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化心  作者: 榛原朔
一章 支配の国
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38-ウォーゲーム⑦

-ヴィンセントサイド-


様子見が終わったヴィンセントは、目の前に迫る蒸気を見据える。


彼に向けられたその攻撃は、触れた瞬間に皮膚が引きつり、動きが鈍ってしまいそうなほどの熱気を放っていた。


しかも、視界全体を埋め尽くすどころか辺り10メートル弱を覆っているので、回避できるようなものでもない。


できることというと、剣圧で蒸気を斬るくらいだろう。得意不得意で言うと、豪剣は間違いなく不得意に入る。


しかし、それ以外に選択肢がないため、彼は一太刀にすべてを込めるべく、全身に力を込めた。

神秘を四肢へ。息を整え、真っ向から振り切る。


"水禍霧散"


すると蒸気は、本人でも驚くほど綺麗に消え去る。

とはいえ、彼女も神秘ではないため、妥当なところなのかもしれない。


そんなふうに、ヴィンセントが驚いて目を丸くしていると、女性もまた信じられないものを見るような顔をして、彼に話しかけ始めた。


「あなたも人間よね?

なんで水蒸気が斬れるのよ……?」

「何でって……頑張って、ですかね……?

あなたこそ、人に扱える神秘を超えてますよ。

どうやってそんな力を得たんです?」


ヴィンセントからすると、ただの人間がこの規模の蒸気を操るなんてことは異常である。


しかしどうやら、彼女からしてもヴィンセントは異常のようだった。

お互いに驚き、理由を探り始める。


「私はこの機械のおかげよ。

うちの国のトップは変人なんだけど、それ以上にすごい人でね。

機械という、本来対極にあるような存在に神秘を纏わせることを可能にしたの。

これは彼の最高傑作の1つ、神機ミスト」


すると彼女は、ヴィンセントに向けて、手足に装着した機械を見せながら説明を始めた。

彼とは違って理由は明確、そして同じく隠すつもりはないようだ。


それを聞いたヴィンセントは、すんなり種明かしされたことに驚いて瞬きの回数が増える。


「それ、教えてよかったんですか?」

「問題ないわ。どうせ彼がいれば勝ちは決まっているもの。そしたらこの国からは出られないわ」


ヴィンセントが重ねて聞くと、女性は自信たっぷりに断言した。


このゲームに参加しているのは、この場に残っている科学者を除けばニコライだけ。

やはり一番強いのは彼のようだ。


それを聞いたヴィンセントは、少し心配になったようでチラリとバンドを見る。

すると、既にライアンの反応が消えていた。


彼らをリューのところに戻したことからも明らかだったが、やはりニコライは、クロウ達のところへ向かっていたようだ。

しかも、スルーすることなく戦っている。


金銀銅トリオで一番強いのは、もちろん金……金髪のライアンだ。

それがもうやられているというならば、残された時間はごく僅かだろう。


ヴィンセントはさらに表情を引き締めると、女性に向かって駆け出した。


「じゃあ、急がせてもらいますよ」

「急いでも無駄だと思うわよ。彼は全滅での勝ちを狙ってるから。進んでても追っていくわ」


すぐに倒すと宣言した彼に、女性はなおも落ち着いて言葉を投げかける。


そんな彼女が言うには、どうやらニコライの目的はフーと同じような対戦相手の全滅らしい。

これにはヴィンセントも、つい頭を抱えてしまう。


「はぁ……今すぐ倒してクリスタルを狙います」


彼は軽く頬を引きつらせながら、蒸気を出される前にできるだけ接近するべく特攻を仕掛ける。

もう慎重になんてやっていられないようで、最短距離を押し通るつもりらしい。


彼女はこのスピードに少し面食らったようだが、それでもまたすぐに蒸気を展開してくる。


どうやら指向性を持たせることもできたようで、先程と同じく壁のような守りの部分と槍のように尖らせた攻撃の部分、さらには漂う遊撃の部分まで持ち合わせているという特別仕様。


ヴィンセントに合わせてか、急に本気を出しているようだった。


「勝てるなら大人しく倒されてくださいよ」

「いやまぁ……さっきは絶対と言ったけど、この世に絶対なんてものはないじゃない?

