393-エリュシオンへ
エリュシオンがあるのは、ガルズェンスを……つまりは雪山を越えた先だ。そのため、俺達は少し遠回りをしながら目的地を目指す。
馬車なので、疲れはそれほどでもないが……
問題は御者をする人数と、そもそも気が抜けないような個性を持った奴らが多いことだった。
旅のメンバーは、俺、ライアン、ローズ、ヴィニー、フー、ロロ、セタンタ、ヴィヴィアン、アーハンカール。
現状、その中で御者ができるのは、俺とヴィニーだけだ。
仮にローズができたとしても、ヴィニーがさせないだろう。
ずっと移動していること自体疲れることだが、その上で俺達にはさらなる負担がかかり続けている。辛い。
おまけに、馬車は2台なので休む時間がなかった。
もちろん、ロロとヴィヴィアンは場所を取らないし、荷物も大体は収納箱に入っているが……
それでも7人いるため、流石に2台に分けているのだ。
万が一のことを考えても複数あった方が便利であり、俺達は馬車馬と共に馬車馬のように突き進んでいる。
もっとも、特に何か問題が起こるようなことはなかったが……
森、雪山、雪原と様々な悪路を休まず進むのは、本職でもない俺にはとても大変ことだった。
数週間かけて、やっとエリュシオン近くの草原だ。それに、現人神に会う予定なのだから、到着しても気は休まらない。
これから戦争に割り込むってのに、マジで精神疲労……
さらに手がかかるメンバーはというと、精神状態が不安定なフー、はしゃぐセタンタ、目を離すと何を食べようとするかわかったもんじゃないアーハンカール。
頻繁に眠るライアンも、どちらかと言うとそっち側だ。
つまりは頼りになる仲間はローズしかおらず、そのローズもヴィニーが何もさせようとしないので、面倒な事が起きても俺達が何とかしなければならない。結論、疲れた。
風を操って飛び続けるよりはマシだが……
もう、今もちょっかいをかけてくるアーハンカールの対応がろくにできずにいる。
「なぁなぁ、餌くん。おれ腹減ったよー。運ばせてあげてるんだから、もっと食べ物用意してくれないかなぁ?」
「へー、そうなのか」
「おれにかかれば馬車だって飯になるんだぜー」
「へー、そうなのか」
延々と騒ぎ立ててくるセタンタは、ヴィニーが操縦している場所の方。危険度以外はまだマシな、花冠を被った金髪少年――アーハンカールが俺に絡んできている問題児だ。
他の搭乗者としてロロもいるが、彼は現在暗くなってうじうじしているフーを慰めているので、押し付けられない。
もうすぐエリュシオンに到着だというのに、最大の苛立ちを俺に与えてくれていた。
懐いてくれている、と言えば聞こえはいいが……
傲慢にも運ばせてあげている、などと言っているようなやつなのだから、迷惑なだけだ。
御者台に乗り込んできて、ガシガシと俺の足やら脇腹やらを蹴ってくる暴君に、俺はひたすら塩対応を続ける。
ヴィヴィアンが俺の中から出てきて、こいつの相手をしてくれたら楽なんだけどなぁ。
「なーなー、このおれを無視するとか傲慢じゃなーい?
もうすぐ着くんだろ? エリュシオンにはさ。
機嫌取っといた方がいいと思うけどなぁ?」
「じゃあ、荷物の中から何か勝手に出せよ。俺はこっから動けないんだから。あ、フー……ロロには確認取れよ」
「ま、仕方ないからそれで勘弁してやるかー。
せいぜい感謝しなよ、餌くん」
最後になぜかポンポン頭を叩いてから、アーハンカールは中に戻っていく。見た目は小さな少年なのに、その力も馬鹿にならない。若干御する手がブレ、立て直すのに気を張る必要がでる。まったく……本当に面倒くさいな。
実力で言えば本当に頼りになるが、性格が鬱陶しすぎる。
外見も相まって、単なる自己中なガキって感じではあるし、割と気に入られてはいるみたいだから、目に見えた不利益なんかもないけど。
「はぁー……あいつは頼りになるけど、現人神と会わせるってこと自体もちょっと不安になる性格してるよなぁ」
ため息をつきながら、御者を続ける。
目の前を進むヴィニーの馬車も、セタンタがはしゃいでいるようでブレブレだ。本当に、不安要素が多いな……
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クロウがため息をつきながら見ている先で、ヴィンセントは彼が予想していた通り、セタンタに振り回されていた。
搭乗者は彼ら2人と、ライアン、ローズ。
主人であるローズは当然中にいるので、必然的にセタンタは彼女に迷惑をかけないよう、御者台に押し込められることになる。
つまり、彼はクロウとは違って中に問題児を追い返すこともできない。ずっと2人きりで御者台に座り、はしゃぐセタンタに振り回されていて疲労困憊だ。
とはいえ、彼は多少荒っぽいだけで、やっていることはただ旅に興奮してはしゃいでいるだけ。当然、上から目線に絡んでくる少年よりマシではあるのだが……
「おいおい執事!! 木が全然ねぇなここは!?
