44-フヴェル湖へ
下位巨人を狩って回った翌日。
珍しく雪が止んでいる中、俺達は再びギルドへと来ていた。
来ていた、というか契約で来ざるを得なかったんだけどな。
まぁそれは置いておいて、今日もマックスに依頼書を渡される。
昨日と同じくヴィニーが受け取り、内容の確認だ。
「今日はみんな検査なしですね」
「だとしたら、神馬か黒蛇?」
ローズがそう言いながらマックスを見る。
俺達もつられて一斉に彼を見るが、彼は口をつぐんだまま。
表情だけで自分の役割は案内だ、と主張していた。
「お前の命もかかってるだろ?」
「別に主導権を握る必要もねぇしさ〜」
……無表情。
昨日神馬が大変だという話は聞いたが、蛇の話は聞いていない。
それに見つかるかどうかの話にもなってくるので、現地人の意見は大事だ。是非聞いておきたいんだけどな……
そう思いしばらく待つと、彼は渋々といった風に口を開いた。
「馬はメインで探すのは難しい。巨人を狩りながら探すのが一番だ」
「なるほど、じゃあ今日は黒蛇を狩りに行きますか」
「そうだね」
「おっし、どうやって行くんだ?」
「自分で考えろ」
「はぁ?」
マックス……もうリューとは会話もしたくないような感じだ……
リューもむっとしたようにするが、今度もローズが間に入る。
助かるぜ……
「まぁまぁ、マックスも大変な道より楽な方がいいでしょ?」
「……フヴェル湖はこの国の最西端の街にある。
あの科学者に相談するのが一番楽だ」
あの科学者……ブライスかな?
リュー並みに嫌われてるのかあいつ……
「じゃあブライスの研究所に行きましょうか」
「おー」
~~~~~~~~~~
ブライスの研究所というのは、意外にもこの村の一番端っこにあった。
あの性格でど真ん中にないことに違和感しか感じない。
だがまぁ理由は分かる。
この建物は、グレードレスやバースのような金属質なものだ。
雪は全く積もっていない上に巨大で、ここだけ都市のような雰囲気。
メトロの景観とはまるで合っていない。
流石に空気を読んだ、ということだろう。
マックスは研究所に入りたくないようだったので、彼を外に残して玄関のチャイムを鳴らす。
するとわずか数秒で扉が開き、ブライスの部下と思しき女性が現れる。
「はい、どちら様でしょうか」
「この国から依頼を受けている旅人です。ブライスさんに用があって来たのですが」
「かしこまりました」
どうやら旅人で通じるらしく、俺達は応接間に案内された。
あまり調度品には頓着がないらしく、必要最低限のものだけが揃えられた部屋。
だが、おそらく周りの人が見繕っているので質は良く、快適だ。
これまた1分も経たずにブライスはやってきた。
この施設の人は瞬間移動でもできるのか……?
「おいっすー。何の御用かな、旅人くん達?」
「よう、フヴェル湖ってとこに行きたくてな」
「なるほどー……おっけー、じゃあまた連れて行ってあげるよ」
俺達が要件を伝えると、彼女は笑顔でそう答えてくれる。
けど、この笑顔……怖いな。
またってことは絶対一昨日のあれだろ……?
「車はねぇの?」
「あるけど、この研究所に入ってしまっているからね。許可できないな」
何だと……!? この研究所に入ること自体が、罠……
「まじか……」
「俺はまた飛ぶんだとしたら嬉しいぜ〜」
それを聞くと、ブライスはライアンとハイタッチをし始める。
すっかり仲良しだな。
「じゃあマックスは?」
「あれは馬で来るんじゃない?」
「へ、へー」
ローズが最後の抵抗をするがかわされ、俺達は中庭まで連れて行かれる。
屋根こそないが、周囲を高い建物に囲まれた室外とは思いにくい場所だ。
今日は屋上とかじゃないんだな……
「……うーん、でも応接間までなら軽く飛ばすだけでもいいか」
「どういう意味です?」
「すぐ済むよ」
"神機ヴィンド"
彼女がそう言うと、やはり白衣の下から機械が現れる。
どうやって白衣に仕舞っているのか不思議なほどに大きい機械だ。それもまた神秘か?
俺達そうが戸惑っていると、その機械は分裂し俺達を囲んでいく。
「何を‥」
「口は塞いだほうがいいよ」
ブライスがそう言うとほとんどの機械から、下向きの突風が吹き始める。
全員髪が逆立っているほどに強い風だ。
説明をしろよ科学者!!
