51-死人の女王
十分に英気を養った、その翌日。
俺達はマックスが戻っているかの確認のため、朝日と同時にギルドへと向かった。
村とはいっても科学の国。
少し薄暗い吹雪の中でも、問題なく目的地までたどり着けた。
国の混乱。そんな話を聞いたからか、影を落としているギルドが心なしか不気味だ。
俺達は多少尻込みしてしまうが、気を取り直して早朝から明かりが灯るその建物の扉を開く。
中はひどく静かで、奥にマスターが座っているだけだ。
彼は俺達に気がつくと、煙草を吹かしながら気怠げに声をかけてくる。
「早いな」
「ええ。何か起こっているんでしょう? 気になりまして」
「……マックスは来られない。案内役はいないが、依頼を受けるか?」
ヴィニーが状況を聞くと、彼は取り付く島もなく話を進めてしまう。
別に隠してるような感じでもないけど……面倒くさいってことか?
「どんな状況かくらいは教えていただけませんか?」
それでも聞き続けると、彼はしばらく顔を歪めて俺達を見たあと話してくれた。
いやー‥怖い人だな。
強面ってだけでも十分なのに、無愛想どころか不機嫌そうとは。
「ひとまず記憶喪失者を落ち着かせることを優先している。
重度なら科学者に引き渡しているがな。
それから……火元不明の火事がいくつかに、混乱の範囲がバースに移っているくらいか」
改めて聞くと、記憶喪失者ってのも聞き覚えがあるような……? でも覚えてないなら重要でもないか。
それよりも火事と首都に混乱……
「で、依頼は?」
「もちろん受けるぜ」
リューがそう答えると、マスターは依頼書を渡してくる。
残りもだいぶ減ったな……
「神馬か王種の巨人2人、それからリューとフーは検査だね」
「依頼は増えねぇんだな〜」
「国民の暴動には割って入れないしね」
でも昨日見た感じ、暴動ってほどのものはなかった気がするんだよな……
問題ってのはどんなもんなんだか。
「マックスがいないのは不安だねぇ」
「ですね。リュー達もいませんし」
「俺らは検査ねぇと思ってたぜ」
「そうだな……期間も空いてるし」
確か依頼初日だったから、3日くらいの間がある。
次俺達だとするとまたそのくらい期間が開くのだろうか……?
「まぁそれは特に問題ないし、討伐をどうするかだね」
「ライアンいるし、一応どれでも行けるな」
「そうだな〜」
神馬は捕らえられないって話だけど……勝てない、ではないんだよな。
王種2人も、スィアチが俺でも倒せそうなくらいだったし、本当にどちらでも行けそうだ。
「やっぱり分散して一片に探す?」
「そうですね……巨人をメインに、神馬も見かけたら討伐しましょうか」
「チームは?」
「うーん……人数減ったところでくっつける?」
「そうするか」
チームはライアンとヴィニー、俺とローズとロロで決まりだ。
俺達はリュー達とギルド前で別れ、討伐依頼へと向かった。
~~~~~~~~~~
-クロウサイド-
雪が降りしきる中、俺達はメトロとバースの丁度中間辺りの森を馬で走っていた。
視界は雪でいつもより遮られているが、巨人探しは順調だ。
既に5人の巨人を討伐できている。
ライアン達も順調だといいな……
彼らはバースの向こう側。
ウプサラと呼ばれる神殿近くの森を探索しているので、よっぽどのヘマをしない限り、どちらかは王種に出会えるだろう。
そんな気楽さからか、ローズも天候の話を始める。
ライアンの能天気がうつったか……?
「なんか今日は雪が強いね」
「そうだな……色々と不安になってくる」
ニコライの目的を阻むような雪、それによりさらに硬く凍る氷。この国の現状はあまり良くなさそうだ。
「オイラもさむいからつらいや」
「なら早めに見つけてくれ」
下位巨人は見つかったが、王種は未だに出てこない。
眷属も随分倒したし、王種も1人やってるんだから攻めてきてもいい頃だと思うんだけどな……知能は高そうだったし。
……ん? 何か空気が変わったか?
