4-呪いの権化、偽装の狂人
そのモノは絶望していた。
数々の呪いをその身に受けていた。
呪いとは心に巣食う、身を滅ぼす闇。
1人1つ持つだけでも奇跡的であるはずのもの。
それを、抱えきれないほどに持っているのだった。
常にその身を、心を苛まれ続ける彼にはもはや、この世界に対する希望などない。
彼は壊れた心で、だがたとえ家族ですらそれを認識できない仮面を被り、生きている。
その足はディーテへ向き、絶望の足音を今日も鳴らす。
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俺達が正門に着いて10分程待つと、やってきたのは1人の男。
病的に白い肌をしていて、カラスの羽根を纏ったかのような漆黒のコートを羽織っている。
それだけでも十分不気味だが、さらに俺達を見据える目は、何も見ていないかのような空虚さだ。
すべてを呑み込むかのようなオーラを放ちながらも、気を抜くとすぐその存在を見失いそうな、そんな矛盾をはらむ中性的な青年だった。
「こんにちは」
彼は数メートル先で足を止め、そう優しげに言う。
それはまるで近所の人に挨拶をするかのようにとても自然で、この状況にあるはずのないものだった。
どう反応したらいいのか、まるで分からない。
2人も同じように思ったようで、俺達は沈黙を続けてしまった。
だからだろう。
突然俺達の左右の地面がなにかに抉られる。
「っ……」
目算にて横幅、深さともに5メートルほど。
誰一人、攻撃が見えた人はいなかった。
「挨拶は、大事だよね」
攻撃の後、彼は何事もなかったかのようにそう話しかけてくる。
どうしたら生き残れるのか、全く想像ができない……
「こ、こんにちは」
俺達の声は震え、かなり上ずってしまったのだが、そんな反応でも満足したらしく、彼は朗らかに笑う。
落ち着け……次は普通に受け答えするぞ……
「君達が、新しい魔人だね?」
「……だったらどうした?」
敵視されているのだろうか。表情は穏やかで、あまりそうは見えないが……
もしそうなら、俺達はただ旅をしているだけなので見逃してほしいんだけど。
だが、その望みはすぐに断たれる。
「うん、単刀直入に。DEAD OR SLAVEってとこかな、君達には僕に従ってもらう。拒否するなら殺すけど」
息が荒くなり、体が震える。望みがかなり薄くなってしまった。どうしたら……
俺が何もできずにいると、ローズが一歩前に出てきて冷静に返事をする。すごく頼りになるな……
「まず、名乗ってもらってもいいかな?
それから目的も知らずに部下になるつもりはないよ」
「落ち着いて、クロウ。あなたの呪いは活路を開けるかもしれないんでしょ? 時間は私が稼ぐ」
ローズは再び一歩下がると、俺を落ち着かせるためか小声でそう付け足した。そうだった、彼女の呪いは茨。
時間稼ぎには向いているはず。
俺の幸運が上手いこと行けば……制御できないのに責任がすごいな。
難題すぎて逆に冷静になっていると、男はさらに笑顔を深めて口を開く。
殺すとか言ってるのに笑顔とか……恐ろしく狂気的だ。
「悪いね。僕に名前はもう、ないんだ。
通り名というか……勝手に呼ばれてる名はあるんだけど嫌いだから。今はエリスって名乗ってる。
だから、そう呼んでほしいな。
で、目的だね。そうだなぁ……僕、人間が嫌いなんだ。
だから、滅んでほしい。魔人ってそんなものでしょ?」
彼は、やはり穏やかに優しくそう答えた。
表情、声色、何もかもが内容とまるで合っていない。
俺は軽く深呼吸をし、答えを返す。
「悪いがそんなことを手伝うつもりは‥」
「危ない!!」
俺が拒否の言葉を言いかけると、おそらく先程と同じように不可視の攻撃がやってくる。
幸運だったのはローズと一緒にいたことだろうか。