それに私が倒せるならその方がいいわ」

「道理ですね……!!」


蒸気を斬って押し通りながら彼がぼやく。

すると女性は、少し居た堪れなそうにしながらも、さらに蒸気の密度を上げ始めた。


攻撃はより厄介になったが、今までにもいくつか似たようなものを見ている。

女性と軽口を叩きあったヴィンセントは、それを突破するべく冷静に対処を始めた。


「すぅぅぅ……」


息を整え、まずは遊撃に備える。

ヴァンの蛇牢雲のようにくねくねと無軌道な蒸気は、全体のどこも見逃せない。


全てを警戒し、廻り続けて回避と斬撃を同時に。


"行雲流水"


斬ると大部分は消し飛ぶが、その力の加わり方で奥や手前の動きが変わっていく。


それを避けるのは最初よりもさらに難しくなるが、自分と蒸気の流れを見つければ自然に避けられる。


次々に消し飛ばし、次は槍状の蒸気。


これは近づくと彼をめがけて突き出されてくるが、軌道は真っ直ぐなのでクロウ達との訓練よりも楽に消せていた。


最後に壁。

これはさっきと同じく、全身に巡らせた神秘でたたっ斬る。


"水禍霧散"


「ッ……!! 無茶苦茶な人ね……!!」


そう言いながら打ち出してきたのは、蒸気でブーストされている弾丸だ。

ブライスのものと似ているので、おそらく破裂でもするのだろう。


彼は冷静に見極めながら、しれっと言葉を返す。


「ただの相性ですよ」


ブライスの時と同じく、破裂したものまで斬るのならば、今までのものだと手数が足りない。

しかし、今の技術ではこれ以上無理だということもまたわかりきっていた。


そのため彼は、倒れなければそれでいいと覚悟を決める。全て斬り、破裂した弾丸を受けながらでもとどめを刺すべく剣を振るう。


"行雲流水"


彼が左肩から腰にかけてを斬ると、全ての蒸気が消えていく。

蒸気はすべて女性が操っていたため、彼女が倒れると留まっていられないのだろう。


彼女が動かないことを確認するまでもなく、ヴィンセントの勝利だ。


しかし、同時に破裂した金属片も彼に襲いかかる。

ヴィンセントは止めのみに集中していたため、弾丸が直撃し、破裂したものもすべて彼の全身を叩いた。


「ぐ……」


弾丸は被弾部を中心にして破裂している。

そのため、基本的にはダメージが局部的だ。


派手に貫かれたヴィンセントだったが、傷口に軽く触れると、何事もなかったかのように動き出した。


剣を納め、女性が立ち上がってこないことを確認すると、他の仲間たちに視線を移す。


まずはリュー。

どうやら彼は、炎の機械使いと相打ちになったようだ。強風に撒き散らされた炎がちらつく中、2人共倒れている。


戦力的には、倒れてしまったのは厳しい。

しかし、何故か大剣を使わず、拳での殴り合いをしていたのだから負けてないだけいいだろう。


そして、ロロ達はというと……


「はぁ……はぁ……これ以上は傷つきたくないっす……」

「うわーん、フーのばかぁ」

「アッハハハ、まさか支援しかしてなかったやつが一番厄介とはねぇ!!」


ブライスは倒しているようだが、アレクが血だらけになりながら弾丸を乱射していた。


しかも、他の3人とは比べ物にならないくらいの弾幕で、この国の吹雪、または両手に握った砂を振りまいたかのようなゾッとする量だ。


フーはそよ風でそのほとんどを弾いている。

ロロも念動力でいくらか防いでおり、小さな体故に当たってもいない。

だが、明らかに押されていた。


リューが倒れた今、この場にいる神秘はフーのみ。

そのフーですら防戦一方になるというのは、数的優位があるとは言っても厳しい状況だ。


しかも、それだけでなく……


「アレク、足止めご苦労。このまま倒せるかい?」

「ニコライ様ぁ」


どうやらローズとクロウもやられてしまったらしく、ニコライが上空に姿を見せた。


彼は既に雷を纏っていて、アレク1人でも厳しかったヴィンセント達では、すぐにでも全滅させられそうだ。


「無理っす〜助けてくださ〜い」

「了解だ」


彼はアレクが泣きつくと、すぐさまヴィンセントの前へと降りてくる。


少し白衣がボロボロになっているくらいで、ダメージは大きくなさそうだ。

彼も連戦……しかも3人相手にしてきたとはいえ、やはりまともに戦える相手ではないだろう。


(もし、活路があるとするなら……)


