49-巨獣の王
翌日。
俺とライアン、フーは、宿の前でローズ達と合流してギルドに向かう。
何故合流なのかというと、昨日ローズ達は帰って来なかったからだ。
どうやら彼女達はブランクの宿に泊まっていたらしい。
相当有意義な時間を過ごしたようだ。
……それでも俺は、ヘーロンさんと長い時間いたくはないけど。
そんな風に、お互い昨日の出来事を話しながらギルドの扉をくぐる。
この臭いにも慣れてきたな……
そう思いながら中に入ると、当たり前のようにマックスがいた。
毎朝毎朝よく一番乗りできるもんだ……
「おはよう」
「……ああ」
俺達が挨拶をすると、どうやら昨日のライアンとの付き合いは上手くいったようで、返事を返してくれる。
表情も特に不満げでもない……感動ものだ。
「マックス〜、今日の依頼は何だ〜?」
「検査はない。神馬か巨人の王を探すかだな。
どちらもすぐには見つからないから、下位巨人を狩るついでに探せばいいだろう」
そして質問にも案内するだけ、とは言わない。
それなりにいい関係を築けたようで、こうなってくると話してて楽しいな。
だがその内容は少し悩ましい。どっちも住処とかないのか……
探すのに骨が折れそうだ。
「どっちも同時に探せたりするか?」
「そうだな。どちらもどこにいるか分からないが、逆に言えばどこにでも現れる」
それを聞くと、みんな口々にそうしようと言い始める。
主にライアンとリュー。
こうなるともう確定したようなもの。
ということで、今日も再び下位巨人狩りになった。
前回と同じで俺とマックスとフー、ローズとリューとロロ、ライアンとヴィニーでチームだ。
目的地がないので、馬で国中を駆け回ることになるな……
少しげんなりしながら厩舎へ向かう。
すると、ギルドを出てすぐにマックスが思い出したように俺達を静止してきた。
「ああ、そうだ。これを渡すのを忘れていた」
「携帯電話か?」
そう言い取り出したのは、四角い箱。
少し小さい気もするが、多分携帯電話というもので間違いないだろう。
俺も昨日帰る前にヒマリと買いに行ったから持っている。
夜でも連絡が取れるという便利グッズだ。
この国でしか使えないらしいが……
そんなことを考えていると、ローズが声を上げる。
「え、クロウこれ知ってるの!?」
「ああ、昨日買った」
「えー? 私達だけかと思ったのに」
「ほんとだぜ。自慢したかったのによー」
ギルドに来るまでの時間しか聞く時間なくて助かったな……
俺が聞いたのは、蒸気がどうたらの説明くらい。
なのにどこで……? と聞いてみると、ヘーロンさんが連絡に使ってたんだ、とのこと。
……まぁ研究所ならそりゃあるよな。
むしろ研究所でも使われるものが、そこらの店でも買えるのが驚きだ。
「これは通信機だ。
で、一応3つ用意してあるんだが、誰が持つ?」
マックスは、会話のペースに流されずにそう言うと通信機を差し出してくる。
小型だから通信機……? 基準がよく分からないな。
「俺はあるし、俺らのチームはマックスが持ってろよ」
「了解した。他のチームは?」
「俺が‥」
「うちのチームは流石に私だね」
「お‥」
「聞くまでもなかったな」
リューがひたすらに無視されている……
彼は動きを止めて顔を歪めてしまっているが……でもまぁ、そうなるよな。こいつは危なっかしい。
「俺達はどうする?」
「ヴィニーが持ってろよ〜」
「オッケー」
ライアンとヴィニーも、すんなりと決めて通信機を受け取っている。
こう見るとしっかりした人が分散しているのはありがたいな。俺は密かに息を吐く。
そんなことをしている間に、向かう先も決まったようだ。
俺達はメトロ周辺、ローズ達はブラン周辺、ヴィニー達はバース周辺、とマックスが次々に指示を飛ばす。
「一通り案内はしたから分かるよな?」
「分かるよ」
「お互いに大物を見つけたら通信機で呼ぶ。いいな?」
「りょ〜か〜い」
マックスが指示を出し終わると、俺達はそれぞれの捜索範囲へと散った。
~~~~~~~~~~
「これが……神馬の足跡ってやつか?」
メトロの北を探し始めて数時間後。
下位巨人を狩りながら進んでいた俺達だったが、何の前触れもなく珍しい足跡を見つけた。
まるでいきなりその場に現れたように唐突に、だ。
それはどうやら馬のようだったが、やたらと数が多い。
それは足跡と足跡の間隔がほとんどないと思えるほどで、四本脚ではないのかもしれない。
足跡はそこまで深くもないので、近場にもいないようだ。
「そうだな……
もうだいぶ遠くに行っているだろうが、恐らくは」
となるとここで神馬は見つからないな……巨人探しで続行か。
「……だが少し変な気配がする」
「変な気配?」
俺は何も感じ取れないが……取り敢えず辺りを見渡してみる。
気配というからにはまずは音……特に変な音はしない。
雪は変わらず降っているし、その重みでしなる木々の音にも異変はなさそうだ。
風も穏やかで、巨人の足音も聞こえない。
結果、何も分からない……俺が力不足なのか?