腐ったような淀み、全てを従える威圧感のようなものを感じる。
だが2人は気がついていなさそうだ。
俺もどこからかはまるで分からないけど……
「……そういえばローズ達って、王種見たことなかったか」
「うん、ないよ」
「見たことないから感知できない……とかあるか?」
「それオイラが役立たずだって言ってる?」
「俺は何か感じるんだよ。もう少し集中してみてくれ」
「あいさー」
そう言うと、ローズのマント内でロロが目を閉じた。
多分もう近くに王種が来ている気がするんだよな……
辺りは、木々が折れそうになるほどに吹雪いている。
明らかに良くない雰囲気だ。
「う〜ん……いないと‥」
「危ない!!」
「えっ‥?」
目を閉じているロロと、それを見守るローズ。
その背後から、姿形がはっきりしないボロボロのローブのような不定形の巨体が迫っていた。
恐らく王種だが、手足も武器もよく見えない。
一撃で捉えられる気がしないので、連続で斬る。
"霧雪残光"
俺の手が届く範囲のローブ全体に満遍なく刃を通したが、見た目通り手応えはあまりない。
正確に言うと、斬ってはいるが粘土か何かのように受け流されているような感じだ。手強いな……
俺の攻撃を受けた王種は、すり抜けるようにローブをはためかせて後方に飛んでいく。
手強いというか……ゴースト?
一応王種なんだよな……? 不気味だけどデカいし。
「あれが……王種?」
「あー……多分な」
俺達がそれを警戒しながら見ていると、ボロボロになったはずのローブは徐々にその原型を取り戻す。
ひらひらと、ゆらゆらと。
やがてその動きを止めると、優雅な動作でこう告げた。
「我はヘル。眷属達を虐殺した報い……汝らに与えてやろう」
……どこに口があるんだ?
「虐殺ね……でも、巨人がこの国の人間を殺していたから、依頼がきたんじゃないのか?」
「我らの生存競争と、汝らの虐殺を同列に語るな。
狩りと駆除はまるで違う。我ら巨人にとっては、人間も肉塊でしかない。だが、汝らは巨人を喰らうのか?
その殺しに意味はあるのか?」
「……耳が痛ぇな」
「ふん、我が裁いてくれよう」
最後にそう言うと、ヘルはいつの間に取り出した杖を地面に突き立てた。
するとその地点を中心に、青白いサークルが現れる。
雪が溶けていないので熱はないようだが、円はゆらゆらと炎のような動きで広がっていく。
"ヘルヘイム"
"茨海"
ローズもそれに対抗し、茨の海を生み出す。
正直、あの効果が分からないから意味があるのかは謎だ。
「クロウ、一応茨に乗って」
「おう」
"無垢の鳥籠"
さらに彼女は馬を囲い、守りの体勢に移る。
迎撃態勢は整ったが、さて……
ヘルが生み出したサークルは俺達の下にも広がっており、今にも何かを仕掛けてきそうな雰囲気だ。
「死を恐れよ。人間」
「死……?」
「もう少し上に移動するよ」
「ぐっ‥」
何か感じたのか、ローズがさらに茨の高度を上げる。
そのスピードは、鳥籠も俺達も潰れてしまいそうなほどで、
息をつく暇もなく森の木々の上に顔を出す。
そんなにヤバいのが来るのか……?
そんな疑問を頭に入れる浮かべていると、次の瞬間、サークルの上に現れたのは黒い巨人達だ。
どこかヘルと似た雰囲気で、ただれたような皮膚をしていて弱々しい。
だが、彼らは見た目とは裏腹に力強く雄叫びを上げる。
「痛eh.de冷qe‥!!」
「マジかよ……」
数十人はいるし、どれも10メートル前後の巨体だ。
下位巨人よりもデカいのはどういうことだよ……
「道は無事だけど、クロウどうする?」
「俺はヘルを狙う。周りのやつらは茨で止めてくれ」
「オッケー」
軽いやり取りの後、俺は足場から飛び降りる。
あのサークルが巨人を呼び出すだけならば、降りる時に攻撃を受けなければ問題ない。
着地点辺りに巨人が待ち構えているが……
"霧雪残光"
俺に向かって伸びてくる丸太のような黒い腕を、容赦なく斬り刻む。こいつらもあまり手応えがないな……
見た目通り筋肉があまりない。というか生きてんのか?
俺が着地して彼らを見ると、腕を吹き飛ばされたやつもそうじゃないやつも、変わらず俺に向かってくる。
死を恐れよってことは……こいつら死体か?
ふざけた力だな!!