威嚇を受けた後、彼女は周りに茨を張り巡らせていたので3人まとめて離脱ができた。
感知能力も含まれているのかもしれない。
「運が、いいんだね」
「なっ」
目に見えない幸運の加護。
俺限定で常時自動発動しているようなのでなんとも言えないが、3人とも無傷なら今回はそこまで影響を与えていなそう。
それなのに、何故か看破してきやがった。
ここまでくると、その差を測ることすらできている気がしない。
それでもやるしかない。
"茨海"
ローズが辺り一帯に茨の樹海を生み出した。
体に巻き付いた茨が、離脱の時よりさらに遠くへ俺達を運ぶ。
ちなみに棘の位置を調整された特別仕様だから、俺達にダメージはない。
「私達はあなたに従うつもりはない。けど敵対の意思もないから引いてくれると助かるのだけど、どうかしら?」
彼女も期待はしていないのだろう。樹海はこの間も増え続けており、もうエリスの姿が見えないほどに茨が拡がっている。
「……君達は、力をつけたら邪魔しに来るタイプだと思うんだ。ちっぽけな正義感でさ。くだらない。面倒くさいから、今消すよ」
当然、だな。
可能性の芽を摘むってのは善人でもやる人はやる。
その摘み方が殺すまでいくかどうかの差だろう。
彼はもはや威嚇ではなく、殺すための呪いをその身に宿す。
"呪泥"
ローズと同じように地面から、しかし彼の場合はその周囲のみから泥が湧き出す。
範囲は狭いが一塊ごとの大きさも、秘めているであろう神秘も圧倒的。
しかも、その強さを表しているのか、泥は茶色ではなくドス黒い色だ。くそっ、どんな泥だよ……!!
「これ〜俺にできること、なくね〜?」
「俺もないな」
「攻撃も防御も基本は私がやるよ。2人はそうだね……囮かな?」
「オッケ〜。それなら俺、駆け回ってるわ〜」
「よろしく。茨が守ってくれるから、活用してね」
「ありがたい。君は?」
"荊棘の呪縛"
「これでちょっと、突いてみる」
彼女はそう言うと、両手を振り上げる。
すると動き出したのは、辺り一面の茨の樹。
上に行くほど密度を上げるそれを彼女は自在に操った。
俺達の周囲の茨は守りやすく、かつ動きやすいように調整し、エリスの周囲の茨は全方位から彼に牙を剥く。
腕に、脚にとその狙いすらもバラバラだ。
攻撃に向かうのは全体の十分の一くらいだろうか。
もし俺ならば多少運がいいだけでは確実に受けてしまう程の攻撃密度。
大地を砕かんばかりの一撃だったが、それは彼には届かない。
一見突き抜けてしまうのではないかと思えるその壁は、茨と同じく枝分かれし、全ての攻撃を迎え撃ち腐敗させる。
「これはやっぱ戦いにならねぇな〜。どうするよ〜」
「制限、限界、何かしらデメリットがあることに期待するかあとは………俺の運だよりだな」
「じゃあ時間稼ぎ、がんばろ」
「了解(〜)」
俺達とエリスとの、先がまったく見えない戦いが始まった。
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泥が迫ると茨が盾になり、溶ける。
茨をエリスに突き立てようとすると泥に阻まれ、やはり溶ける。
それの繰り返しでおよそ10分が経過した。
エリスの攻撃は圧倒的だったが、彼も俺達なんかに全力を出すつもりはないのだろう。
泥を避ける合間に辛うじてエリスが確認できた時は、いつでもかすかに体を揺らし、鼻歌まで歌っている。
まるで俺達が眼中にないかのような、圧倒的余裕だ。
俺達は泥と茨をかき分けて死にものぐるいだというのに……
ただ、確かにそれができるだけの力の差があるし、そのお陰で未だに生き長らえることができている。
それは、分かってる……けど、こっちはただ神秘に成っただけなのに、なんで殺されかけないといけないんだ!!