スッカスカだ、スッカスカ!!」
今もセタンタは、杖を振り回しながらヴィンセントの肩をも掴んで揺り動かしている。槍は危ないからと叱られ、割と早い段階でしまっているが……
どちらにせよ、長物を振り回していることに変わりはない。
馬車を御している彼からすると、物を壊したりケガをしたりする危険がなくとも迷惑極まりないことだ。
しかも、それが悪意などではなく、無邪気に楽しんでいるだけというのもまた厄介だった。
もちろん注意はするが、何かした訳ではないので、槍の時のように強く言えないでいる。
体を揺らされ、馬車の進路に余計に気を遣い、騒音が中にいるローズの迷惑になっていないか心配し、冷や汗を流していた。
「いや、あるでしょ……森ほど密度高くないだけ」
「魔獣も少ねぇ〜!! 雪山は環境がヤベーとこだったけど、ここらは環境も敵もヌルいなぁおい!!
ルーン魔術打ち上げてもだーれもなーにも言わねぇだろ!!」
「いや、ここ安全な代わりに現人神がいるから。さっきまでのフラーは聖花騎士団だけだったけど、もうエリュシオンの近くだから。目をつけられたらかなり困る……」
ひたすら気を配り、先頭を進んでいる馬車だったが、言葉だけでセタンタを抑えることなどできはしない。
ヴィンセントの注意も虚しく、彼は杖で御者台や馬車をガシガシ叩きながらルーン魔術を打ち上げた。
"C,K."
「フォーウ♪ 派手に爆ぜろ!!」
「ちょ、やめてって言ったよね!? 怒るよ!?」
セタンタが大空に放ったのは、浮いていた雲をまとめて消し飛ばしてしまうくらいの、爆発的な炎だ。
その余波で馬車は揺れ動き、飛び散った火の粉で草原も燃え始める。
もちろん一つ一つは小さいが、後から後から落ちてくる上に、これは紛れもなく神秘の炎。鬼人化したヴィンセントは、素早く水と風を纏って放つと、少しずつ消していく。
「セタンタ!! 俺のは鬼人の力に付属してるだけで、本物の水や風の神秘には及ばないんだよ!?
消しきれなかったらどうするつもりだったの!?」
「だーっはっはっは、消すとはやるなぁ!! なら次は‥」
「セタンタ? 私の話、ちゃんと聴いてください? 躾が必要ならば、お嬢に迷惑かけないよう徹底的にやりますが?」
「ひっ……わ、悪ぃ。
えっと、燃えたら俺がルーンで消せると思ってたぜ」
「よろしい。ですが、そもそも無駄に暴れないように。
次騒いだら修行です。あと、今日はおやつ抜きですよ」
「そ、そんなぁ……」
ヴィンセントが執事として怒ると、決定した罰のこともありセタンタはシュンとしょげてしまう。しかし、どう考えても自業自得なので、中で聞いていたローズはクスクスと笑うだけだ。
おやつ抜きは決定し、今日はこれ以上の罰を受けないように彼も比較的静かにし始める。馬車が無駄に揺れることはなく、進みはスムーズに。
セタンタは相変わらず少しガタガタ揺らしながらも、大人しく景色を楽しんでおり、後ろの馬車にいるアーハンカールも、食事を始めて問題を起こさない。
そうこうしているうちに、エリュシオンはもう目の前だ。
ここは壁もなく城もない、人類を救った始まりの国。
中央に神秘的な山を抱き、神の座する神殿を中心にし、たった1つの都市が広がることで発展した円形の大都市だった。
実習、国試、就活など、最近色々と忙しいため休載します。社会に出た後にどれだけ書く時間を確保できるかもわからないので、再開しても不定期だと思います