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化心  作者: 榛原朔
一章 支配の国
54/432

48-ヘーロンの研究所

ローズ、ヴィニー視点の話です。

クロウ達と別れたローズ達が、再び研究所に行くと、今回はすぐにヘーロンがやってきた。

しかし、どうやらずっとブライスの面倒を見ていたようで、少し疲れた表情だ。


もしかしたら彼女は、お菓子の前ではしゃいぐ以外でも何かしていたのかもしれない。

数回瞬きを繰り返したローズは、しばらくして我に返ると、少し申し訳無さそうに声をかける。


「あの、迷惑だったら今日はやめておきますけど……」

「いいえ、大丈夫よ。あの子が来るのはいつものこと。

あなた達はずっといるわけではないのだし、歓迎するわ」


するとヘーロンは、こめかみを抑えながら笑顔を作ると、体を横にズラして彼女達を迎え入れた。

明らかに疲れが溜まっている仕草。


しかし、たとえこのまま帰ったとしても、ブライスを彼女に任せきりになってしまい、負担がかかることは確実だ。

それならば、一緒にいた方が手伝えることもあるかもしれない。


少し迷った様子を見せたローズ達だったが、最終的にはその厚意に甘えて応接室に向かう。


中は、先程と同じく少し湿っぽい。

しかし明らかに違うところもあった。


それは、奥いくにつれて甘い香りが漂ってきたことだ。

確かにローズ出発する時、ヘーロンはブライスにお菓子でも食べていろと言っていた。


だが、それからしばらく時間が経った現在でも、変わらず甘い匂いがするというのは異常だと言える。 

ローズは段々と笑みを深めていくが、ヴィンセントは呆れたような、戸惑うような微妙な表情をしてついて行く。


「一息ついたら見学させてもらってもいいですか?」

「ええ、いいわよ。

この研究所は蒸気のものだから、あまり重要なものはないけれどそれでもよければね」


応接室を目前にして、ヴィンセントが真剣な面持ちでヘーロンに問いかける。

しかし、彼女は自分の研究している分野にあまり自信がないのか、控えめな反応だ。


「俺達からしたら、どんなものでも新鮮な体験ですよ」


しかし、ガルズェンスの外から来たヴィンセント達にとっては、そんなことはない。

大体は神秘で補っているし、多少残っているものも研究するどころか廃れているため、どれも目新しいものばかりだ。


リューは興味なさげだが、ローズも彼の言葉にうんうんと大きく同意している。


「そう? ならよかったわ」


そんな様子を見たヘーロンも、まんざらでもないようだ。

ちょうどドアの前に立った彼女は、ほんのり嬉しそうにながらそれを開く。


すると、中から溢れてくるのはより濃い香り。

そして……


「え!? すごーい!!」

「あっローズちゃんだー」


期待に胸を膨らませる彼女達の目に映ったのは、フヴェル湖に行く前に見た数倍の量のお菓子の山。

蒸しパンや菓子パン、シュークリーム、ケーキなどが大半を占めるが、たまにチョコレートや饅頭なんかも顔を出している。


ブライスが気がついて声をかけてきたが、どうやって彼女達に気がついたのか不思議なくらいだ。


「ロロちゃんも来たんだねー」

「うん、あったかいからさー」

「うっわ、すげーなおい……」

「……これを1人で食べていたんですか?」


彼女達がブライスと話していると、少し遅れて、居心地の悪そうな表情をしたリューとヴィニーも入ってくる。

2人は引き気味に呟いているが、それも当然だろう。


むしろ、この光景を見て嬉しそうにしているローズがおかしい。彼女は興奮で顔を輝かせながら中を進んでいく。


「一緒に食べるー?」

「ぜひ!!」

「オイラもー」


そして彼女とロロは、ブライスに誘われるままお菓子の山に手を付け始めた。




~~~~~~~~~~




「おいしかったー」

「ごちそうさまでした」


ローズ達はそれから30分ほど食べ続け、満腹になった頃ようやく食べるのをやめた。

もはや間食を超えている量のお菓子を食べた彼女達は、心の底から幸せそうだ。


それに対してヴィニーやリューは、若干引いたような呆れ顔で彼女達を見ている。

彼らは、特に何をするでもなくお菓子が消えていく様を見せられていたのだから、当然の反応だろう。


しかし、ローズにも食べすぎているという自覚はある。

その罪悪感から目をそらすように、ヴィンセントに対してぼやき始めた。


「何かー?」

「いえいえ、私は……俺は特に文句などございませんよ」

「何その口調」


ごまかすような彼の言動に、ローズは少し不満げだ。

