45-怒れる黒蛇・前編
俺達が研究所を出てから数十分後。
ヘーロンさんに案内されたフヴェル湖は、対岸が見えないほどに巨大な湖だった。
しかも対岸だけでなく、右を見ても左を見ても果てがない。
恐ろしい面積だ。
それだけでも十分すごいのだが、さらに水面には氷塊が浮かび岸辺には大樹の根が張っている。
明らかに普通の湖とは違った雰囲気で、この国の科学とは相容れないような異質さを放つ。
そんな神秘的な湖。
確かに魔獣も強力なものがいそうだな……
「一応ここがフヴェル湖よ。黒蛇……ニーズヘッグがこの湖のどこにいるかは分からないのだけど」
「……この湖ってどのくらい広いの?」
「約700平方キロメートルね。けど、ニーズヘッグは大抵木の根の近くにいるはずだから、そこを中心に探すといいわ」
「ありがとう」
「ええ、それじゃ私は戻るわね」
ヘーロンさんはニーズヘッグの情報を一通り話すと研究所へと戻っていった。
依頼主側の人だから流石に手伝ってはくれないか……
あれ? ブライスなら手伝ってくれたのでは?
ミスったな。
「じゃあ早速探しましょうか。8人なので3、3、2で分かれましょう」
「オッケー。じゃあ巨人探しの時と同じ感じでいいかな?」
「じゃあ俺とヴィニーか〜?」
「そうだね。よろしく」
とすると俺とマックスとフーだな。
マックス達の話では巨大で炎を吹く蛇とのことだが……
下位巨人より強いだろうな。用心しないと。
そんなことを考えていると、リューがイヤに冷静な意見をくれる。
「でもよ、分担するなら左右の岸辺と氷上だろ?
飛べる俺とフーが行くべきじゃね?」
「え、お前変な物でも食べたのか?」
「失礼なやつだなぁ」
リューは心外だという風に言うが、出会った時ならもっと好き勝手やってたと思う。
成長したんだな……
たがヴィニーも考えなかった訳ではないようで、そのチーム分けの気がかりを口にする。
「うーん、でも歩くより疲れるよね? 大丈夫なの?」
「飛ぶだけなら大した負担にはならねぇよ」
「そっか……じゃあ2人が湖、その空いた枠に俺とライアンだね」
「了解」
最終的にリューとフーが氷上、俺とマックスとライアンが右、ローズとヴィニーとロロが左、といった風に分かれることになった。
正直、ロロがいる左はライアンが行ったほうがいいと思ったのだが、ローズとのバランス的に仕方ない。
ヴィニーとロロも相性はいいし、どうにかなるだろう。
ということで、俺達は右側。
若干木の根よりも氷が多い場所だ。
根の近くにいるっていう話だったし、もしかしたらこちら側にはいないかもしれない。
そんな気楽さからかライアンも陽気で、嬉々としてマックスに話しかけている。
「なぁなぁ〜、マックスって何が好きなんだ〜?」
「何ってなんだ?」
「好きなことでも〜好きな食いもんでも〜、何でもいいぜ〜」
「……特にない……が、サンドイッチの類は嫌いだ」
「へ〜何で〜?」
「手軽だけど軽くて満足感がない。科学者達が流行らせたのも気に食わん」
意外にもちゃんと会話が成立している。
リューとの違いは何なんだろうか……
「そういえば、ライアン達の検査ってどんなことをしたんだ?」
「ん〜? そうだな〜‥‥血を採られたり〜髪とか皮膚を採られたり〜、あと変な機械に入ったりとかだな〜」
あれ、なんかよく見たら痣が消えてるな。……まぁいいか。
それよりも皮膚を採られる……
でもニコライが止めなかったってことは、それ以上の検査とか実験があったのかな。恐ろしい……
「……待て」
俺達がそんな話をしていると、マックスが昨日のように制止してきた。
こちら側にはいないと思ったが、そんなことはなかったのか?
