46-怒れる黒蛇・後編
真紅の眼で俺達を睨むニーズヘッグは、やはり狙いをマックスに切り替えてしまったらしい。
手前にいるフーや俺には目もくれず、どんどん森の方へと向かっていく。
しかもライアンが吹き飛ばされている現在、止めるすべがない。俺もフーも回避で精一杯だ。
そのため、ニーズヘッグはすぐに森へと到達する。
「マックス!!」
「問題ない。ここからは俺も前線で戦おう」
俺は焦ってマックスに声をかけるが、彼は動じずそう答える。
弓矢で近接戦闘ができるのか……?
そんな心配をしたが、彼は構わず森から飛び出してくる。
マジかよ……
「シャァァ!!」
それを見たニーズヘッグは、大きく口を開き火を吹く体勢をとる。
ライアンすら吹き飛ばすのにあいつに防げるとは思えない。
俺は、せめて狙いを逸らせるように攻撃を加える。
"水禍霧散"
熱気が吹き出してくるが、重い一撃なら突破可能だ。
硬い鱗に長剣を打ち付ける。……斬れねぇ。
「くそっ」
それと同時に、マックスがいる辺りに向けて広範囲の炎が吐き出される。狙いを逸らすことはできなかったようだ。
だが、マックスはそれを背にすごいスピードで俺の元まで駆けてくる。
本当に問題ないのかよ……
「俺はやつの周囲で気を引く。お前達で隙をついてくれ」
「体力持つのか?」
「俺は狩人である上に聖人だぞ?」
「そうか、了解」
マックスはそれを聞くと、すぐさまニーズヘッグの顔の近くまで走っていく。
その移動中も弓を撃ちまくっているのは流石だ。
「リュー行くぞ」
「……」
フーは変わらず遠距離からナイフやサージブリーズで攻撃、マックスが遊撃で俺とリューが背後に回って接近戦だ。
マックスの負担がデカいから申し訳ないな……
「ふぅ~‥」
"ラッキーダイス"
道を示すでもなく、運を分けるでもなく。
命の危機な訳でもない。
そんな時の俺の呪いは弱々しいが、それでも。
「上手く鱗を掻い潜ってくれよ」
リューの後を追ってニーズヘッグに接近する。
近づくほどに熱気が増していく……それだけで十分な脅威だな。
"行雲流水"
熱気を切り裂き、肉薄する。数撃ちゃ当たると信じるぜ……
俺は回転しながらニーズヘッグの全身に長剣を打ち付ける。
そのほとんどは弾かれているような手応えだが、一部は鱗を貫通したか間を抜けたかしたようだ。
僅かな手応えを感じる。
「キシャァァ!!」
ニーズヘッグも俺を認識したようだ。
赤い線から出ていると思われる熱気が増していき、尻尾が俺に向けて迫ってくる。
ライアンを負かすパワーを受ける訳にはいかないな……
だけど、尻尾の硬さも胴体と同じなのか?
ふとそんな疑問を持って、避けるのをやめる。
的が小さいので受け流すのは大変だが……
"行雲流水"
ナイフを取り出し、双剣で迎え撃つ。
流れるように……廻れ……巡れ……
攻撃自体は受け流せたが、先端は靱やかな動きで俺の頬を掠めていく。感触的に胴体より硬いな。
俺が受け流した尻尾は、勢い余って地面に穴を開けている。
体に当たったら余裕で風穴を開けられそうだ。
……勝ち目あるか?
「無事か?」
俺が考え事をしていると、いつの間にかマックスが隣に来てそう声をかけてきた。
どうやらマックスに余計な心配をかけてしまったようだ。
「うおっ、いつの間に。……ああ、そっちもまだいけるか?」
「当然」
彼はそう言うと再び前に走っていく。
神出鬼没で、しかも体力も無尽蔵かよ……流石狩人だな。
「って、また来たか……」
再びニーズヘッグが俺に向き直る。
今度は口を大きく開けて、広範囲の炎を俺に向けて吐き出してきた。
距離が近いし回避は追いつかなそうだ。
「おいしょ〜!!」
俺が回避を諦めて迎え撃とうとした、その瞬間。
なんとも気の抜ける声が辺りに響き渡った。
そしてそれと同時に、ニーズヘッグの炎が凍りつく。
「な、何だ!?」
俺が戸惑っていると、空からライアンが降ってきた。
人の姿のままで、ニーズヘッグの前で膝や手を付いている。
……は? え、なに能力使わずに飛んできたのか……?