しかし、明日からも討伐依頼が目白押しで運動自体は十分すぎるほどしている。


彼女は自分の中で自己完結すると、ゆったりくつろぎ始めた。その視線の先にいるのは、ジッ……とロロを凝視しているリューだ。


彼はどうやら、ロロがローズと一緒に食べ続けていることが気になっていたらしい。

信じられないものを見る目で彼を見ていた。


「ロロもよく入るもんだなぁ……」

「えー? ふつうだよー」

「ロロちゃんはいつもよく食べるよねー」


しばらくはただ見ているだけだったリューだったが、やがて耐えかねたように呟く。


自分の半分も背がない猫が、性別が違うとはいっても同じ人であるローズと同じ量を食べている。

たしかに、普通ならば驚くべきことだ。


とはいえ、それは彼が、普段の食事では周りを見ていないというだけである。

小さくともロロは神秘で、彼の様子を普段からちゃんと見ているローズは、何を今さらと苦笑していた。


「まぁ取り敢えず満足はしたということで」

「そうだね。見学行く?」

「ええ。大丈夫ですか? ヘーロンさん」


間食は終わり、話も一段落ついた。

場をまとめたヴィンセントは、そのまま見学に移行しようと、ソファに座るヘーロンに問いかける。


流れ的には自然で、特におかしなことはないだろう。

しかし彼女は、何に驚いたのか肩をビクリ震わせた。

これには当然、話しかけたヴィンセント以外も驚いて視線を向ける。


その視線を一身に受けているヘーロンは、慌てたように顔を上げると頭を振っていて眠そうだ。

どうやら彼女は、さっきまでうたた寝でもしていたらしい。

かなりの勢いで瞬きをしている。


さっきまでくつろいでいたローズ達も、疲れ切ったヘーロンの様子を見て、また心配そうにし始めた。


「やっぱり疲れてます……?」

「大丈夫よ……ありがとう」

「見学行こうって話になったよ!!」

「ブ、ブライスさん……」


やはりヘーロンは疲れた様子を見せていたが、ブライスはそんなこともお構いなしで呼びかける。

ローズ達の配慮もぶち壊しだ。


「分かったわ……大したものはないけれど」


そんなブライスの言葉を受けたヘーロンは、ぼんやりとしながらもソファから立ち上がる。

どうやら案内をする気になってしまったらしい。


だが、少しフラフラとしており、本当に辛そうだ。

それを見たローズは、ヴィンセントに向かって視線だけでどうする? と問いかける。


すると彼も、微妙な表情をして彼女を見返した。

どうやら、興味があることやヘーロン本人に否定されそうなことなどもあり、判断に困っているようだ。


「つかれてるならー、むりしなくていーんじゃない?」

「そう……?」


彼らが悩んでいると、ロロがやんわりと休むことを促す。

それを聞いたヘーロンさんも、表情を緩めていた。

パッと見ではすぐに分からないが、どことなく安心した様子だ。


すると迷っていた彼らも、やっぱり止めておいた方が良さそうだと結論付けた。

ローズはヴィンセントと顔を見合わせると、お礼を言って研究所から出ようと立ち上がる。


しかし、その直前。

ブライスがそれを遮るように口を開いた。


「疲れてるの? だったらお風呂行く?」


ローズの耳に飛び込んできたのは、部屋を埋め尽くすお菓子並みに衝撃を与える言葉、お風呂。


この施設が蒸気の研究所だと言うのならば、お湯や湯気もまた研究の一部に入るかもしれない。

つまり、お風呂もこの国で一番の可能性があった。


彼女は目を輝かせると、すぐさまブライスに質問を始める。


「それ、みんなで入れるくらい大きいの?」

「大きいよー。ヘーロンとロロちゃんと4人で入る?」

「うん、入りたい!」


ブライスの言葉にローズがうなずくと、ヘーロンもそれなら……と表情を緩めた。

やはりかなり疲れていたようで、特に案内をする必要もなく休めるのはありがたいようだ。


しかし、ローズ達がワクワクしていると、ヴィニーとリューが困ったように問いかける。

もちろん、男連中はどうしたらいいのか? だ。


ローズはついテンションが上がって即決してしまったが、彼らは興味がないので暇を持て余してしまう。


だが、ヘーロンにはその対応策もあったらしい。

落ち着いた様子ですぐに答える。


「それなら丁度今アレクさんが来ているから、彼に案内してもらうといいわ。遊びに来てる訳でもないから安心よ」

「分かりました。ここで待っていていいですか?」

「ええ、伝えておくわ」


ヘーロンがそう約束すると、ヴィンセント達はまた大人しく席につく。

それを見届けたローズ達は、2人を残してお風呂へと向かった。