「黒蛇の気配でも感じたか?」
「本体の気配はしないが、その眷属が先にいるな。這う音がする」
耳を澄ましてみると、氷を引っ掻くような音や根が齧られているような音が聞こえてきた。
分かりやすいな……確かに蛇がいるようだ。
それもかなりの数。
「一匹って言ってなかったか〜?」
「眷属はただの蛇だ。依頼が出されている巨人という種族とは違い、少し大きいくらいでしかない」
「じゃあ戦闘は回避したほうがいいな」
「できるのならな」
できるなら、か。まぁ蛇は熱で探知するっていうからな。
避けられないのも頷ける。
だけどこの面子だと範囲攻撃ができるやつがいないんだよな……
大声出せばリュー達気づくか?
「ならリュー達を呼ぼう」
「そうだな〜」
気づく確証はないが、ライアンと一緒に2人を大声で呼んでみる。
湖は少し霧がかかっているので声の届く範囲にいるかどうかの確認もできないが……
「いたのかぁ?」
「…………」
少しするとそんな声が聞こえてくる。
どうやら届く範囲にいたようだな。
「この先にいるらしいぞ」
「りょうかーい」
さらに数分待ち2人と合流すると、捜索を再開する。
そこからは、リューとフーが眷属の蛇たちを吹き飛ばしていくのでとてもスムーズだ。
それだけ見ると、案外楽な相手なんじゃないかと思えてくる。
だが、彼らは人の腕2本分の太さの大蛇だった。
それを束ねるとなると、ニーズヘッグというのはとんでもない化け物なのだろう。
俺達は、気が緩みそうになるのを抑えながら先へと進んだ。
~~~~~~~~~~
俺達が合流してから数分後。
氷の多い右側の中で、比較的根が多い場所にそれはいた。
とぐろを巻いているので全長は分からないが、少なくともあのゴーレム以上の大きさだ。
そして、全身を覆う鱗は黒蛇と呼ばれるだけあり夜闇のように黒く輝き、目は血塗られたような赤、体の上部には小さいが鉄も引き裂けるような爪を持った腕もついている。
全身が凶器のような怪物だな……
だがフーはそれに物怖じすることなく飛びかかっていく。
"そよ風の妖精"
「アハッ……」
「……」
"風天牙"
リューが周りに群がる大蛇を吹き飛ばし、フーがナイフと共に襲いかかる。勇ましいことこの上ない。
接近は危険すぎないか……?
そう思わなくもないが、万が一の時はリューも助けられる範囲だ。
それでもできるだけ早く手の内は明かしたいな……
「俺は掩護に回る」
「了解」
「俺達も突っ込もうぜ〜。フーはいい囮になってるしよ〜」
"獣化-レグルス"
そう言うとマックスは少し距離を取り、ライアンは光速で突っ込んでいく。
こうなると前衛3人か……俺は中衛辺りにいたほうがいいな。
俺は一旦、ニーズヘッグとマックスの間に入る。
もし素早くても、今の俺ならどうにか受けられるだろう。
俺がそんなことをしている間に、ライアンはニーズヘッグに肉薄している。
フーよりも速く届くのは流石だ。
「シャァァ!!」
「ん〜? なんか普通に見据えられてるな〜」
"災いを呼ぶ茨槍"
ライアンの突き出す槍に対して、ニーズヘッグが繰り出したのはその尻尾だ。
体から一番遠い部位のはずなのに、彼はライアンの光速に張り合うスピードを見せる。
「おっも〜‥」
その衝突の勝者はニーズヘッグ。
力勝負に負けたライアンは、槍ごと吹き飛ばされてしまった。
多分無事だが、飛ばされ方が凄まじく何度も回転している。
スピードもパワーも高そうだな……
だが、ニーズヘッグも尻尾を突き出した体勢で隙だらけだ。
後方に回り込んだフーが、ナイフを全身に向けて放つ。
「シュゥゥ」
それは防がれることなくニーズヘッグの全身に降りかかったが、一つたりともその鱗を貫くことができない。
それを分かっていたのか、彼も動かずフーを見据えるのみだ。
「え、えー……切り刻めないのかい?」
フーはそれを見ると素直に後退する。
どうやら風を溜めるつもりのようだ。
「あたしの攻撃は、溜めないと軽すぎるみたいだから代わりなぁ」
「いいけどマックスにも気を使えよ?」
「分かってるよ」
俺達は軽いやり取りを交わして役割を交換する。
俺も致命傷は与えられないと思うが、長剣である分マシな攻撃にはなるだろう。
長引きそうだな……
「リュー、行くぞ」
「……」
ライアンはまだ目を回しているので前衛は2人だ。
眷属の蛇はリューが全て吹き飛ばしたので邪魔はないが、ニーズヘッグ自体が強すぎて攻撃が通る気がしない。
「左行くから右頼む」
リューに右を頼んで、俺は左側だ。
このタイミングだと、交互に攻撃を加えることになるのでどちらかはダメージを与えたいところ……
俺が接近する間にリューがニーズヘッグに肉薄する。
"魔弾-フーガ"
突風を纏った大剣を振り下ろしながら、数え切れないほどの風の弾丸も同時に打ち出す。
どちらもフーの攻撃より重いが効くか……?
