているけど……隙は……)


同じく馬から降りたヴィンセントは、2人が静止したのを見ると、少し迷ってからスリュムに接近する。


スリュムはヴィンセントを見ているが、戦鎚ではすぐに迎撃態勢を整えることはできないはずだ。

彼はそう判断し、腹部に向かって飛び上がった。


鎧は一部むき出しの軽装なので、当たればダメージは大きいだろう。狙いは一点……


"水禍霧散"


ヴィンセントが繰り出した剣は、吸い込まれるようにスリュムの腹に直撃する。

だが、誰の目から見ても明らかなほどに、手応えがない。


見た目には普通の筋肉だが、なぜか衝撃が吸収されたかのような手応えだった。

そして……


「うっ‥力が抜ける……」

「何だ、どうした〜?」

「わ、分からない……けど、一度離脱する」


体勢を崩してしまったヴィンセントは、どうにか剣を振り切ると後方に飛ぶ。

そして、空中で体勢を立て直すと、少しよろけながらも着地した。


だが、スリュムの攻撃を受け止めているライアンには、まだ引くつもりはないようだ。

彼の視線の先で、未だに力比べを続けている。


それを確認したヴィンセントは、警戒を緩めて手に意識を傾けた。まだ少し震えてはいる。

しかし、スリュムから離れたことで、何故か抜けた力もある程度は戻ってきているらしい。


何度か手を握りしめ、また開くということを繰り返して確認するが、さっきほどの異変は見られなかった。


「抜ける、力……」


クロウ達が戦ったスィアチという王種には、その巨体を保ったまま獣になれるという能力があった。

だとしたら、力が抜けるのもスリュムの特別な能力である可能性が高いだろう。


ヴィンセントは、ライアンが普通に戦えていることを不思議に思いながら、静かに息を整える。

すると、スリュムはライアンではなく、ヴィンセントに視線を向け声をかけてきた。


「小柄な割に、随分と力があるな」

「神秘の扱いには慣れているものでね。ところで、あなたの力は何です?」

「殺し合いの場で、教えるとでも?」


いきなり話しかけられたヴィンセントは、怪訝な顔をしながらも質問を返す。

しかし、当然スリュムはそれに答えることを拒否した。道理である。


ヴィンセントも期待していた訳では無いようで、予想通りといった風に、特に反応を示さない。

また、彼らの様子を見始める。

すると……


「あっやべ〜……俺も力抜けてきた〜……」

「ちょっと、急いで離れなよ!」

「分かってるって〜」


のんきな声で、ライアンが危機を告げた。

当然ヴィンセントは焦って離脱を促すのだが、それでも彼はどこか気の抜けた感じだ。


へらへらと笑いながらそう言うと、戦鎚を地面に逸らし勢いよく後ろに飛び退る。


そのせいで打ち付けられた戦鎚の威力は、山が崩れてしまいそうなほどの衝撃だ。

巨躯の通り、地力も違いすぎる。


「……ただの思い上がったバカではない、ということか」


"スリュムヘイム"