ふざけるな!!
しかも出しても出しても薙ぎ倒される茨に、囮とはいっても実質戦力外の俺とライアン。
これ以上は正直きつい、つらい。
「うぉっ……」
俺がエリスを見ながら憤慨していると、背後からきた泥が俺の左腕を掠めていく。
痛みはあまり感じないが、黒く腐ったような傷跡が生まれる。
し、死ぬかと思った……
くっそ、何だよあいつは。ただ立ってるだけで災害とか!!
正直もう疲れきってるし、今にも直撃を食らってしまいそうだ。
もちろんそれはローズも同じで、茨の勢いは最初ほどではないし、疲労も目に見えて溜まっている。
神秘そのものである魔人であっても、無限に力を行使できるわけではない。
例外はもしかしたらあるかもしれないが、少なくともローズは精神が擦り減り始め、限界が近いようだった。
様子を見てみると、少しふらついていて辛そうだ。
すでに均衡は崩れ始めてきたが、俺の幸運まだ訪れない。
俺、めっちゃ役立たず……
それでも少しくらい負担を減らせないかと再び俺が接近しようとした時、突然茨に体を引き寄せられた。
え、何事……?
「うおぉぉぉぉ‥」
やばい、腰に巻き付いてそのまますごいスピードで引っ張られて全身が……腰が曲がる……
「いきなり、なんだよ……」
俺は息も絶え絶えに四つん這いになり、つい文句を言う。
正直仕方がないと思う。体への負担が……
てか、よく見るとライアンは小鳥になって飛んできてやがる。全身喰わないと取り込めないらしいけど、十分便利だ。
羨ましい。
「あっごめん。えっと、きつくなってきたから相談したいなと思って……」
「声、かけろよ……」
「呼ぶより早いからつい……」
ローズが困り顔で言い訳をしていると、飛んできたライアンが俺の肩に止まる。
そして……
ポン
「鳥喰っててよかったぜ〜」
人に戻った彼は、俺の肩に頭を乗っけて寝ているというふざけた体勢だ。
今俺達が死にかけてるの忘れてるんじゃねぇだろうな……?
生き残って覚えてたら絶対に矯正したい。
「チッ」
「えーっと……何かない……かな?」
はぁ、しょうがねぇ。
たしかにもう賭けでも何でもすべきかもな。
今までずっと、ローズの攻撃は全て泥に飲まれていた。
時に網目状に、時に全方位から刺すように、常に優雅に織りなされるその攻撃は、軍隊が相手ならば一瞬で殲滅できそうなほど完成されたものだったが、まるで通用していない。
どこを狙っても確実に迎え撃たれ、撃ち合ったなら比べるまでもなく消されるている。
それどころか向こうからの攻撃は止められないので、時間稼ぎのために茨を犠牲にし続けるしかない。
2人共枝のように使っているが質が違った。
これは消耗激しいよな。泥を増やされてたら開始直後にやられてるだろうし。
幸運か……
「少し、イメージはできたかな」
「おっ、確殺にできたりするかぁ?」
「無茶言うな。そんなん神くらいしかできねぇだろ。
ほぼ確実に当たりはするだろうって程度だ」
この場での唯一の希望は幸運だけとは情けないけど、これが現実ってことなんだよな。
「それでも大分楽になるよ」
「ああ、じゃあやってみるな。チル」
ローズの言葉に励まされ、俺は立ち上がってチルを呼んだ。
すると、いつものようにチルが現れる。
そして今回は俺達の上でホバリングを始め、段々と光を纏った風が巻き起こった。
"幸運を運ぶ両翼"
そしてその風は俺を除く2人に取り込まれていく。
「……どうだ?」
「俺にもかかるんだな〜」
「ついでにな。お前にできる事があるかは知らねぇけど」
出来る事がなくても、回避確率が上がりでもしたら意味はある。
「ふ〜ん。……1つ思いついたことがあるんだよな〜。
ローズ、茨で槍作ってくんね〜?」
「槍?」
「お〜う。
俺が喰ってる動物は〜小鳥とハイエナだけなんだけどよ〜。ハイエナの筋力は結構よくてな〜。
いっちょぶん投げてやろうかと〜」
「それ、いいね!! 今までなかったことだし私より当りやすそう!!」
そう言い彼女は大地に手をかざすと今までと同じように地面から茨が現れる。
しかし今までより太く、棘も先端も異様に鋭く光輝いている。
しかも現れ方も生えてきたというより、大地を割ってきたという方が近そうだ。
今までと同じようにローズが出したものではあるはずなのに、腰が引けるほど禍々しい。
余力はそこまでないんじゃなかったのか……?