「俺には分からないな」
素直にそう答えると、マックスは空へと顔を向ける。
俺も釣られて空を仰ぎ見るが、やはり特に何も見えない。
……一体何を見ているんだ?
「獣の匂い……風の音……王種の力を感じる」
「王種!?」
「ああ、空からやってくる巨人……こんなものは他にいないだろう。巨獣スィアチだ」
「巨獣? 巨人はみんな巨獣だろ?」
「そう言われてもな。俺は知っている逸話から予想しただけだ。文句は歴史に言ってくれ」
それもそうか……マックスは別に学者とかではないしな。
だがつまりは、それだけ有名なやつが来る……と。
巨人がいるのに巨獣とか、絶対に恐ろしい敵だ。
ニーズヘッグもきつかったし、俺達の手には余るな……
他チームも呼ばねぇと。
「じゃあ俺はローズに連絡取るから、お前はヴィニーに連絡取ってくれ」
「了解」
そんなやり取りの後、俺達が連絡を取り終わっても異変は訪れなかった。
空を見ていたが、思ったよりも遠くの巨人を感知したのかもしれない。俺としてはいるのが信じられないが……
「気を引き締めろ。来るぞ」
気を緩めていることをマックスに注意された瞬間、それは突然現れた。
空から劈くような風の音と共に降りてきたのは、一羽の巨大な鷲。
10メートルはくだらないほどに大きく、全身を金色の体毛に覆われ鉤爪は銀色。
深い緑色の眼に、凶暴な光を宿している化け鷲だ。
パッと見だとニーズヘッグよりもデカいが、ただデカいだけといった印象を受ける。
……確かにこれは巨獣だな。
「眷属を狩っておる愚か者というのは、貴様らか?」
俺達が身構えていると、圧を発しながら重低音でそう言う。
こいつは話せるんだな……
金色の羽も相まって、身のこなしもどことなく優雅に感じる。
「一旦なが‥」
「そうだと言ったら?」
「おい!!」
マックスが静止してくるが、その前にさっさと問いかける。
どっちにしても殺し合うんだから、ちゃんと敵として向き合っていた方がいい。……迷いは消す。
「殺す」
当然彼は、殺意を俺達に向けてくる。
……猛禽の鋭い嘴と爪、これに気をつけていれば死にはしないかな?
「……援護はする」
「アッハハハ、あたしは好きに動くからよろしく〜」
"そよ風の妖精"
フーはそう言うと、すぐさまそよ風を纏って飛んでいく。
戦闘モードのフーは頼もしい……っていうか速い。
俺も後に続かないと……
そう思い俺が慌ててスィアチに向かって走っていくと、彼もフー目掛けて飛び立った。
大きすぎて頭が痛くなるほどの迫力だな……
どうやって飛んでいるのか分からないが、爪をフーに向けて蹴りの体勢だ。
森を薙ぎ倒しながらで、その破壊力は考えるまでもない。
「パワフルな相手は苦手なんだけどねぇ」
「ならばすぐさま死ね」
そんなやり取りと同時に、フーのナイフ、スィアチの爪が激突する。風で空間を唸らせながらの、数と質の戦い。
どちらも鬼気迫る迫力だ。
フーはいつも通り、両手と空中合わせて何十本ものナイフをスィアチに向ける。
スィアチはその巨体による風圧と鉤爪で、その殆どを吹き飛ばす。……やはりこの面子だと重さが足りないか?