「意外にも善戦しているじゃないか。

少し驚いたよ」


静かに思考を巡らせていたヴィンセントは、余裕そうに微笑んでいるニコライの言葉に視線を上げる。

アレクとフー達の戦闘もピタリと止んでおり、行動を起こすにはピッタリなタイミングだ。


彼は軽く深呼吸をすると、僅かな可能性にかけて交渉を始めた。


「そうかもしれないですね。

……ならそれに免じて、新ルールで戦ってくれませんか?」

「新ルール?」

「ええ、私が1人であなた方と戦います。

その間に仲間がクリスタルを破壊できたら私達の勝ち、私が負けたらあなた方の勝ち。どうです?」


彼1人で相手をするなど無謀でしかない。

だが、たとえ全員で挑んでも彼に勝てはしないだろう。


しかし、もしこれが受け入れられたのなら、ほんの少しの希望はあるはず。

そんな期待を込めて、彼はニコライを見つめ続けた。


するとしばらくして、彼は大笑いを始める。

無茶苦茶な提案ではあるはずが、なかなか好感触だった。


「ふふふ‥ははははは、面白い。

だが、この先の敵は私達が倒してしまっている。

クリスタルの破壊役にフーくんがいては、速すぎるのではないかね?」

「そんなことはありません。一対二ですよ? 