スリュムはそう呟くと、その戦鎚を持ち上げて地面に向かって打ち付ける。

すると現れたのは、戦鎚から蜘蛛の巣のように広がるサークル。


雷のように黄色く、轟くような音を発していて不気味だ。しかも……


「何これ……力が抜ける……」

「俺も〜……手ぇ震えちまってんだけど〜‥」

「恐ろしい力だな。自分のものになると、頼もしいが」


どうやらこのサークル上にいると、力が入らなくなってしまうらしい。

しかも、スリュム自身は力が増しているようだ。


関係があるのかないのか、鎧も青白く発光し始めている。


「何だよ、その力〜……」

「一旦外に‥」

「出すわけがなかろう」


スリュムはそう言うと、今までとは段違いのスピードでヴィンセントの目の前に現れる。

そしてそのまま、重い戦鎚を横ばいに……


「がッ……!!」


避ける間もなく、その岩のように強靭な一撃が彼の全身を打つ。神秘の補強も軽く貫かれ、息がうまくできなくなるほどの破壊力だ。


「あ……はぁ、はぁ……ぐぅ……!!」

「我と、汝ら2人分の力だ。

潰れなかったのには驚いたが、もう立てまい」


気に打ち付けられて、ヴィンセントは倒れ伏す。

全身の筋肉が引き裂け、骨が砕かれたような状態で、立ち上がるどころか手の位置をズラすことすらできないようだ。


構えを解いたスリュムも、勝負はついたとばかりに気を抜いて呟いている。

動けない相手なら、もう1人敵がいても守ることはできないとの判断だろう。


まずはヴィンセントに止めを刺そうと、ゆっくりと彼のもとに歩み寄っていく。

すると……


「おいおいお〜い。てめぇ、誰に断って俺の仲間に手ぇ出してんだ〜?」


スリュムとヴィンセントの間に立ったライアンが、凄まじいオーラを発しながら鋭い視線を向けた。

口調はあまり変わらないが、少し苛ついているようだ。


標的になっているヴィンセントは、動けないながらに視線を動かし、冷静さを失っているのかもと焦りの表情を浮かべる。


「我は汝らに、眷属の殺しを許可したか?」

「……あんたの言う眷属ってのは、替えのきく部下って意味じゃあねぇのか〜?」

「そうだな。あれらは奴隷のような物だ」

「そんなもんと比べてんじゃねぇよ」

「冷、静に……」

「分かってるよ〜」


ヴィンセントが思わず声をかけるが、彼はいつも通りの調子でそう言うと低く身を屈めた。

その表情は決意に燃え、その身は神秘に包まれる。


"獣の王(カルノノス)"


「ウォォォ……!!」


全身はフェンリル、角にメガロケロス。

レグルスの光を放ち、尾からは10本ほどの尻尾が生える。


蛇――ニーズヘッグの口のような尻尾に、猫のような獣の尻尾が混じっている感じだ。


端的に言うと、合成魔獣。

化け物だ。


「汝は……!!」

「これ全部の力を奪えるか〜?」


驚くスリュムに、ライアンが油断なく問いかける。

僅かに恐れの見えるスリュムに、自信に満ち溢れたライアン。


精神的な戦いでは、もうライアンが勝っていると言えた。


「このサークル内にいる限り、その影響から逃れることはできない。……だが、確かに一度に奪える訳ではない……な」

「なら、速攻でやるぜ〜」


(ちゃんと、冷静に戦えそうで、安心、したよ……)


身動きの取れないヴィンセントだったが、彼らのやり取りからある程度の状況を察する。

そして、ライアンに任せられると判断し、意識を手放した。




~~~~~~~~~~




ヴィニーの前に立つスリュムに向かって、彼は駆ける。

白く神々しい四肢に満身の力を込め、大地を砕きながら進むその様は、迅雷のごとく。


それを見たスリュムは、戦鎚を大きく振りかぶり迎え撃つ。

ライアンは四足獣に獣化しているので、武器は角や爪のみだ。


「ぬぅぅ……!!」

「焼き……切れろ〜……!!」


一見不利なライアンだったが、彼は構わずスリュムに突っ込む。角に光を集中させての一点突破だ。


彼らの力はしばらく拮抗したが、光は戦鎚を徐々に赤く染めやがてそれを打ち砕く。


「ははっ、どうよ〜」

「たかが武器一つ……その隙こそ命取りと知れ!!」


スリュムの言う通り、ライアンはそのままの勢いで宙に浮いている。

およそ10メートルの高さなので、すぐには態勢は整えられないだろう。


戦鎚の破片が宙を舞う。

そんな人工的な雨の中、スリュムは素早く身を翻すとその拳を無防備なライアンに向けた。


「それに、まだ我にはこの力がある」

「お生憎様〜。俺にもまだまだ力があるぜ〜」


そう言うとライアンは、どうやったのか空中で身を翻す。

その動きはまるで、空中に地面があるかのように軽やかだ。


「不可思議な力を……」


スリュムが憎々しげに呟くが、ライアンの力はそれだけではない。

猫の尻尾を振ると氷雷が降り注ぎ、蛇の尻尾からは火が吐き出される。


「くっ‥」


武器を失ったスリュムにそれを防ぐすべはない。

巨体では避けきることもできず、そのほとんどが直撃した。

致命傷とまではいかないが、全身から血を流しているので軽傷ではないだろう。


だが、それでもスリュムは力強く大地に立つ。


「ふぅぅ‥この程度……!!」

「もちろんまだいくぜ〜」


ここまでくるとライアンは笑顔だ。

軽くそう言うと蛇の尻尾を伸ばし、スリュムの全身に噛みつかせて拘束する。


「貴様……!!」


そしてそのまま、天に届くほどに大きく口を開け……


「悪ぃな〜。それじゃあいただきま〜す」


スリュムは、その口に吸い込まれていった。


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