~~~~~~~~~~




全身の筋肉を緩め、疲れを癒やす温泉……

視界を埋め尽くす湯けむり……

湯口から響き渡る、耳心地のいい穏やかな音……


「はふぁ〜‥」

「うにゃ〜‥」

「ふえぇ〜‥」


ここは、研究所にある大浴場。

疲れ切った体を癒やすこの巨大な風呂で、ローズ達は全身の筋肉を弛緩させてくつろいでいた。


「あなた達……少し大げさじゃないかしら?」

「ヘーロンさんは、慣れているだけですよ〜……」


変わらず大人なヘーロンは、そんな彼女達の様子を見て不思議そうに呟いたが、ローズはのんびりとそう返す。

そして、湯船でふわふわしながら今いる大浴場を見回した。


広さは女湯だけでも5000平方メートルはある。

しかも隣には男湯、外には露天風呂も完備しているし、他にもサウナや泡が出ているお風呂とよりどりみどり。

広さも質も、どことも比べることができない一級品だ。


しかも、ここからはフヴェル湖も見える上に、美しい壁画も描かれていて視覚も幸せになる。

彼女達は、天国にいるように意識がふわふわしているようだった。


「満足してくれて嬉しいわ」

「いいよねー‥お風呂……ロロちゃんも全身入るとは思わなかったけどー……」

「オイラはすききらいしないよー……

食べものもなーんでも食べるー……」





ローズの言葉に柔らかく反論するロロも、プカプカと浮いていて楽しげだ。

疲れ切ったヘーロンも、ずっと元気なブライスも、みんな伸び伸びとしていて、どこまでも夢見心地。


「あー‥いい湯……」


(夜もまた入りたいなぁ……)


ローズは、ぼんやりとこの後のことを考えながらこの天国を満喫した。




~~~~~~~~~~




ローズ達が部屋を出て数分後。

彼らが思ったよりもすぐにアレクはやってきた。


「おいっすー。案内役のアレクさんっすよー」


彼はヴィンセント達を見ると、初めて会った時と同じようにつなぎ服に白衣をなびかせ、そう声をかけてくる。

ヘーロンとは真逆で、元気そのものだ。


「おう、あんたがアレク?」

「そうっす。ヘーロンに頼まれたから来てあげたんすよ。

感謝してくださいね」


リューがどうでも良さそうに尋ねると、アレクはちらりと彼を見てから、少し恩着せがましく自己主張してきた。

彼もそこまで嫌ではないのだろうが、ほんの少しだけ面倒くさそうだ。


そしてヴィンセントは、2日前との違いに少し驚いてしまったらしい。リューの話し方的にしょうがない部分もあるのだが、目をパチクリさせながら戸惑ったように口を開く。


「君そんな性格だったの……?」


ニコライと話していた印象とは少し違うが、どうやらこちらが普段の姿のようだ。

おそらくは、ヴィンセントがローズを敬っているのと同じ感じなのだろう。今はあの時より陽気で軽いノリだった。


「僕は機械をイジるだけの引きこもりっすけど、それでもやっぱり楽しくないとね」

「だよなぁ。やっぱどんな時でも楽しまなきゃ。

……ライアン達と行きたかったなぁ」


彼の問いにアレクが笑いながら答えると、すぐさまリューも同意する。いつでも楽しむ……普段から周りを気にせず、好きにしている彼らしい言葉だろう。


しかし同時に、心の底から無念そうに嘆いても見せた。

確かに彼は、無理やり連れてこられているためそんな言葉が出てもおかしくはない。


だが、その中でも自由にするというのが彼だ。

そこのところを理解しているヴィンセントは、苦笑を浮かべながらたしなめ始める。


「まぁまぁ。色々見るのも楽しいからさ」

「へいへーい」


とはいえ、リューも今更特に何かすることはない。

彼は適当に返事を返し、ヴィンセントと一緒に施設見学に繰り出した。