「いや〜熱かった〜」
「おい待て。何で上から来るんだよ」
「ん〜? 街までぶっ飛ばされてたからよ〜、森を飛び越える方が速かったんだよな〜」
俺が言葉を遮って強めに問い詰めると、彼はなんてことはないように軽く答えた。頭おかしいだろ……
だがライアンは、そんな俺を気にせず言葉を続ける。
「火まで吹くなら〜俺も奥の手出さねぇとな〜」
「まだあんのかよ!?」
炎が凍ったことに関係あるのだろうか?
俺がそんな考察をしていると、ライアンは体を屈め始める。
するとヴォーロスの時と同じように、その全身が変化していく。
全身が白銀に輝き始め、冷気が漂ってくる。
地面についた両腕が、四足獣のような強靭なものになっていく。
そして当然体全体も巨大化を始め、ニーズヘッグと並ぶほどの大きさに。
"獣化-フェンリル"
「お前、何それ……」
「俺が手に入れた力の中で一番強力な魔獣だぜ〜」
ヴォーロスの時は低くなっていたが、今回は高めで神秘的な雰囲気の声だ。
「ミョル=ウィド南方にいた狼か……」
「さっすが〜。よく知ってんな〜」
気づいたらまたマックスがそばまで来ている。
弓を持ち替え、銃という武器で撃ちながらだが、それでもすごいな。
「まぁな……この国では割と有名な魔獣だ」
「へ〜……そんじゃまぁ討伐開始するかね〜」
「掩護は任せろ」
マックスがそう言うと、ライアンはその場から忽然と姿を消す。
……レグルスの光も使われてないか?
俺がそう度肝を抜かれていると、彼はニーズヘッグのすぐ目の前に現れた。
そしてそのまま牙をニーズヘッグの腹に突き立てる。
どうやら今までの攻撃と違って、十分なダメージが与えられているようだ。
ニーズヘッグは口から火をチロチロとこぼしながらのたうち回る。
「ガルルル‥」
「キシャァァ!!」
だが、ニーズヘッグも黙ってやられるままではいない。
それに応えるように、ライアンの背中に噛みつく。お互いに血を滴らせ、恐ろしい形相だ。
そして当然、物理的な攻撃だけではない。
ライアンの口からは冷気が、ニーズヘッグの口からは熱気が溢れ出ている。
そのため傷跡は、凍り、燃えていて、見ているだけでも痛々しい。
残った俺達も、せめて援護をと攻撃を仕掛ける。
マックスは銃弾を乱射するし、フーは風の爆弾を飛ばす。
リューも風の弾丸や大剣を振るうし、ライアンも牙だけでなく、爪や周囲に発生させた氷での攻撃を行っている。
そして俺も、大地に足を踏みしめ全身全霊の一振りを。
"水禍霧散"
俺の攻撃に割く余力はないらしく、攻撃は尻尾にも熱気にも遮られずに胴体に届く。
しかも意識が向いていないからなのか運がいいのか、弾かれることなく鱗を貫くことができた。
「シャァァ‥」
感触通りダメージも大きかったようで、ニーズヘッグは牙をライアンから離す。
持ち上げた上半身もフラフラと力ない。
叫びも断末魔のようだ。
「ガルァァ!!」
そんなニーズヘッグにライアンが追い打ちをかける。
熱が減ったので、その力強さもひとしおだ。
冷気を強めることでさらに抵抗力を奪い、上下左右に引きずり回す。
すぐに凍るためグロさはないが、ものすごい量の血が飛び散っていてえげつない。
彼はひとしきり振り回すと、最後の仕上げとばかりに空へと打ち上げる。
そして両足を地面に打ち付けると、宙を舞うニーズヘッグに向けて棘状の氷を作り、多方面から貫く。
「シュー‥」
全身を氷の刃で貫かれたニーズヘッグは、ほんの一瞬弱々しく音をもらし沈黙した。
ライアンのお陰で、思っていたよりも時間がかからなかったな……
『血族……よ……』
「ん……?」
何か聞こえたような……気のせいか。
今はライアンを労おう。
「フゥ……フゥ……」
「おつかれ」
声をかけると、彼の体は少しずつ人型に戻っていく。
フェンリルの力は他よりも負担が大きいらしく、いつもよりもボロボロだ。
「お〜う……援護のお陰〜」
「お前がいなかったら勝ててねぇよ。ありがとな」
少しヒヤヒヤしたが、ひとまず依頼一つ完了だ。
他の2つも厄介らしいし、もっと強くなんねぇとな……
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