「シャァァ!!」
期待は大きかったが、今度はスピードが足りなかったらしく全ての攻撃が躱される。
しかもそれだけでなく……
「俺に来んのかよ……!!」
土埃を巻き上げながら、俺に向かって突進してくる。
フーの攻撃が通らない体での突撃なんて堪ったもんじゃない。
全力回避だ。
"行雲流水"
大口を開けてくるニーズヘッグに向かって剣を振るう。
斬れないかもしれないが、攻守一体なので突進がいなせたら十分だ。
回転しながらその牙を受け、頬、首に近い部位、腕、と連続で斬りつける。
「ふぅ、危ねぇ‥」
俺への攻撃はいなせたが、次はフーとマックスの方へといってしまう。
やべっ、フーに受けられるか……?
「ちょっとクロウ、前衛しっかりしなよねぇ!!」
「大丈夫、任せろ〜」
フーが俺への非難を口にするが、復活していたライアンが前に出る。
"獣化-ヴォーロス"
ゴーレム戦の時と同じように5メートルほどの巨大な熊に変身した彼は、ニーズヘッグの突進を正面から迎え撃つ。
横這い状態のニーズヘッグなら、大きさは負けていない。
「シャァァ!!」
「止まれ〜、ニーズヘッグ〜!!」
ライアンは数メートル後退したが、やがてニーズヘッグを押さえつけることに成功する。
おそらく今ならやつは動けない……
「今がチャンスだねぇ」
"サージブリーズ"
"流血の魔弾"
「シュゥゥ‥」
フーが風の奔流を迸らせる。
マックスが、少し黒くゴーレム達のような弾丸を撃ち込む。
効いているかは分からないが、多少怯んでいるようだ。
俺とリューも……
"恵みの強風"
"水禍霧散"
ニーズヘッグに接近し、それぞれの武器を振るう。
まともに当たればそれなりのダメージは与えられるはずだ。
風を纏った大剣と、神秘の重撃……
「キシャァァ!!」
「ぐぅ‥」
「なっ、あっつ〜」
だが、それが届く寸前でニーズヘッグはライアンを振りほどく。
その方法は、火を吹くこと。
顔を押さえつけるライアンを火力で吹き飛ばし、さらに全身には赤々とした脈のような線が浮かび上がっていく。
さらに全身からも熱を発しているようで、近づいた俺達もフー達の攻撃も弾かれる。
「ぐぁぁ‥」
どうにか受け身を取るが、熱の圧でかなりダメージがあるな……
ライアンも周囲の森まで吹き飛ばされているようだ。
「シャァァ‥」
「これをどう仕留めるんだよ……」
攻撃を防いだニーズヘッグは、全身を熱せられた鉄のように赫灼とさせている。
さらには体を悠々とくねらせ、圧倒的強者の風格だ。
そんなこの泉の主は、再び俺達への突進を開始した。
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