「なにこれー」
「飛ばすよりマシだから我慢してね」
ブライスはその風を2〜3分当て続けると、少し考える素振りを見せながらもようやく止める。
もうみんなもみくちゃだ。
「うん、もういいかな」
「何だったの? 髪ボサボサになっちゃったんだけど……」
ローズがそう言うと、ブライスも流石に少し申し訳無いらしく、頬を掻きながら答える。
「あたしの研究は菌なんだよね。あまり広がるのも良くないから」
「菌……?」
「うん。パンとかができるのに必要な……簡単に言えば小さな生物かな」
パンに入ってる小さな生物? 普通に気持ち悪いな……
「へ〜、俺らの国に菌はねぇのにパン食えるんだな〜」
「科学を知らない職人の人達は、菌を神秘で扱うから菌自体は認識してないんだ。
昔は知ってる人もいたと思うけど、神秘でやると菌の選別もいらないから教える必要がなかったんだね」
なんか意外だ……普通に頭良さそうに感じる……
まぁ理由があったなら仕方ない。
だが、次にブライスが始めたのは俺達を飛ばす準備。
機械を操って風で自身と俺達を浮かせ始める。
「は!? 飛ばさないんじゃなかったのか!?」
「大丈夫だって、研究所の外までだから」
「飛ぶのが嫌だっていぶ‥‥」
ゴッ、という轟音とともに俺達は施設から放り出された。
「つ、疲れた……」
俺達は施設を飛び出ると、マックスの少し手前で風から解放された。
やはり着地は丁寧だが、数10メートルから落ちる恐怖が和らぐ訳ではない。
次は阻止しなければ……
「はーい、じゃあ車で行こっか」
俺達が弱っているのは見えていないんだろうか……
ブライスは着地するとすぐ、車の保管庫まで歩いていった。
科学を使う分リューよりヤバいかも……
そう俺が戦慄していると、マックスは俺達に向けてありがたい助言をくれる。
「あいつは自由すぎる。近づくなら振り回される覚悟をするんだな」
先に言えよ……
いや、俺は分かってるべきだったか……ちくしょう。
「みんな、おいてかれちゃうよー」
「分かってるよ」
俺はロロをコートに入れると、ふらつく足に無理矢理力を込めて保管庫に向かった。
~~~~~~~~~~
車に揺られること……数時間。
俺達が連れてきてもらったのは、ブランという街だ。
この街にフヴェル湖があるらしい。
街並みはバースなどに近い雰囲気でだが、湖の影響なのか、空気はとても潤っており雪も湿っぽい。
どれだけ大きな湖なのか想像もつかないな……
場所も分からないのでついて行くと、案内されたのは研究所だ。
湖が中にあるわけじゃあないよな……?
訝しみながらも仕方がないのでついて行く。
その建物はブライスの研究所と同じく金属質だったが、密閉されている感が少なく感じる。どうせ何か特殊なんだろう。
入ることでまた何かしないといけなくなりそうだ。
「ここ入らないといけないのか?」
「あたしは湖詳しくないからね。ヘーロンに聞いたほうが良いよ」
「そっか……」
諦めてヘーロンの研究所のチャイムを鳴らす。
数分待つと、やはり部下らしき女性が現れた。
「はい、どちら様でしょうか?」
「ブライスだよー。ヘーロンいる?」
「ああ、ブライスさんですか。応接間に‥」
「分かった。勝手に行くから急いで呼んできてね」
「え? あっはい、分かりました」
女性は案内をしようとしていたが、ブライスが勝手に奥へと歩いていくのを見て諦めたようだ。
「あの人についていけば応接間ですので」
そう言い残しヘーロンさんを呼びにいった。
~~~~~~~~~~
応接間で10分ほど待っていると、ヘーロンさんは疲れた表情でやってきた。
多分いつもブライスに振り回されているんだろう。
連れてきてしまって少し申し訳ないな……
「まったく……あなたが来る必要はなかったでしょうに……」
「狩人じゃあ研究所に案内するのはキツイと思ってね」
「俺を出しにするな。あんたのところが特に嫌なだけだ」
マックスは強引な性格の人が嫌いのようで、ブライスに喧嘩腰で言葉を返す。
ライアンは大丈夫そうだったが、リューは仲良くするのは無理そうだ。
「失礼な。配慮してるのにさ」
「足りてない」
「まぁまぁ、2人とも落ち着いてください。
ヘーロンさん、湖に案内してもらってもいいですか?」
「ええ、行きましょうか。ブライスはここでお菓子でも食べてなさい」
「分かった」
ヘーロンさんはそう言うと、大量のお菓子が乗った大きな配膳カートを彼女の目の前に持ってくる。
ブライスの扱いがすごいな……
雑というか手慣れているというか……
ブライスがお菓子に手を付け始めると、マックスも彼女から離れていく。
職人気質だからか、随分あっさりとしている。
もう狩りのことを考えていそうだ。
俺達はそんなマックスとともに、ヘーロンさんに案内されてフヴェル湖へと向かった。
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