俺も接近はできたが、近くだと風が強くて目を開けているのも辛いな……
軽いと届かないなら、スィアチと同じく一撃で。
"水禍霧散"
俺が繰り出した長剣は、スィアチの羽を大きく削り取る。
だが10メートルの巨体では、体には届かない。
"信念の矢"
マックスも必中の矢を放つが、深手にはなっていなそうだ。
狩人の神秘も、いうなれば神秘的に感じるほどの技術。
10メートルの巨体にとっては蟻が噛み付いたようなものなのだろう。
「小賢しいわ!!」
俺もフーも、弓矢すらも吹き飛ばしながらスィアチが叫ぶ。
能力的にはただのデカい鷲なのに、この圧……これが王種か。
「もっと火力のある矢か弾はないのか?」
確かマックスは銃も使う。
あれもこいつには小石がぶつかったくらいにしかならなそうだが、弓よりはマシなダメージが入りそうだ。
「ない。この場では長剣か風の爆弾が一番重い」
「あれは溜めないと出せないよ?」
「時間稼ぎは得意だ。クロウもいるのなら十分に稼げるだろう」
「分かった。けどあの技も巨体には‥」
「我を前にして、何を話しておるか」
スィアチが再び空から……ん?
いや、何故か鷲が消え去っている。
気がついたら化け鷲……スィアチがいたところには巨大な虎が立っていた。
巨大なのは巨人だがら、鷲なのはそれが能力だったから、ということか。
「地上では……特にこんな鬱蒼とした森の中ではこれが最上よな」
「お前も色々な動物になれるクチかよ」
「も、だと? 我とそこいらの有象無象を一緒にするでないわ」
……ライアンは神獣の力を得るんだけどな。
巨人だから巨大な獣になっているが、ただの獣ならライアンの方が強そうだ。
少しだけ気が楽になってきた。
「確かにお前は強いけど、ニーズヘッグの方が強かった。
お前なら……俺でも斬れる」
フーが風を循環させているのを横目に、俺はスィアチへと駆け寄る。神秘を全身に……
これは本来とは違う使い方で使えないかもしれないが、それでも俺はこの名を呼ぶぜ。
「死を乗り越えろ"幸運の呪い"」
「我を止めるのには、ちと小さすぎるぞその呪いは!!」
スィアチは、鷲の時とは比べ物にならない俊敏さで俺に向かってくる。木を薙ぎ倒すことなく。消えるように。
神秘込みでも、森の中では上手く捉えきれない。
だが……
「俺は……運だけはいいんだよ!!」
ギリギリのところで、視界の端にスィアチが映る。
その爪は、鷲のものより鋭く俺に迫って……
"行雲流水"
すんでのところで爪を受け流し、その胴体に一撃を食らわせる。
鷲の時と同じく巨大だが、羽がないので攻撃は届く。
筋肉に弾かれるような感触だが、斬り続ければ……
「こそばゆいわ!!」
「ぐぅぅ‥」
そう叫ぶと、スィアチは左側に避けた俺に向かって右腕を振るってくる。
大木の2、3本は粉砕するようなものだが、どうにか防御は間に合った。
木に背中をぶつけただけで、膝を付くまではいかない。
そしてその隙に……
"ザミエルの呪弾"
マックスが新しい神秘を放つ。
聖人の放つ神秘にしては少し禍々しいが、それは確かにスィアチの胸部へと。
「グッ……これは」
「俺は狩るためだけの者。
俺にとっては家族を養えるなら……どんな力でもそれが祝福だ」
「殺すという……強い意思カァァ!!」
あの弾はスィアチにも効いたようで、血を吐きながら激昂する。
さらにその影響か、虎から巨人の姿へと。
その高さは鷲や虎を大きく上回り、15メートルを優に超えているほどだ。顔が見えない……
これ、攻撃できなくね?