1分も保てばいい方でしょう。1分……これは際どいラインなのでは?」

「ははは、いいだろう。では彼らに伝えてきたまえ」


軽く疑問を投げかけてきた彼だが、ヴィンセントが説得すると、すんなりそれを了承してくれる。

フーのように全滅を狙っていただけあって、面白いと思えばそちらを優先するようだ。


ヴィンセントは要望が通ったことに胸をなでおろし、フー達の元へと向かった。




~~~~~~~~~~




ヴィンセントが2人に、自分だけが戦うという作戦を伝えると、フーは残りたそうにグチグチ言ってきたが最終的にはクリスタル破壊に向かってくれた。


そして今、ヴィンセントの目の前にはニコライとアレク、2人の聖人がいる。


「では、始めようか?」

「ええ、よろしくお願いします」


最終決戦前とは思えないようなやり取りを交わすと、彼らは接近し、互いの攻撃を受け止める。


ニコライは拳、ヴィンセントは長剣だ。


だが、素手でも雷という神秘を纏う分、彼の剣でも簡単に斬ることはできない。

周囲に青い雷を撒き散らしながら、しのぎを削り合う。


しかし、いくら強いとはいえヴィンセントは人間で、ニコライは聖人だ。

すぐに押し込まれ、防戦一方になった。


全方位に放たれている雷、交互に繰り出される拳を、時に斬り、時に避けながら防ぎ続ける。


攻撃を見切るための神秘で血涙が流れるが、それを吹き飛ばすほどの圧力だ。


彼が、そんな攻撃をしばらく受け止め続けていると、先程と同じくアレクが弾丸を放ってくる。


ニコライの拳も、生物じゃないと思えるくらいに硬かったが、こちらは本当に生物じゃない。

無感情に死をばらまく鉄の雨だ。


しかも、様付けで呼んでいたニコライまでも巻き込んでいる。


それほどに広範囲で、破壊力のある嵐……

だが、どうやらニコライには効かないらしい。

フーのナイフとは比べ物にならない量なのに、それでも弾丸は逸れていく。


しかし、もちろんヴィンセントは食らえないので、離脱してそれを防ぐことに全神経を集中させる。


彼が名付けた神秘の技は2つ。

一撃に重きを置いた"水禍霧散"と、流れるように動き斬り続ける"行雲流水"。


この弾幕だと厚すぎて行雲流水は使えない。

水禍霧散も、おそらく先頭部分を吹き飛ばした後に蜂の巣にされるだろう。


どちらを使っても負ける。

そう確信したヴィンセントは、死の雨が迫る中、思考を加速させた。


(流れ……一撃……どちらもだめなら……

俺も少しは、神秘を取り込むのに慣れてきたはず……多少壊れても、3つ目……連撃……)


程々の力を長時間込めることはなく。

一瞬にすべてを込めることもなく。


すべてを長時間込める。


"霧雪残光"


彼は、念の為腰に差していた大型のナイフも手に取り、二刀流で弾丸を迎え撃った。


目からは先程よりも血が溢れ、腕も引き裂かれ、千切れんばかりのスピードで剣を振るう。


(この剣閃を、残光にまで昇華させろ……!!

一太刀を、百の斬撃としろ……!!)


「はあぁぁ……!!」




アレクの弾幕が止んだあと、その場には血で真っ赤染まったヴィンセントが立っていた。

攻撃はほとんど受けていない。


だが、目から流れ出た血、引き裂かれた腕から垂れる血などの影響で、真っ赤に染まっていたのだ。


(……腕、重いな)


彼は、少しぼんやりとしながら、赤くなった目をニコライに向けた。


その視線の先にいるニコライは、彼とは対照的だ。

多少土煙がついた程度であとは白く、澄ました表情をしている。


「お見事。人の身でありながら、よくもここまでの神秘を扱えるものだ。興味深い」


彼はヴィンセントがまだ立っていることを確認すると、拍手しながら笑いかける。

だが、もちろんヴィンセントに答える余裕はない。

返事をする代わりに、僅かに視線を強めた。


するとニコライは、無言をどう受け取ったのか、さらに言葉を続ける。


「ここまでで1分経っている……彼らは現在、エリア9に。

だが君はもう満身創痍、ゲームオーバーかな?」


それを聞いたヴィンセントは、一瞬視線を落とす。

しかし、諦めた訳ではなかった。

すぐに視線を上げると、一歩一歩踏みしめるように歩き始める。


「君に敬意を。"伝導"開始……"電磁場"展開……」


既にフー達は目的地にいて、自身は今すぐに倒れてもおかしくない状態。

それでもなお倒れないヴィンセントに、ニコライは賛辞を送る。


そしてそのまま空に浮かぶと、空気中に薄い雷が広がっていき、雷雲の中にいるかのような激しい音を鳴らす。


おそらくは、この空間にいること自体が危険なのだろう。アレクはそれを見ると、機械を操って体を覆っていく。


(防ぐ方法は、あるのか……)


"雷轟万華"


彼に向かって、四方八方から雷が襲い来る。

触れたらもう意識は保てないだろう。

確実に負けだ。


すでに満身創痍だとしても、黙って食らう訳にはいかない。

ゆらりと体を動かすヴィンセントは、一際視線を強めると、流れるような動きで剣を振るい始めた。


"行雲流水"


(廻れ……廻れ……廻れ……!!)


彼は血を振り撒きながらも回転し、ニコライに接近していく。

雷はそこら中で弾けているが、それも流れの一種。


ボロボロなおかげで、力も抜けている。

今がこの技の最高潮であるすら言えた。


「まだ動くのか……!!」


"伝導"


ヴィンセントがどうにか焦点を合わせると、ニコライの体からは、雷が消えていた。

再び纏うまでの間に、さらに近づく。


(時間がゆっくり流れていくように感じる……

景色が、とてもよく見える……)


間近に迫った彼は、目を見開き、ニコライへ最後の一太刀を当て……


"ヤールングレイプル"


剣がニコライに当たる直前、ヴィンセントの目の前には輝きを帯びた拳があった。


(……クリスタル、壊せたかな?)


青く輝く拳が、ヴィンセントの頭部を打ち貫く。

剣は、ニコライに当たることなく、彼の手を離れていった。


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