やたらと神秘が込められている気がする。
「………なんか凄いのできちゃった?」
「これ、何か今までと質違くね?」
2人共若干引き気味でそれを見つめる。
まじで今までとレベルが違うな……幸運?
ははは、まさかな……
「これ、また創れる気がしないなー」
「名前付ければイメージが固定できてまた創れるかもよ?」
「名前……名前……"災いを呼ぶ茨槍"ってところかな」
「ははぁ、投げるのが勿体ねぇ〜」
「死んだら意味ないでしょ」
「そりゃ〜投げるぜ〜? ただ、槍の使い方じゃねーと思ってなぁ」
「槍が使えるのか?」
「ん〜多少な〜」
やっぱり軍人だったりして……
「あと〜足場も茨で頼むな〜」
「任せて。頑張ってまた密度を上げるよ」
ライアンが頼むと、再び茨が生い茂る。
ただし先程までより機動力重視だ。
ローズが道を作りライアンが駆ける。
彼の腕や脚はハイエナと化したことで力強さを増し、エリスへの急接近が可能となっていた。
といっても胴体や手のひら、足首から下辺りは人のままなので、筋力だけが人間離れしている。
野生の力ってのはとんでもない。
「届かせるぜ〜。きっちりとなぁ」
「あれ? 弄んでるうちに何かちょっと強くなってない?」
「そりゃ〜そうさぁ!!」
その腕から放たれるのは、幸運の補正を受けた凶槍。
大砲のようなその一撃は、漂う泥の枝をすり抜けていく。
やれる、そう思ったが目を見開くエリスの両手にはいつの間にか爪のようなものが現れ、それを迎え撃たんとしていた。
俺達の全てを込め飛ばされた槍は彼の腹部を目掛けてなお進み、彼の爪と激突した。
一瞬、やはり防がれたか? そう思ったが……
「ぐ……」
槍は体の中心からはズラされたが、辛うじて脇腹を掠めていた。幸運の補正込みでもこれだけか……
軽く肉が裂けた程度の傷だが、どうやら命名の通り、多少ダメージを与えるような効果もあった様だな。
「あー。はぁ……はぁ……いやぁまさか当たるとは。ちゃんと硬さで防御したんだけど」
「くっそ、今出せる全力だってのによ〜」
「いやいや、誇りなよ。僕はあの量の泥だけでもやれると思っていたんだから。
予想以上の力を君達は示した。敬意を払おう」
「まだ……くっ」
再び不可視の攻撃がローズを襲う。
だが運良く既にあった茨によってダメージが軽減された。
さっきかけておいて良かった、のかな?
「やっぱり守りの方が精度が高いね。まぁこれは防げないけど」
「っ、茨」
いつの間にか茨の下には泥の海が広がっていた。
既に茨の根本は腐り、足場が揺らぐ。
「全て、洗い流してしまおう。"原初の呪海"」
"マッドフラッド"
暗い海が辺りに吹き上がる。
それは、世界を浄化したかのような海。
ちっぽけな幸運なんかでは太刀打ちできないもの。
俺達は為す術もなく海の底に沈んだ。
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気になった点も、特に序盤の描写は現在も少しずつ加筆しておりますので、ご意見お待ちしております。