「ローズ、こいつら生きてねぇ。茨も多分効かねぇぞ」
「え!? ……なら燃やすから、クロウはそのままヘル狙って」
「了解」
"妖火-蛍火"
俺がそう返事をすると、周囲に4つの火の玉が現れる。
俺を中心に回転をしているので、死体はあまり気にしなくても大丈夫そうだ。
残りの5つも飛び回っているので、直に死体は全滅するだろう。そう結論づけ、死体を無視してヘルに接近する。
そしてその走る勢いのまま、重い一撃を。
"水禍霧散"
だが、彼女は燃える死体を見ても嫌に冷静だ。
冷ややかにつぶやきながら、俺の剣を杖で受け止める。
恐ろしく丈夫な杖だな……デカいし当たり前か。
「こんな凍土で炎を見るとはな」
「はは、俺達の方に来るとは運がねぇよな」
「……さて、どうだか」
ヘルは、死体にはない力強さで俺を吹き飛ばす。
そして、その先には特に大きな死体が……
「チッ、厄介だな」
"行雲流水"
吹き飛ばされるままの態勢で、上手く流れ斬る。
だが、その流れた先にも死体が待ち構えており、燃えながら殴りかかってきた。
ふざけてるっ‥
「マジか……!!」
「暖teu#<痛e:s@tewgq@」
炎も防がないといけないので、消耗度外視で剣を振るわなければ……
"霧雪残光"
「ハァ‥ハァ‥」
流石に何度も使うと、腕に負担がかかりすぎるな……
「死者とのワルツを楽しんでくれたかな」
「楽しめるか!!」
たまらず怒鳴り返すが、もう周囲に死者はいない。
そのため、さっきよりもヘルにのみ集中して駆けていける。
案外力があることはもう分かったし、次は一撃だけでは狙わない。
動きを予測し、確実に一太刀……って。
「死者は無限に」
ヘルは再び杖を突き立てると、俺の目の前に死者の集団が現れる。
おいおいおい……
死なない上に、いくらでも出せる軍団とかヤバすぎだろ。
"行雲流水"
死者達の流れを読み、ヘルへと向かう。
……むしろ俺の姿を隠してくれて、助かってるかもしれないな。
意図せず視界から外れることができたので、やや横方向から斬りかかる。隙だらけ……
だが、ヘルは俺に視線を向けることなく杖で剣を受け止める。気配は完璧に察知してました〜ってか?
くっそ、なんだよこいつは!! 剣豪なのか!?
「なんなんだよお前は!!」
「我はヘルだ」
「くっそ」
"霧雪残光"
今度は連撃を食らわせるが、それもほとんど受け止められてしまっている。万能すぎるだろ……!!
しかし、それでも数撃はまともにヘルに食らわせられた。
彼女の肉を大きくけず……手応えがない。
今回はローブではなく肉に当たったというのに、変わらず粘土のような手応えだ。
……まさか、こいつ自身も死者なのか!?
「ローズ、こいつも死者だ!!」
「え!? 周りのも増えてて手が回らないんだけど……」
ローズの方を見ると、確かに死者が溢れている。
俺の周りにはさっき増えた分しかいなかったが、逆に彼女の方は増えていたようだ。
「火はそれ以上無理か?」
「頑張ってみるよ。ロロちゃん少し攻撃を防いでくれる?」
「あいさー」
ローズはロロに防御を頼むと、火を消して目を閉じた。
俺の周囲からも火が消えているので、俺は俺で凌がないと……
「今しばらく我と踊ろうぞ」
ヘルはそう言うと、さっきまでの受け身の戦い方とは打って変わって、棒術で積極的に俺に攻撃を仕掛けてくる。
死者でも力は王種の巨人。つらい……
しかも火が消えたので、死者も増えるばかりだ。
俺にできることは、足を切り落として時間を稼ぐことだけ。
だが、ヘルには届かないのでジリ貧だな……
待つこと数分。ようやくローズがその目を開いた。
「クロウ、行くよ」
「おう、頼む」
"妖火-送り火"
ローズを中心に火が広がる。
地面を波打ち、ヘルのサークルを上書きするように……これ、俺も危なくね?
「え? おい俺は……」
「ごめん、これは多分全部燃やしちゃうかな。
緩やかだから、頑張って逃げて」
「はぁぁ!?」
下手したら、今までで1番レベルでピンチなんだが!?
入ったら普通は死ぬやつじゃん!?
パッと見ると、ヘルも既に遠くに行ってしまっている。
敵に避けられたら意味ないだろ……!!
そう思ったのだが、どうやら誰にも逃げ場はないらしい。
火自体は穏やかな燃え方だが、広がっている範囲はどこまでなのかはっきりしないほどに広い。
数百メートル先あたりで、炎が壁になっているのがかろうじて見えるくらいだ。……ローズの技って全部エグいな。
諦めて火を防ぐことに集中する。
ヴィニーが弾幕を防いでいた時って、こんな気分だったんだろうな……
"霧雪残光"
徐々に火力を増し海のように波打つ炎を、俺は必死になって斬り続けた。
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