~~~~~~~~~~




蒸気の研究所。

その一番の見どころは……


「何だこれ?」


彼らの目の前にあるのは、ひたすらに煙たい部屋だった。

どうやら巨大な機械が稼働しているようだったが、その全貌は見通せない。


視界の確保もできないのだから、もちろん近づいて観察するのも無理だ。というより、そもそもドアが閉まっている。


一応はガラス張りになっている場所もあるが、結局は蒸気で見えないため、彼らはただぼんやりと立ち尽くすしかなかった。


「これは永久機関っす」

「永久機関?」

「そうっす。一言で言うと、追加でエネルギーを与えなくても仕事をしてくれる機械っすね」


しばらく眺めた後、ようやくアレクが説明を始める。

それによると、この部屋の役割はこうだ。


まず、電気で熱を発生させる。

そしてその熱が生む風が、中にある風車を動かす。

その動きで発電するので、それで再び熱を発生させる。


これを繰り返して動かし続けているらしい。

その熱でついでにパンやケーキ、クッキーなども焼いているというのだから、彼らの驚きもひとしおだ。

何しろ、おそらくさっきその成果を見ているのだから。


だが、ヴィンセント達が感心して眺めていると、アレクは少し悔しげに呟いた。


「ただ、それも神秘があるからできる芸当なんすよね……」


どうやら科学者として、それはあまり歓迎できない事柄らしい。彼の口はへの字に曲がり、その呟きを聞き逃していたとしても、安安と不満を読み取れる。


しかしどんな仕組みであれ、ヴィンセント達外から来た者からすると、勝手に動くのはすごいことだった。

これには、さっきまでダルそうにしていたリューですら目を輝かせている程だ。


「とまぁ、これがここの一番のものっすね。

他は本当に大したものはないんすけど」


そう言うとアレクは、次の場所への案内を始めた。




彼らがその後見たのは、植物の成長を早める蒸気や燃える蒸気の研究など。

大したものはないと言っていたが、どれもヴィンセントには理解できず、リューが興味を示すほどの代物だ。


すべて見終わる頃には、ヴィンセントは科学者の大したことないという言葉に不信感を覚えてしまっていた。




彼らが施設を一通り回って戻ってみると、ちょうどローズ達も風呂から上がっていた。

どこから取り出したのか、4人でボードゲームを囲んでいる。

4人の中には、もちろんロロも。


これはヴィンセントにとって、さっきまで見ていた物の次くらいには衝撃的なことだったようだ。

またもしばらく瞬きを繰り返すと、リューの後を追って部屋を進んでいく。


「俺達はもう大体見たんですけど、お嬢はどうします?」


見学をせずに遊んでいるということは、もう見て回る気はほとんど無さそうではあった。

しかし、ヴィンセントにとっての最優先事項はローズの意思であるため、まずはその確認を始める。


「うーん……? うわ強っ」

「お嬢?」

「あー泊まることにしたよ」

「え、泊まるんですか?」

「うん、別にいいって言うから」


ヴィンセントがヘーロンに視線を向けると、彼女は嬉しそうな顔をしていた。迷惑どころか歓迎してるようだ。


だが、リューはもちろんそれに反対し始めた。

ボードゲームを見ていておとなしめだが、それでも少し騒がしい。


リューと違って、少しの間戸惑っていたヴィンセントだが、彼は何事もローズの意思に従う。

その上迷惑でもないということで、リューを説得する方向に切り替えた。


「そうですね……ならそうしましょうか。

ほら、リュー。このまま泊まるの楽だよ」

「えぇ? フーはいねぇし、ライアンとも話したかったし、クロウでも遊べねぇだろ」


しかし、どうやらリューが重視していたのは一緒にいる人のようだった。

大事な妹に、彼と同じように自由そうで、さらにはほんわかとしていて居心地のいいライアンに、反応の大きいクロウ。


これはヴィンセントにはどうしようもないことだった。

そのため彼は、人がいなくてもくつろげる場所だ、とこの施設のアピールに切り替える。


「まぁでも、ここは設備が宿より豪華だよ?」

「んーまぁな。けど、気が合うやつがいねぇんだよなぁ」

「あ、それなら僕も泊まるっすよ。一緒にゲームすると楽しいっす」

「……アレクならいっか。じゃあ泊まろう」


それでも渋ったリューだったが、アレクが一緒に泊まることを表明すると、少しかんがえた後に了承する。

ということでローズ達一行は、全員まとめてヘーロンの蒸気研究所に泊まることになった。


科学には詳しくないので、もし永久機関などがおかしかったり、他にもっといい表現・技術などがあれば教えていただけると助かります。

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