俺はそう結論づけ、慌てて2人に声をかける。
「マックスもう一発打てるか?」
「さっきたまたま出来た力で、今日はもう打てないな」
「フーはまだか?」
「あと数分かなぁ」
「呑気か!!」
「小虫ガァァ」
そんなことをしている間に、スィアチはその両の拳を大地に打ち付けて攻撃を始める。
それは地面が波打つほどのバカ力だ。シャレにならない。
「おいおいおい……」
「王種とは恐ろしいものだな」
「アッハハハハハハ!!」
「お前らにはまともな感情はねぇのかよ!?」
冷静なマックスも、大笑いするフーも、どこか頭のネジが吹っ飛んでいる気がする。……いや、マックスは頼もしいか。
「フーはさっさと溜めきってくれよ」
「分かってるってー」
"流血の魔弾"
時間稼ぎ……はもう無理だが、せめてダメージの蓄積を。
マックスがスィアチの脚に黒い弾丸を乱射する。
その全てが命中しているが、今度の弾はおまり効いていないようだ。
「俺はもう役に立たなそうだ」
「俺が止めてやるさ」
波打つ地面を避け、木々を伝ってスィアチに接近する。
相手は木偶の坊。筋肉が守っているが鱗はない。
「斬って……やる」
"水禍霧散"
「グォォ‥」
当たりどころもよく、スィアチの右脚は体から切り離されて宙を舞う。
これで攻撃が緩んでくれるとありがたいんだけどな……
正直それが一番なんだが、その期待はかなわない。
いやそれどころか悪化してしまったようで、スィアチは辺り一帯に響き渡るような大声を上げる。
「我の声を、我の叫びを、受け取れ眷属よ。
我が名はスィアチ。
獣の鼓動よ、大地の鼓動よ。この名に集え!!」
「急に何だ!?」
スィアチが叫ぶと、俺達の周りからも揺れが発生し始めた。
他の巨人でも呼んだのか……?
シャレにならねぇぞ……!!
「クロウ、スィアチ自身もまだ来るぞ!!」
マックスの言葉に上を見ると、片脚で立つ彼が両腕を振り上げているのが見えた。
どんな体勢で攻撃しようとしてんだぁ!?
「いっ?」
そのまま俺の元には拳の雨が。こんなん地形変わるぞ……
「ふざけっ‥」
"行雲流水"
拳の流れを読んで避ける、避ける、避ける。
そして多少余裕がある時には斬り、どうにか耐えていく。
地面がさらに波打つし、掠っただけでも死ねそうだ。
だがそんな中、さらに周りからも巨人や獣達が現れ始めた。
誰も彼も5メートル以上の化け物達だ。
ヤバすぎだろ……
「周りのは俺が抑える」
"信念の矢"
"流血の魔弾"
俺が何か言う前にマックスが遊撃を始める。
弓も銃もふんだんに使っているし、しばらくは持つかもしれない。
すると狙い通り彼らはマックスに視線を向けたので、俺はもう気にしなくてもよさそうだ。
俺は……スィアチ。
「こんのデカブツがぁぁ‥」
「なっ‥」
"霧雪残光"
頭上から降ってくる左腕を、真正面から細かな斬撃で斬り刻む。
指が吹き飛ぶと、スィアチも怯んで攻撃の手が緩んだ。
今が……チャンス。
「フーまだか!!」
「行けるよー」
"シールパラム・シュタッヘム"
フーがその両手に包む風を爆発させる。
風の爆弾は、先を尖らせ槍のように。
その数十の穂先をスィアチの巨体に向けた。
「あんたも飛ばすよー」
「は? ちょっ、ふざけんな」
だがフーはそれだけでは終わらせず、俺をそよ風でスィアチの首元まで運んでいく。
「グ‥ガ‥‥まさか我が‥」
どうやらフーの攻撃は、討伐まではいかなかったようだ。
察してたってことか? まさか止めを譲るとはな……
"水禍霧散"
巨獣の王は、その体との別れを叫んだ。
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